第7話 ディード・タイロス
午後1時38分。ハリアル訓練学園三号館4年C組教室。
静かな教室には、テレビから出る音だけが流れていた。そのテレビが映しているのはニュースで、ハリアル訓練学園が占拠されたことを報じている。
「えー、先ほど犯人グループからの犯行声明が映されたと思われるビデオテープが送られてきました。それを一部、お見せします」
中年の男性のアナウンサーが緊張感のある声でそう話すと、画面が変わり黒い衣服に身を包んだ男が3人写った。その特徴は、誰がどう見ても『死神』だ。真ん中で座っている『死神』はゆっくりと、ボイスチェンジャーで変えられた声で話し始めた。
「見て分かる通り、我々は『死神』。今回の占拠事件、そして最近のいわゆる『死神』事件の犯人だ。我々が要求することは、閉鎖や管理された元他国の領土、総54ヶ国分の領土の解放。そして捕虜になった敗戦者の解放。以上2点。この要求を飲めないならば、ハリアル訓練学園の生徒、並びに教務、事務、技術、医療、その他の職員全員分の命を奪う。よい返答を期待する」
そこで映像は途切れ、先ほどまでと同じニュース番組のスタジオに変わる。テレビを見ていた女性の『死神』から、ちっ、と舌打ちが聞こえた。
「えー、一部抜粋してお送りしました。ハリアル訓練学園に現在いる人の数は推測ですが、5600人弱いると思われます。また国は、このビデオテープに対し、誠に遺憾である。早急に事態を収拾したい、とコメントしています。えー、また、情報が入り次第、続報をお伝えします。次のニュースですが」
そこでテレビの画面が消える。女性の『死神』がテレビを消したのだ。その姿からは強い苛立ちが見える。ハリスはその様子をちらりと見て、女性の『死神』に話しかけた。
「なあ」
「……なんだい」
「あんたらは、本気であんなことできると思ってるのか?」
「……さてね」
女性の『死神』が肯定してくると思っていたハリスは、少し驚いた顔をする。それを気にせず女性の『死神』は言葉を続けた。
「あれが私達の理想。あれだけを目標に、私達は動いてきた。……それに、さっきのビデオテープ、かなりカットされてるんだよ。マスコミも卑怯なことをするよ。あれだけじゃ、私達の目指すことなど何一つ伝わらない」
そう言ってから女性の『死神』は立ち上がり、背負っていた鎌を取り、後ろからハリスの首元に刃先を突きつける。クラスメイト達からは小さく悲鳴が聞こえた。女性の『死神』が、黒い感情のこもった声でハリスに向かって話す。
「それにね、私達の気持ちなんてあんたみたいなガキにはわかりゃしないのさ。ヤジダルシアという大国に生まれ、侵略される恐怖を知らず、平和な環境で呑気に生きてるあんたみたいなガキにはね」
「……確かに、そうかもしれないな」
「いくらこんな学園で7番目に強いからって、いきがるんじゃないよ。全てを捨てる覚悟の私達に、何も背負ってるものがないあんたは勝てない」
その言葉にハリスは何も言い返せなかった。十数秒ハリスの首に鎌が突きつけられた状態が続いて、女性の『死神』は、やっと鎌を再び背負う。
「分かったら、これ以上余計な口は利かないほうがいい。他の奴らもだ。ここで私の機嫌を損ねることは、死に繋がるよ。……おい、一応他の奴らも縛っておきな」
女性の『死神』は少し小さい『死神』に命令する。少し小さい『死神』は、順番にクラスメイトの腕を縛っていく。怯えきったクラスメイト達は、余計な抵抗はせずに縛られていく。
今まで縛っていなかったのが、自分を除いた57人の生徒を相手にしてもたった3人で勝てるという自信があったからだとハリスは考えた。先ほどの言葉、威勢は、ハリスにそう思わせるには十分だった。
それからは無言、無音の時間が教室に流れる。そんな状況の中ハリスは、さて、と心の中で呟き教室の状況を観察し始める。まずは、女性の『死神』と少し小さい『死神』、そして自分の横に着いた長身の『死神』を静かに観察する。
女性の『死神』の顔はフードやマスクに隠れていて見えないが、長身でスラっとした体型だ。背中に背負った大きな鎌を振り回し、武器とするには十分な体型だろう。机に腰掛け、ある程度リラックスした姿勢をとっているが、それは襲われても負けることはないという自信の表れだった。
