第13話 閃光の戦い
午後5時45分。ハリアル訓練学園敷地内道路。
閃光と共に、戦いが幕を開ける。
クロウは赤いオーラを右手に纏わせて、ブラックへと拳を叩きつける。その拳は、ブラックのガントレットによって防がれるが、衝撃だけは防ぎきることができず、ブラックの巨体は後ろへと下がっていく。
その隙をつこうとクロウは左手で再び拳を放つ。しかし、その拳はブラックへと届かない。クロウの肘がレッドの鞭によって固定された為だ。
その隙を、ブラックは逃さなかった。
ブラックが勢いよく、クロウの腹に、えぐるように拳を放つ。クロウに防がれるのは分かっているが、それでも拳の連打をブラックはつなげていく。
顔、腹、腕。クロウの上半身をこれでもかと滅多打ちにし、クロウの動きを止める。
ブラックやレッドには分かりきっていたことだが、クロウは全身を青いオーラで覆うことによってその攻撃をすべて防ぎきった。だが、衝撃までは防ぎきれずにいくらか後退している。
「まだです、攻撃の隙を与えてはいけません!」
レッドがブラックの攻勢を見守りつつ指示を出す。ブラックの連打中に、レッドが鞭で加勢するわけにもいかない。レッドの指示に呼応するように、ブラックは攻撃を繰り出していく。
防御というのは、その攻撃自体のダメージは防げたとしても衝撃によるダメージは体に残り、蓄積されていってしまう。レッドはそこに賭けていた。全身を防御できるのはまさに完璧と言えるが、衝撃のダメージはクロウといえどもさすがに受けているだろう、と。
ブラックが、拳を打っていく。打つ。打つ。打つ。上半身だけでなく下半身にも繰り出されるその超速の連打の前に、クロウは為す術もない。
そのクロウの様子を見て、レッドは1つの仮定にたどり着いた。
「……ブラック、彼が出すオーラ、もしかしたら同時には複数出せないのかもしれません」
その仮定にたどり着いたのは、クロウが何もしなかったため。防御のオーラに合わせて攻撃や機動性のオーラを使用すれば反撃できそうなものだが、クロウはそれをしない。反撃の手段を持っているはずなのにしないということは、できないのではないか、とレッドは考えた。
無言でブラックは拳を打ち続けているが、そのままレッドは言葉を続ける。
「別の部位ならオーラは同時に複数種展開できても、同一部位には恐らく複数種展開できない。つまり、全身を攻撃し続けていれば、彼は黄色いオーラを利用した回避もできないはずです!」
その言葉を聞いたブラックの拳が加速する。先ほどよりも、重点的に下半身を狙っていく。
そして、腕を交差させて衝撃を受け止めていたクロウが、ニッ、と笑い、口を開く。
「ご名答だ。それに気付くたあ、上々じゃねえか!」
クロウがそう叫ぶと同時に、交差させていた腕を思いっきり前方に振りぬいた。ブラックの両手がクロウの腕にぶつかる。その衝撃は、鋼鉄の盾で殴りかかられたような衝撃。ブラックは思わず後ろにのけぞってしまう。
その隙を見逃さず、クロウは足の部分だけ黄色のオーラに変えた。そして、2人の前から姿を消す。
クロウが姿を消した瞬間、レッドとブラックは背中を合わせて周囲を警戒する。レッドが背負った大鎌が、ブラックの背中とぶつかり合い軽く音を立てた。そしていつ襲撃が来てもいいように、辺りをくまなく見回しながら、レッドが話し始めた。
「いいですか、ブラック。同時に、同一部位に複数種展開できないのなら攻略方法は1つです。どちらかが攻撃を受けている間、あちらが攻撃に使用している部位、つまり赤もしくは黄色いオーラをまとっている部位にこちらが攻撃をしかけるしかありません」
ブラックは、静かにレッドの言葉に耳を貸す。
「ためらってはいけません。私が例え死んでしまうような状況でも、ためらわず拳を入れるのです。もちろん、私もためらいません。いいですね?」
「……ああ」
2人はそれぞれ自身の武器を強く握り締める。覚悟を決めた証であるかのように。
