第4話 トップ10

 クロウは昼休みが終わると同時に帰っていった。またな、という言葉を残して。

 ハリスはというと、その後の授業も特に身も入らず、気がついたら放課後を迎えていた。ハリスにとって、色々と考えたいことはあったが、面倒くさいので考えるのをやめた。ただなんとなくぼーっとしながら、呼び出されていた第三会議室のある一号館に向かう。向かっている途中、携帯にメールが来たが、メールの題名と差出人だけ見てハリスは携帯を閉じた。

 それから数分後、第三会議室に着くと、会議室前には担任のイサリビがいた。

「あれ、先生はやいっすね」

「お前が遅いんだ。何してた?」

「いやー、ゆっくり歩いてました」

 ははっ、とハリスは軽く笑っておいた。それを見ると、イサリビはまったく、とだけ呟いて、手元の資料に何かを書き始める。気にせずに、ハリスは口を開く。

「で、先生、用件はなんです?」

「ん、まあ薄々分かってるとは思うが、『死神』事件のことだ」

「あー、やっぱっすか。上からの呼び出し?」

「まあそうだな。これから他の9人も来るはずだ」

 あー、俺あいつら苦手なんだよなー、と呟いて、ハリスが嫌な顔をしながら会議室に入る。イサリビに指定された席に着いて少しした後、扉が開く。5年生であることをあらわす赤いネクタイをした生徒達9人がぞろぞろと入ってきて、それぞれ席に着く。ハリスを睨む者、ハリスに向かって微笑みながら手を振る者、ハリスに無関心な者など、色々な人がいた。

 そして全員が席に着いて少し経ってから、もう3人、会議室に入ってきた。

 一人は学園斬撃担当主任、レイド・トラロセ・ロトル。

 一人は学園打撃担当主任、狐禅寺こぜんじのぼる

 一人は学園射撃担当主任、ファランブル・セルピエンテ。

 全員がこの学園の各部門の最高責任者。学園長の次に偉いと言ってもいい立場だ。その堂々とした風格に、場の空気が少し硬くなる。そんな空気など気にせず、レイドが話し始める。

「まず、本日は集まってくれたこと、礼を言おう。さて、早速だが、学園内ランクにおいて十本指に入るお前達に集まってもらったのは他でもない。『死神』の件だ」

 やはりか、という小さく端正な声がどこかから発せられる。声のした方向に軽く目をやると、レイドは続けた。

「『死神』を逮捕するために、我らが学園に軍が派遣されることが正式に決まったことは知っているな? いくつか特殊部隊も来るらしいが、何より広大な学園だ。さすがに軍だけでは人手も足りない可能性も出てくるし、さらに『死神』相手に敵わない可能性も出てくる。よって、兵士よりも力を持ち得る君達の協力を仰ぎたい」

 そのレイドの頼みに、一度場は静まる。その様子を見て、狐禅寺が口を開く。

「『死神』は相当な手馴れといわれているしの。特殊部隊のいないところにでも現れられたらやられてしまう恐れもある。特殊部隊の足りない穴を君達に補ってもらいたい、というわけだ。もちろん、学園内に『死神』が来なければ、君達の協力を仰ぐこともないのだがね」

「俺は、賛成だ」

 狐禅寺の言葉に続く形で賛同の意を述べたのは、学園内ランク第2位、アザハート・シュタイン。赤く短く切りそろえた髪をいじっている。

「私も賛成ね。断る理由も無いわ」

 さらに続いたのは学園内ランク第8位、ギャラック・サンク・エイリッヒ。短い藍色の髪を持つ女子生徒。

「ま、いいんじゃねえか?」

 面倒くさそうに頭の後ろで手を組みながら賛成した男はダンテ・エヌフリス。学園内ランク5位の男であり、長い緑色の髪を後ろで一つに縛っている。

「右に同じ」

 そう答えたのはダンテと同じ顔を持つ男。ダンテの双子の弟、ウェルギリウス・エヌフリス。こちらも学園内ランク5位だが、長い緑色の髪をまとめていないのがダンテと違う。

「……反対」

 9人の中で初めて反対の意をとなえたのは、学園内ランク10位の女子、フェウス・オンズィアル。黒髪のポニーテールをいじりながら小さい声で異を唱えていた。

「我も反対だ。我や男子だけならともかく、かよわき女子を『死神』に向かわせるなど」

 かなりの筋肉量のその巨体を持つ学園内ランク3位、ゴードン・ユィットリグが腕を組みながら発言する。坊主頭が妙に光っている。

「あんたねえ、誰がかよわいだって!? このあたし達が!? かよわい!?」

 ゴードンに反発する女子生徒はアルカ・スィスエス。学園内ランク4位。長いピンクの、右に結んだサイドテールと豊かな胸が反発にあわせて軽く揺れる。

「まあまあ、ゴードンのこういうのは今に始まったことじゃないんだし」

 学園内ランク9位のリーサ・デイトロワスはアルカを必死になだめる。アルカとは対称的に、左に結んだラベンダー色のサイドテールだけがなだめるのにあわせて軽く揺れていた。

