第三節 動き始める事件

第11話 変動していく状況

 午後5時29分。ハリアル訓練学園正門前。

「ご覧いただけますでしょうか。たった今、ヤジダルシア軍の車両が1両、ハリアル訓練学園内に入っていきました」

 正門前で、レポーターが大きく声を発する。そしてそれに続くように、各局のレポーターが同じようなことを口にし始め、正門前はかなり騒がしくなった。

 この時間になってようやく、ヤジダルシア軍の交渉担当が学園に到着した。車は、装甲車などではなく1台の乗用車。車が正門をくぐった後に、正門がゆっくりと閉まっていく。

 そしてすぐに車は止まり、警備兵たちによる社内の確認作業と、交渉担当や運転手のボディチェックが行われる。手早く作業を済ませると、警備兵が乗用車の運転席へと乗り込む。その乗用車の後部座席に交渉担当は再び乗り込み、ハリアル訓練学園第五宿舎へと向かっていく。

 そして、第五宿舎で到着を待つ人物が2人。2人は豪華な応接室の、豪華なソファに腰掛け、テレビを眺めていた。テレビは、学園敷地内に消えていく交渉担当を映し続けている。

「ようやく、おでましになりましたね」

 レッドが口を開く。その手で情報端末をいじりながら。

「……ああ。うまくやれよ」

 ソファの肘掛に頬杖をつき、背もたれに背を預けている『死神』。その体制は完全にリラックスしているようだった。

「わかっています。こちらにうまく事が運ぶよう尽力しますよ」

「ところで、ブラックはどうした。あいつも来るはずだったろう?」

「ああ、彼は来ないそうです。どうせ役には立たないから敷地内を見回る、と」

「そうか」

 そこで2人の会話は途切れる。応接室内には、緊張感の含まれた、静かな空気が流れる。

 会話が途切れてすぐ、応接室の扉がノックされた。『死神』が背もたれから背を離して、体勢を整えながら声を出す。

「どうした」

「到着しました」

「入れ」

 扉が開き、1人の男が入ってくる。初老の、戦い慣れしてなさそうな男性だった。黒髪の中に混じる白髪が、いかにも交渉担当という印象を持たせる。

 『死神』はボイスチェンジャーのスイッチを入れることはしなかった。だが、マスクはまだつけたままだ。

「どうも、交渉担当のジョン・ドゥ、と申します」

「ああ、よろしくな。俺のことは死神とでも呼んでくれ。……さて、早速始めよう。俺が聞きたいことは至極単純。どこまでそちらさんが要求に答えてくれるか、だ」

 『死神』が少し威圧的にそう言う。ジョンと名乗った男は、少しだけ眉を寄せた。

 その様子を横目で見つつ、レッドが手元の情報端末をいじりながら口を開く。

「……それでは、こちらの要求を再度確認します。閉鎖や管理された元他国の領土、総54ヶ国分の領土の解放。そして捕虜になった敗戦者全員の解放。以上2点です。これは把握してますね?」

「もちろんです」

「では、どこまでなら、この要求、答えられますか?」

 レッドからのその質問に、ジョンは不思議そうな表情をした。まるでその言い方は、犯人側が譲歩する、と言う風に感じられたためだ。そしてジョンは、レッドの言葉の意図を掴みかねてか少し黙ってしまう。

 そのまま黙ってしまったジョンを見かねて、『死神』が口を開く。

「あんたらがこの要求を全部飲むなんてのは最初っから期待してねえさ。まずはそちらが譲歩できる範囲を聞かせてくれ」

「……私たちは、全部とは言えません。先ほど解放した第九地区のように、いくつかは解放する準備は整っています」

「あんたらが完全に制圧した地域か?」

 完全に制圧した地域。『死神』のその言葉の意味はひどく単純なものであった。

 ヤジダルシア軍が制圧している地域は、大きく分けて2つに分けられる。条件付でその地に住民が住んでいる地域と、誰も住むことを許可されていない地域だ。そして『死神』が言った、完全に制圧した地域とは後者を指す。

