第2話 クロウ

 『死神』事件に対し、学園はほぼ、ケイトの予想通りの対応を取った。

 宿舎に住んでいる生徒の夜間外出禁止、警備員の増員。そしてさらに『死神』捕獲に向けての捕獲隊を教師陣数名で結成することも発表した。また、軍の特殊部隊が学園警備のために配備されることが正式に決定したとも発表。1日の授業が終わり、放課後に差し掛かる頃に発表されたこの情報は、一気に学園内共通の話題となった。

 さらに、今日の午前3時ごろに起きたとされる新たな『死神』事件のことも相まって、学園内は『死神』の話題で持ちきりとなっていた。

 それはハリスのクラス、4年C組も例外ではなかった。周りが同じ話題ばっかりで少し面白いな、とハリスが思っているところに、聡が話しかけてくる。

「しかし、こうまで話題が『死神』一色になるとはな」

「まったくだよ。さすがにビックリだ」

「そういや、学園内7位のハリス君のところには先生から何かお手伝いの連絡とか来なかったんですか?」

 聡がわざとらしく、からかうように敬語を使ってハリスに問いかける。それを見たハリスは確かな不快感を表した表情をしてから口を開いた。

「なんだよその空々しい演技。気持ち悪いぞ」

「うっせ。で、実際どうなのよ?こういうときって、10位以内の人には何かしら通達くるって聞いたけど」

 確かに、3年生の終盤の頃、ランクが10位以内に入ったとき、ハリスは担任からそんなことを聞かされていた。10位以内の生徒は、学園内での有事の際には何かしら通達が来る可能性がある、と。つまりは、その力を学園のために活かせ、ということだ。

「んー、まだ来てねえな。もう放課後だし、そろそろ来るんじゃね?」

「それもそうか。ま、期待してますよ」

「うっせ」

 ニヤニヤしながらからかってくる聡を、ハリスはわずらわしそうに蹴った。聡はそれを軽くいなしながら言葉を続けた。

「とりあえずさ、呼び出しがかかるまではどっかで遊ぼうぜ」

「そうだな。久しぶりに学園の外で遊ぶか? 最近特訓ばっかだったし」

「お、いいね。じゃあ早速行きますか」

 2人が外に出る準備をして、さあ行こう、となったとき。2人を呼び止めるように、ユイが後ろから声をかけた。

「なになに、どっか行くの?」

「おおユイ。これから遊びに行くんだけど、お前も来る?」

「遊びに行くの!? 行く行く! ちょっと待って、準備しちゃうね!」

 ユイはさっきまで話してたらしいクラスの女子と少し会話をしてから、カバンを持って2人の下に駆け寄ってきた。女子と話してたなら無理して来なくても……、とハリスは言おうとしたが、昨日のケイトの講義を思い出して言うのはやめておいた。

「じゃ、とっとと行きますか。ハリスがお呼び出しをくらう前に」

「ん? なにそれ、どゆこと?」

 ユイが不思議そうな顔でハリスと聡を交互に見る。聡はハハハ、と笑ってから話を続ける。

「途中で説明するよ」

「おお、楽しそう」

「別に楽しいことでもねえっつうの」


 それから10分くらい経った頃。場所はヤジダルシア首都、アルトロ。その中でも多くの人が集まるアルトロ駅前。

「わー、外だー!」

 ユイがはしゃいでいた。

「やめろ恥ずかしい。電車の中でもはしゃぎやがって」

「まあまあいいじゃないのハリスー。ところでさ、呼び出しあるかもしれないのに駅前まで来ちゃっていいの?」

「あー」

「あー」

 ハリスと聡が、2人揃って同じ声をあげる。よくよく考えればわかることであったが、完全に抜けていた。

「まあ、いいんじゃね?」

 聡は割りと適当なので、遊ぶことを優先したようだ。ハリスもとくに異論はなかった。

「ハリスがいいならいいけどねー。さて、最初は何行く? ゲーセン? カラオケ?」

「とりあえずゲーセンでいいだろ」

 ちょうどやりたい台もあるし、とハリスは付け加えた。

「お、いいねえ。今日も対戦するか?」

 聡がのってくる。聡とハリスはよくゲーセンで対戦ゲームをやるのだが、今まで勝てた試しがハリスにはほとんどなかった。現実の対戦なら負け無しなのだが、ゲームでの対戦となるとハリスは全くダメだった。