それを見計らってか、クロウが2人の横から飛び出してくる。足に黄色のオーラはまとわせていない。その速さに、2人が同時に反応する。レッドは鞭で足元を。ブラックは体に拳を打ち込むように。
クロウは鞭を青いオーラで。ブラックの拳は赤いオーラを纏った拳で対処する。拳と拳がぶつかりあっただけとは思えない衝撃が辺り一体に広がり、森の木々がざわつく。
弾かれた鞭をレッドはもう一度振るう。今度はクロウの拳目掛けて。クロウは放たれた鞭をチラリと見ると、一瞬の内に足を黄色いオーラで纏わせ、姿を消した。目標を失った鞭が虚しく空気を叩き、破裂音が鳴る。
「……ちっ、ダメですか!」
「諦めるな、チャンスはまだだ!」
ブラックが叫ぶと共に、クロウは現れた。レッドの目の前に降り立つ形で。クロウの拳がレッドの顔面目掛けて放たれる。その拳は赤いオーラを纏っていなかった。レッドの攻撃を警戒して、防御するためだろうか。しかし、この好機をレッドは逃さない。レッドはクロウの拳を受けつつも、鞭を振るいクロウの左手を縛り上げる。レッドはふらつくが、耐えてその場で持ち直す。
腕を縛られたクロウは身動きが取れなかったために、自身の後ろに現れたブラックの横なぎの拳をまともに受けてしまう。もちろん青いオーラで防御はするが、その強い衝撃により木にぶつかり、またも木が折れていく。
そこで3人の動きは止まる。ブラックは少し荒れた息を整えつつ、レッドは頬から流れる血をぬぐいつつ、ゆらりと立ち上がるクロウを見つめていた。
「ハハ、ハハハッ、いいねえ、久しぶりに楽しめる」
クロウは立ち上がりながら、こらえきれない笑いを漏らす。
「オレがここまで燃え上がる戦いは久しぶりかもなあ。2対1とはいえ、てめえら、いい動きするじゃねえか」
「……お褒めに預かり光栄です、と言いたいところですが、あの攻勢でピンピンしてるあなたを見ると、とても喜べませんね」
「ハッ、謙遜するんじゃあねえよ。久しぶりだぜ? オレにこんなに攻撃を入れるヤツはよ」
攻撃を入れても全て防がれているじゃないか、と心の中でレッドは悪態をつく。
全ての攻撃を防ぎ、衝撃によるダメージだけのクロウ。
攻撃を受ければ、そのダメージが全てこちらへと降りかかるレッドとブラック。
どちらが有利かなぞ、考えるまでもない。こちらはチマチマと、あちらは本気の一撃を与えさえできればそれでよい。
だが、クロウが完璧な防御手段を持っている以上、どちらかの肉を切らせて骨を絶つ以外に有効な手段は、レッドには思いつきそうにもなかった。
「もっとだ、もっと来い。オレをもっと楽しませろ。高揚感を、満足感を、オレに味わわせてみせろ」
クロウはひどく楽しそうな雰囲気で、楽しそうに微笑みながらそう言った。それを見て、レッドは少しの不快感と共に口を開く。
「……本当に、あなたはこの戦いを楽しんでいるのですね」
「ん? ああ、まあな。戦うってことが楽しくてたまらねえんだ」
当然のようにクロウは言ってのける。
「死と隣り合わせの状況で戦って、勝ち抜いて、高揚感が全身を満たす。生きているって実感をくれる。他の手段じゃ、こんなに簡単に生きている実感は得られねえ。相手が強ければ強いほど、死という不安で、その実感は強く、強くオレの体に刻み込まれる」
先ほどまでとは違う、狂気の笑みをクロウは浮かべる。
「たまらねえよなあ。それが楽しくてたまらねえ。やめらんねえんだ。……そういう意味じゃあ、あの戦争はオレにとっては最高だったなあ」
「なっ……」
戦争が最高だった。その言葉は、レッドにとっては信じられないものだった。全世界を巻き込んだ凄惨なあの戦争が、クロウにとっては娯楽だったと言うのか。
「だってそうだろ? 戦っていれば、強いヤツらが自然と寄って来る。際限なしにな。楽しくて楽しくてしかたなかったね」
「あの悲惨な戦争を楽しむ、だと……?」
ブラックが体を震わせる。それは怒りから来るものだった。