 『死神』が睨みを利かせている状況で、言葉を選びながらジョンは発言する。

「……まあ、そうなりますね」

「具体的にはどこの地域だ?」

「第七地区、第十地区、第十三から第十五地区、第二十地区、第三十地区です」

「随分と少ないな。それとこの学園の生徒達の命を引き換えようと思ったわけか」

 少し苛立った雰囲気を見せた『死神』とは対称的に、感心した様子でレッドが口を開いた。

「いえ、隊長。数こそ少ないですが、この地区の解放は大きいですよ」

「ん? どういうことだ」

 レッドの言葉を聞いて、『死神』が不思議そうに首を傾げる。

「第十、第三十地区はいわゆる危険地区とされる地区です。つまり、強大な武力を要する民が住んでいた地域。国で言いますと、エルゴディア、大成たいせいの2ヶ国が含まれています。この2つの国はレジスタンスも多く、解放となり、レジスタンスが国に帰れば、国にとっては相当不利な状況になり得ます。他の地区も、第十や第三十ほどではないですが、国への反抗材料になり得ますね」

 流暢に地区のことを話すレッドを見て、『死神』が素直に感心しながら口を開いた。

「よく、覚えてたな」

「ええ、まあ。このくらいの情報は必要かと思ったので」

「助かったよ。で、だ。そうなるとそちらさんの思惑は簡単だな。危険な地区を解放し、国にデメリットが大きいことを見せ付けることで、少しでも数を少なくしようってことか」

 『死神』が、探りを入れるようにジョンに問いかける。ジョンは少し言葉を詰まらせてからそれに答えた。

「そういうことに、なりますかね」

「……ま、それは一旦置いておく。それじゃあ、捕虜の解放の方はどうする? 捕虜次第で話も変わる」

「捕虜については、リストを持ってきました」

 ジョンが鞄を漁り、1つの情報記憶媒体とを取り出す。レッドはそれを受け取ると、手に持っていた情報端末で読み込んだ。レッドが情報端末でチェックしている間に、『死神』が話し始める。

「少し、世間話でもしようか」

「世間話、ですか」

「ああ。こいつが全部チェックしてる間暇だからな。んで、1つ質問だ。あんたは、俺らをどう思う」

 『死神』がジョンの目を見つめながらそう尋ねる。マスクとフードの間から覗く『死神』の瞳は、何かを探っているような目ではなく、まっすぐな目だとジョンは感じた。ジョンは、慎重に口を開く。

「どう、と言いますと」

「単純に答えてくれればいい。故郷のために立ち上がった英雄に見えるか、それとも、無謀な戦いを挑んだ愚かな英雄に見えるか」

 ジョンには、その意図は掴めない。何を求めているのか、何を答えてはいけないのか。その答えを掴み損ねていた。

「別に、どう答えたからってこの交渉に響くようなことじゃない。お前の命を奪うことじゃない。ただ、率直に答えてくれ」

「……私は」

 ジョンは、ゆっくりと、慎重に口を開く。

「正直に言えば、愚かだと思います。ヤジダルシアという軍事大国に挑むなど。もしこの作戦が成功しても、きっと、圧倒的な軍事力で押しつぶされると」

 ジョンはそこで口をつぐんだ。今の答えが自分の正直な気持ちだったが、そこまで明確に答えてよいものだったろうか。交渉人として、これでよかったのか不安になる。

「なるほどな。ありがとうなジョン。よく正直に答えてくれた」

 『死神』がそう口を開いた。『死神』は怒っているわけではなさそうだった。その様子を見て、ジョンは一安心する。

「……捕虜解放リストの確認、終わりました」

 レッドが話を遮るように口を開いた。

「正直、驚きましたね。まさか、国がここまで動くとは思いませんでした」

「どうした、レッド」

「捕虜解放の人数は約15243人。これだけでも驚くべき人数ですが、その内非戦闘民と思われる捕虜は約12000人弱。残りは戦闘民でしょう」

「……よく、そこまでわかるな。それに、その数をあんな短時間で見終えたのか?」

 『死神』は心底感心したようにそう呟いた。それを聞いて、レッドは誇らしげに話を続ける。

「名前と一緒に顔写真がついていました。流し見ではありましたが、なんとなくそう判断したまでです。それに、戦闘民はほとんど下にまとめられていたようですしね」

「それをあんな短時間に……。脱帽するよ、まったく」

「ありがとうございます。……種明かしをすれば、この端末は本部と繋がっていました。本部の兵士に手伝ってもらったんです」

 ああ……、と呟いて『死神』は脱力した。その様子を少し笑ってから、レッドは言葉を続けた。

「さて、戦闘民の捕虜ですが、流し見でも気になる名前がいくつか。アレイル・テイズム、ニーライ・ディレイ。そしてアーデク・エリア。この3人は第七地区に属する国、マイタスの戦闘長として名を馳せていた人物です。他にも何人か戦闘長だった人物は見受けられましたが、彼らが今回の目玉、というところですかね」

