第3話 過去
「いやあ、学園内に入るのは初めてだ」
「……そりゃ良かったな」
時間は午前8時過ぎ。ハリスとクロウは、ハリアル訓練学園へと続く通学路を歩いていた。学生ではない男が通学時間に通学路を歩いているとあって、周りの学生からの視線がクロウに向けられる。
昨日も疲れたのに今日も疲れるのか……、とハリスはげんなりしながら、昨日の夜のことを思い出す。
ハリスはユイと別れてから、自室のあるマンションに向かっていた。ユイとのことを思い出して少し赤面していると、マンションの入り口で1人の男に会った。
「うっす」
「……うっすじゃ、……ねえ!」
声を荒げながらその男を思いっきり蹴る。男は笑いながらその足を掴んだ。
「カカカ、まあそう怒るなよハリス」
「会いたくもない奴に1日で3回も会ってたらそりゃ怒るわ」
男とは、クロウだった。もう聡とは別れてたのか……、と思いながら掴まれていた足を振りほどく。
「はあ……。で、今度は何のようだよ」
「俺、今日このアルトロに来たわけよ。それでさ」
「嫌だ」
クロウの言葉を遮ってハリスは断った。なんとなくこの男の言いたいことがわかったからだ。
「まあまあそう言わずによ。泊めてくれ」
そこからは無理やり押し切られ部屋に泊まられ、朝になり、学校に行くから出てけ、とハリスがクロウを起こすと「俺も行く」と押し切られ。
監視員には学校の見学と無理を言って通してもらった。一応、ハリスが学園内ランク7位だから入れてもらえたのかもしれない。
「お前まじで大人しくしててくれよ……。面倒事はごめんだからな……」
「わーかってるって兄弟。さっき言われたとおり、ちゃんとお前と一緒にいるからよ」
本当だろうな……、とハリスが頭を抱えていると、後ろからおーい、声をかけられた。
「おはよハリス。で……、なんでクロウが?」
後ろから来たのは自転車に乗った聡だった。その質問にハリスは嫌そうな顔をしながら答える。
「ついてこられた」
「ついてこられた……って、よく入れてもらえたね」
「俺の身分とか色々明かしたらな」
「ハリスも無理やり学園敷地内はいっちゃえばクロウだってさすがについてこれなかったでしょ」
「いや……、まあ……」
ハリスも聡の言ったとおりにしようと最初は考えていたのだが、クロウがなんか面倒ごとを起こしそうなのでやめておいた。警備員と何かしらいざこざを起こして、こちらに被害が来たらたまったものではないので、仕方なくクロウを入れてもらうことにした。
そんなことを聡には言いにくく、歯切れが悪くなるハリスを尻目に、クロウが楽しそうに話し始める。
「しっかし、学園ってのはこんな雰囲気なんだな」
聡がどういうこと? と首を傾げる。さらにクロウは言葉を続ける。
「俺は学校っての、行ったことねえからよ」
「えっ、そうなの!? 義務教育とかは!?」
「それもねえなあ」
聡がとても驚いた表情をしているのを見て、カカッ、とクロウは笑うと、さらに言葉を続けた。
「ま、特別な事情ってえやつだ。お前さんは知らなくてもいい」
「そりゃ、まあ……。知らないほうがいいのかもな」
聡は軽い苦笑いしかできなかった。聡にとっては、自分が想像もできない世界にいたのかも、と思ったためだ。一方で、ハリスは興味なさそうな表情をしていた。
それからなんとなく気まずい雰囲気のまま、聡とは別れハリスとクロウは職員室のある一号館に向かった。担任に見学のことを相談するためである。
職員室に着き、担任のイサリビに報告すると案外すんなり受け入れてもらえた。その代わり自己責任な、という言葉はもらったが。学園内ランク7位ってのは案外信用あるもんなんだな、とハリスが思っていると、クロウがイサリビに話しかける。
「なあおっさん……、でいいのか? あんた強そうだな」
その言葉にイサリビは少し訝しげな表情を浮かべ、ハリスは驚きのあまりクロウの頭をはたいてしまった。
「おまっ……、何言ってんだ!」
「いやだってこのおっさん、なーんか強そうな雰囲気あるからよ」
「すいません先生、こいつ常識なくて」