長身の『死神』も顔はわからない。しかし僅かに見える目は、どこか生気を失っている。身長も180cmほどで、戦うのに困ることは無いだろう。ハリスを静かに凝視し、ハリスの一挙手一投足に目を配っている。ほとんど棒立ちだが、こちらも自信が見え隠れしている。
少し小さい『死神』は、背負っている大きな鎌を上手く扱えるか心配になるほどの小ささだ。恐らく、戦うときは自分自身のハリアルを使用するだろう。そうなると、背負っている大きな鎌は不審者集団のシンボルとして背負っているのだろうか。
3人共背負っている大きな鎌以外に、ハリアルという武器がある。現在の状況ではそれを把握することはできない。仮にこの状況で襲い掛かることができたとしても予想外のハリアルを出されては何が起きるかわからない。
3人の観察を終えると、ハリスは両手両足を縛っている手錠に少しだけ力を込める。その手錠はとても頑丈で、僅かな力では取れそうにない。
続いてクラスメイト達を見る。女子生徒のほとんどは顔面蒼白といった状況で、涙目だったり、震えていたりする生徒も見受けられる。男子生徒は先ほどまではなんとか耐えていたように思えた。しかし、ハリスが首元に鎌の刃先を突きつけられたときから、段々と元気を失ってきているのがほとんどだった。迂闊に声をだしてお互いを励ましあうこともできない状況では仕方ないか、とハリスは小さくため息をつく。
そんな状況の中で唯一、聡からはまだこの状況を打開しようとする気概が見られた。ハリスの方をじっと見ているのは、ハリスの動きを待っているのだろう。ハリスと聡の視線が合うが、ハリスはすぐに目を逸らす。それだけで今はどうしようもないということを聡は理解したようだった。
最後に教室の外について観察する。廊下は定期的に何人かの警備兵が通り、こちらの状況を監視している。監視に来る期間は短めなので、教室の状況を打開できたとしても廊下側からこちらの状況を見られれば一発でアウトだった。
全体の観察を終え、ハリスは心の中で手詰まりか、と呟く。いくつか打開案を考えてみるが、どれも失敗に終わるだろう。教室、廊下の問題を仮にクリアできたとしても残る問題が定時連絡だ。この問題だけはどうにもクリアできそうにない。
ハリスは何もできない状況の中で集中し、この状況をどうにかする手はずはないか、と頭の中で考えをめぐらせ始めた。
午後2時30分。ハリアル訓練学園第五宿舎。
ハリアル訓練学園には宿舎が5つある。第一、第二、第三宿舎は生徒用。第四宿舎は職員用の宿舎だ。そして第五宿舎は来賓等の、いわゆるVIPのために使用される宿舎である。そのため、内装は学園内のどの建物よりも豪華絢爛。そんな豪華な第五宿舎の応接室。そこに、3人の男がいた。
1人は『死神』。この事件の首謀者、リーダーである。その隣には、レッドがいた。『死神』は豪華なソファの背もたれに深く身を預けている。そして机を挟んで反対側のソファ。そこに腰掛けているのはブラックだった。
「……しかし、いいんですかね。リーダー格である私達がこんなところでのんびりしていて」
レッドが口を開く。どこか落ち着かない様子だ。
「ああ、いいさ。他の奴らだってバカじゃない。それに、今のうちに、これからの方針について話し合っておきたい」
「まあ、そうですね。……イエローがいなくなってしまった今、色々と話し合わなくてはいけません」
その言葉に、部屋の雰囲気が少しだけ重くなる。イエローが死んだという事実は、3人には少しだけ重くのしかかっていた。その雰囲気を破るように、ブラックが口を開く。
「あいつはよくやってくれた。命を賭した覚悟が、覚悟のない老兵を倒したんだ。誇ってやろうじゃないか」
「……そうだな。誇ってやろう。それで、作戦は一応あるんだよな?」
「ええ。念のため、私達4人のうち誰かが死んだときの作戦変更案は考えてあります。ただ、イエローは最も隠密に長けた人材でした。ここで亡くしたのは、やはり惜しい」
「これからの支障は?」
『死神』のその言葉に、レッドは手にした書類をめくりながら答える。
「いくつか。まずは警備配置ですが、イエローがいなくなった穴に入れる予定だった人材が最初の一号館での戦闘で重症を負ってしまったようです。現在はイエローの配置場所に2人、予備人員を入れています。しかし、予定していた人材よりは隠密能力や戦力は劣りますね」
