悪霊退散

 魔物が空を埋めた。

 索敵サーチ。ラウールの杖に魔法陣が展開される。


《あれは……ワイバーンですね》

《毎度毎度、律儀に邪魔してくれるな》


 思わずこぼれた愚痴にラウールが返してくる。


《あれは幼虫まま悪霊化したようなものです。悪影響を被る前に殲滅しなくては》


 小型のドラゴンのようにも見えるが中身はまるで違う。その特徴は身の内にある瘴気。ゲームなんかでいう力を削ってくるやつだ。数で押してくるのは変わらないが、だんだん厄介さが増していくような気がする。


《さっさと倒して魔王の城へ行くぞ》


 インカムを通して伝わる緊張と高揚。俺は鞘を払いながら続けた。


《散開する!》


 三方にバラけた俺達、それぞれに集まってくるワイバーン。それを片端から斬り落とす。包囲を形成される前に、振り抜く刀の威力のままに斬り倒していく。

 牙を剥く魔物へ刀を振り抜く。切り口から瘴気の塊が溢れ出した。


《口元を覆って! 瘴気は吸わないようにして下さい。すぐに支障が出るわけではありませんが、内に溜まれば体力も精神力も削られます!》


 ぐずぐずと空中に漂うそれに向けて布都御魂剣を振る。剣の神威しんいが滞空する瘴気をも斬り裂いて浄化した。

 それにしても鬱陶しいくらい数が多い。ニーズヘッグが煩わしそうに首を振ってワイバーンを弾き飛ばす。

 体勢を立て直し刀を振るい飛び回る。


《勇治っ!》

《引っ張ってそっち行くぞ!》

《おう!》


 青いドラゴンは大きく回ると俺に向かってまっすぐ飛んできた。


《政宗、反対側頼む!》

《承知! 任せい!》


 すれ違いざま、勇治の引き連れてきたワイバーンに対して刃を振る。

 目の前が暗くなるほどの魔物の群れが刃を通り過ぎる。両断する。瘴気が溢れる。


《よしっ! 少しは減ったか?》

《あーんまり変わんないねえ》


 勇治に応えたのは義経。


《そこは減ったって言ってくれ。気休めでいいから》


 言いながら勇治は両手にバチバチと雷を作り出し奴らに向かって投げつけた。

 帯電する空気がきなくさい。

 確かにこの数の多さにはげんなりするが、こいつらをなんとかしないと先に進めない。


《勇治、愚痴は終わったか。もう一回やるぞ!》

《へいへい》


 もう一度、まとめてワイバーンを斬り倒す。


《くそ、キリがねえな!》


 勇治とラウールの手に魔法陣が輝く。放たれる魔法は雷撃と炎撃。

 確かに数が多すぎてキリがない。


《蓮、埒があかない。振り切って魔王の城へ向かおう》


 スピードを上げた勇治に俺もラウールも続く。ドラゴンの後ろにワイバーンが食らいついてくる。


「ニーズヘッグ、お前もう少しスピード出るだろう」

『これでも精一杯やってるよ。なんだかクラクラして調子が出ないんだ』


 さすがにこれ程の瘴気は布都御魂剣でも祓い切れなかったか。まずいな。先に騎竜に影響が出るとは思ってなかった。


《蓮様、リンドヴルムも同じです。少し瘴気を吸い込んでしまったようです》


 振り切るのは難しいか。


「すまない、ニーズヘッグ。もう少しがんばってくれ」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ドラゴン達は錐を揉むように急旋回した。


《ぬわあああぁぁ!!!》


 勇治の声に驚いてそちらを見る。なんだ⁉ どうした?


「ニーズヘッグ⁉」


 急旋回したドラゴン達はワイバーンを貼りつけたまま上昇していく。


『地上!』


 ニーズヘッグの切迫した声に振り返って地上を見下ろす。


《ヒュドラか!》 

《厄介な……》


 俺とラウールの声が重なった。

 地上からヒュドラの炎が首の分だけこちらを狙っていた。


《あれはなんぞ》

八岐大蛇やまたのおろちにしては首が多いねえ》


 政宗と義経が呟く。


《火ぃ吐くんなら消したればいんじゃね?》


 勇治の掌でゆらゆらと揺れる水の玉が明後日の方向に弾き飛ばされた。ワイバーンが巻き添えを食って飛ばされていく。

 ラウールか?

 そっちを見ると勇治に向けた杖の先からぽたりと雫がしたたり落ちた。


《それやったら、場合によっては爆発起こってこの辺一帯更地になる可能性があるんですが。はっきり言って魔王の領域なんて吹き飛ばしても全然かまわないですけど、どこまで影響が出るかわからないんですから止めてください》


 それこそ瘴気を吹き出しそうな光る眼で釘を刺す。


《ひええ……怖っ! マジか、一帯更地とか威力高すぎだろ。こっわ!》

《厄介すぎる。こいつは放置して魔王城へ向かおう。幸い、ヒュドラの移動速度は騎竜より遅いはずだ》


 俺はラウールの示した方向へ移動を始める。


『ニーズヘッグ、大丈夫か』

『なんとかね』

『無理言ってすまない、なんとか振り切ってくれ』

『あはっ、そんなに心配しなくても平気だよ。任せて』


 そう言ってくれるがニーズヘッグの足は遅い。


《チッ! 思ったより足はええ。ヘタすりゃ追いつかれる》


 勇治からの通信に後ろを振り返ると、ヒュドラの炎が迫ってきていた。

 同士討ちもかまわずワイバーンを潰してくれるのはラッキーだが、どうすればいいんだ。やっぱり斬り倒すしかない、か。ドラゴン達にもかなり負担を強いている。


『蓮、これ以上スピード上げるのは厳しい』

『あれと戦えるのか』


 俺の問いにニーズヘッグは「やる」と応えた。

 確かに回復するチャンスがないまま飛び続けるよりはいいかもしれない。


《……よし、ヒュドラをやる。反転して三方からかかる!》


 反転降下するニーズヘッグにまた炎が向かってくる。左右に揺れ、錐揉みをしながらそれを避ける。後を追ってくるワイバーンが避けきれず黒焦げになって落ちていく。

 ぐねぐねと蠢く首を一本、すり抜けざま切り飛ばした。

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