ハリスは必死にイサリビに頭を下げる。何回か謝ってやっと許してもらえた。そして不機嫌っぽい声で話し始める。
「あー、クロウ君? 勘違いしないでほしいが」
そのいかつい眉毛を上げつつ、ごつい指でクロウを指差す。
「私はこう見えてもまだ28だ」
その言葉にクロウが吹き出しそうになったので、ハリスはクロウの腹に肘を入れる。肘を入れつつハリスは口を開く。
「それじゃ先生、俺らは先に教室に向かってますんで」
「ああ、俺もいまから向かおうと思ってたところなんだ。一緒に行こう。クロウ君の話も聞いておきたいしな」
それだけ言うと、イサリビは身支度を始める。イサリビには聞こえないように、ボソボソとハリスはクロウに忠告する。
「頼むから、余計なことは言うんじゃねえぞ」
「へいへい」
適当な態度で誤魔化すクロウを見て、大丈夫か……、と心配にはなるが、ハリスはクロウを信じることにする。
道中の会話は見学の理由とか当たり障りのないことばかりで、ハリスが心配するようなことは起こらなかった。時々クロウが何か言いそうになったときは肘をクロウの腋に入れて妨害したりはしたが。
「さ、ここが教室だ。入ってくれ」
扉を開けて入っていくイサリビに続きクロウ、ハリスは教室に入る。ハリスも一応クロウの隣に立っていることにした。
「ほら、お前ら座れ。今日はゲストが来てるぞ」
ゲストの登場とあって、うるさかったクラスメイト達は一気に静かになり、ハリス達のほうを向き始める。その中でもユイが唖然としているのが目に入った。
「えーと、彼はクロウ・オーラフォード君。今日、学園見学をすることになった。ハリスの知り合いらしいが、みんな、よろしく頼む」
「よろしくーっす」
イサリビの紹介に合わせて、クロウが軽くあいさつをする。それを横目で確認してからイサリビは言葉を続ける。
「じゃ、とりあえずクロウ君は後ろのほうで見学してもらえるかな。ハリスも後ろの席だし、ちょうどいいだろう」
その言葉に頷くと、ハリスとクロウは教室の後ろに行く。向かう途中のクラスメイトからの視線がハリスには少し痛かった。
「さて、じゃホームルーム始めるぞ。まずは……」
それからイサリビから軽い連絡事項が伝えられる。ハリスにとってどれも特に興味もないことだったので聞き流していると、突然ハリスの名前が呼ばれた。
「ハリス、お前は今日話があるから、帰りのホームルームが終わったらすぐに第三会議室に向かってくれ」
最初はなぜかわからなかったが、すぐに理解した。昨日呼び出されなかったが、恐らく『死神』事件のことだろう。それを何となく察して、ハリスはため息をつく。
「じゃ、とりあえず今日のところは以上だ。授業がんばれよー」
そう言って先生は出ていく。するとすぐに、ハリスとクロウはクラスメイトから囲まれた。ほとんどは興味や好奇心から色々なことを聞いてきたが、その中でも数人、何やら言いたそうで言い出せない生徒がいるのがハリスは気づいていた。
「ま、言い出せないよな……」
とだけ、ハリスはつぶやいた。
「ねえねえハリス君、ちょっといいかな」
クラスメイト達の興味が完全にクロウに向いたのでトイレにでも行こうと教室を出たところで、ハリスは1人の女子のクラスメイトに話しかけられた。ハリスは何となく話しかけられた理由を察し、口を開く。
「あー、もしかして、クロウのこと、気づいちゃった?」
「え、あ、その……」
数秒逡巡してから女子は、小さくうん、とだけつぶやいた。ハリスは手を合わせ頭を下げてから女子に頼み込む。
「んー、ごめん、一応、黙っといてくれないか?」
「あ、うん、わかった。でも……」
「ん? どうした?」
「今日の最初の授業、世界史だから……」
「あー……」
これは、まずいな、とハリスが頭をかいていると、授業開始を知らせるチャイムが鳴ってしまう。もうそんな時間だったのか、とハリスは思いながら教室に入る。
「げ、もう先生来てる」
こりゃどうにもならねえ……、と思いながら席に着く。
イサリビから既に名前などは聞いていた、初老で少しいかつい先生は、訝しげな表情でクロウを見ている。それから意を決したように、口を開いた。