「……聡、今日こそ倒す」

「そのセリフ何回目だよ」

「今日で526回目! 入学以来の因縁、今日こそつけるぞ!」

「……って、昨日の俺のセリフを真似するな」

「お前もノリノリで俺の真似したじゃねえか」

 二人が笑っていると、ユイが不機嫌そうに間に入ってくる。昨日闘技場にいなかったユイには今の話がわからないようだった。

「ちょっとー、私だけ除け者なんだけどー」

「ハハハ、気にするな」

 ハリスは笑いながらユイの髪の毛がぐしゃぐしゃになるように撫でる。

「ちょ、ちょっとー! 乙女の髪に何するのさー!」

「ハハハ、気にするな……っ、と」

「ん? どうしたハリス?」

 何かに気づいた様子のハリスに気づいた聡が問いかけてくる。

「あー、いや、ちょっと銀行から金下ろさねえとって思って。悪いけど先行っててくれ」

「あー、了解。とりあえずいつもの台にいるから」

「おう。できるだけすぐいく」

 不機嫌そうに髪を直すユイとそれをなだめる聡を見送ってから、ハリスは銀行へと向かった。

 しかし、そのまま銀行へは入らず、横の細道に入る。そのまま細道を進み、周りに人もおらず、誰も来ないような場所まで来たところで立ち止まる。そして、無言で振り返る。

「…………」

 ハリスが振り返った先には、1人の男が立っていた。髪は適当に切りそろえられた金髪で、サングラスをかけ、くわえタバコをしながらニヤニヤしている。その男を見たハリスは、ため息をついて頭をかいてから口を開く。

