第二節 『死神』決起
第5話 『死神』決起
午前11時45分。ハリアル訓練学園東門監視所。
30代前半ほどの監視員は、暇そうにあくびをしていた。この時間帯は特に来校者もいないため、やることはない。
「あぁー……、暇だ」
頬杖をつきながら外を眺めて時間を潰す。すると、奥の木陰のほうで何かが動いた気がした。
「なんだ? ……暇だし、確認に行くか」
最近は学園内では特に事件もないので、本部に連絡することも忘れ監視所を出る。木の茂みの奥のほうに入り、周りを見渡す。特に怪しい影は見当たらない。しかし、後ろから近づく黒い人影に、監視員は気づかなかった。
黒い人影は、静かに後ろから監視員の首を絞める。うっ、ぐっ……、という苦しそうな声と抵抗の後、監視員は気絶した。黒い人影は手際よく監視員の無線装備等を回収し、木陰のほうに手足を縛り寝かせておく。
黒い人影は、門の外で見ていた仲間に準備OKの知らせを送る。それを見た、警備員の格好をした男が監視所に侵入。そのまま持っている携帯で通話を開始する。
「こちら監視所。制圧を完了。そちらの手はずは?」
「間もなく開始する。もう少し待ってくれ」
「了解」
電話を切り、学園の外に視線を向ける。仲間が乗った、様々な種類のトラックが色々なところで待機しているのが見えた。携帯に目を落とすと、他の監視所も制圧した、という連絡が続々と来ていた。作戦の順調さに思わず笑みがこぼれる。後は監視所本部だけか……、と男がつぶやいたところでちょうど携帯が鳴った。
「制圧完了。待たせたな」
「いや、早かったな」
「新入りが予想以上に仕事をしてくれた。さあ、作戦を開始しよう」
男は不敵な笑みを浮かべながら電話を切る。外にいる仲間に合図を送ると、何台ものトラックが動き出した。そのまま続々と、堂々と学園内へとトラックが入り込んでいく。ある程度進んでから、入り口近くの広い来客用駐車場に堂々と、何十台ものトラックが止まる。その内の1台のトラックのコンテナ部分の扉が開け放たれ、何十人もの黒い人影が降りてきた。全員が黒いマントや黒い服装など、『死神』の様な格好をしていて、突撃銃や短機関銃を所持している。その内の1人の男が不安そうに口を開く。
「……こんなところに堂々と止めて、大丈夫なのか?」
その声を聞いて、横にいた女性が答えた。
「大丈夫よ。監視カメラはちゃんとハッキングしてくれたみたい。相当大変だった、って言ってたけどね」
「そうか、なら安心だな」
それだけ会話をかわすと、黒い人影の集団は一斉に動き始めた。
軍隊じみた動きで周りを確認しながら校舎内へと侵入していく。途中人に出くわしたときは、近接格闘術で相手を気絶、殺害しつつ他の者達が侵入するルートを確保していく。いくつかの部隊で、一号館までのいくつかのルートを確保し終えたところで、仲間に確保完了のメッセージを送る。
トラック周辺で待機していた黒い人影は、そのメッセージを確認すると、トラックのコンテナ部分の扉を開け放つ。何十台もあるトラックから順番に、大勢の黒い人影が現れる。先ほどの突撃銃や短機関銃を持った兵士とは違い、全員がその背に大鎌を背負っていた。それ以外は先ほどの兵士と何ら違いは無い。そして、またも軍隊じみた動きで校舎のほうへとちらばりつつ向かっていった。
全員が向かい終わったのを確認すると、黄色の1本のラインが入ったマントを着ている男―イエローと呼ばれていた男―が走り出した。その速さはこれまでの全員の中でも格段に速かった。イエローは一号館に到着すると、四階まである一号館の、各階にいくつもある入り口付近は全て黒い人影で埋まっている様子を素早く確認する。それから時計を確認し、全員に突入開始の合図を送る。
イエローは4階担当。4階には狐禅寺と、レイド、ファランブルの3人が常駐している為である。イエローは周囲を確認しながら単独で、一号館に突入する。
