第一節 ハリアル訓練学園
第1話 再生世界
ヤジダルシア国立ハリアル訓練学園。
ヤジダルシアの首都、アルトロに存在する世界最大の国の、世界最大の、ハリアルの訓練学園。5年制の学園で、高校を卒業したものが通うことを許される学園。その生徒数は、5378人。総面積は462,165㎡。
その広大な敷地内には10の闘技場、8つある訓練場、6つの校舎、5つの宿舎、世界でも有数の蔵書量を誇る図書館等、様々な施設が存在する。
そんな学園の広大な敷地の、闘技場が並ぶ広大な一角の中の、小さな第八闘技場。
そこで4年生のハリス・メイソンは同級生であり親友の
「……ハリス、今日こそ倒す」
「そのセリフ何回目だよ」
「今日で526回目!入学以来の因縁、今日こそつけるぞ!」
聡は奮い立っているが、その一方でハリスはやる気がなさそうに灰色の髪をぐしゃぐしゃに掻く。さらにその灰色の目にはやる気の無さが表れていた。
「あー、今日はとっとと帰りたかったのに」
そんな2人を見ながら、監視所にいる教師の、
「ほら、そろそろ始めるぞ。ルールは分かりきってるだろうが、仕事上説明しとくぞ。制限時間は30分、どちらかが降参すれば勝負終了。30分経ったらこちらの判断で勝敗を決める。あとは自由。いいな」
聡はおう、と叫び、ハリスは軽く手を上げて、2人はそれぞれ了解の意を示した。
「では……はじめ!」
イサリビの合図とともに2人がハリアルを出し始める。
ハリアル、それは神が与えたとされる力。それは、その場で武器を自由自在に生成したり、消滅させたりする力。しかし万能なわけではなく、いくつか制約が存在する。
一、ハリアルは1人につき1つだけ。超能力のような、いわゆる特殊能力などは存在しない。
二、ハリアルは17歳の誕生日に初めて使えるようになる。
三、どんな武器を手にするかは完全に運。何が出るかは分からない。
四、自分のハリアルを他人に5分以上持たれると消えてしまう。その条件で消えてからは、五分経たないとハリアルの生成はできない。
五、ハリアルを生成及び消滅させる際、むやみに動いてしまうと生成及び消滅はうまくいかず、生成失敗及び消滅失敗する。
ハリアルを生成及び消滅する際には小さな光が発生し、使用者の手や足など、それぞれに適した部位に生成される。その生成時間は人によってそれぞれだが、熟練者ほどその生成時間が速いとされている。
ハリスがほんの一瞬、手元を光らせ短刀のハリアルを生成する。それに続くように、聡が手元を少し光らせ、斧を生成させた。聡が生成し終えた巨大な斧を見て、ハリスが口を開く。
「あれ、お前の斧、前よりもでかくなってね?」
「ああ、この前よりも少し成長したな」
ハリアルは、使用者の戦闘経験、体つきによって、不定期に、使用者も知らぬうちに勝手に成長する。初めて使用するときはどんな人間のハリアルも、種類にかかわらず小さく、あまり武器としては役に立たないようなものなのだが、時間が経ち、経験を積むにつれ大きくなったり、使用者の戦闘スタイルに合わせて変わっていく。変わる姿は、使用者が決めることはできない。
「……てことは、今回はちょっとは期待できそうか?」
ニヤニヤしながらハリスは戦闘態勢に入る。
「かもな。ほら、そろそろ行く……、ぞ!」
そう声を上げて、聡はハリスに勢いよく駆ける。そのままの勢いで、斧を振りかぶり、斬りつける。しかしハリスは短刀で柄の部分をはじいて軽くいなし、聡の斧は地面に突き刺さる。
「こ……のっ!」
突き刺さった斧をすぐさま引き抜き、今度は横なぎに何度も斬りかかる。スピードこそ遅いが、威力のあるその攻撃を、短刀でいなし、かわしていく。
「おお、この前より少しスピード上がってるじゃん」
ハリスは斧をかわしながら、余裕そうに言った。
「うるっさいん……だよ!」
ハリスの余裕さにイラついた聡は、体を一回転させ、その勢いで斧を横なぎに振った。
ハリスは高く飛ぶことによりその攻撃をかわす。しかし、聡はそれを読んでいた。先ほど右に振った斧を、向きはそのままに左に振る。空中にいたハリスはかわせず、その攻撃をまともに受けてしまう。刃のないほうがハリスに当たり、その衝撃でハリスは吹き飛んだ。