「ふざけるな!」
拳を振り上げて、勢いよくブラックはクロウに向かって飛び出した。その目は怒りで燃え上がっている。
クロウはブラックの拳を軽く避ける。簡単に避けられても、ブラックは怒りを込めて拳を連続で叩き込む。連続で叩き込まれる拳を、クロウは黄色いオーラを足に纏わせ回避していく。
「俺らの家族を、故郷を奪い去ったあの戦争を楽しむなぞ、貴様はそれでも人間か!」
怒りの感情が強くこもった声が辺りに響き渡る。しかし、その声と共に放たれた一撃の拳は、右手を青いオーラで覆ったクロウに受け止められていた。
クロウは、ブラックの拳を受け止めたまま俯いて少し黙っていた。
「おいおい、何言ってんだ」
俯いていた顔をゆっくりと上げながら、クロウが言葉を発する。その表情は、無だった。
「オレが人間だって……? 何寝ぼけたこと言ってるんだてめえは」
クロウが発する雰囲気は、今までとは違う冷たい雰囲気。怒りとも、悲しみとも違う雰囲気。その雰囲気を感じたブラックは、拳を引いて何歩か後退した。危険を察して、防御の構えを取る。
後退したブラックと、横で見ていたレッドをクロウは見る。そして軽く鼻で笑った後に、クロウは右手を軽く振った。近くにあった木の幹に、赤いオーラをまとったクロウの右手が食い込む。
「こんな得体の知れない力を使うオレが、人間に見えるかよ? 人体実験をやり尽くされ、人体改造もこれでもかと施されたこのオレが、人間に見えるかよ」
そう言うクロウは、あざ笑うような表情をしていた。
「オレはとっくに化け物さ。化け物が人間様と同じ感情を持つわけがないだろうが。化け物が人を殺すのを楽しんで何が悪い?」
「……確かに、お前は化け物だろうな。故郷を、家族を奪い去られた俺たちの気持ちなど、お前には理解できんだろうさ」
あざ笑うようなクロウの表情を見て、ブラックの怒りは募っていく。ブラックが怒りを募らせる様を見て、先ほどまでと同じように、クロウは狂気の笑みを浮かべながら言い放つ。
「理解できないねえ! 理解しようとも思わねえ。今更、理解できるとも思わねえ!」
「……狂ってる。狂ってるよお前は」
ブラックが呆れたような、怒ったような口調でそう言った。しかしクロウはその言葉を聞いて笑い始めた。
「ハッ、ハッハッハッハッ! 狂ってる、ねえ。そうだな、確かにオレは狂ってるさ。だがな、オレなんかまだマシだ。『死神』さんに比べればな」
「『死神』……?」
レッドとブラックは突然現れた、自分達の隊長の名前に疑問符を浮かべる。しかし、すぐにその意味を理解し、表情が曇っていく。
「まさか、『死神』って……」
「ああそうさ。てめえらの国を潰した、あの、『死神』さ」
「……その『死神』について、あなたには問いたいことが山ほどありますね」
「ああ? なんだ、尋問でもする気か? ハッ、いいぜ、何でも教えてやるよ」
そう言ってクロウは両手に赤色を、両足には黄色のオーラを出現させる。
「ま、オレに勝てたらだけど、な!」
その声と共に、クロウが飛び出した。先ほどまでの戦闘の速さとは、全く違う速さでクロウはブラックに迫る。
ブラックはクロウに殴りかかることでその接近を止めようとするが、クロウはいとも簡単にそれを避ける。そして一瞬の内に、クロウはブラックのに目の前まで接近した。
レッドは、その隙を見逃さなかった。ブラックに攻撃を仕掛ける今がチャンスと、クロウ目掛けてレッドは鞭を横から振るう。
しかし、空を切るような音と共に迫った鞭は、虚しく空を叩いて破裂音を鳴らした。
「くっ……!」
鞭の目標であったクロウは、伸ばされたブラックの腕に片腕を突き、宙を浮いていた。目にも負えない様な速さで突然腕の上に現れたクロウを、ブラックは信じられないものを見るような目で見ることしかできなかった。その隙を突いて、クロウがブラックの頭を横から勢いよく蹴りつける。
