忘却のオブリビオン
波野發作
第1話 部室の人々
オレの名前は
部室はどういうわけか屋上のペントハウスにある。いちいち上がっていくのが面倒だが、たまにヘリかパラシュートで登校するときは他人に見られずに済むので都合がいい。放課後なので校内は騒がしい。あちこちで嬌声があがったり、怒号が飛び交ったりしている。
私立孤月学園高等学校は、財団法人国際情報教育研究所が運営する私立高校で、偏差値は地域トップというほどではないが、そこそこ高い。大学進学率は九割ぐらいだが、それ以外の一割は卒業と同時に「公務員」になるという少々変わった校風である。
部活動が盛んで、校則では全生徒がなんらかの「部」ないし「研究会」、「同好会」、「愛好会」に所属しなければならないと定められている。
運動部もあるにはあるが、あまりメジャーなスポーツの強豪チームはなく、聞き慣れない名称の特殊なスポーツの部活動の方が多い。
文化系の部活動はそれこそ異常に多彩で、聞き慣れないおかしな名称で、活動内容も不明瞭なものがたくさんある。これも校風なのだろう。入学時は面食らったが、今ではもう慣れた。
校内が騒々しいのは、学園祭が週末に迫っているからだ。我が学園の学園祭であるところの「孤高祭」は、全ての団体に参加が義務づけられている。参加しない部は来年度の予算が与えられないから、これは死活問題だ。そして活動しない団体は年度末には解散を命じられる。生徒はすぐに他の部に所属しなければならず、各部からハイエナのようにスカウトがやってくるのが春の風物詩となっている。
ちなみに
階段を上り切ったオレは鉄製の重い扉を開き、秋晴れのすがすがしい屋上へと足を踏み入れた。
屋上の片隅には工事現場の飯場でよく使われるようなプレハブが建てられていた。エアコンがないので夏場は地獄だったが、ストーブも使えないので冬場も地獄だと先輩から聞いている。今の時期だけが快適に過ごせるというわけだ。
『介護福祉ヘルパー研究会』
部室の扉脇には、板きれにマジックで書かれた看板がかかっている。これがオレが所属する部活動の名称だ。主に老人福祉の将来を考えたり、ボランティア活動で介護老人ホームへの訪問などをしている。
オレは建て付けの悪い飯場、じゃなかった部室の扉を引いた。いつもどおりの雑然とした空間に、全部員が揃っていた。オレも含めて。
介護福祉ヘルパー研究会の部員は現在五人である。
部長は、一番置くの薄汚れたソファーでスマホを一心不乱にいじり倒している長身の女だ。三年
長机で地図を広げてゲームをしているのが二年生の男子三人組、通称「クドい三連星」の連中だ。この先輩方は腕は確かなのだが、いちいちウンチクが多くてめんどくさい。一人だけでもウザいのに、三人揃うともうどうしようもなくなる。とりあえず聞き流すことにしているが、まったく迷惑な話だ。
その三連星の一人が
三連星の中堅であり、中距離支援を担うのが三人の中では一番長身の
三連星の三人目は潜入術のエキスパートである
どうやら国土地理院地図の等高線を使ってシミュレーションゲームをやっているようだが、コマもダイスも使わずによくやる。オレからは何も見えないが、彼らの中ではなんらかのプレイが行われているのだろう。今日は二条城さんがジャッジで、三ノ宮さんと四日市さんでプレイをしているようだ。
オレは壁際に三つ並んだパイプ椅子の一つにカバンを置き、もう一つに腰掛けた。もう一つはもちろん空いている。
今日は借りている本を読み終えてしまおうと思って、バッグから取り出したところで戸口に人が現れた。
「あの」
シュシュで長い茶髪をポニーテールにまとめた女生徒が、中の様子をうかがうようにして立っていた。
くりっとした瞳に、すっと鼻筋の通ったなかなかの美形で、声は鈴が鳴るようだととでもいうのだろうか、もっと聞きたくなる声だ。不安げな表情もまた、彼女の美しさを際立たせている。身長はオレより少し低い。いいぞ。
記憶をたどってみると、確かこの女子は一年
部活は和菓子研と洋菓子研が合併した「和菓子洋菓子研究会」の所属だ。和菓子洋菓子研究会は、別名洋菓子和菓子研究会でどっちを先に呼称するのが正式なのかまだ決まっていない。部内の派閥での抗争がエスカレートしつつあると聞いている。
また面倒な依頼でなければいいと思うが、この美少女の役に立てるのであれば、オレも本望だ。足首が細いのもなかなかポイントが高い。その分全体にスレンダーだが、バストだけは少しふくよかであり、なんとも神に愛されたプロポーションである。水泳の授業で見かけたときは、かなりの追加点を稼いだのを覚えている。
そんなことを考えながら、頭のてっぺんから足の先までじろじろと眺めていたら、少し気を悪くしたようだ。オレがその可愛い顔をじっと見ていると多田野乙女はようやく口を開いた。
「あの、ヘル部ってここでいいんですか?」
そうですそうです。オレは無言でうなずいて彼女の質問に答えた。多田野はようやくほっとした顔をした。その表情はポイントが高い。なんか助けてあげたくなる、というタイプだな。できるだけのことはして上げたいじゃないか。
「だれー? お客さん? 〈ビンタ〉いるなら話聞いてあげて」
〈ビンタ〉はオレのコードネームだ。つまり部長様は、この美少女の応対をオレに任せると言っているわけだ。今日はいい日だ。
「わかりました」オレは部長に返事をして、多田野を空いているパイプ椅子に座るよう促した。
続く
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