「アレイルとニーライは俺も聞いたことがあるな。ヤジダルシアの侵攻を幾度と無く防いだ英雄として、俺のところにも名は届いていた」

「彼らが解放されるとなると、状況は劇的に変化すると言ってもいいかもしれません。レジスタンスは、一気に立ち上がるかと」

 レッドと『死神』の会話を、ジョンは黙って聞いていた。レッドの情報量や、あんな短時間であのリストからそこまで読み取る能力に、ジョンは正直驚いていた。

「ですが、ヤジダルシアが抱える捕虜の数に比べれば、恐らくこんなのほんの一部でしょう。閉鎖地区解放の件もそうですが、私たちの要求には全く足りませんね」

「まあ、そうだろうな。だが……」

 そこで、『死神』の言葉を遮るようにレッドの通信機がけたたましく鳴り響く。異常があった際の緊急用の着信音だった。レッドはジョンと『死神』に、失礼、と言って席を立つ。部屋の隅に移動すると通信を開始した。

「どうした、何がありました?」

「四号館小体育館からの定時連絡が途絶えました。四号館自体の定時連絡は続いています」

「確認はとりましたか?」

「はい。何回かこちらから通信を試みましたが失敗しています」

「了解。直ちに四号館に向かいます。全警備兵に通達しておいてください」

 通信はそこで途切れた。その通信を聞いていた『死神』はレッドに、行け、と手で命令する。それを見たレッドはすぐに応接室を出た。『死神』はそれを確認すると、ジョンに話しかける。

「さて、異常発生だ。悪いが、交渉はここで中断させてもらう」

「ま、待ってください。人質達の命は」

「……この事態が収拾するまでは保障しておこう。それで重ね重ね悪いが、あんたには一旦着いてきてもらう」

「どこかに、移動すると……?」

「ああ。集めた人質達が気がかりだ。第一闘技場に向かう」

 『死神』は席を立つ。ジョンに手で、着いてこい、と合図を送ると足早に歩き出した。ジョンもそれに着いていく形で歩き始める。

「なあ、ジョン。この異常事態、あんたは心当たりは?」

「……いえ、ありません。軍も突入予定はないはずです」

「あんたの言葉を信じるなら、他の侵入者か、あるいは、あんたもしらない軍の突入部隊か」

 だが、四号館の小体育館から異常発生というのが気にかかる。四号館はハリアル訓練学園の敷地内でも、中央に位置する。そこから異常発生となると、侵入してきた相手のミスか。もしくはもう1つ考えられる可能性。

「……学生か教師による反抗か」

 『死神』にとって一番気がかりだったのは四号館小体育館という場所。そこには、学園内ランク10位以内の9人を集めていた。彼らが反抗したという可能性も十分に考えられる。

「とりあえず、第一闘技場の人質に何も無ければいいが……」

 第一闘技場に集めた人質が何者かの手によって解放されていれば、この作戦に大きな支障が出る。

 『死神』は、到着を急ごうと、足を速めた。

 

 午後5時35分。ハリアル訓練学園図書館屋上。

 クロウは、タバコを吸いながら月を眺めていた。

 日はほぼ落ち、空は段々と暗くなり、月明かりが辺りを照らし始めている。

「いいねえ、いい月だ」

 クロウは屋上で、1人の兵士の上に座っていた。その兵士はうつぶせになりその身を震わせている。

「そう思うだろ、なあ?」

 兵士は肯定の意を示そうと、精一杯首を縦に振る。その様子を見てクロウはカッカッ、と短く笑う。それから兵士の頭を軽くポンポンと叩いていると、遠くのほうに、図書館に近寄る1つの影がいることに気がついた。