そのまま静かに4階を走り抜けて、狐禅寺の部屋の前にたどりつく。イエローの位置から少し奥にあるレイドの部屋の前には、白い十字線が入ったマントを着ている男―昨夜、『死神』と呼ばれていた男―が壁に沿って待機していた。その奥の部屋には、ファランブルの部屋に突入するべく待機していた10人ほどの兵士達。
イエローは自分の準備はできている、と『死神』に合図を送る。それを見た『死神』は、イエローと兵士達に見えるように手のひらを広げ、1本ずつ指をたたんでいく。その指が全てたたまれたとき、イエローは狐禅寺の部屋の扉を勢いよく開け、突入を開始する。
その広大な部屋の中央では狐禅寺が腕を組んでこちらを見ていた。突入してきた1人の男をじろり、と見回してから口を開く。
「学園内でなにか不穏な気配が蠢いていると思えば……。たった1人で儂を制圧できると?」
「……お前は、勝てない」
「ふん、面白い。ならば貴様の実力、しかと見せてみよ!」
そう言ってから、狐禅寺は自分自身の2mほどの身長よりも、さらに大きい大槌のハリアルを生成する。柄は長く、頭部の部分は太鼓を連想させるような大きさ。一瞬だけ生じたその光は、狐禅寺のハリアル生成速度の速さ、つまりその戦闘能力の経験、そして高さを表していた。
イエローはそれを物怖じもせず一直線に狐禅寺の方へと駆け抜ける。狐禅寺はその巨体には似合わない速さで大槌を横に振る。それを上に飛ぶことでギリギリでかわしたイエローは狐禅寺の上を飛びながら自分のハリアルを生成し、狐禅寺に攻撃をしかける。だが、その攻撃は狐禅寺に簡単に回避されてしまう。
「ほう、ワイヤーか。それも両手に3本ずつ。これまた珍しいハリアルを」
くっくっ、と笑いながらあごを撫でる狐禅寺。その余裕そうな態度がイエローには気に食わなかった。今度は素早く上に飛び、天井を蹴り狐禅寺に向かう。先ほどよりも速い速度で突進するが、横方向に大きく跳んだ狐禅寺には当たらず、ワイヤーは床を削り取った。
「儂を見くびったな青年。確かに儂のハリアルは大槌。一撃必殺を得意とする故、速さはそれほどでもないが……」
狐禅寺は手に握る大槌を、ぎゅうっ、という音が聞こえるほどの力で握り締める。
「貴様ほどの青臭い青年を避けるには十分な速度くらい、持ち合わせておるわ」
そう言うと、狐禅寺は動き出し、一瞬の内にイエローの目の前でその大槌を振りかぶっていた。
イエローはその攻撃をかわし、少し距離をとるが、狐禅寺の振り下ろした大槌の衝撃で少し足を崩してしまう。その一瞬の隙に狐禅寺はまたも突進してくる。かろうじて避けるが、イエローの頬には冷や汗が浮かんでいた。だがイエローは微笑んだ。
「なるほど、お前、強いな」
イエローが口を開いたことに、狐禅寺は右の眉を吊り上げて反応する。
「でも、俺、勝つ」
「……いいだろう。その余裕、儂が徹底的に叩き潰してやろう」
場所は変わり狐禅寺の隣のレイドの部屋。その広大な部屋で、『死神』とレイドは対峙していた。レイドは太刀を構え、武士のような雰囲気でもって『死神』を最大限威嚇している。一方、『死神』はそんなもの気にせず、ただその場に立っていた。右手に握られた巨大な鎌が時折揺れている。『死神』が突入してから5分が経過しているが、5分間、2人はずっとこうしていた。静かな部屋には、隣の部屋から漏れる狐禅寺の振りかざす大槌の衝撃と轟音だけが響いていた。
「…………」
「…………」
お互いがお互いの動きを凝視している。不用意に動けば負ける、とレイドはなんとなく感じていた。『死神』から発せられる尋常ならざる殺気と気迫がレイドにそう感じさせていた。
その2人の硬直は、その後もずっと続いていた。
そしてその隣のファランブルの部屋。広大な部屋の中を10人の兵士がくまなく捜索していた。
兵士達が突入してみれば、そこにはファランブルの姿はなく、もぬけの殻。隠れている可能性を考慮して警戒しながら周囲を捜索しているのだが、ファランブルの姿は見当たらない。苛立ちを隠さずに、1人の兵士が机を叩き、口を開く。
「くそ、先に逃げられたか……?」
「その可能性が高いな。何にせよ、ファランブルのハリアルは危険だ。一刻も早く見つけ出さなければ」
