臭気領域
上空の勇治は有利な攻撃位置を探りながら進んでいく。
《こっちはそろそろ雷撃の射程範囲に入る。地上のは少し遅れてるな》
《わかった》
ヒポグリフは地上を来るか。できればこのまま地上に貼り付けておきたい。
《その木立もすぐ抜けられる。その先は草地だが開けた場所に出るぞ》
《やるならそこですね》
重量級のくせに飛ぶのが早く、空での攻撃が多彩なヒポグリフは地上にいてもらいたい。
間を置かず気を引くようにラウールの手元から魔法が飛ぶ。
このままバイクで進む。オンロードのスポーツタイプで無舗装の道はちょっと無謀な気もするが、ドラゴンで木立を抜けるよりは多少マシだろう。こういう時はラウールのオフロードバイクが羨ましくなる。
《さあて、そろそろ雷撃ぶちかますぞ》
《はい、お願いします！》
俺達がバイクを走らせている木立の上で雷撃が放たれた。始まったか。
だいぶ広範囲にわたっているところを見るに、勇治はさっきと同じように魔力を剣にまとわせて薙ぎ払ったんだろう。続けて旋風が巻き起こる。
目に見えない風の刃に捕まったハーピィが体のあちこちにバックリと切口を開けながら羽根を散らして落ちて来る。
それを右に左に避けながら立木の間を抜ける。
《残りのやつらにンコ投げつけられる前に倒すぜ！》
勇治の軽口と同時に俺達はヒポグリフと遭遇した。
結局やつらは飛行しようとは思わなかったらしい。作戦通りとはいえ、もしかしてお好みの肉がそこにあるからってことだとしたら……冗談じゃない、食われてたまるか。
俺とラウールは互いに距離をとり、やつらを挟み込むように回り込む。
《蓮様、こちらはいつでもいけます！》
《OK、やるぞ！》
先にラウールが仕掛ける。杖先の魔法陣から光の刃が伸びる。ヒポグリフに向かって槍のように突き出し、胸元を切り裂くとそのまま反対側まで駆け抜ける。
反転したラウールはバイクを止めると同時に魔法陣を展開。
《リンドヴルム！ 低空で旋回してやつらを牽制してください》
顕現した白い騎竜が飛び回り、時にヒポグリフへと突っ込んでいく。
その間に俺はラウールの所にバイクを走らせた。運転を交代、俺は後ろに乗る。
《いきます》
加速するバイクの後ろで布都御魂剣を構える。
威嚇の叫び声を上げ、振り下ろされるヒポグリフの
重い音を立てて首が転がる。
《ヒポグリフ様が反撃を食らったのが計算外だったみてえだぞ。ハーピィが逃げ腰になってる》
《よし、逃げろ逃げろ。お前らみてぇな面倒くせえやつら、いつまでも相手にしてらんねえわ》
そうだな、できることなら退散してくれると面倒がなくていい。
俺の目の前のヒポグリフが突然、上空に向かって吠えた。
《なんだ⁉》
《上空を牽制するためにハーピィを逃がしたくないのでしょうね》
《こんな殺気放たれたらヒポグリフの報復恐れたハーピィが死ぬ気で向かってくるぞ。勇治！》
勇治はけたたましく鳴き喚きながら向かってくるハーピィに対抗すべく、魔力で帯電させた剣を構え直した。
《わかってる！ お前らも気をつけろ》
《ラウール、右だ！》
黒いバイクを駆るラウールがハンドルを切る。
俺はすり抜けざまに次の一頭に斬撃を浴びせる。
斬るたび思う。この刀の切れ味は怖いほどだ。ヒポグリフみたいなデカいやつでも、さくりと斬り倒す。これが
警戒値を上げたヒポグリフは、バイクに乗る俺達へ連携して攻撃を始めた。
《ハーピィ共を連れていくぞ！ 合図で避けろ》
旋回しながら勇治は降下を始める。なにする気なんだ？
《まあ、任せとけ……今だ！ 逃げろおおお！！》