「それによる他の場所への影響は?」
「そこまで大きくはありません。2号館から予備人員を入れましたから。2号館は1年生と2年生ですから、学生の戦力も大きくありませんしね」
そこでレッドは1度お茶を飲んだ。それから書類をめくり、言葉を続ける。
「次に、国の各機関への諜報活動が難航しています。諜報班も頑張ってくれてはいますが、人材を分断している分、やはり予定していた時刻よりは遅くなっています。変わりの人材が重症を負ったのがここにも響いてますね」
「……ま、時間なら気にしなくてもいいだろう。幸いヤジダルシアは交渉する気はないようだ」
その『死神』の言葉にブラックが反応した。
「そうなのか?」
「ああ。まあ、テロリストに交渉なんて元々する気なぞ無いんだろうが。各機関にもテープは送っといたが、現在返答はなし。軍の部隊が出動しているという情報も入ってきている」
「奴ら、武力行使する気か……?」
「しばらくはないだろう。ここにいる人全員分の命を奪って、国民からの信用を失ってまでこの事件を解決したくはないだろうしな」
『死神』がそう言うと、ブラックはふむ、と納得した様子だった。それを見てからレッドが口を開く。
「ところで、第一闘技場に集めた人質ですが」
ブラックに向けていた視線をレッドに向け、『死神』が返答する。
「ああ。今は他の奴らが見張ってくれてるよ。幸い、抵抗する気配も今は無い」
「……行動を始める予定時刻に変更は?」
「無い。予定通り、ヤジダルシアには十分時間を与えて、日が落ちてから決行する」
「了解です。……しかし、できることなら、決行したくはありませんね」
「ヤジダルシア次第さ。これから大体3時間半。それがタイムリミットだ」
『死神』の言葉が終わると、机の上に置いてあった通信機に通信が入る。
「レッドさん。こちら四号館小体育館」
「こちらレッド。どうぞ」
「集めていたハリス・メイソン除く学園内トップ10の9人、抵抗などは見られません。以上定時連絡終了」
「ご苦労様です。警戒を続けてください」
通信が終わり、それから順番に各校舎や闘技場、警備室等の定時連絡をまとめた定時連絡が入ってくる。5分ほどで、ようやく全ての定時連絡が終わった。
「……ふう。やっと終わりました」
少し疲れた様子のレッドを見て、ブラックが口を開いた。
「わざわざご苦労だな。……ん? そういや、四号館の小体育館だけは個別に定時連絡を取らせてるのか」
「ええ。闘技場や宿舎等、特別な危険が予測されないところならまとめた定時連絡でも問題はないのですが、学園内トップ10の9人が集まっている四号館は別です。あそこだけは危険性が高い。よって個別に定時連絡をさせ、定時連絡の期間も他より短くなっています」
「警備室は?」
「警備室からの定時連絡はこの通信機ではなく、他のサインや光等で行っています。警備室にいる警備員は本物、という設定ですから。そのサインを一箇所でまとめてもらってから、こちらに定時連絡をお願いしているわけです」
「なるほど。……ちゃんと考えてるんだな」
「当たり前です。ここまでしないと、こんな作戦は成功しませんよ」
少しだけ皮肉めいたレッドの言葉に、ブラックはぐう、と小さく呻いた。それを短く笑ってから、『死神』は口を開く。
「ここまでやってくれて感謝してるよ。……ところで、トップ10はどこに集めてるんだったか?」
「四号館にある、小体育館です。ランク7位のハリス・メイソンのみは、三号館の4年C組教室に」
「なるほど。……少し、様子を見に行ってみるか」
「同行しますか?」
「いや、いい」
『死神』は立ち上がる。そのままレッドとブラックの2人に話しかける。
「これからは恐らく長丁場だ。2人の活躍、期待しているぞ」
「任せてください」
「もちろんだ」
自信ありげに答えたレッドとブラックの顔を見て、『死神』は満足そうに笑う。
「頼もしいな。作戦成功のために、頑張ってくれ」
そう言って振り向いた『死神』のマントが、大きくはためいた。
午後2時46分。ハリアル訓練学園四号館内小体育館。
他の校舎は二学年で使用するが、四号館は5年生のみが使用する。そのため、他の校舎とは違い小体育館を余分に備え付けている。その広さは小、とついてはいるが十分に広いもので、中央に集まっている学園内ランクトップ10の9人と、その警備兵30名が入り口からは小さく見えるほどだった。