そう言うと、兵士は地図を取り出した。ハリアル訓練学園の広大な敷地の地図だ。そこからファランブルが逃げ出しそうな場所を予測しようとする。全員が地図を覗き込もうとする中、1人の兵士が声を出した。
「隊長とイエローさんの応援にはいかなくていいのか?」
その問いに、女性兵士が呆れつつも答える。
「あのね、あの人たちの戦いに加勢しようとしても足を引っ張るだけに決まってるでしょ。私達はファランブルを見つけ出すことを優先したほうがいいわ」
質問した兵士は納得したように大きく頷くと、地図を再び覗き込んだ。そしてそれと同時に、大きい衝撃で床が揺れる。
「うおっ……、これは、狐禅寺の部屋からか……? すごいな……」
「もう戦いは始まってるってことよ。急ぎましょう」
兵士達は焦ったように、ファランブルの位置を予測する会議を始めた。
場所は戻り狐禅寺の部屋。狐禅寺とイエローの戦いは激化してきていた。
狐禅寺の頬をワイヤーがかする。イエローの左腕を大槌がかする。
2人は少しずつ傷を負ってきていた。お互いがお互いの速さに慣れてきて、少しずつその攻撃が当たるようになってきていた。
それと同時に狐禅寺は自分の不利を直感していた。どうしても大きな動きになってしまう大槌と、小回りが利くワイヤー。どちらが有利かは明確だった。しかし、その差を埋めるのが狐禅寺の身のこなしの速さ。
狐禅寺の速さを実感しながらイエローは苛立つ。圧倒的有利な状況でありながら、的確な攻撃を加えることができない自分に。その力量に。そしてその苛立ちを見通したのか、距離を開いてから狐禅寺が口を開く。
「どうした青年。戦場で苛立ちを表に出すものではないぞ」
「……」
無言でイエローは答える。狐禅寺はそれを鼻で笑い、言葉を続けた。
「大方、この私と互角になっているこの状況に苛立っているのだろうな」
その言葉と共に、狐禅寺は大槌を肩に担いだ。イエローを叩き伏せるための準備をする。
「だが、あの戦場でも不敗であったこの儂を前に貴様のような青臭い青年が勝とうなぞ、不可能!」
威勢よくそう言い放つと、狐禅寺は飛び出した。大槌を担ぎながら、かなりの速さでイエローに詰め寄る。そして、勢いを利用して一気にイエローに叩きつける。
イエローはギリギリのところでその攻撃を横に飛び、避ける。そのまま壁に足を着け、勢いよくワイヤーを狐禅寺に向けて振るった。その攻撃は、狐禅寺の大槌に弾き飛ばされる。
「しかし、その威勢、その速さ。評価だけはしてやろうではないか。その若さでここまで戦えるのは大したものだぞ」
「……」
イエローはまたも、無言で答える。それを見て狐禅寺は軽くため息をついた。
「全く、貴様と戦ってもつまらんな。戦いが彩られない」
「……?」
その狐禅寺の言葉に、イエローは疑問符だけを頭に浮かべる。
「このような接戦を彩るものこそ、戦っている者たちの会話ではないか」
「何を、言っている」
「儂はな、かの大戦も、こうして戦い生き延びてきた。多くの名戦が生まれたぞ」
イエローは呆れつつも、しかたなく口を開いた。
「……普通、そんなことはしない」
「ハッハッハッ! そうかそうか、しないか! 貴様がそれを望むなら、それも良し!」
高らかに、本当に楽しそうに狐禅寺が笑う。あまりにも高らかに笑うので、イエローは耳を押さえたくなった。
「こういうときこそ、真剣に殺しあうのもまた良し、か」
狐禅寺は腰を落とし、大槌を後ろに構え、ゆっくりと攻撃の構えをとる。それを見たイエローも、いつでも回避、防御、反撃ができるように体勢を整えた。
そして、狐禅寺の突撃。
狐禅寺が飛び出し、距離を詰める。しかし先ほどとは違い、勢いに任せて槌を振るうことはせずに、イエローの目の前で止まる。そして柄の先で、勢いよくイエローの顔面目掛けて突いた。
不意を突かれたイエローは首を捻ってその攻撃を避けようとするものの、尖った柄の先が耳をかすり、耳から血が垂れる。そして、ここまで距離を詰められればイエローは不利に陥る。
