刀剣探索

「んぶぇえええっっくしょい!」


 夏とはいえ、この場所は三十度越えしてるわけでもない。ぬれ鼠の勇治が肩を抱く。


「さむううううい!」

「すみません、臭いに負けて後のことを考えていませんでした」


 ヒポグリフやハーピィが魔素に還元されていく中で、ラウールが何度も頭を下げる。


「いいんだ、汚れが落ちたのには感謝してる。そこだけはな」

「仕方がない、一旦宿に戻ろう。勇治はそのまま露天風呂にでも突っ込んでしまえ」

「ひっでえ! ああ、でもそれでもいいかも」


 ラウールがわかりましたと言った瞬間、勇治が消えた。


《あ! 通じた⁉ 蓮様、ラウール様、ご無事ですか》


 この声は待機してるノエルか。


《どうしました》

《今、勇治様が露天風呂に落ちました。なにかあったんでしょうか⁉》

《ああ、それは大丈夫です。気にしないように。それよりこれから戻ります》


 ラウールに応えた声には若干不審そうな響きがあったものの、彼女の対応はテキパキと小気味よいものだった。バイクも駐車場へ戻し部屋へ戻る。


「義経達は?」

「お出かけされて、まだお戻りではないですね」

「そうか」


 魔王の支配地は広いのだろう。方角はわかっているとはいえ城のある位置が特定できない。できれば人数をそろえて広範囲に調べたいんだが。

 ふつふつと滾る気持ちを抑えるのも楽じゃない。


「はあああ、生き返ったわ」

「お疲れ」


 風呂上がりの勇治もルーティンになっている武器の手入れを始める。


「うへぇ、これあかんやつだわ。うっすら細かい亀裂が入ってるし、ちょっと曲がってねえか? どうりで最後の方は斬れ味悪かったわ」

「お前、仮にも勇者だろ? 伝説級の剣とか持ってないのかよ?」

「ああ、諸事情がありまして。今それ魔人が持ってんだよ。取り返すわけにもいかねえからなあ。どうすっかな」


 頭を抱える勇治の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。


「帰ったか」


 これは、どっちだ?


「ええと、政宗……様? かな」

「うむ、頼みがあるのじゃが」


 どかっと目の前に座った彼は弘前に行けないかと聞いてきた。


「なんで弘前?」

「刀と甲冑を取りに行けぬものかと思ってな」

「展示してあるやつ盗んでくるとかはダメっすよ?」


 勇治が冗談交じりに言った瞬間、怒声が響いた。


「ど阿呆!!!」


 ……耳が!

 政宗は咳払いをひとつして続けた。

 まだ耳鳴りがする。


「今、儂の刀鍛冶が弘前に住んでおる。代々、刀剣も甲冑も預けておるのじゃ。先日のまほうで行けぬものかのう」

「政宗様、それならお願いがあるんですが! 俺に刀貸してください」


 それを聞いた勇治が勢い込んで言った。

 そうか、その手もあるな。

 勇治が出した剣を見た政宗はうぬ、と言ったきり絶句した。


「これは駄目だな。儂の刀を使え」

「あ、マジですか! ありがとうございます」


 しばらく地図を睨んでいたラウールがようやく顔を上げた。

 先日行った場所ですが、と地図を指差す。


「この辺りまで来ていただくことは可能ですか?」

「ふむ、かまわぬ。言っておこう」

「それなら大丈夫そうです。政宗様、通路をつなげましょう」


 かたじけない。そう言って政宗は晴れやかに笑った。



 通路を抜けた先、遺跡の近くでその人を待つ。しばらくすると一台のワゴンがクラクションを鳴らして近づいてきた。


国包くにかね、こちらじゃ」


 政宗が手を振ると、その人は車を下り直立不動の姿勢から頭を下げた。


「こやつが儂の刀鍛冶よ。これくしょんを預けておる」


 まさかこの人も昔の人なのか? どうも政宗の周りはこの人に影響されるのか憑かれてる人が多い気がする。

 どう見てもチャラい子どもに最敬礼する爺さんって、デカいお屋敷のお坊ちゃまでもない限り違和感だらけなんだが。あれ? もしかして本当にお坊ちゃまだったのか?


 国包と呼ばれた人が一礼して車のドアを開けようとする。

 勇治は慌てて預かってきたスクロールを取り出し足元に隠蔽の魔法陣を広げた。


「これは何のまほうじゃ?」


 興味津々で展開された魔法陣をのぞき込む政宗。


「俺は魔力がほとんどなくて、こういうの専門外なんですけど」


 勇治をつついて説明を頼む。


「周囲の目から隠すものです。見えてるのに見えなくなるっていうか、そういう効果があるんだそうです」


 そうです? ってお前もわかってないのか……


「ほほーーーう! 便利なものじゃのう」


 それでも政宗はしきりにうなずきながら輝く魔法陣を見ていた。あんたには使えないと思うんだが?

 転じて後部座席に目をやると、布を被せた結構な量の荷物が乗せてある。


「全部持って行くぞ。ほれ、若い者は働け」


 見た目は政宗が一番若いんだぞ⁉

 顔を引き攣らせた俺と勇治を見て政宗はにやりと笑った。


「そうじゃ。お主、刀は振れるのか」


 思い出したように政宗は勇治に聞く。


「蓮のを見てたけど、西洋の剣と違うっぽいから少し難しいかもしれねえ」

「ふむ、なるほどのう。成実しげざね、稽古をつけてやれ」

「あいわかった」


 政宗の言葉を受けて成実が頷いた。


光忠みつただ景秀かげひでが良かろう。せっかく黒脛巾くろはばき組が集めてきたのじゃ。大いに使うが良い」


 そう言って政宗は上機嫌でカラカラと笑う。


「大盤振る舞いですな。筆頭殿の気前のいいことだ」

「今の世の中で刀が使われることなどないであろ。せっかくの機会じゃからのう。派手にいこうではないか」


 わりと有名な刀工の名前がぽんぽん出てくる。やっぱり殿様だったんだな。ってか本当にそんなすごい刀使ってもいいんだろうか。

 政宗はかまわん、と軽く言った。


「儂の物を儂が使うのに何の不都合があろうか。好きに使え」


 ここまで言ってくれるとは太っ腹な殿様だ。とにかくこれを運んでしまおう。


「ラウール、通路を部屋につなげてくれ。荷を運ぶ」


 わかりました、とスマホの先でラウールが言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る