「へっ、どうだハリス……。やっと当たったぜ」
派手に吹き飛んだハリスは、闘技場の端で天を仰ぎながら横たわっていた。
聡はそれを見て勝利を少しだけ期待するが、その期待はすぐに頭の中から振り払う。こんな事で、ハリスが負けるはずがない。
そんな聡の予想通り、ハリスは軽いため息をつきながらゆっくりと立ち上がった。
ハリスはあれだけ派手に攻撃を受けたのにも関わらず、特に辛そうな様子は見られない。服についた土を払いながら、少しだけうれしそうに口を開いた。
「いや、今のは良かったな。うっかりまともにくらっちまった」
「……そう言いながらなんでそんなにピンピンしてるんだよ」
「受身したし」
「受身だけでダメージがなくなるような攻撃してないはずなんだけどな」
親友がついた悪態に、ハリスはすこし微笑みながら答える。
「ま、うまくやったのさ」
「ほんと、冗談みたいな強さしてるよ、お前はさ」
「そりゃどうも」
「褒めてねえ、……よ!」
そう言うと、聡は駆ける。ハリスは手にしていた短刀を軽く回し、戦闘体勢を整えた。
聡はハリスの元にたどり着くと、もう一度ハリスに攻撃を始めた。斧を縦横無尽に振り回し、先ほど同様にハリスの隙を作ろうとする。
一方ハリスは、聡から繰り出される攻撃をいなしながら、そろそろ動き出すか、と考えていた。
聡が攻撃し、ハリスがいなす。そんな光景が何回も、何分も繰り返される。そして残り時間が半分を切った頃、ハリスは動き出す。
攻撃を弾いて一瞬の隙を作り、後退して10mほどの距離をあける。今日までの525回の戦いでも滅多にしなかった後退に、聡が焦っているのが見て取れた。
「そろそろ俺も攻撃に転じないとな。判定で負けちまう」
「よく言うよ。そんなに余裕なくせに」
「避けてるだけじゃだめだろ」
今日の勝負は聡の攻めがいつもよりうまくいっていた。先ほど受けた一撃もそうだ。確実に、聡の腕は上達している。そう感じていたハリスは、もしかしたら判定で負けるかも、と考えていた。
「ほら、行くぞ」
その声と共に、ハリスは一気に聡に向かう。10mほどの距離などなかったかのように、一瞬で距離をつめ、勢いのまま突きを放つ。
「うお、はやっ……!」
聡は右手で慌てて剣先をずらす。攻撃はそらされたものの、少しだけ聡の腕に切り傷がつけられた。そのまま、何回もハリスは聡に切りかかる。聡はそのすべての攻撃をなんとか対処しようとするが、全身にいくつもの切り傷が増えていった。
ハリスはふっ、と軽く息を吐くと、地面を軽く蹴り上げ、一瞬のうちに聡の後ろにまわる。聡はなんとか振り向き斧で攻撃を仕掛けるが、簡単に避けられハリスの攻撃を許してしまう。
それからハリスは、聡を振り回すような動きをとった。後ろを取り、打撃や突きで、少しずつ聡の体を痛めつけていく。そしてそれに合わせようと素早く動く聡の体力は段々と消耗していく。巨大な斧を振り回しながら動いているのだから、無理も無い。
数分その攻撃を繰り返していると、突然聡が斧を地面についた。それと同時に、ハリスは攻撃をやめ距離をあける。
「……ああ、くそ、かなわ、ねえなあ」
「……どうする? まだやるか?」
「こんな、状態の俺に、それ、聞くか?」
その聡の言葉のあと、闘技場にブザーが鳴る。試合終了の合図だ。イサリビに降参と認定されたのだろう。そのブザーと同時に聡は斧を消し、地面に倒れこんでしまった。
「ちょっと本気、出しすぎたかな」
ハリスは少し後悔すると、聡を担ぎあげる。そしてイサリビに向かって話しかける。
「じゃ、郷先生、医務室行ってきます」
「おう、とっとと行ってやれ」
イサリビは、今までの525回で同じような光景を何度も見て来たのを思い出して、呆れたように笑いながらそう言った。ハリスはイサリビに手を振ると、医務室へと走った。
「失礼しまーす」
闘技場区画内にいくつもある医務室。その中の第九医務室にハリスは来た。今までの戦いで聡が倒れると、ハリスは毎回ここに来ていた。
医務室に入ってきたハリス達を見て、女性の保険医が口を開く。
「あら、ハリスに十文字じゃない。また来たのね。……って今回はまたひどいわね」
「いやあすこし本気出しちゃって」