「ん、あれは……ハリスか?」

 じっくりと見ようとクロウは立ち上がり、目を凝らす。しかし、よく見えない。

「しゃーねえな、っと」

 クロウは足に黄色のオーラをまとわせ、軽く飛ぶ。いくつかの校舎の壁を蹴って進みながら、図書館に近寄る影の下へと降り立つ。

「お、やっぱりハリスじゃねえか」

 突然現れたクロウに驚く様子も無く、ハリスはマスクを軽くめくってクロウに顔を見せた。そして、そのまま発言する。

「よう、よく気付いたな」

「で、四号館の方はどうなったよ」

「問題ない。全員協力してくれそうだ」

「おーそりゃよかったな。んで、一号館に向かうのか?」

「ああ、さっさと制圧しよう」

 ハリスとクロウは一号館に向かって歩き始める。しかし、そこでハリスが身に着けていた通信機が、けたたましく鳴り響いた。

「四号館小体育館にて異常発生。繰り返す、四号館小体育館にて異常発生。近くにいる者は増援に、それ以外の者は見回りなどを強化し、警戒をさらに厳にせよ」

 そこで通信は途切れる。通信を聞いたハリスとクロウはお互いに顔を見合わせる。そしてクロウは呆れた様子で呟いた。

「……こりゃー、やっちまったな」

「まっずいな。とにかく、小体育館の様子を見に行くぞ」

 ハリスとクロウは走り始めた。クロウは警備兵に見つかるといけないので、校舎の屋上を渡る形でハリスを追いかける。

 四号館につくと、入り口前には大勢の警備兵が集まっていた。だが、まだ突入前の段階のようだ。全員武器を手に持ってはいるものの、戦闘態勢には移行していない。ハリスは適当な警備兵に話しかける。

「何があった?」

「ん、ああ、小体育館からの定時連絡が途絶えたそうだ。四号館自体の定時連絡は途絶えてないから、小体育館で何かあったんじゃないかって」

「なるほど……。突入はしないのか?」

「レッドさんがまだ着いてないからな。到着次第突入するそうだ」

「わかった、助かった」

 そこでハリスは警備兵の群れから離れて軽く舌打ちをする。

 これはハリスのミスが招いた結果だった。四号館も全体の定時連絡をまとめていたと思ったが、まさか小体育館だけ別だったとは予想もしていなかった。考えてみれば、学園内ランク10が集まっているのだから、そこだけ別にするのも頷ける。

 ハリスは警備兵達の目を盗むように場所を選び、壁を蹴って三号館屋上に上る。そこではクロウが待っていた。

「おう、おかえり」

「まずいな、俺のミスだ」

「なんかやらかしたか。カッカッカ、いいじゃねえか。面白くなるぞ」

 クロウはとても楽しそうに笑っている。

「面白くねえよ。……クロウ、さっき俺が二号館で話してたリーダー格のやつ、覚えてるか?」

 その問いにクロウは少しだけ首を捻る。

「んー……、ああ、あいつか。お前に気付かなかったアホ」

「そう。あいつらはレッドが到着したら突入するって言ってた。さっきのリーダー格のやつは、マントに赤い一本線があった。他にそんな線が入ってるのは心当たりがないし、多分そいつだろう」

「まあ、そうだろうな。で、そいつをどうすればいい?」

「足止め。殺さない程度なら倒してくれていい。それで時間は稼げるだろ」

 その言葉を聞いて、クロウは微笑む。その微笑みは、楽しみにしていた物がやってきた子供のような笑みだった。

「よっしゃ、任せとけ。とっとと探してやる。……だけどよ、一号館はどうするんだ?」

「とりあえず後回しにするしかないだろ」

「了解」

「んじゃ、頼んだぞ。くれぐれも、やりすぎるなよ」

「おうよ」

 そう言ってクロウは足に黄色いオーラを纏わせ飛び立った。恐ろしいほどの飛距離と共に、森に消えていく。

「あいつが見つけてくれればそれでいいが……。とりあえず、アザハートさんにこの事態を伝えねえと」

 ハリスは三号館屋上から飛び降り、四号館周囲の警備を確かめる。裏口も既に埋められていて、普通には四号館に入れそうにない。窓も閉められていて、さすがに割って入ることも不可能だ。