ブラックはその衝撃で、そのまま横に飛ばされる。吹き飛ぶ巨体により、クロウからは死角になっていたレッドは、クロウ目掛けて鞭をもう一度振るう。クロウは伸びる鞭を見て、軽く1歩後ろに下がった。
「あとちょっとだな」
クロウのその言葉が示すように、クロウの目の前というところで虚しくも鞭は伸びきり、空を叩く破裂音が響き渡った。その破裂音に合わせたかのように、クロウの両手両足のオーラも消え去る。
攻撃に神経を注いでいたレッドは、飛んでくるブラックの巨体に巻き込まれ共に地面に倒れ付す。2人は急いで起き上がり体勢を整えつつ、会話をする。
「く、っそ! なんだあの速さは!」
「先ほどまで、攻撃中に彼は黄色いオーラを足元に出現させていませんでした」
「……てことは、本気じゃなかったってことか」
「ええ。そして今は足元に黄色いオーラがあります。この状況が示すことはたった1つです」
「本気を出した、ってことか……。くそ……」
2人は少なからず落胆する。先ほどまでの油断しきった戦い方ならともかく、本気を出されてはクロウに勝つことなど不可能のようにすら感じられた。
その落胆をあおるように、楽しげにクロウが口を開く。
「さーて、そろそろおしゃべりもお終いにすっか。なあ?」
「……なあ、って、お前が勝手に話しかけてただけだろうが」
「ハッ、悪いな。こういうときにおしゃべりするのはオレの性分なんでねえ」
わざとらしく手を広げながらクロウは話を続ける。
「大量殺戮のときならまだしも、こういう少数の戦闘で黙りっぱなしで殺しあうのもつまらんだろ? 戦闘を盛り上げなくちゃな」
「そんな勝手で、私たちの怒りに火をつけたってわけですか」
「いいだろ? 別によ。そっちの方が、怒りで戦闘力は上がるんだ。強くなる分、てめえらの生き残る確率は上がるだろ?」
「……人のトラウマをほじくり返して、よくそんなことが言えるな」
ブラックとレッドは、ここまでで一番の敵意の視線をクロウに向けていた。自分達のトラウマをクロウの勝手でほじくり返されているのだから無理はない。
しかしそんな敵意の視線すらも楽しんでいるかのように、クロウの笑みは止まらない。
「だから、言ったろ? オレは人間様と同じ感情は持ってない。そっちの道理を押し付けられてもな」
あからさまにこちらをイラつかせようとしている態度に、ブラックとレッドは強く舌打ちをした。
「ま、多分これからおしゃべりも、イラつく余裕もなくなるけどな」
片や首を軽く回し、軽く準備運動をしながら、クロウは2人に歩み寄っていく。
「さあてめえら、オレが攻撃するお時間だ。せいぜい頑張って、生きてくれよ」
歩み寄りながら、クロウは両手両足に黄色いオーラを出現させた。クロウの体が淡く照らされる。それから軽く、ふっ、と息を吐いて一気に駆け出す。
身を軽く縮こまらせて、2人は防御の姿勢をとった。しかし、クロウは2人に攻撃はせず、ブラックの肩に一瞬手を突いて、そのまま2人の後ろへと飛び去る。
ブラックとレッドは慌てて振り向きクロウの攻撃に備えるが、そこにクロウの姿はない。あるのは、時折吹く風に揺れる木々だけ。そして、先ほどまで全身で受け止めていたクロウの鋭利な雰囲気すら感じられない。
状況を理解した2人は背を合わせ、死角がないように備える。しかし、そこでブラックが1つの違和感に気付いた。
「おい、お前、鎌はどうした」
「え?」
いつの間にか、レッドが背負っていたはずの大鎌は背中から姿を消していた。大鎌自体にそこそこの重量はあったはずだが、その変化に気付かないほど一瞬で。
「ありえ、な……!」
レッドが驚愕で上手く言葉が紡げないのを見計らったかのように、レッドの目の前に大鎌が勢いよく落下した。その刃先が地面に突き刺さる。
レッドはもはや言葉を紡ぐことさえできず、声にならない声が口から漏れるだけだった。そ焦点が微かに定まらない視線でただ、大鎌を見つめる。
「おいおい、せいぜい頑張れって言ったろ?」
