第0話
「くそっ、くそっ……!」
1人の兵士が、歯を食いしばって悔しさを顔ににじませる。
目の前に広がるのは、愛した家族、心を許した友人、信頼していた同僚、そんな自分にとって身近な人物の大量の死体。そして、地面を覆うほどの、大量の血。
何よりも目に焼きつくのが、ボロボロの布切れを被った、1人の敵。
「なんだ、なんなんだあいつは……っ!」
地面に転がる銃を拾い、敵めがけて引き金を引く。
しかし、銃の弾は敵に当たる事は無い。敵は、右手に持つ漆黒の鎌を軽く振り回し、放たれた銃弾をすべて、簡単に弾いてみせた。
その化け物じみた行動に、周りの兵士は無様な悲鳴を上げながら逃げていく。
「あんな、あんな化け物に……、俺の家族は、俺の国は、俺の……っ!」
「隊長っ!」
突如、兵士の腕が引かれる。
兵士は腕を引いた相手を見る。焦りや恐怖から目の焦点が定まらず、一瞬それが自分の部下だということがわからなかった。
「逃げましょう! あいつには、あの『死神』には勝てません!」
「馬鹿を、馬鹿を言うな! あいつは俺の家族を、友人を、部下をっ!」
恨みを込めた声と共に、兵士は再び敵を見る。
敵は、また1人、部下を殺していた。死神が持っているかのような、漆黒の鎌を振り、無残に首を斬り飛す。
その様子を見て、兵士は歯を強く食いしばる。
「俺が殺す、俺が……、復讐を……!」
「いけません、あなたが死んではいけない!」
再び、部下に手を引かれた。兵士は再び、部下を見た。
部下の顔は、悔しさでゆがんでいた。しかし、その目には確かな意志。
「あなたが死んでは、この国は再興できない。復讐は、もっと冷静なときに、体勢を立て直してからでなければなりません!」
「しかし……」
「しかしではないっ! 今は逃げるときなのです! 命を散らした、仲間のために!」
部下は叫ぶ。悔しさ、辛さ、悲しみと共に。
兵士は敵を見る。段々と、敵はこちらに迫ってくる。
「はやく、はやく逃げるのです!」
敵の眼光が、こちらを捉える。
ゆっくりと、確実に、殺意を込めて、敵は兵士達の下に歩み寄り始めた。
「……くそっ!」
部下が、兵士の前に出る。庇うように。
「何を……」
「逃げてください。俺があいつを引き止めます」
「無茶だ、やめろ」
兵士の声は、怯えきっていた。あんな化け物相手に、この部下が敵うわけ無い、と。
「お願いです、はやく……っ!」
気付けば、部下の足は、手は、体は震えている。彼が手にした武器すらも震えるほどに。
そして、懇願しながら兵士を見つめる部下の目からは、涙があふれていた。
兵士はそれを見て、すまない、とだけ口にする。
歯を食いしばりながら、後ろを振り返り、足を走らせた。
走り始めてすぐ、兵士の耳に届く、武器と武器がぶつかり合う音。そしてまもなく聞こえる、部下の悲鳴。
兵士は悔しさで顔をにじませ、涙を流す。
息を切らしながら走る最中、ある声が兵士の耳に届いた。
「この戦争は、……のもと行われ、…………正義という、……立ち上が……、国を救う戦争を……」
地面によこたわり、途切れ途切れの声を流すラジオによる放送。
恐らくは、ヤジダルシアの大統領による演説だろう。
その演説を聞いた兵士は、悔しさと共に声を出す。
「何が戦争だ、何が国を救うだ……! こんなもの、戦争じゃない!」
拳を、強く握り締める。
「蹂躙だ……っ!」
大量に溢れた血、血を流しながら人体が引きずられたであろう跡、ところどころに散乱している、人の体の部位。
それらを踏み、蹴りつけながらも兵士は必死に逃げる。
復讐を胸に誓い、狂気を帯びたあの敵を許さないと心に決め、彼は走り続けた。
ベルイン暦495年11月1日。
ディード・タイロス国は滅び、ヤジダルシアの傘下へと吸収された。
それから1年後、戦争は一応終結という形を迎える。
そして、戦争終結から4年経ったベルイン暦500年。
物語は、幕を開ける――。
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