「おーおー、たった9人にここまで監視者がいると、やっぱりすごいな」
無音であった小体育館に、マントに白い十字線が入った『死神』の声が響く。その声に、集まっていた人間全員の視線が、入り口にいる『死神』に集まった。
「どうも学園内ランクトップ10の皆さん、今回の事件の首謀者、もといリーダーの『死神』です」
明らかにふざけた態度で話し始めた『死神』に、嫌悪感丸出しでランク2位のアザハート・シュタインが話し始める。
「……なんだそのふざけた態度は。殺されたいか」
明らかな殺気を込めて話したアザハートに『死神』は肩をすくめる。次の瞬間にはふざけた態度は消えてなくなっていた。
「すまないな。なんとなくふざけてしまった」
「……フン。で、リーダーさんが何の用だ。わざわざリーダーって明かして、殺される覚悟はあるんだろうな」
「生憎だがそんな覚悟はないよ」
『死神』は入り口横に立てかけてあった椅子を手に取り、中央の9人のところに歩き始める。9人のところにくると、椅子を立て腰掛けた。そのまま見下ろす形でアザハートに話し始める。
「用って程でもないが、君達の様子を見に来ただけだ。それと、いくつか質問をしようと思ってね」
「質問?」
「ああ、まず1つ目。君達は、俺たちの侵入には早い段階から気付いていたはずだろう? なのに、なぜ止めなかった」
その質問にアザハートが答える前に、ランク1位のファディ・オウス・ドゥジェスが口を開いた。
「それは、学園内の広大な敷地では、私達の対処できる人数にも限りが生まれる。その人数を遥かに上回る人数であると判断したことが主な理由です」
「……教師や、ランク11から下のやつらにも協力を仰げばよかったんじゃないのか」
「教師陣に協力を仰ごうとしましたが、教師陣の方に強者が集中していたことからそれは断念。それと、この学園ではランク10までの生徒にはいくつか仕事が生まれます。こういう非常事態に率先して解決に当たったりする仕事が。しかしランク11から下の生徒達はそういった仕事はありません。無理に一般の生徒である彼らの協力を仰ぎ、混乱を生んでしまうのはよくない」
「……ほう、よく考えているじゃないか」
「それよりも、この質問の意味が私にはわかりませんが」
「意味なんてないさ。なんとなくだよ、なんとなく」
そう言って『死神』は椅子の背もたれに身を預ける。古びた椅子がきしんで音を立てる。
その体勢のまま『死神』は9人の観察を始めた。全員の両手両足には、他の生徒達には使われていないであろう頑丈な手錠や足錠がはめられていた。打撃系のハリアル以外では砕けないであろう頑丈なものが。それを見て、『死神』は再び口を開く。
「しかし、悪いなこんな堅苦しいものつけて」
「そう思うならこれ外しなさいよ」
そう言ったのはランク8位のギャラック・サンク・エイリッヒだった。藍色の目を細くして『死神』を睨んでいる。
「君達は野放しにできないからね。申し訳ないけど、我慢してくれ」
「言っておくけど、こんな手錠何の意味も無いわ。あんたらが人質なんてとってなければ、こんなもの」
「そう、それだ」
ギャラックの言葉を遮り、『死神』が言葉を発する。
「俺が聞きたかった質問の2つ目。なぜ君達はそこまでの力を持っている? たった23歳で。これは俺の推測だが、君達は教師陣なんかよりも強いだろう」
「…………」
『死神』の言葉に、ギャラックも、他の8人も、誰も言葉を発せない。数秒の沈黙の後、『死神』は言葉を続ける。
「ヤジダルシアという、軍に全てを守られた国の、たった23歳の若者が、それほどまでの力を持っているのは正直信じ難い」
「……理由なんて単純よ」
言葉を発したのはランク4位のアルカ・スィスエスだった。不快感をあらわにした顔で言葉を続けていく。
「あたしの生まれたところはヤジダルシアの中でも端の端、バデラウ。戦争中は国境沿いってこともあって、戦火はあたしの住んでいたところまで広がったわ。あたしがこの学園に入る前から、力を手に入れなければ生きていけなかった。だからここまで強くなった。生き残るためにね」
「バデラウ……。あそこはヤジダルシアの中でも戦火がひどいところだったと聞く。……どうやら無神経なことを聞いてしまったようだ」