「喧嘩はよしたまえ。それで、リーサ君、アルカ君。君達はどうかな?」

 端正な声でにこやかに発言したのは、学園内ランク1位のファディ・オウス・ドゥジェス。トップ10のほとんどが目立つ髪色をしている中で、濃い灰色の髪は少し大人しげな雰囲気を漂わせる。

「あたしは……賛成よ。あたし達の力を見せられるしね」

「それじゃあ私も、賛成で」

 不機嫌なアルカに続いてリーサも賛成の意を示す。よし、とファディは短く言い、その視線をハリスに向ける。視線をかわすように顔を逸らしながらハリスは答える。

「俺は……どっちでもいいです」

「そういう意見は困るんだけど……まあ多数決ではもう決まっているし、いいかな」

 ファディは困ったように、頬をかいて苦笑いした。ハリスはファディのこんな雰囲気がなんとなく苦手だった。

「それじゃ、賛成意見6、反対意見2なので、私達は協力をしようと思います。それでいいかな? 皆」

 その言葉に、全員が同意の意を示す。それを見て狐禅寺が口を開く。

「うむ、皆、すまないな。礼を言おう。作戦があるわけではないが、『死神』が学園内で目撃され次第、君達に連絡をしよう。君達の持ち場は、また別の機会に追って知らせよう。それでは、解散してくれてよいぞ」

「ああ、いや、待ってくれ」

 解散しようとした皆を引き止めるように、ファランブルが声をあげる。

「少し頼みたいことがある。『死神』と対峙した際には、殺さずに捕らえてくれ。無論、それが無理な状況なら殺しても致し方ないが」

 その言葉に全員が了解、と言う。それを見て、では解散、とだけファランブルは告げ会議室を出て行く。それにレイド、狐禅寺も続き、さらにイサリビが出ていったのを確認したところで、ダンテが口を開いた。

「……で、『死神』を捕獲するのはいいんだけどよ、4年生が混じって、大丈夫なんか?」

「右に同じ」

 ウェルギリウスも賛同しながら、ハリスの方を睨んでくる。ハリスがランク10位に入った頃から、ダンテとウェルギリウスはやけにつっかかってくるのでハリスは苦手だった。面倒くさいが、つっかかってこられたので一応返答はする。

「何かご不満があるなら俺は」

「あら、別にいいじゃない」

 ハリスが返答をはじめたとき、その言葉を遮ってアルカが発言した。

「あたしはー、ハリス君が参加するのに異論は無いわよー? ねー!」

 そう言いながらアルカは立ち上がりハリスに抱きつく。ハリスは座っていたのでアルカの豊満な胸に顔が埋もれる形となる。それを見ても表情一つ変えず、ハリスを睨みながらダンテは話を続ける。

「……相手は『死神』だぞ? 実力もわかんねえようなやつを相手にするのに4年生じゃ不安だな」

 不満感を表に出した声でダンテが文句を言うが、それにリーサが身を乗り出しつつも返答する。

「まあまあ、4年生といってもハリス君は実力もあるじゃない」

「そうよ、いいこと言うじゃないリーサ」

 リーサのことを褒めながらも、なぜかハリスの頭を撫でるアルカ。ハリスがなぜだ……、とつぶやくが、それを気にせずダンテは口を開く。

「ハッ、所詮7位だろ? 大丈夫なんか、そんなんで」

「……間接的に、9位の私に喧嘩を売ってるって事でいいのかしら?」

 リーサが怒ったのが表情から見てとれる。なんだか怒りのオーラすら見えるような気がした。その様子をみて、アルカがおーこわいこわい、とさらにハリスを強く抱きしめる。少し苦しくなり、ハリスは逃れようと抵抗するが、より強く抱きしめられて無意味に終わる。