ワイヤーでの中距離攻撃を得意とするイエローにとって、ここまでの距離は不利。イエローの小さな体で拳を放ったところで狐禅寺の巨体には効きはしないだろう。そして、狐禅寺の巨体と壁に挟まれたイエローにとって退路はほとんどなかった。その退路をさらに塞ぐかのように、壁には大槌の柄が突き刺さっている。
「さあどうする、青年!」
声と共に、右腕で大槌を支えながら、狐禅寺が左拳を振りかぶる。屈強な左拳を、イエローの顔面目掛けて打ち放とうと強く握り締めた。
「……っ!」
イエローは退路を探す。唯一の退路は、狐禅寺が左腕を振りかぶったことにより生まれた僅かな隙間だけ。しかし、そこを通すのを許してくれるのは、ほんの一瞬。拳を打ち放つその瞬間だろう。
狐禅寺の左拳をイエローは注意深く見つめた。そして、解き放たれるほんの一瞬。焦りの表情を浮かべつつ、イエローは辛くもその場から脱出した。急いで距離を取り、狐禅寺を睨みつける。
「ほう、あの場から脱出するとは、やるではないか」
拳と大槌の柄を壁から離しながら、狐禅寺は口を開く。その口調には、関心が表れていた。
イエローは小さく、少しだけゆっくりと息を吐き、冷静さを取り戻す。今の狐禅寺の攻撃は危なかった。そして小さく深呼吸を2、3度した後、狐禅寺目掛けて駆け出した。
そこから2人の攻防が続いていく。狐禅寺は距離をできるだけ詰めようと、イエローは距離を少しでも開けつつ、攻撃をしかけようと。
「…………」
そして狐禅寺は戦いながら、隣の部屋の静けさに違和感を覚えていた。なぜ未だ戦闘音が聞こえないのか。お互いがお互いの出方を探っているのか。それとも、もう既に……。
嫌な考えを頭から消し去り、相手の動きに集中する。敵は少しずつ速さを増してきていることに、狐禅寺は少なからず不安を覚えていた。
「…………」
イエローは戦いながら、狐禅寺の動きに違和感を覚えていた。ここに来て、どうにも狐禅寺の動きがおかしくなってきた。何か誘うような戦い方をしている気がする。
何を誘っているのかは分からないが、とにかく相手の動きを見る。なんとなく窓際に誘導されている気がする……。なぜだ?
「……まさかっ!」
ある一つの考えに至ったイエローは急いでその場から飛び退き、狐禅寺を抜かし部屋の扉の方へと移動する。それと共に割れる窓。先ほどまでイエローがいた場所と窓には銃痕がくっきりとついていた。
「ふむ、気づかれてしまったか」
イエローが思い至った可能性。それはファランブルの狙撃。ファランブルのハリアルは狙撃銃だという情報は既に手に入れていた。ファランブルの制圧は他の部隊に任せていたが、どうやら制圧に失敗、もしくは既に脱出されていたようだ。
またも狙撃される危険性があるので、これからは窓際での戦いはできない。窓際よりまだ安全であろう部屋の扉付近での戦いを余儀なくされる。ただ、それは天井や壁などの空間を利用して戦うイエローにとって、そして少しでも距離を開けたいこの状況では圧倒的に不利だった。それにこの状況は、距離をつめて戦いたい狐禅寺にとっては有利に働くはずだ。
いくら窓から遠いとはいっても、立ち止まっているのは危険なので狐禅寺に攻撃を開始する。やはり先ほどまでの戦いとは違って、イエローは押されてしまう。ファランブルからの狙撃を回避しながら狐禅寺の大槌をかわすのには、いささか無理があった。この状況を打破する方法を、1つだけ思いつく。しかし、それは下手をすればこちらがやられる危険すら伴う。
「そんな攻撃の仕方では……、儂には勝てんぞ!」
狐禅寺の大きな声と共に、イエローを狐禅寺の大槌が襲う。なんとか防御、回避はするが、ファランブルの狙撃がたまに掠ることもあり、ダメージは少しずつ負ってきていた。そのせいで動きが遅くなったイエローを見逃すほど、狐禅寺は甘くなかった。
イエローの着地に合わせて、大槌を地面に突き、床を揺らす。イエローはそのせいで身動きを一瞬取られてしまう。狐禅寺はその隙を見逃すまいと、蹴りを放った。イエローはまともな回避運動すら取れずにその蹴りを受ける。