「あんたねえ……。あんたは学園内ランク7位でしょ? 5年生以外で唯一の100番以内なんだから、あんまり本気ださないの」
「へーい」
ハリスに注意を促している保険医はケイト・ローレンス。茶髪で髪型はロングでウェーブ。また、26歳ながら少し妖艶な雰囲気をただよわすこの保険医は男子の絶大な人気を得ていた。そのせいでこの医務室は男子がよく来ているが、今日は人が誰もいないようだ。
「あら、十文字気を失ってるわね。傷の治療して寝かせますか。ほらハリス、手伝いなさい」
「ほいほい」
ハリスとケイトは医務室よく来ることもあり、かなりフランクな関係である。そのせいで男子から妬まれたりすることが多い。
全身に痣や切り傷などが多く残る聡に処置を施しながら、ケイトが話し始める。
「うわあ、どんだけ切ったのよ。背中とか傷だらけじゃない」
「そんなに深くはないし、いいだろそんくらい」
「深い浅いの問題じゃないの。もう少しセーブして戦いなさい。間違って死んじゃったらどうするのよ」
「聡なら、あのくらいの攻撃で死ぬような回避とか防御しないって。体だって鍛えてるんだしさ。聡だって、俺に本気で斬りかかってきてるのも、俺が避けるって信じてるからだろ。それと同じだよ」
当然のようにそんなことを言うハリスに、ケイトは若干呆れる。そして頭をかかえ、ため息をつきながら答える。
「そういうことを言ってるんじゃなくて……。まあいいわ」
諦めたように、処置を終えたケイトはカルテのようなものを取り出し、何かを書き始めた。それとほとんど同時に、ハリスの携帯が鳴る。
「ん、ユイだ。悪いケイト、ちょっと電話出る」
ケイトは軽く手を振ってそれに答えた。それを確認してからハリスは電話に出る。
「もしもしユイ、どうした?」
「あ、ハリス? 暇だから遊ぼうかなーと思って」
電話をかけてきた少女の名はユイ・シュトローム。この学園に入ったときからの知り合いで、聡も交えて3人でよく遊ぶ仲である。
いつも通りの遊びの誘いにハリスはまたか、と思いながら答える。
「あー今な、聡ボコボコにしちゃって医務室いるところなんだわ」
「なにそれ面白そう! また第九?」
友達がボコボコにされたと聞いたのに、面白そうと答えてしまうユイにハリスは少し笑った。今まで何百回と繰り返されてきたのだから、仕方ないと言えるが。
「ん、そう」
「わかった、じゃあ今から向かうね! 今宿舎にいるから! ぱぱっと行くね!」
それだけ言ってユイは電話を切った。ユイがいるであろう第二宿舎からここまでは、それほど離れてはいない。どれくらいかかるかをハリスが考えていると、ケイトが口を開いた。
「相変わらずねえ、あんたたち。ボコボコにされてる友達を笑いの種にするなんて」
「まあ聡と戦うのもいつものことだし、また負けたし、イジりの材料にはなるよな」
「ま、それであんたたちがいいなら別にいいんだけどね。変に喧嘩とかするんじゃないわよ?」
「しないよ、今更」
治療が終わった聡をベッドに寝かせながらハリスは答えた。戦い始めた4年の頃こそ、このイジりで喧嘩はしたこともあったが、今更そんな喧嘩はほとんどない。
「でも体力尽きてここに来たことは何百回もあるけど、ここまで傷だらけなんて初めてじゃない?」
そうケイトが言ったので、ハリスは少し考えてみる。確かに、ここまで傷だらけにしたのは初めてかもしれない。これまでの戦いでは、大体聡のスタミナ切れを狙って戦っていたためだ。
「今回はさすがに判定負けの可能性があったからな」
「あら、あんた相手に判定勝ちする可能性あったの?」
「結構攻められたからなあ。結構ビックリしたわ」
それから今日の戦いについて細かく話しながら10分くらい経った頃、医務室の扉が勢いよく開き、黒い髪で短髪の、スパッツを履いていて動きやすそうな格好をした少女があらわれた。
「しっつれいしまーす!」
元気に部屋の中に入ってきた少女こそ、先ほどハリスが電話をしていたユイ・シュトローム。小走りでハリスの元に駆け寄り、隣の椅子に腰掛けた。
「お待たせ、ハリス。んで、聡は?」
「そこで寝てるよ」
軽く手を上げて、聡が寝ている方をハリスは指差す。すぐにそちらに駆け寄ったユイは、聡の状態を見て少し笑った。
