増殖再生

 切り落とした首の跡が盛り上がってくる。


《なんだ?》


 そこから新しい首が二本生えてきた。


《再生と、増殖……する、のか》

《マジか。おい、蓮! 魔物なら核があるはずだろう》


 そうか! 直接そこを狙えばいい!


《ラウール、場所はどこだ!》


 インカムに怒鳴った俺の声に、ラウールからの返事がない。


《蓮、この木っ端長虫を相手取るのも限度がある。どうにかならんか》


 政宗から、それに義経からも小十郎からも同じ言葉が飛んでくる。

 さっきからヒュドラに向かう俺達の後ろで、ワイバーンの相手を任せきりだ。


《わかってる! すまない、もう少し耐えてくれ》


 くそっ、せめてあと一人、魔法使いがいれば……ない物ねだりが心を過る。


《わかりました! 真ん中の首、付け根の所です!》


 ……あそこか! 蠢く長い首が邪魔だ。

 ヒュドラに向けて雷撃が放たれる。少し動きが緩慢になったか?


《麻痺、とまではいきませんが、少しは効き目がありそうですね》


 ラウールが言い、また雷撃が放たれる。

 俺はこの隙にと真ん中の首に突っ込もうとした。ぎりぎりで炎を躱し騎竜が上昇。後ろに追いすがるワイバーンがヒュドラに焼かれる。


『ありがとう、ニーズヘッグ。助かった』

《……蓮様、十秒稼ぎます》

《ラウール?》

《ひとり分なら厚い魔法障壁バリアを張れます。その間にヒュドラの核を》

《わかった。頼む》


 それを聞いた政宗は「下ろせ」とだけ言い、低空を舐めるように飛んだニーズヘッグから飛び降りた。


《いきます!》


 言いながらラウールは雷撃を放ち、空になったポーションの瓶を投げ捨てる。

 続いて勇治の手に輝いた魔法陣からも雷撃が飛ぶ。


 バチバチと大気が焦げる。

 ヒュドラが炎を吐いた。

 俺の前でバリアが燦めく。


《行くぞ! ニーズヘッグ》


 騎竜がまっすぐに突っ込む。

 炎が障壁に止められる。

 勇治が周りの首に斬りつけ頭蓋を突き刺すのが目の端に見えた。


 炎が途切れ眼前にヒュドラ。光る目が俺を睨む。

 再び炎を吐こうとしたヒュドラの眉間に刃を叩き込む。ずぶりと刺した勢いのまま押し通す。のけぞる顔面から引き抜いて降下する。

 首の付け根に一カ所、竜種の特徴。逆鱗。


《そこかああ!!》


 布都御魂剣を突き刺す。

 切れ味がそのまま名前になるほどの剣が、ぞぶりとヒュドラの身の内に入り込む。

 胸が悪くなる叫び声を上げ、やつが炎をまき散らす。


 バリアの強度が増し、炎を受け止めて燦めく。

 突き込んだ刃をそのまま押し切る。


《くぅおおぉのおおおおおお!!!》


 力のままに振り切る。

 騎竜が駆け抜ける。

 斬り裂かれたヒュドラの体が地に沈んでいく。


 駆け抜けたニーズヘッグが反転する。

 俺の目に半身が焼け焦げて転がる人の体が映った。


《ラウール⁉》


 着地も待たず飛び降りてラウールに駆け寄る。


「おい! なんでこんな……待ってろ今……」

「蓮、様。お怪我は、ありませ……でしたか」

「バカ! 黙ってろ」

「すみませ、回避……」


 俺は腰につけたパウチからポーションを取り出し、ラウールの口に当てる。

 手が震えてうまく飲ませられない。口の端を伝って零れてしまう。


「っくそ……間に合え」


 俺は震える手を無理矢理押さえつけ、ラウールの口をこじ開けてポーションを流し込んだ。

 どう、だ……?


「ガフッ!」


 ラウールは最初の呼吸を吐き出す。ひどい咳き込みようだが生きてる!


「大丈夫、か?」

「はい、あり、がとう、ござい、ました」


 涙を流し咳き込む中から途切れ途切れに聞こえてくる。

 俺はそんなラウールを見て、ようやくヘタリと尻餅をついた。


《蓮! そっちは大丈夫か!》

《あ、ああ。大丈夫だ》

《そうか。こっちも片付けたぞ》


 勇治の通話で見上げると、ワイバーンが散り散りに飛び去っていくところだった。


《ヒュドラの最後の炎が暴れ回ったからな。同士討ちで壊滅かいめつしたようなもんだ》


 そうか。


《任せきりですまない。助かったよ》


 上を向いて勇治に手を振る。

 そういえば振り落としたきりだったが政宗はどうしただろう。俺の目に走り寄ってくる人影が見えた。

 政宗か? いや小十郎か。


「魔法使い殿はご無事ですか!」

「ああ、大丈夫だ」

「安堵しました。騎竜の上から急にいなくなられて……おひとりで敵に向かわれたのでしたか」


 ラウールはしかめっ面で立ち上がった。


「ボロボロになってしまいした」

「いい男が台無しですな」


 と、ニッと笑って小十郎が相づちを打つ。


「まったくです」


 真顔で言うラウールに、おいおい、と心の中で突っ込みを入れた。もうそこまで回復したのかよ。

 実際にフルポーションの効果を目の当たりにして、こいつがフェアリーサークルに狂喜した理由に納得した。


《おーい》

《政宗、そっちも大丈夫か? 迎えに行く》

《忘れておらぬなら良い》

《騎竜を回復させたら戻る。ちょっと待っててくれ》


 政宗との通話を切ると、ラウールが手を上げた。


「蓮様、この後は……」

「あれだろう?」


 遠くに小さく霞んで見える建物の影を見やった。


「そうですね」


 ようやく見つけた。

 あそこにつかさがいる。


「魔王に攻撃をしかけるなら、お前にもいてもらわないと戦力が足りない。装備品を補充してすぐに出直す。あれが移動する前に突っ込むぞ」

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