「と、なると屋上か。……ちょっと危険だけど、やるしかねえか」

 ハリスは再度三号館屋上へと上る。屋上から下を覗けば、警備兵達が集まっていた。この状況の中屋上に飛び移れば、下にいる警備兵に最悪見られる恐れがある。

 そこでハリスは空を見上げる。日はすっかり落ちて、辺りは暗闇だ。月明かりがあるとはいえ、この黒い服装なら危険性はぐん、と低くなる。

「まあ、行けるだろ」

 ハリスは屋上の柵に足をかける。ふっ、と軽く息を吐き、四号館屋上へと飛び立った。あまり大きな音も立てずに飛び移ることに成功したが、念のため下を確認することにする。

 地上では、あまり騒いでいるような様子はない。この様子なら、恐らく発見されてないだろう。

「それにしても、本当にこいつら無能だな……」

 ハリスは半ば呆れながらそう呟き、四号館へと入っていった。生徒達に、自分がハリスだと分かるようにマントを外しつつ、階段を降りていく。途中2階を覗いてみると、警備兵が集まっているのを察していたのか、5年生たちが周囲を警戒していた。それを見たハリスは安心しつつ、小体育館へと急ぐ。

 1階に着いて、小体育館の扉を開ける。すると、目の前に現れたのは長剣の剣先。

「うおっ!?」

 思わず声を発しながらなんとかその突き攻撃をかわす。その長剣を突き立てていたのはアザハート・シュタインだった。

「む、お前か」

「あっぶないですよ……」

「悪いな。侵入者かと思った」

 アザハートはハッハッハ、と笑いながら腰にある鞘にその長剣を納める。それから小体育館の中央に歩いていった。

「ていうか、ずっと扉の前にいたんですか?」

「まあな。その方が入ってきたときにすぐに攻撃できるだろ」

「そりゃまたすげえ……」

 アザハートは小体育館中央に置いてある椅子に腰掛けると、不満そうに話し始めた。

「んで、こりゃ一体何の事態だ」

「……俺のミスです、すんません。どうやら四号館小体育館にも定時連絡する兵士がいたみたいで。それに気付かず排除しちゃったら、こうなりました」

「なるほど、な。ま、仕方ない。侵入してくる警備兵達を排除すれば、問題ないだろ」

 ハリスはマントを適当にそこらへんに放り投げ、床に腰を下ろした。

「まあ、そうなんですけどね。一応、俺の仲間にリーダー格を探してもらって、時間稼ぎをしてもらってます。うまくいくかどうかはわかりませんけど」

 そうか、とアザハートは軽く返事して黙ってしまう。しかし、すぐに疑問があるような表情で口を開いた。

「気になってたんだけどよ、お前の仲間ってのは何者だ?」

「え、ああ、外の人間です」

 またも、そうか、とアザハートは軽く返事して黙ってしまった。この後何かしら追及されそうだと思っていたハリスは思わず口を開いてしまった。

「それだけですか……」

「別に追求するようなことでもないだろ? お前が強いのは知ってる。ならお前の仲間が強いのも頷けるだろうが」

「まあ、そうですかね……」

 ハリスは何となく拍子抜けしたような気分になる。しかし、気分を切り替えて次の話題を話し始める。

「そういえば、他の8人から連絡ありましたか?」

 他の8人、とは学園内ランク10位以内の5年生のことだ。

「いや、特には無いな。まだ偵察が終わってないか、排除してる最中か」

「俺は連絡先アルカさんのしか知らないんで、多分アザハートさんに連絡くると思うんですけど」

「ん? 俺も他のやつらの連絡先は知らねえぞ?」

 訪れる一瞬の静寂。

「……って、マジですか!?」

「マジだよ。てっきりお前が全員の連絡先を知ってると思ってたんだがな」

「失敗した……。ちなみに、偵察に向かったのは誰か分かります?」

「確か、フェウスとギャラックが向かったと思ったが」

「これじゃあ連絡の取りようが……。くそ、どうするか……」

 完全にハリスの誤算だった。アルカに偵察を頼んでおけば、連絡も取れたはずだ。まだ状況は変わっただろう。ここで偵察組が戻ってくるのを待とうにも、四号館は囲まれている。警備兵達を蹴散らしてまで中に入ってこないだろうし、ハリスは考えを巡らす。