その声は、レッドの10mほど前から。いつの間にいたのか、先ほどからか、それとも今来たのか。レッドにはそれすらもわからない。クロウは楽しげに両手をポケットに突っ込んで立っている。
「そんなんじゃあ、いつ殺されるかわかんねえぞ?」
クロウは最早両手両足にオーラを出すことすらせず、悠々とその歩を進めている。
ブラックは動揺するレッドを庇う様にレッドの前に出て、防御の姿勢をとった。
「なんだ、なんなんだこれは……」
少なからずブラックも動揺こそしているが、レッドほどではない。
「……化け物め」
レッドは動揺をなんとか抑えつつ、なんとかそれだけ口にする。
「やっと理解したか。それにしても、そんな体たらくで5年前によく『死神』から生き残れたなあ。……あいつも手抜いてたんじゃねえだろうな」
不満そうに呟きながら、クロウはポケットから1つの小さい箱を取り出す。箱を叩いて、1本の丸い棒を取り出した。
「ま、いいか。……んで、これなーんだ」
楽しそうに、クロウは2人に向かってその棒を振る。ブラックは暗闇の中、目を凝らしながら答えた。
「タバコ……?」
「正解。で、これに火をつける、と」
クロウがライターを取り出し、タバコに火をつける。火のついたタバコの先端は、暗闇の中で異様に目立つ。ブラックとレッドには、その行動の意味が全く理解できなかった。
「これ、ヒントな」
その言葉と共に、クロウは足元に黄色いオーラを出現させた。そして、飛び去ってその姿を消す。
「何をするつもりでしょうか……?」
「さあな。ヒントだとは言っていたが……」
レッドは鎌を背負いなおし、2人は再び背を合わせる。懸命に暗闇の中で目をこらし、クロウの姿を見つけようと辺りを見回す。しかしクロウの姿はおろか、先ほどのタバコの明かりすら見つけられない。
何かのブラフか。それともあの言葉に意味がなかっただけなのか。2人はいくつかの可能性を考えつつ、警戒を解かずに見回す。
音もないそんな暗闇の中、突如2人の横に何かが落ちる気配がした。それは先端が赤く光っているタバコだった。突然の出来事に2人は一瞬だけ疑問符を浮かべる。
そして、上空からタバコが降ってきた意味に、2人が気付くまでのほんの一瞬。そのほんの一瞬の隙を突くように、上からクロウが降りてくる。降りてきた場所は、タバコが落ちてきたところは反対の場所。つまり、2人が見ている反対の場所。
それに気付いた2人は慌てて振り向くがもう遅かった。クロウは左の拳を思い切りレッドの腹に叩き込む。
「ぐ、あ……っ!」
赤いオーラこそ纏ってはいないものの、その衝撃はレッドの意識を一瞬朦朧とさせた。レッドの体がブラックの背中に当たり、そのまま崩れ落ちそうになる。
レッドはなんとか片膝をついて、倒れないようにする。すぐにブラックが反撃に出ようとするが、最早そこにクロウの姿はない。
「ヒントって言ったのによ。何してんだまったく」
クロウは不満そうに、2人から10mほど離れた場所に立っていた。ブラックはそれを見て睨みつける。
「貴様……!」
「こんな簡単な手に引っかかるなんて、よくお前らリーダーやってられるな。……ま、校舎の警備兵よりかは耐久力あるし当然っちゃ当然か」
ブラックは拳を握り締める。先ほどからこの男に遊ばれている。こんな体たらくでは、自分達の故郷を潰した『死神』の話を聞くどころかまともな戦闘すらできない。そんな苛立ちにより、強く握られたブラックの拳が音を立てる。
「ちょっとしたアクセントのつもりだったんだけどな。これで少しは面白くなるかと思ったんだが」
クロウが左手を上げて、指を弾いて軽く音を鳴らす。それと共に、両腕の拳から肩まで全てを赤いオーラが纏う。まるで、真紅の炎に焼かれているかのように。
「これ以上やっても意味はねえ。てめえらはこれ以上オレを楽しませてくれそうにねえ」
今度は右足のつま先で地面を軽く二度叩いた。それと共に、両脚全体が黄色いオーラで包まれた。オーラは稲妻のように光り輝き、辺りを鋭く照らす。