「うわあ、こんなに傷だらけだったとは。ガーゼだらけじゃん」
「少し本気出しちゃってな」
「いつもは避けてばっかで傷なんてそんなにないじゃん。今日はハリスも攻撃したの?」
「判定負けする可能性があってな」
「えっ、聡が!? ハリスに!? ほー」
ユイは純粋に驚いたのか、目を少し見開いた。
「ハリスはランク7位で、聡は確か……512位か。それでそこまで押したってことは、聡も成長したってことか!」
「今日はすごかったぞ。いつもより全然攻撃のキレが増してた」
純粋に聡のことを褒めるハリスを見て、ユイはからかうような表情になる。
「おお、褒めるねえ。これはハリスがまだ見せない本気を、聡相手に出す日も近いかな?」
「……本気を出すことは多分ないだろ。あの調子じゃあまだまだだな」
「おお、言いますねえ」
ユイがニヤニヤしながらハリスをつっつく。明らかにからかっているユイを軽くあしらいながら、ハリスは答える。
「卒業までには、もうちょっと本気を出すかもしんないけどな」
ハリスはそう言いながら、視線をケイトの方に向けた。ケイトはいつの間にかテレビを点けていた。流れているニュースを見て、ユイが恐ろしそうに口を開く。
「わあ、また起こったんだ……。『死神』事件」
「……みたいだな」
眉をひそめながらハリスが答えた。
『死神』事件。それは、最近アルトロを騒がしている連続殺人事件である。学園に近い場所で度々起こっていて、事件の始まりは今から約半年前の、ベルイン暦1月1日。これまでに殺された被害者の数は12人。被害者は全て、大小関わらず何かしらの罪を犯した人間だ。そのため、この事件の犯人たる『死神』を英雄視する声も少なくはない。
この事件の犯人である『死神』の名はあまりメディアでは用いられておらず、世間での俗称なのだが、その名前は犯人の格好に由来する。黒いフード付きの大きなマントを身につけ、黒い服、黒いブーツ、黒い手袋、黒いマスクなど、全身がとにかく黒い。さらに犯人が使っているハリアルは、黒い大きい鎌を使用していると言われていた。メディアで度々報じられているその格好から、犯人はいつしか世間で『死神』と呼ばれ、事件そのものが『死神』事件として定着していった。
「これで13人目ね。またここから近い場所らしいわ」
二人がニュースを見たことに気がついたケイトが口を開いた。その言葉に続いて、ユイもまた口を開く。
「確か、まだ犯人の足取りもつかめてないんですよね」
「そうねえ。色んな犯罪者を尾行したりして『死神』を捕らえようとはしてるらしいんだけどね」
警察は、『死神』の姿を見ることは成功している。犯罪者を尾行して犯行現場を直接見ることも成功してはいるのだ。だが、『死神』は一瞬にして犯罪者の命を刈り取り、警察が動いたとしても一瞬の内にその場所から消えてしまう。消えた『死神』を追おうとはしているものの、いつも失敗しているのが現状だった。
「嫌な犯罪ですよね。いくら犯罪者とはいえ、こんなにたくさん殺して」
テレビから目をそらして、明らかな不快感を表した声色でユイが言った。
「……そうね。それにこの近辺で起きてるから特に、ね」
「ホントですよ。私達は狙われないのはわかってるけど、どうにも夢見が悪いです」
不快感から不機嫌な顔になっているユイを横目に、ハリスが話し始める。
「ま、犯罪の抑止力にはなるだろ。犯罪を犯罪で止めてるってんだから、皮肉なもんだけどな」
その言葉を聞いて、ユイは少し唸り、再び口を開いた。
「犯罪が止むのはいいんだけどさ……。それでもやっぱり怖いよ」
「噂だけど、『死神』って相当なハリアルの使い手らしいじゃない。戦闘スキルも、並みの人間とか、並みの警察じゃ相手にならないってくらいらしいわよ」
そのケイトの言葉に、言葉をなくしたのかユイは黙り込む。
「……ま、多分だけど、『死神』が捕まるのも時間の問題じゃないか。ほら」
そんなユイの様子を見たハリスが、テレビを指差しながら口を開いた。テレビ画面には大きく文字が表示されていた。
「止まらない連続殺人を受け、政府は『死神』逮捕に向けて、軍の動員を正式決定した」