 焦った様子で考えふけるハリスを見て、アザハートが当然のことを言うように呟いた。

「アルカに中継を頼めばいいだろ」

「……ああ、そうですね」

「なんだ、抜けてるなお前」

 いつもならば、ハリスはこんなことはなかった。先ほどの定時連絡兵のミスに続いて、連続してミスをしてしまった。そのイライラで、ハリスは頭をかきむしる。

「……多分、焦ってるんですかね」

 頭をかきながらハリスは語り始めた。アザハートは、それに答えるように尋ねる。

「焦ってる?」

「助けなきゃいけないやつが今、闘技場に人質として捕まってるんですよ」

「……それなら、闘技場に向かって助けちまえばよかったじゃねえか。他の校舎なんて後回しにしてさ」

 アザハートは当然のように言い放つ。確かに、その方がユイを助けるには手っ取り早いだろう。だが、ハリスは首を横に振る。

「そんなことしたら、そいつに怒られます。他の人質の命を危険にしてまで助けるな、って」

「……なるほど、な。そいつは女か?」

「ええ、そうですけど」

「なんだ、惚れてんのか」

 またもアザハートは当然のように言い放った。ハリスは慌てることもなく、それに返答した。

「惚れてる……、ってわけじゃなくて、守らなきゃいけないんです」

 アザハートは、惚れてるのとは違うのか? といった表情を浮かべたが、黙ったままだった。そのまま静寂が訪れる。

 静寂を破るように、ハリスの携帯が鳴る。携帯を取り出して画面を見てみると、アルカからだった。

「はい、ハリスです」

「あ、ハリス君?偵察組のギャラックからの伝言」

「どこかわかったんですか?」

「うん。第一闘技場みたいよ。実際には確認してないけど、第二、第三闘技場とは警備の厳重さが違うから明らかだって」

「わかりました。ありがとうございます」

 ハリスは少し黙って考える。第一闘技場だというのがわかったら、あとは虱潰しに他の場所を制圧しながら突入すればいい。時間はあまりないが、戦力的にはなんとかなるだろう。

「で、ハリス君。突入はいつ?」

「もう少し制圧してから突入しようかと」

「……そう悠長にはしてられないかも。今テレビ見れる?」

 ハリスはアルカの言葉の意味が分からないまま辺りを見渡すが、ハリスがいるのは小体育館。小体育館にテレビなんてあるはずがなかった。

「移動しないと見れないですね」

「じゃあ、悪いけど移動できる? ちょっと、時間ないから」

 アルカの言うことに従い、ハリスは走って二階へと向かう。向かいながら、ハリスはなんとなく悪い予感がしていた。

 5年A組の教室につき、テレビを貸してもらう。テレビをつけると、ちょうどニュースが流れている。

「えー、先ほどお伝えしましたハリアル訓練学園占拠事件の新しい犯行声明ですが、続報です。犯人グループから送られてきたビデオの一部を、お流しいたします」

 新しい犯行声明。恐らく、これがアルカの言っていた悠長にしていられない原因だろう。画面が、数時間前に見た犯行声明と同じように、闘技場を背景に立っている『死神』を映し出す。

「ここで皆さんに、残念なお知らせです。学園内で何者かの侵入、もしくは反抗がありました。よってこれから、制裁行動を始めさせていただきます」

 ハリスは、今耳にしたことを信じられなかった。

 そうだ、自分がしたミスから、こうなることをなぜ予測できなかった。犯人グループが強行手段に出る可能性だってあっただろう。

 ハリスは、そんな自責の念に駆られる。

「ただし、猶予を与えましょう。我々も無駄に人質の命を奪って、交渉が進まなくなることは避けたい。侵入者あるいは反抗者がこれを目にすることを願って。このビデオの放送後、5分以内にこちらに来てください。そうすれば、人質に制裁行動を取ることはいたしません」

 それを聞いたハリスは、集まっていた5年生達を跳ね除けながら、小体育館へと足を走らせた。

 途中、アルカと通話する。

「アルカさん、俺、行きます」

「……わかった。無理はしないでね」

「ただ、今小体育館で問題が起きてるんです。できれば加勢に来てもらえますか。それと、他の5年生の方達に、一号館とか、他の場所の制圧をお願いしていいですか」

「ん、わかった」

「それじゃ」

 ハリスは通話を切る。乱暴に小体育館の扉を開けて、アザハートに事態を説明する。事態を聞いたアザハートは、行ってこい、とハリスの背中を叩いた。

「すいません、ここはお願いします!」

 ハリスは屋上に向かいながらマントを羽織る。フードを被り、マスクをつけ、その鋭い眼光だけを覗かせる。

 覗いたその眼光は、怒りに支配されていた。

 自分の不甲斐なさへの怒り、そして『死神』に対する怒り。

 屋上についたハリスは、一度深呼吸し、屋上から飛び立った。

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