「失格だ」
今までの陽気な雰囲気を纏っていた声とは違う、冷たい雰囲気で放たれたその言葉は、ブラックとレッドの体を一瞬竦みあがらせた。
そして、蹂躙が始まった。
竦みあがった2人の目では捉えきれない速さで、クロウは2人に接近し、攻撃を放っていく。
先ほどよりもより一層速さを増したクロウの攻撃に、2人はなんとか防御をするのが精一杯だった。その防御は、防御と呼べるかすら怪しいもの。時折、ブラックのガントレットやレッドの鞭で攻撃を弾くことに成功するだけ。
それ以外の攻撃は、全て2人の体に降り注ぐ。
赤いオーラを纏った拳を受ければ、骨は悲鳴を上げる。
黄色いオーラを纏った蹴りを受ければ、体は信じられないほど飛んでいく。
青いオーラを纏った頭突きを受ければ、軽い脳震盪すら起こす。
赤いオーラによる攻撃は、純粋に命を削りにかかる衝撃。黄色いオーラによる攻撃は、光速で放たれた武器をまともに食らうかのような衝撃。青いオーラは、鋼鉄の盾で殴り飛ばされたような衝撃。多様な攻撃の前に、2人は最早為す術も無かった。
クロウは機動性も、防御性も、全てを攻撃に変えて2人を蹂躙していった。
時折漏れるレッドの唸り声を聞いてクロウは高揚し、時折ブラックが吐血をすれば、それを楽しむかのようにクロウの笑みは狂気を帯びていく。
そして2人がもはや武器を構えることすら、立つことすらできなくなった頃。ようやくその蹂躙は止み、倒れ付す2人の横で、オーラも纏わずにクロウは立っていた。
「……ハ、ハッハ、ハハハハハ! 最高だあ、たまんねえ」
クロウは顔を手で覆い、ひどく楽しそうに笑う。
「やっぱり、いいなあ、強者を蹂躙するのは。嬉しくて嬉しくて、悲鳴が漏れそうだ」
クックック、とクロウは笑いを漏らす。そしてあぐらをかきながら、2人の横に座った。レッドの頭を撫で回しながら、ひどく楽しそうにクロウは言葉を続ける。
「ほら、もう蹂躙は終わりにしてやるよ。あいつには殺すな、って言われてるしな。ほらほら、なんか言ったらどうだ?」
「……く、そ」
レッドがなんとか、言葉を紡ぐ。クロウの腕を振り払おうと腕に力を込めるが、腕は全く上がらない。彼が背負っている大鎌はいつの間にか彼のすぐ近くに落ちていて、鞭は彼の手を離れ今はどこにあるかも分からない。
「……」
ブラックは言葉すら紡げない。凹みだらけの彼のガントレットは彼の拳をきつく圧迫していた。そして彼の体は痣だらけで、見るに耐えないものとなっていた。しかし意識だけは残り、ただ暗い空を見つめていた。
「残念だったなあ。ここまで頑張ったのに。結局はフォードの人間に邪魔されてよ。そういう運命だったのか? カッカッカッ」
クロウはそんな2人を見てなお楽しそうにしていた。それにイラつく気力すら、2人には残っていない。
「これで終わりってのもつまんねえからな。最後にちょっとだけ教えてやるよ」
そう言いながらクロウはタバコを取り出し火を点ける。
「さっき、『死神』のがよっぽど狂ってるって言ったな。その訳を教えてやる。ま、冥土の土産って奴か?」
2人はそれをただ聞くしかなかった。倒れ付しながら、仕方なくクロウの言葉に耳を傾ける。
「お前らの国、ディード・タイロスだっけか? あそこは『死神』さんともう1人担当がいてな。ま、そいつはその日に限って、仕事ができなかったみたいだが」
「もう、1人……?」
「ああ。『死神』さんのせいで何もできなかったって言ってたな。……あの日、国を出て行った兵士達を尻目に、『死神』さん達は仕事を開始した。残っていた兵士、市民。全ての蹂躙をな」
今から話されることは、恐らくディード・タイロス消滅の日の出来事。2人にとっては、今の状態で聞きたくない事だが、話を防ぐ手段はない。耳を防ぐために手を上げることすら彼らはできなかった。