蹴りの衝撃で壁に叩きつけられたイエローは、その衝撃に意識が一瞬だけ朦朧とする。蹴りだけでこの衝撃なら、あの大槌をまともに食らえば……。そう考えたイエローは、たった1つの、危険な方法を実行することを決意する。
「諦めろ青年。貴様ごときでは、儂に勝つことなど不可能だ」
狐禅寺はイエローに蹴りを入れた場所で立ち、こちらを見下ろしている。この状況でも少しは油断してないあたり、さすが訓練学園の主任か。と考え、少しイエローは笑ってしまう。そして仕方ない……、と小さくつぶやき、ゆっくりと立ち上がる。その足は少し震えていたが、なんとかしてその震えを抑える。
イエローは感触を確かめるように6本のワイヤーを振るう。それを見た狐禅寺はほう、とだけ呟き、警戒するようにしっかりとハンマーを構えた。
イエローは狐禅寺の下へと駆け抜ける。先ほどよりもスピードは遅いため、大槌に捉えられそうになるがなんとかかわし、体を捻りながら6本のワイヤーを振るう。ワイヤーは大槌の長い柄の部分と、大きい頭部に複雑に絡まりしっかりとその大槌を固定する。そしてそのままの勢いで大槌を引くも、狐禅寺の力には勝てず、イエローは体勢をくずしてしまう。
「ふ、ふはははは! 残念だったな青年! 貴様の命をかけた作戦も失敗か! そんなボロボロの体で、儂を動かすことなど、不可能!」
狐禅寺がイエローめがけて大槌を横なぎに振るう。大槌がイエローにぶつかる直前、イエローは体をすばやく捻らせる。
イエローの体を恐ろしいほどの衝撃が襲う。大槌の衝撃は想像以上のものであった。だが、その衝撃はイエローが捻ったことにより生まれた体の回転を、より速いものにした。イエローの体が回りながら吹き飛ぶことにより、ワイヤーが複雑に絡まり固定された大槌も同時に回転していく。そしてとてつもない回転の力が狐禅寺の腕に伝わる。
「ぐっ……!」
自分の怪力で生み出された力により大槌を引っ張られた狐禅寺は、少し体勢をくずしてしまう。そのまま体のバランスをくずし、前方向によろめき……、
狐禅寺の腹を、銃弾が打ち抜いた。
「がっ……!」
その銃弾はファランブルから撃たれたものだった。ファランブルはイエローの隙を見逃さず引き金を引いたのだが、それが間違いだった。
普通ならば、狐禅寺の大槌と敵が繋がっていて敵が狐禅寺を動かそうとしても狐禅寺の怪力により押さえ込まれ狐禅寺が体勢を崩すことは無い。しかし、大槌で敵を吹き飛ばせば話は別だ。それを分かってると思い、遠くでファランブルは引き金を引いた。
しかし、狐禅寺が大槌を振るい、それに加えてイエローが体をひねってくることは予想外だった。そのひねりにより、大槌に引っ張られた狐禅寺は体勢を大きく崩してしまう。結果、その弾道上に狐禅寺の腹がきてしまった。
たまらず狐禅寺はその場にしゃがみこむ。腹を打ち抜かれては、さすがに動くことはできない。そのままの体勢で、イエローの方を狐禅寺が見ると、血だらけの、ボロボロの体でイエローは立ち上がっていた。
「貴様……!」
「……返……す!」
イエローは最後の力を振り絞ってワイヤーを振るった。そのワイヤー、大槌は上に上がり、上から狐禅寺を襲う。狐禅寺はなんとか避けようと飛ぼうとするが、自分が床を叩いてできた瓦礫に脚を取られ、転んでしまう。その隙を逃さないように、イエローは懇親の力で振り下ろした。
「……見事!」
覚悟を決めた狐禅寺は、それだけ呟くと、目の前から襲ってくる自らの大槌をまともにくらう。
床と大槌に挟まれたことによるその衝撃は狐禅寺のもの程ではないにしろ、腹に銃弾を負った狐禅寺を再起不能にするには十分な衝撃だった。
瀕死の状態で大槌を、ワイヤーをそれだけの力で振るったイエローは、血を吐き、そのまま力を失い、倒れこんだ。
使用者の意識が途絶えた大槌、命が途絶えたワイヤーはその場から消え去り、その戦場は静かになった。
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