「別に気にしてはいないわよ。ただ、他の8人も、恐らくハリス君も。みんな同じような境遇。力を手に入れるしかなかった。先生達はあたしたちと違って、戦争中は中央の方に住んでいた人が大半だったそうよ。……あたし達の方が強いのも、当然よ」
アルカは言い終わると、明らかな不快感と共に視線を逸らした。周囲には、重い沈黙が広がる。その沈黙に耐え切れず、『死神』は言葉を発した。
「なるほど、それなら少しは納得はいく。ハリアルが出現していなかった頃は武器をとって戦っていたのだろうな」
「ええ、そうよ。死に物狂いで、生を掴んだのよ」
「のうのうと生きてきた大人共とは違うわけか。……どうやら、君達とは少し気が合うかもしれないな」
その言葉に、9人全員が不思議そうな顔をする。『死神』の言葉の意味が理解できなかったためだ。
「本来ならここまで話す予定も無かったが……。俺の、いや、俺たちの出身国を聞けば、さっきの言葉の意味も分かるかもな」
「いいんですか、話してしまって」
『死神』に向かって話しかけたのは回りの警備兵の内の1人だった。『死神』は警備兵に向かって軽く手をあげ、大丈夫、と言う意を示す。
「俺らが生まれたのは、ディード・タイロス国。……知ってるか?」
「……それって」
ディード・タイロスという国の名前に反応したのはランク10位のフェウス・オンズィアルと、ファディだけだった。他の7人はピンと来ない顔をしている。
「なんだそれ? 知ってるか、ウェルギリウス」
「いや、知らない」
首をかしげたのはランク5位の双子、ダンテ・エヌフリスとウェルギリウス・エヌフリス。全くわからないのか、首を必死に捻っている。
「……なんだ、知らないのか。こんな学園のトップ10なのに」
「生憎ですが、ディード・タイロスについては授業では取り上げません。知らないのも無理はありません」
ファディが申し訳なさそうに説明する。その言葉を聞いて『死神』は深くため息をついてから口を開いた。
「おいおい、ヤジダルシアはひでえ教育してるんだな。最大の敗戦国とも言われてる国を知らないなんて。……こんなんじゃ、せっかく話そうと思った気もなくなっちまう」
「まあ、その国の名前だけで色々と察しはつきましたよ」
「ちょっとファディ、私たちに説明してよ」
ファディの後ろからランク9位のリーサ・デイトロワスが話し始める。それを聞いてから、仕方ない、といった風にファディが『死神』に視線を送る。『死神』は面倒くさそうにどうぞ、と言った。
「……4年前の戦争のとき、ヤジダルシアには同盟を組んでいた国がいくつもあった。その同盟国の中でも、最も首都のアルトロに近かった国が、ディード・タイロス。ヤジダルシア程とは言わないが、その軍力はかなりのものだった。その軍力を持ってして、他国に侵略を重ね、同盟に広く貢献してくれた。……だが、終戦の約1年程前。事件は起こった」
ファディは話しながら、周りの監視員の様子を窺う。少し、苛立ちのようなものを感じた気がした。
「事件のあった日、ディード・タイロスは他国侵略のため、有しているほとんどの兵力をヤジダルシア軍と共に他国に向かわせていた。国に残っていた兵力はほんの僅かなものだ。ヤジダルシア軍に防衛を任せ、兵士達は国を旅立った。……しかし、ヤジダルシアは彼らを裏切った。がら空きの国に、軍の兵力を集中させ、あっという間にその国を滅ぼした」
そこまでファディが話すと、言葉を遮るように『死神』が口を開く。
「そんで、俺らが帰ってきてみれば家は焼け落ち、愛した家族は切り刻まれ、無残な死体の状態で見つかった。それも、残っていた市民全員な。代わりにヤジダルシア軍からの猛攻撃が待っていた。戦いに戦い抜いて俺らは命からがら脱出した。それから数年、他国に亡命しつつ力を蓄え、復讐を胸に結集し、今日と言う日を迎えたのさ」
『死神』の話し方からは確かな苛立ちを感じた。その苛立ちを隠さぬまま、『死神』は言葉を続ける。
「今思えばバカだったな。なんでヤジダルシアなんかに防衛を任せちまったのか。……あのときは圧力があったからだが、そんなもの無視してしまえば、俺らの力で祖国を守れたかもしれなかった」
その話を聞いたトップ10の9人は、複雑な表情をしていた。何も言葉は発せなかった。そんな中、辛うじてファディが口を開く。