「……なんだよ、誰かついてくると思ったら、お前かよ」

「おいおい、久しぶりの再会なのになんだよは無いんじゃねえか? 兄弟」

「誰が兄弟だ。お前とは兄弟になったつもりはねえよ」

 金髪の男は相変わらずニヤニヤしている。対して、ハリスは少し険しい顔つきだ。

「なあハリス。別にこんなとこまで来なくてもよかっただろ?」

「俺らにカフェとかは似合わんだろ」

「ハッ、違いねえな」

 カッカッカッ、と男は笑う。それに合わせてくわえタバコが上下に揺れた。

「んで、何の用だよ。クロウ」

「いやあ、用って程でもねえんだけどさ、たーまたまアルトロに来ててよ、そしたらお前見かけちまってさ。随分楽しそうだからつい、な」

 カカカ、とクロウは笑った。

「……どうせ、たまたま来たわけじゃないんだろ?」

「んー、どうだかなあ」

「隠さなくてもわかるっつうの。お前のことだから、『死神』に会いに来たんだろ」

「あら、ばれちゃったか」

「ばれるわアホ。そんで調べてたら俺がこの近辺に住んでることが分かったから会いに来た。違うか?」

「ご名答ご名答」

 答えながらクロウは軽く拍手をする。ホントにこいつは……、と頭をかきながら色々と考える。さて、どうしたものか……、と考えていると、クロウが近づいてきた。

「安心しろハリス。別にどうしようって気はねえさ。久しぶりにお前に会いたくなっただけだ」

「…………」

 信用しなさそうな目つきでハリスはクロウを睨む。クロウは気にせずに言葉を続ける。

「それに他のやつらにもな。後は……そうだな、お前に『死神』事件のこと聞きたくなったとか、か?」

「…………」

「お前はどう思うよ?」

 クロウは軽くそう尋ねた。その顔は、相変わらずニヤついている。その顔を軽く押しやってから、ハリスは口を開く。

「……別に。ただの殺人狂とかじゃねえのか?」

「ハッ、本当にそう思うか?」

「……お前はどう思うんだよ」

「さて、ね」

 わざとらしく肩をすくめるクロウ。なんとなくイラっとしたハリスはとりあえずクロウの頭を殴っておいた。

「いってえな! なにすんだ!」

「お前が悪いんだろうが……」

 ハリスが怒っているのがダイレクトに伝わるほど気迫がすごいので、クロウは少し後ずさりする。

「悪かった悪かったって。今のところは帰るから。な?」

「今のところは……、ってことはまた会いに来るのか?」

「いや会いに来るっつうか、どうせすぐ会うだろと思ってな」

 また会いたくないという気持ちを前面に押し出した表情をするハリス。それとは対照的にクロウはカカカ、と笑っていた。

「んじゃ、俺はいくよ兄弟。また会おうぜ。戦場でよ」

「嫌だね」

 またカカカ、と笑いハリスの横を通り過ぎて去っていくクロウ。数秒した後、ハリスは、クロウ、と名前を呼んで振り返ったが、もうそこにはクロウの姿はなかった。


「……遅いよー。ハリスー。うううう」

 ゲーセンに行くと、聡に何回も負けたであろう、心がボロボロになっているユイがすがりついてきた。ううう、と唸るユイの頭を撫でながらハリスは聡に尋ねる。

「悪い。ちょっと旧友に会ってな。……で、聡、なんだこの惨状は」

「いやあ、久しぶりにやったら熱入っちゃってさ。ちょっと、ね。その……」

「やりすぎた、と」

「まあ、そんなとこ」

 ハハハ、と聡は苦笑いをする。

「つっても、俺はゲームじゃ敵討ちできねえしなあ」

「ま、とりあえず1戦やろうぜ。1戦」

 まだ唸っているユイを撫でてから、いつもの対戦ゲームの台に向かう。しかしその台は別の誰かが操作していた。

「っと、いつの間にか誰かやってるみたいだ。別のにするか?」

「……いや、ちょっと待て」

「ん?」

 その台に座っている男は金髪で、タバコを吸っている。なんとなく見たことのある後ろ姿……、と思ってハリスが観察していると、その男が振り向き、手を上げ、こう言った。

「よう、また会ったな、ハリス」

「また会ったな、じゃねえええ! 何やってんだよクロウ!」

 その男は、クロウだった。勢いよくツッコんだハリスを見て、クロウはカッカッカッ、と笑った。そして話し始める。

「何って、対戦ゲーム」

「そ、う、じゃ、ね、え。お前帰るって言ってたじゃねえか」

 クロウに詰め寄り強く言うハリス。クロウはカカカ、と笑い答える。

「さっきは帰った。会いに来てはないぞ! 偶然の出会いだ!」

「……。戦場でまた会おうぜみたいなこと言ってたじゃねえか」

「何を言う。ゲーセンは戦場。対戦ゲームもまた然り。俺は間違ってねえぞ?」

「ああ……。もういい……」

 ホントにこの男は……。1回本気で殴ってやろうか……、と思っているハリスの横で、クロウは腹を抱えて笑っていた。

「あのー、ハリス、この方は……、知り合い?」

「あー、こいつは」

「おーう、ハリスの親友もとい兄弟、クロウ・オーラフォードだ。よろしくな」

 説明しようとしたハリスの言葉を遮って、肩を組みながらクロウがそう言う。たばこ臭さからハリスはクロウを遠ざけた。

「……こりゃまた変わった知り合いで。ところで、クロウさんもこのゲームを?」

「おうさ。少し自信があるぜ。なんならやるか?」

「お、いいですね」

 なぜか聡とクロウが盛り上がってる中、ハリスはもうやだ……、とつぶやいていた。

「いやー、なんか面白いことになってるねえ」

 ユイがニヤけながらそう言った。それを聞いて、ハリスは軽くユイの頭を叩いてから、口を開く。

「俺は面白くねえけどな。あんまりあいつに関わらないほうがいいぞ」

「んー、関わったほうがハリスをからかえる気がするから、嫌だ!」

「……もう勝手にしてくれ」

 後ろでユイがフフン、としている中、ハリスは再び、もうやだ……、とつぶやいた。

 それからハリスは、クロウと聡の試合を眺め始める。

 体力ゲージはお互いそこまで減っていなく、ほぼ互角。時間だけが減っていき、試合展開は思っていたほど進んでいない。想っていたよりも、試合は白熱していた。

「ほー、なんかすごい試合だねえハリス」

「そうだな。まさかクロウがここまでやるとは」

「このままじゃ引き分けもありそうだねえ」

「てか引き分けじゃないか? もうすぐ終わっちまうぞ」

 そのまま試合は膠着状態がすすみ、残り時間もあと10秒、となったとき。試合が動いた。

 聡の操るキャラが動き、コンボを決め始めた。このままコンボで押し切るか、と思ったとき、クロウの操るキャラのカウンターがうまく決まる。そのままコンボにつなげ、いざ必殺技……!となったとき。