「あいつらの仕事は簡単だ。残る人間の殲滅。逃がさないようにすればいい。至極簡単な仕事だよ。いつも通りの仕事なら、『死神』さんだろうと首を撥ねていってとっとと仕事を済ますが、その日だけは違ったみてえだ。目に付く人間を捕まえて、死なないように体を斬る。そして身動きできないようにしてから、全員を一箇所に集める」
クロウが語ることは、故郷の人間の蹂躙。それも、ひどく悲惨なことだった。
「そこからはそいつらを放っといて、失血死する様を眺めながら、出張してた兵士が帰るのを待つ。そして兵士達は単純に首を斬り落とす。ひでえよな。せめて同じ方法で殺してやらねえんだからよ。……ああ、そんなことしてたから、てめえらみたいなのを逃がしたのか。納得納得」
「なぜ、そんな、ことを……」
精一杯の嫌悪感を込めて、レッドがなんとかそう口にする。
「……作戦の前日、とあるヤツが死んでな。それで『死神』さんは大荒れ。ところ構わず傷付け、殺して。それから数ヶ月間。『死神』さんはずっとそんな調子だったぜ。あのときはあいつの相手するのも面倒臭かったな」
「そ、んな……」
それではまるで、『死神』の憂さ晴らしに故郷の民は蹂躙されたようなものではないか。そんな信じられない事実に、レッドの苛立ちは加速する。
「『死神』さんは、怒れば何をするかわからねえ。蹂躙だって平気でやる。しかも沸点が低いから大したもんだよな。自分の周りを守るためなら、他が苦しもうが死のうが関係ねえ。どれだけ悲惨なことをしようが、特に何も思わねえ」
クロウはタバコの煙を吐き出す。その煙は、仰向けで転がるブラックの顔に向けられたものだった。
「しかも人一倍強いってんだから手も付けられねえしな。あいつは狂ってるよ」
そしてクロウはカッカッ、と笑った。
レッドからすれば、どちらも狂っている。私情で他者を蹂躙することをも構わない『死神』も、殺し合いを心の底から楽しんでいるクロウも。そして何より、そんな話をして笑えるクロウが信じられなかった。
「ふざけないで、ください……。なぜそんなこと、を、……話すのですか」
「ん? 楽しいからさ」
当然のように、クロウは言い切った。
「戦って勝った後の、敗者が苦しんでる様。これもたまんねえんだ。勝った実感が一気に俺に押し寄せるからな。この話なら、お前らは動くこともできずに苦しむだろ?」
その顔は狂気の笑みではなく、純粋な笑み。楽しそうな笑顔。
それを見たレッドは、何も言えない。この男は、生きている世界が違うと悟る。
「さ、て。そろそろ『死神』さんのところにでも行きますかね」
そして、クロウが次に発したその言葉は信じられないものだった。
「まさか……」
自分達の故郷を滅ぼした『死神』が、ここにもいると言うのか。来てると言うのか。自分達の復讐すら、邪魔しに来たと言うのか。
「ああ、いるぜ。それも、邪魔しに来たんじゃねえ。ここの生徒だ」
衝撃の事実に、レッドは何も言えない。
その言葉が本当ならば、自分達は何をしにここへ来たと言うのか。
『死神』への恨みを持って、国に復讐するためにここへ来たと言うのに、復讐の舞台に『死神』がいるなんて。『死神』に敵うだけの力があるならそれでいい。だが、力が無いから。力が無いことを、故郷が潰された日に理解しているからこんな形をとったと言うのに。
「ああ、そうか。わざわざお前らはここに飛び込んできたんだもんな。ホントに、お前らはそういう運命ってことだな。何をしても、フォードが絡みつくってわけだ」
カッカッカッ、とクロウは高らかに笑う。本当に楽しそうに。本当に面白そうに。
「んじゃ、その事実を噛み締めながらそこでくたばっててくれな」
そう言い残してクロウはこの場を去った。とても楽しそうに笑いながら。
レッドとブラックは、怒りを彼に向けることもできない。怒りを叫ぶこともできない。
ただ、涙を流してそこに横たわっていた。
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