「あー、クロウ君、だったかな? 確認したいことがあるんだが」
「ん、なんすか」
「君の名前、クロウ・オーラフォードで合ってるね?」
いきなりその話か、とハリスは少し冷や汗を流す。先ほどの女子も同じように緊張した表情をしている。
「ええ、そうっすよ」
クロウはニヤニヤしながら答え、対照的に先生は頭を軽くかかえた。そして言葉を続ける。
「あー、みんなに質問だ。この国の、4年前まで続いていた戦争について、調べたことがある人?」
その質問に、クラスメイトの大半が手を上げる。
「わかった、手を下ろして。それじゃあ続いて、アイブレプス、という言葉を聞いたことがある人?」
その質問には、1人だけしか手を上げなかった。先ほどの女子だ。
「……まあ、無理もないか」
先生が頭を抱えながらブツブツと言葉をつぶやき始める。強面の先生のいつもと違う様子に、生徒達がどうしたんだ? と少し騒ぎ始める。
「今日は予定を変更して、特別授業を始める。教科書は閉じていいぞ。ノートも無理にとらなくていい。テストには出さないしな。ただ、とりたい者はとってくれ。……ちょうどいい機会だ。お前らには、教えておこう」
その言葉を聞いて、生徒達は教科書をしまう。先生の随分重く真面目な雰囲気に、生徒達は若干だが緊張していた。
「まずは、8年前。この世界を今の3つの国、ヤジダルシア、ヨリアス、アミルフに分ける大戦争が起こった。それは皆知っていることだと思う。この戦争のおかげで、ヤジダルシアは全世界のおおよそ五割を国土とする大国家へと成長した。だが、それだけの国土を手に入れたにもかかわらず、この戦争において、ヤジダルシアの被害はそれほど多くは無かった。なぜかわかるか? そうだな……、シュトローム」
突然指名されたユイは、えっ、と声を上げて、少し考える。
「んと……、この国は元々軍事国家だったから……とか」
「それも正解だ。この国は他の国よりも軍事技術は優れていた。だがそれだけが理由ではない。それだけで世界の半分を、少ない犠牲で、牛耳れるわけがない」
そして先生は黒板に字を書いていく。チョークの音が、静かな教室に響き渡る。言葉を3つ書き終えると、その3つをチョークで指しながら先生は話を続ける。
「ヤジダルシアが他の国よりも優れていたものは大きく3つ。軍事技術、科学技術、そしてハリアルの研究だ」
その言葉に何人かの生徒が唾を飲み込んだ。
「特に、ハリアルの研究ではこの国は全世界でもぶっちぎりのトップだった。そしてヤジダルシアの中でも特にトップだった研究機関。それがアイブレプス、という名前だ」
先生はそう言うと、持ってきていた飲み物を勢いよく飲む。そして一息つくと、話を続けた。
「ヤジダルシア軍のトップは、そのアイブレプス、そして優れた科学技術に目をつけた。どのような戦闘を行えばハリアルがどのように進化するか熟知していたアイブレプスの研究結果、そして優れた科学技術を合わせ、戦闘兵に合うような特殊装備を開発。そうしてできた戦闘部隊の名が、フォード」
出てきたフォードという名に、一部からえっ、という名前があがる。
「どんな装備だったか、どんな人が在籍していたかなどの細かい情報は、極秘事項とされていて明らかにされていないが、その人数は12人。その内の1人は戦死して、今は11人が生きているのは分かっている」
大体の事情を察したらしい生徒達は、チラチラとクロウを見ている。クロウはそれを気にせず、真面目な表情で先生の話を聞いていた。
「その戦闘部隊、フォードの力は圧倒的なものだったらしい。たった1人で、戦場を支配していた。フォードの護衛についていた軍の部隊は何一つ手出しできないまま、その戦場は支配されていたなんて話も残っている。一個大隊以上の力を余裕で持つフォードの活躍もあって、ヤジダルシアは爆発的にその領土を広げていった。小さな国は支配され、大きかった国ですらも後退、降伏を余儀なくされた」