 残り試合時間が0となった。

 結果は僅かながら体力が勝っていた聡の勝利。最後のクロウのコンボは惜しくも聡の体力ゲージを削りきれていなかった。ラスト10秒の駆け引きに、いつのまにか出来上がっていたわずかなギャラリーから拍手と歓声があがる。そしてほぼ同時に2人は立ち上がり、お互いに近寄り、握手と熱い抱擁を交わした。その様子にギャラリーは一層盛り上がった。もちろんユイも盛り上がっていた。

 ただ1人、ハリスだけ何やってんのお前ら……、という言葉を漏らしていた。


「いやあ、熱い試合だったな、クロウ!」

「全くだぜ聡! こんなに熱い戦いはひっさしぶりだ!」

 あれから何回も対戦を繰り返して疲れたので、ゲーセンを出て近くのファストフード店に入ったハリス、ユイ、聡、クロウの4人。そのうち聡とクロウはかなり意気投合して、熱く語り始めていた。その様子を見て、ドリンクを飲みながらユイがつぶやく。

「……私にはわからない世界だあ」

「俺もわかりたくない世界だ」

 ハリスもドリンクをすすりながら不満そうにそう呟く。その様子を面白そうに眺めながらユイが口を開いた。

「ところでさ、この後はどうする? ハリス。もう結構暗くなってるけど」

「あー、そろそろ帰らなくちゃやばいんじゃないか? ほら、外出禁止でてるし」

 ハリスが頬杖をつきながら答える。ユイは腕を組み、軽く唸る。

「まだいけるけど……。どうしよう」

「ギリギリになって怒られてもな。ユイだけ宿舎なんだし、先に帰るか?」

「あー、そうしようかなあ……」

 少し残念そうにドリンクをすするユイを見て、ハリスは昨日のケイトの講義を思い出した。講義の内容を頭の中で反芻しながら、慎重に口を開く。

「あー、なんなら送ってくか? 今はほら、危ないし」

 少し恥ずかしかったが、なんとか言葉にする。ハリスが滅多に言わないことを口にしたので、ユイは目を見開いてストローから口を離し、驚いていた。それを見たハリスは不服そうにつぶやく。

「……なんだよ」

「え、え、いいの!? なんで!?」

「いや、まあ、この2人はなんか語ってるし、ここに一人だけ残ってもな」

「あー、まあ、そうかもだけど、ハリスがそんなこと言うなんてビックリだよ」

「ほっとけ」

 少し気恥ずかしくなり視線を外すと、聡とクロウがニヤニヤしながらこっちを見ていた。ハリスは、表情でもって不快感を表す。

「あらあらハリス君、やっとそんなことを言うようになったのか」

「うるせえ聡。まずはその顔をやめろ」

「いやあ、しばらく会わないうちにこんな子に育ってたなんて。お兄さんビックリだぜ」

「うるせえクロウ。殴るぞ」

「ハリスもやっと成長したんだねえ」

「うるせえユイ。ってお前もかよ!」

 とりあえず聡とクロウのニヤニヤしてる顔はむかついたので、軽く殴っておいてから席を立つ。そしてカバンを持ってからユイに向かって言った。

「ほら、行くぞ」

「ああ、うん。それじゃ、聡、クロウさん、またね!」

「聡はともかくクロウとは会わないでいい」

「そんなこと言うなよ兄弟」

 なんとなくもう一度殴っておき、それから店を出る。2人で帰路を歩き始めてすぐに、ユイがへへへ、と笑い始めた。

「いやあ、まさかこんなことがあるなんてねえ」

「なんかやめろ、恥ずかしくなってきた」

「へへ、私は嬉しいからどんどんやってくれていいんだよ?」

 無邪気に笑うユイを見て、一層恥ずかしくなったハリスは、うっせ、とこぼし視線をそらした。それから少し無言になったが、すぐにユイが話し始める。

「……ね、昨日ケイト先生に何か言われた?」

「……なぜわかる」

「急にこんなことあったからね。思い当たる節がそれくらいしかなかったから」

 言い当てられたことで、ハリスはなんとなく気恥ずかしくなり頭を掻く。

「悪いな。ケイトの入れ知恵で」

「ううん、それでもいいんだよ」

 それからまた短くヘヘヘ、と笑う。その顔は少し赤くなっているように見えた。

「さっきも言ったでしょ?私、嬉しいから!」

 さっきと同じように笑うユイを見て、また恥ずかしくなったハリスは、今度は何も言わず視線をそらした。

 それから学園前で別れるまで、2人は顔が赤いまま無言だった。

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