俺のやるべきことはやるさ
戦闘開始
「つかさ……」
俺はぽつりとあいつの名前を呟いた。
いつも呼んだら応えてくれたじゃないか。名前を呼んだら振り向いて笑って、俺の手の中に飛び込んでくるんじゃないかって。そう思ったのに。
あいつの存在は俺が思っていたよりもずっと大きかった。傍で笑ってくれてることが当たり前過ぎて、自分のほうが頼っていたことに今更気がついた。
「蓮……‼」
喪失感だけじゃない、ごちゃごちゃの感情が心の中で渦を巻く。この真っ黒な感情を、重苦しい殺意を、あの魔王に叩きつけてやりたい。息が、苦しい。
「……い、……おい! 大丈夫か」
殺伐とした気持ちに沈んでいく。何もかも放り出してこのまま殺意の黒に身を委ねたい。
連れて来ちゃだめだって、わかってたのに。それでも一緒に行こうって言ってしまったのは俺の身勝手だ。つかさの気持ちにあぐらかいて、なにが守ってやる、だ。なにが勇者様だ。俺は本当に馬鹿だ。
「蓮! 聞けよ。俺の声を聞け!」
うるさい、俺のことは放っといてくれ。
勇治の手が黒の中からむりやり俺を引きずり出す。
「ゆう、じ……」
「おう! 俺だ。戻ったかよ」
なんだよ、戻るって。まだ声が遠い。心が後悔と殺意の沼から戻れない。
「ラウール、止めんなよ」
そう言う勇治に胸ぐらを掴まれて、
「止めませんよ」
殴られた。
「あいつ一人いないだけでこのザマってなんだよ。取り返すんだろ⁉」
苛つきを抑えるように勇治が言う。
ああ、もちろんだ。お前に言われなくてもやるさ。そんなことはわかってる。だけど……
「……悪い、ちょっとひとりにしてくれ」
これほど堪えるとは思わなかった。
部屋の隅で頭を抱える。ダメだ、心が煮えたぎる。
……あああ! くそっ! 魔王が許せない。いつでも俺が守ってやる、なんて思い上がってた自分が許せない。握りしめた拳と噛みしめた唇の端に血の味が染みた。
頼む。無事でいてくれ。絶対助けに行くから。
翌朝、勇治はチラッと俺を見ると大げさにため息をついてみせた。
「フン、ちょっとはマシな顔に戻ったんじゃねえか?」
「うるせえ」
「少しはまともに戦おうって気になったんなら、手を貸してやらんでもない」
ふんぞりかえったガキ大将みたいな勇治に、俺はやっとのことで形だけの苦い笑いを返した。
「しょうがない、頼りにしてやるよ」
そうだ、切り替えろ。
まずは昨日偵察した場所から進むこと。魔王の城へ近づく。スピード重視でドラゴンでの偵察行に切り替える。
「よし! じゃあ行こうか」
互いにうなずく。
「では、使い方は大丈夫ですね?」
ラウールはノエルにインカムの説明をし終わるところだな。終わり次第出よう。
「何かあったら連絡はそれを使って下さい。それと転送用の魔法陣は設置したままで、必要な時に使ってかまいません。他に質問は?」
「とりあえず大丈夫だと思います。ここはお任せ下さい」
「よろしくお願いします」
振り向いたラウールは、お待たせしましたと装備を手にした。
部屋を出て駐車場へ向かう。
エンジンをかけ、目の前に開かれた通路に飛び込んだ。
早々にドラゴンを呼び出し上空からの探索を開始する。とにかくこの場所の地理と状況を見極めて魔王城に近づかなくてはならない。
《何だ、あれ》
《鳥……にしては数が多いですね》
群れで飛ぶ鳥もいるからなんて思ってたが、近づくにつれて大きさがハンパないことに気づいた。
《うおっ! でっけえな。何だよあの鳥》
《……違う、鳥じゃない! ハーピィだ! お前んとこいなかったのかよ》
《いねえよ! あんな気持ち
俺達が言い合っているうちにも、やつらは近づいてくる。
《ど、どうすりゃいいんだ?》
人面の鳥なんて見たことねえ、と珍しく勇治がうろたえる。
俺もいるのは知ってたが、実際に相対するのは初めてだ。