気づけば、先生が黒板に情報を簡単に書きながら続ける話の内容を、かなりの生徒がノートにとっていた。
「記録ではフォードが戦場に投入されたのがベルイン暦492年6月1日が始まりとされている。終戦日が496年12月10日。約4年と半年間。その期間で、元々ヤジダルシアが持っていた全世界の一割にも満たなかった国土を、全世界の五割にする働きをした。……ま、ありえない話だと思うだろう。俺も最初聞いたときは信じられなかったよ。そんなことが可能なわけがない」
一部の生徒達がその言葉に頷く。たった12人の集団が、4年と半年間でそれほど侵略していくのは、普通に考えて不可能だ。
「だがな、今のヤジダルシアの繁栄を考えて欲しい。戦勝国とはいえ、戦後から四年も経っていないのに、この繁栄はどう考える? それに戦時中、君達の親が、君達自身が徴兵されるなんてことはなかったはずだ。全世界を巻き込んだ戦争なのに、徴兵はなされなかった。食糧問題もそうだ。君達自身が体感するほどの問題にはならなかったはずだ。なぜか。……簡単だ。フォードが圧倒的な戦力で戦場を支配し、こちらの軍の兵を減らさず、戦えたから。領土を爆発的に広げることで、食料不足には至らなかったから。領土を広げてからも、他の国に首都を、アルトロを攻めさせる暇など与えなかったからだ」
それだけ言われれば、生徒達も嫌でも理解した。フォードがいかに圧倒的であったかを。理解と共に、皆がこわばった表情をしていた。
「ま、元々軍事国家だったこの国がフォード投入までの半年間、守りぬけたって事も関係してるだろうが。さて、これだけの働きをしたフォード、もといアイブレプスだが。戦争終了とともに、極秘裏に解体され、抹消されたらしい。理由などはわかっていないがな。だが、その戦果や功績をたたえ、名前にフォードとつく者は改名を義務付けられたようだ。そしてフォードと名前につけることは禁止された」
そういえば……、という声があがる。昔、フォードという名前についての改名騒動などは一部ニュースになっていた。忘れていた者も思い出したように、教室がざわついていく。
「……ここまで話せば皆は理解しているだろうが。クロウ君。君の名前はクロウ・オーラフォードといったね? もしそれが偽名じゃなければ……、そういうことなのかな?」
先生の質問に、クラス中の視線がクロウに向く。クロウは腕を組み、しばらく何かを考え込んだ後、パチ、パチとゆっくり拍手をし始めた。
「正解。ま、そういうことだ。俺はフォードの一員。あの戦争の、生き残りだ」
その言葉にクラス中がざわめく。一部の生徒からは信じられない、といった声も当然あがっている。
「だが先生、その話は残念ながら間違いだ。フォードが科学技術で特殊装備をつけていた、って言ったな? ……残念ながらそれは違う」
そう言いながらクロウは、教室の前方に歩いていく。ハリスはその様子を不安そうに見つめる。そして教壇の前に立つと、楽しそうにこう言った。
「……いいかてめえら、真実を教えてやる」
またもクラス中がざわめく。先生は横で驚きの表情で固まっていた。
「まず、アイブレプス。やつらはどうすれば、ハリアルがどんな風に進化するかはわかっていた。それは正解だ。だがやつらが研究してたのは、そんな統計学で分かるような生ぬるいことじゃない。やつらはもっと違うことを研究していた」
始まったクロウの話に生徒達は先ほどよりも興味深そうにしている。戦争を体験した者の話など珍しいのだろう。横に立つ先生も腕を組んで真剣に話を聞く。
「やつらが研究していたのはハリアルの五規則をどうすれば崩せるかだ。どうすれば1人が2つ以上のハリアルを持てるか。どうすれば特殊能力などを付与できるか。どうすれば17歳より前にハリアルを生成させられるようにできるか。どうすれば人間が最初に持つハリアルを指定できるか。どうすれば他人に渡したときのハリアルの持続時間を延ばす、もしくは無限にできるか。どうすれば生成の際にかかる、時間という障害を取り除けるか。もちろんそれだけじゃねえ。一度手にしたハリアルは変更することができるかとか、ハリアルの形を変えられるかとか、色んなことやってたな」