「お、なんだやるか? 俺に勝てるって自信があるならやってやるよ」

「……上等じゃない。こんなくだらないランクだけで私達を評価する愚かさを見せてやるわ」

 2人が一触即発の空気になり、会議室内が不穏な空気に包まれる。少しの静寂の後手を叩く音が会議室内に響いた。その場にいた全員の視線が、手を叩いた主に向けられる。

「ほらほら、2人とも落ち着いて。喧嘩なんてしてても仕方ないよ」

 手を叩いたのはファディだった。にこやかな表情で喧嘩を止めに入る。

「はあ、くだらない。私は先に帰らせてもらうわよ」

「……私も、帰る」

「我も、失礼するとしよう」

 呆れた様子のギャラック、フェウス、ゴードンが席を立ち、会議室を出て行く。

「それじゃあ俺も……」

「あら、ダメよ」

 ハリスもそれに続きアルカから離れようとしたが、押さえつけられてしまった。なぜだ……、とハリスは再びつぶやいた。

「とにかく、この場は一旦落ち着こう。ね?」

「ファディには黙っててもらおうか……。そろそろリーサとは白黒つけたかったんだよ」

 ダンテはファディを押しのけ、リーサに詰め寄る。2人は完全に戦う気だった。それを見て、仕方ないな、とファディはつぶやき、口を開いた。

「聞こえなかったかな? 落ち着こう、と言っているんだ」

 一瞬で、空気が凍る。ファディの表情はにこやかなままだったが、ファディから発せられた、殺気とも違う何か冷たい気迫がこの場を支配した。その気迫を感じて、ダンテとリーサは冷や汗をかきながら後ずさる。

「……ちっ、仕方ねえ」

「わかったわよ」

 渋々、といった様子でダンテとリーサは引き下がる。そのままダンテはウェルギリウスを引き連れて会議室を出て行ってしまった。出て行ってから少しして、アザハートが軽く口笛を鳴らしてから口を開く。

「いや、相変わらずファディはさすがだね。一瞬であれを収めやがる」

「それほどでもないさ」

「俺にはあんな気迫出せないからな。いいもん見せてもらったよ。じゃ、俺は行くぜ」

 そう言って、アザハートは会議室を出て行く。

「それじゃ、僕も行こうかな。頑張ってねハリス君」

「あの、ファディさん、ちょっと、いいすか」

 アルカの胸にうもれ、モゾモゾしながらハリスはなんとか口を開いた。モゾモゾしている途中「あんっ」とか聞こえたが気にしないで話を続ける。

「ファディさんは、さっきのこと……賛成ですか、反対ですか」

 その質問に、ファディは目を見開く。少し、驚いたようだ。しかしすぐにいつもの表情に戻り、口を開く。

「そうだね、僕は……」

 それから少しの間考える。そしてフッ、と短く笑うと、こう答えた。

「賛成、かな。……他に質問は?」

「いえ、ないです」

「そうか、それじゃ失礼するよ」

 ファディは会議室を出ていった。そのまましばらく静寂が続く。アルカは相変わらずハリスの頭を撫でていたが。

「ねえねえハリス君。なんであんなこと聞いたの?」

 その静寂を破るようにアルカが話し始める。

「特に理由なんてないっすよ。ところで……」

「ん? どうしたの?」

「いい加減離してくれないっすか!」

 抵抗を続けるのは無駄だとなんとなくわかっていたので抵抗はしなかったが、これ以上続けられたら色々と身が持たない。

「あら、だめよ」

「アルカ、本当にハリス君のこと好きなのね……」

「かわいいじゃない。それに強いし。こんな子滅多にいないわよ。そ・れ・に……」

 アルカの目がギラリと輝く。ハリスにはその目は見えていなかったが、なんとなく嫌な予感がした。

「メールを無視されたからね! 恨みを晴らすまでは撫で続けるわよ!」

 第三会議室に向かう途中来ていたメールは、アルカからのものだった。題名でアルカだと分かって面倒くさそうなので、ハリスは開かなかったのだが。それがまさかこんなことになるとは……、とハリスは自分を戒める。

「まあ、ほどほどにね……。それじゃ、私は先に行くね。頑張ってねハリス君」

「え、ちょ、待って!」

 唯一の頼みの綱だったリーサに会議室を出て行かれては、何が起こるかわからない。リーサに出て行かれ、アルカと2人きりになるのだけはなんとしてでも阻止しなくてはならなかった。

「んー、あんまりここにいるとアルカに怒られちゃうから……。ごめんね、ハリス君!」

 それだけ言うとリーサは部屋を出て行ってしまった。ああ……、と絶望していると、頭上からアルカの声が発せられる。

「ふふ、やっと2人きりね。ハリス君」

「……ほどほどにお願いします」

 ハリスは、全てを諦めた。

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