ヒポグリフの包囲を抜けると同時に、勇治が下降してくる。ジグザグに逃げながらヒポグリフの上で大きく旋回した。
目を血走らせたハーピィが汚物を投げつけてくる。
その瞬間、世界は、動きを止めた。
最初に動いたのはヒポグリフだった。顔面から汚物をしたたらせ、ゆっくりとハーピィに視線を向ける。
勇治への攻撃に夢中で気づかなかったんだろう。ヒポグリフの視線の先で、ハーピィはダラダラと嫌な汗を流し……ものすごい勢いで飛び去った。
ヒポグリフは後に残った俺達に、なにより勇治に狙いを定めたらしい。ギロリと視線を向ける。
《ちょ……こっち見んな！ なんだよ、戦ってんだから戦術的にはありだろうが》
その隙を狙ってラウールはニーズヘッグを顕現させた。
黒竜と白竜が交差。ラウールは自分の騎竜へと飛び移る。
《これでヒポグリフに集中できますね》
《そうだな》
《のんびりしてんじゃねえ！ 俺ピンチだから！》
一つだけじゃないヒポグリフの嘴が勇治に迫っていく。
それを追ってまずは一頭を屠る。
《さあ！ 残りも片付けるぞ》
返事もそこそこに、ラウールと勇治から雷撃が飛ぶ。
《汚物と血の臭いで鼻がおかしくなりそうだな》
《戦術だよ、戦術！ ハーピィは追っ払えただろうが！》
嘴と爪を避けながら俺達は撹乱しつつ飛び回る。
《残りは少ないです。一気に倒しましょう》
《ああ！ だが焦るなよ！》
騎竜達は短距離での方向転換が負担だろうが、もう少しの間がんばってくれ。
《勇治様、雷撃出せますか》
《いける！》
《では、同時に！》
勇治とラウールが魔法をぶちかます。
足止めしている間に俺は一頭、二頭と斬り倒す。
勇治も帯電させた剣をヒポグリフに叩きつけた。
《よし！ 後、二頭》
ラウールの刃は魔力が元になっているから、さすがにさっきより威力が弱い。倒しきれずに暴れ回るやつに俺と勇治でとどめを刺す。
《チッ！ なんで俺ばっか狙うんだよ》
《さっきのだろ》
《戦術って言った……うわっ》
どういうわけか体を固定していたはずのベルトが外れて、勇治はヒポグリフの前に放り出された。
運がない。いや、ウンはあるか。
ヒポグリフがニヤリと嗤う。
勇治は無理矢理笑顔を貼り付けると、ビーチフラッグスよろしく回れ右をして逃げ出した。
ヒポグリフが躍起になって勇治を追う。
《んがああああ！！》
走る勇治を騎竜が追う。
リンドヴルムがヒポグリフの邪魔をするように飛び回る。
ニーズヘッグが上空から飛び込んで俺は大太刀の
「っ……はあっ、はあ、はあっ……」
「勇治……お疲れ」
「勇治様、明日からトレーニングメニューを組みましょうか」
「はあ、はあっ……いらねえ！ 勘弁しろよ。くそっ！ そんな残念そうな顔すんな！」
ラウールが本当に残念そうな顔をしていた。やめてやれよ。
「少し休憩しよう。騎竜も休ませてやらないと」
「ああ」
「勇治様、ちょっと失礼します」
どうした？ 怪我でもしてるのか。
「どおおおおおおおっ！！！」
ラウールは勇治にむけて盛大に水魔法を放った。
「何しやがる！ クールダウンしろってか⁉ 逆にヒートアップするわ！」
「いえ、ちょっと臭いが……」
「ああ、さっき放り出された時だな」
「くそう……あんなに避けたのに結局俺だけンコまみれとか」
つかさちゃんがいなくなった途端に俺の不幸度が上がったような気がする……
そう呟いた勇治に苦笑いするしかなかった。
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