「……ヤジダルシアという大国に最初に裏切られ、悲惨な終わりを遂げたことから、最大の敗戦国と呼ばれているんだ。だが、裏切ったと言う黒い過去を隠すためか、ヤジダルシアは学校や学園の授業で教えることはしない。一部の本などでしかこの事実を知ることはできないよ」
「フェウスとファディが知っていたのもそのためか……」
低い声でそう言ったのはランク3位のゴードン・ユィットリグ。フェウスとファディがよく本を読むことを、ゴードンは知っていたからこその発言だ。
「隊長、そろそろ……」
「ん、ああ、ちと話しすぎたか」
『死神』の話を警備兵が止める。彼らにしてみれば、話していて気のいい話ではなかった。それをちゃんと理解したのか、『死神』は席を立つ。
「戦火に巻き込まれたって点でちと、情がわいちまったかな。……ま、とにかく、だ」
威圧するように、ファディに向かって『死神』は顔を近づける。マスクに隠れていて表情はほとんど窺い知れないが、その目からは先ほどまでとは違いあきらかに敵意が向けられていた。
「俺たちは復讐しに来た。てめえらみたいなガキだとしても、ヤジダルシアの国民って点じゃ、俺らの敵だ」
『死神』はファディから顔を遠ざけて、今度は9人全員を見下ろす。
「悪いが、てめえらには復讐の礎になってもらうぞ。……日が落ちるのを、楽しみにしておくんだな」
そう言って『死神』は後ろを振り返り小体育館の出口へと向かう。その後ろに慌てるようにして警備兵の内の1人が着いてきていた。
「あの、隊長。……いいんですか、あそこまで話してしまって。それに日が落ちたときの作戦のことまで」
「いいんだよ、気にするな。……奴らがそれを知ったところで、どうせ何もできやしないんだ」
「しかし……」
「……いいか」
小体育館を出て少ししたところで『死神』は立ち止まる。警備兵は慌ててすぐ後ろに立ち止まった。『死神』は警備兵の方に振り向きもせず言葉を続ける。
「確かにこの作戦が失敗したら、あいつらから情報が漏れて他のディード・タイロスの奴らにも危険が及ぶかも知れねえ。……お前はそれを心配してるんだろ?」
「……あ、いや、その」
「隠さなくてもいいさ。お前の心配は最もだ。ここにはいない他の祖国の奴らのことも考えて、立派なこった」
「あ、いえ……」
「だが」
ようやく『死神』は警備兵の方に振り向く。そこに見える感情は怒りだった。あまりの気迫に警備兵は少し震える。
「今は祖国の奴らを心配している余裕もない。それほど緊迫している状況なんだ。少しは気を引き締めろ」
「……はっ、申し訳ありません」
緊張した様子の警備兵をしばらく見て『死神』は表情を怒りから微笑みに変える。
「……そう気を張るな。不安になっちゃ、何も成功しねえぞ」
「……はい」
「わかったら持ち場に戻れ。あいつらは俺らにとっての危険分子になり得る。しっかり頼んだぞ」
「はっ、失礼します!」
警備兵はさっと振り返り、小体育館に入っていった。そのままその場に『死神』は立ち止まり、小体育館のほうを見つめる。
「……すまねえな」
そう言うと、『死神』はふっ、と笑う。何をしてるんだ俺は、という風に自嘲気味に。
『死神』は向きを変え、歩き始める。向かう先は第一闘技場。各学年各クラスから集められた生徒達が集う場所。その道中、『死神』は作戦本部室へと通信を開始する。
「こちら『死神』、作戦本部、ヤジダルシアから連絡は?」
「こちら作戦本部。今のところは何も」
「諜報班から連絡は」
「先ほど入った連絡によると、軍が突入の準備を開始したとの事です」
「今更か……。予想よりも遥かに遅いな。各員に連絡を回しといてくれ。他に動きは?」
「特にはありません」
そこで『死神』は一度黙り、考え込む。ヤジダルシア軍が今更になって突入の準備を開始した訳。今の今まで交渉や連絡といった手段は何一つ取られていない。今までこちらの様子を窺っていたということか?だとしても、今更準備というのは遅すぎる……。
「くそっ、何を考えてるかわからんな……」
奴らの動きが予想できない以上、こちらが出遅れてしまっては作戦に支障が出かねない。そう考えた『死神』は、ある決断をする。
「作戦を早める。開始時刻を日没から午後5時に設定。各員に連絡を」
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