そのニュースを見たユイは、少し安堵の表情を見せた。しかし、ケイトは安堵などせず、むしろ眉をひそめている。
「今更? 遅いんじゃない」
そのケイトの意見同様、テレビでもコメンテーター達が今更動員しても遅すぎる、と批判していた。ハリスもその意見には同じ考えだった。
しかし、ユイは違ったようだ。
「確かに遅いかもしれないですけど、これで事件が治まるならいいんじゃないですか?」
ユイのその意見に、ケイトはんー、と顎に手を当てる。そして椅子の背もたれに深く寄りかかりながら答えた。
「これだけで事件が治まるとは思えないのよねえ。『死神』相手ならまだまだかかりそうで」
「……ま、少なくとも普通の部隊じゃないだろうな。どっかの特殊部隊とか」
「ハリス、特殊部隊とか詳しいの?」
首をかしげながらユイが質問する。それを聞いて、ハリスは少し考えてから答えた。
「いや、全然」
その答えにユイは少しだけ不服そうにし、テレビ画面に再び目を向ける。ニュースの話題はいつの間にか、別の事件のことに変わっていた。
「それにしても、これだけ騒動が大きくなってくると、学校側も何かやりそうねえ」
別の事件のことに興味がなかったのか、ケイトはテレビを視線から外し、二人に話しかけてきた。それにユイが答える。
「何かって?」
「例えば、宿舎の生徒の夜間外出禁止とか、警備員の増員とか。捕獲隊なんてものを派遣したりはしないでしょうけど」
「えっ! 何それ困る! 夜間外出禁止は色々と困る!」
「あら、なんで? 逢引でもするのかしら?」
「そそ、そんなんじゃないし! 大体相手がいないし!」
顔を赤らめながら必死に否定する。その様が可愛くてついケイトは笑ってしまった。
「冗談よ、冗談。でも仕方ないじゃない。この辺で起こってる事件なんだから、学園側だって生徒を守るためにそれなりの対処はとるでしょ」
「うー、そんなー。先生なんとかできないんですかー?」
足をバタバタと振りながらユイは不満を言う。その様子が少しおかしくて、軽く笑ってからケイトは答える。
「たかが保険医に無理言わないで頂戴」
「うー、どうしようハリスー」
「いや、俺に言われても」
宿舎生活ではないハリスにとって、夜間外出禁止は特に問題はなかった。だが、その様子にユイが怒り始めた。
「何をそんなに呑気にしてるんだ! 私と遊べなくなってもいいのか!」
「別に夜遊べないくらい問題ないだろ。放課後遊べばいい」
「そういう問題じゃなーい!」
ユイは両手をあげて抗議の意を示している。それに対しハリスはとても面倒くさそうに答える。
「じゃ、そんなに嫌ならいつもより放課後遊んでやるから」
「そういう問題じゃないと言っておろうに!」
ユイは頬をふくらませ、拗ねた様にそっぽを向いてしまった。しかし、ユイがすねてしまった理由がハリスにはわからなかった。うねりながら首をかしげている横で、ケイトが笑いをこらえているのがハリスに見えていた。
「ケイト、助けてくれ」
「そのくらい、自分で、考えなさい」
ケイトに助けを求め始めたハリスに愛想をつかしたのか、ユイは勢いよく立ち上がる。
「……もうハリスなんて知らない! 先生、また来ます! さよなら!」
「フフッ、はい、さよなら」
ひらひらとケイトは手を振りながら、医務室を出て行くユイを見送った。ユイが出て行って少ししてからハリスが話し始める。
「なんで助けてくれなかったんだよ」
「あんたがまだ女の子の心を理解できてないからよ」
「……意味がわからんぞ」
「あら、じゃあお姉さんが女の子の心のレクチャーをしてあげましょうか」
「……遠慮しとくよ」
「まあそう言わずに。十文字だってまだぐっすりと寝てるんだし」
ケイトはそう言って、楽しそうに軽く口笛を吹いた。その様子を見て、ハリスはげんなりした。そして面倒くさそうに口を開く。
「……ホント、楽しそうですね」
「あら、分かる?」
「そりゃ、口笛なんて吹いてるしね」
ハリスは、こうなったら仕方ないか、と思いながら聡が目覚めるまで―もとい無理やり起こすまで―の1時間程、ケイトのレクチャーに付き合った。
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