《足の鉤爪には注意してください。あれは毒爪です》
俺達を見てラウールは言葉を続けた。
《爪にやられても慌てず回復魔法やポーションで対処すれば怖い敵ではないですね。ただ……》
《ただ? なんだ、何かあんのか?》
言い渋る口から返ってきた言葉で俺達はげんなりした。
《書物の情報なんですが……不潔なんです。汚物を投げつけてきたりするそうで》
《マジかよ。なんで、あんな婆さん顔の鳥にンコ投げられなきゃいけないんだ》
そうこうしているうちに、もう表情が見えるくらいまで近づいている。
《とにかく! さっさと倒すぞ!》
吹っ切るように俺は言った。
《おう!》
刀の鞘を払い突っ込んで一振り。数匹を切り飛ばす。
勇治はと見ると苦戦中のようだ。あの剣がいくら頑丈でも届く範囲は布都御魂剣より狭い。鉤爪にやられる可能性が高くなる。
《ラウール、勇治の援護を!》
《承知しました》
勇治の頭上に群がるハーピィに突風が襲いかかった。風の刃で切り刻まれ地上へと落ちていく。
《助かった》
《魔法使えましたよね。これか雷撃が効くようです》
《すまん、忘れてたわ!》
インカムから二人の会話が届く。
しまった、俺も忘れてた。勇治は魔法使えるんだったな。
勇治が魔力を剣にまとわせる。バチバチと帯電し始めたそれを構えて言う。
《蓮、雷撃かますからちょっと離れろ!》
《了解!》
重力に引かれるようにニーズヘッグが垂直に降下する。
目の前から消えた俺にハーピィ共が狼狽えた瞬間、勇治の剣が振り抜かれ広範囲に雷撃が飛んだ。ラウールも追加とばかりに雷撃を放つ。
ハーピィが身を焦がし胸が悪くなるような叫び声を上げてボタボタと地上へ落ちていく。俺はその間を縫って、残ったやつらを斬り倒しながら上昇していった。
《引き上げていきますね。とりあえず撃退成功でしょうか》
だがドラゴン達が動こうとしない。
「どうした、ニーズヘッグ」
『なにか来る』
それを聞いてラウールはドラゴン達の警戒する方向へ
《ああ、これは……少々厄介な敵ですね》
なんだ? なにが来る。
《ヒポグリフです。さっき生き残ったハーピィも一緒に戻ってきてます》
《一旦地上に降りよう。あいつら飛ぶよりはスピードが遅い》
幸いこっちに向かっているヒポグリフの個体数はそれほど多くないらしい。
《なあ、どこが厄介なんだ? 気位は高いが、わりと大人しい騎乗用の動物じゃねえか》
勇治の所じゃその程度なのか。俺とラウールは顔をしかめて首を振った。
《勇治、お前の世界のやつと大分認識が違う。あれに無闇に突っ込むなよ》
《そんなにやべえのか》
《気位も高いですが、かなり凶暴です。あの
勇治は冗談じゃねえ、と自分の肩を抱いた。
《勇治、上空から偵察と戻って来るハーピィを頼む。その間に俺とラウールがヒポグリフの相手をする》
《了解》
地上に降りかけて、また上昇していった。上空の勇治から通信が入る。
《空から来んのはハーピィだけっぽいな。とにかくお前らの頭にンコ落とされなきゃいいんだろ》
《それから離れろ》
思わず笑ってしまった。
《お? 笑えるとは余裕だねえ》
《うるさい、いつまでも落ち込んでられないからな。ヒポグリフの数は》
《今、視認できるのは……十体だ》
《やはり地上を来ますね。こちらに引きつけます。すみません、勇治様はしばらく目視でお願いします》
もう一度索敵魔法を放ったラウールが緊張した声で言う。
《了解だ。もうしばらく魔法は出さずに行く。こっちもおいでなすったぜ》
剣を抜いたか。見上げた勇治の手元で光が反射する。
俺とラウールはバイクのエンジンをかけた。
《行くぞ!》
さあ、戦闘開始だ!
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