クロウは意気揚々と、身振り手振りを交えながら話していく。そしてそれを眺めるハリスは、気が気ではなかった。何か変なことを言い出さないか、と。
「そんなことを研究するのには、もちろん普通の研究じゃできねえ。そこでやつらが行ったのは人体実験。まあこれくらいは予想範囲内だろうさ。だがただの、生ぬるい人体実験じゃねえ」
クロウが人体実験のことを話し始めたのを見て、ハリスは鋭い視線をクロウに向ける。クロウはそれを気付きつつも、意に介さずに話を続ける。
「ハリアルってえのは、いわば魂に植えつけられた能力みたいなもんだ。そんなもんをいじくるには、苦痛が伴う。それも最上級のな。……苦痛で死に至るやつらもいたっけな」
クロウが話す内容は、生徒達には重過ぎる内容だった。一部の生徒は驚きからか、口を抑えている。そんな様子を見ても、クロウの話は止まらない。
「……ま、実験の内容は話さないでやるよ。そんな実験で出来上がった研究結果、人体実験で生き残ることができた運のいい奴ら。それが俺らだ。俺らは人体実験をこなしつつも、今度は戦闘訓練を積んだ。血のにじむような、な。そして人体実験や戦闘訓練を積んで、出来上がった兵士。その兵士達の集まりがフォード。俺らは戦場に出た。そして、研究結果たる俺らは十分すぎる結果を残した。戦場を支配する、というな」
そこで一旦話は終わり、クラスに静寂が戻る。生徒達の唾を飲む音が響く。生徒達を見回し、表情を一通り観察してからクロウは再び話し始める。
「それからの戦争は先生が話した通り。そのまま支配を続け、ヤジダルシアは戦勝国となり、アイブレプス、もといフォードは称えられた。……ま、そんなところだ。これが事の顛末。事の真相」
わざとらしくクロウは話の終わりをあらわすように手を広げた。しかし拍手などは起こらない。皆が呆然としていた。自分達が平然と暮らしていたあの戦時中、そんなことがあったなんて、思いも寄らなかったからだ。
「信じられないってんなら、証拠は見せれるが……。どうするよ?」
その言葉に何か返せる者はいなかった。人体実験の結果、なんて言われたものを見るのは気が引けたからかもしれない。
「なーんだ、皆黙りこくっちゃって。ま、俺の話は以上だ。すまなかったな先生、授業を続けてくれ」
そしてクロウは教壇を降り、教室の後ろへと向かった。途中すれ違ったハリスの肩をポン、と叩きながら。
「……あー、一応、聞いておくが、クロウ君の知り合いらしいハリス君、君は……」
先生のその言葉にクラス中の視線がハリスを向く。ハリスが答えようとしたが、クロウの言葉がそれを遮った。
「いや、違いますよ。こいつは戦争が終わってから知り合ったやつですから」
その言葉にクラス中が安堵の表情を浮かべた。クラスメイトに、戦争の体験者なんていたらどんな顔をすればいいのかわからないからだろう。そんな中でもユイが小さくよかった、と言っているのがハリスには聞こえた。
その後の授業は戦争についての軽い授業や、質疑応答が行われた。授業時間が終わるまで、クラス中はなんとなく重い空気になっていた。そして授業終了のチャイムが鳴り、先生が出て行った途端。生徒達が一斉に息を吐くのがわかった。みんながすごいな、とか言ったり、呆けたりしている中、何人かがクロウのもとに駆け寄り、色々と戦闘のことについて話していた。
そんな中、ユイがハリスの下へ駆け寄ってきた。そして教室の外に連れ出して話し初めた。
「……ハリスはさ、クロウがフォードだってこと知ってたの?」
「……んー、まあ、な。一応、それとなくは」
ハリスは困ったような表情を浮かべ、ユイからは視線を外しながら答える。
「どこで知り合ったの?」
「……ここに入学する前、ハリアルの特訓してるときに、民間訓練場で」
「ハリスのハリアルは、短刀だよね? いつも出してる」
「ああ、そうだよ」
「なんか、すごい力持ってたりしないよね?」
「しないよ。……どうしたんだ、急に」
休む暇もない勢いで質問を重ねてきたユイは、顔を少しふせてしまう。その様子をハリスは大丈夫か、と不安に思う。まあ、無理もないか。とは思ったが。
「……だって、あんなこと聞かされて。クロウとハリスは知り合いだっていうし。そしたらハリスもフォードなんじゃないか、って思えてきちゃって。そしたら頭の中ぐちゃぐちゃで、不安になっちゃって」
必死に我慢しているが、ユイが少し涙声なのがハリスには伝わっていた。もしかしたらそれで顔をふせていたのかもしれない。
「……大丈夫。俺は、フォードなんかじゃないよ。人体実験の結果なんかじゃない。俺は、ハリス・メイソンだ。大丈夫」
ユイの頭をゆっくりと撫でながらそう答える。
「……うん」
ユイは涙をぬぐい、微笑みながらなんとかそう答えた。その後も、しばらくユイの頭を撫で続けていたが、ハリスは横からの視線に気づいた。
「なにしてんだ、お前ら」
「いやー、ハリス君が女の子を泣かせそうだったから? 心配になってついてきたらさー」
「なーんかいい雰囲気でなあ。つい影から見守っちまったぜ」
茶化してきたのは、聡とクロウだった。調子のいい2人を見て、少し穏やかな表情を浮かべると、ハリスは口を開く。
「……あんな話聞いても、お前らは仲いいんだな」
そうハリスが言うと、聡が少し考えた後、こう言った。
「いやー、話聞きながら色々考えてたけどさ? 研究結果とか言われても、俺たちを救ってくれたことには変わりないし。クロウはクロウだしな!」
「ほう、てめえいいこと言うじゃねえか」
それからじゃれあう2人を見ながら、ハリスは笑っていた。
昼休み。ハリスはいつもならユイや聡とご飯を食べるところだが、今日はクロウを呼び出して屋上に来て いた。屋上は普通は出入り禁止だが、侵入した。
購買で買ったパンを食べ終えてから、クロウが伸びをしながらハリスに話しかける。
「いやー、屋上は気持ちいいなあ。まして満腹になった後だとなおいいじゃねえか」
「……そうだな」
紙パックのコーヒー牛乳を飲みながらハリスは答える。呑気に体を伸ばしているクロウとは違い、ハリスはフェンスにもたれかかって座っていた。
「……なあハリス、お前、今日の授業のこと考えてるのか?」
「んー、まあな」
気の抜けたハリスの答えにクロウは肩をすくめる。そんなクロウを見て、ハリスは続ける。
「お前さ、なんであんなこと話したんだよ。別に話さなくてもいいことだろ?」
「…………」
ハリスは、それが気にかかっていた。話さなくても、それで正解、と言ってしまえばよかったのに。クロウはそういうことを話したがるような性格でもない。
「ま、俺も驚いたさ。なーんであんなこと話す気になったのかってさ」
タバコの代わりにくわえている爪楊枝を上下させながら、クロウは話し始めた。
「多分、気に食わなかったんだ。俺らのことが、アイブレプスのことが、あんなに美談っぽく語られてるのがよ」
「……それだけ、か?」
「……それだけさ」
「……お前らしくないな」
そう答えたハリスに向けて、クロウはカカッ、と短く笑う。
「確かに、俺らしくはねえな。それを言ったらてめえだってそうだろ」
「…………」
「なーんで、あのとき止めなかったんだよ。止めときゃよかったろ」
そのことは、ハリス自身も気にかかっていた。なぜ、あのとき自分は止めなかったのか。なぜ、黙って聞いていたのか。なぜ、クロウを睨むだけだったのか。
「さあ、な」
「カカッ。……変わったんだよ。俺も、お前も」
「変わった、ねえ」
「お前も色恋沙汰にうつつを抜かすようになったしな」
ハリスは、うるせえ、と軽くクロウを小突く。クロウは短く笑ってから、話を続ける。
「……ま、本質的な部分じゃ何一つ変わってねえとは思うがね」
「本質的?」
「ああ。俺が戦いを、強者を求めてるのは変わってねえ。お前だって、あの頃から変わってねえんだろ? 『死神』さん」
「…………」
それから昼休みが終わるまで、二人は無言で空を見つめていた。
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