魔王様のとりこ

「さっそくですが皆様にお渡ししたい物があります」


 そう前置きしたラウールさんは紙を何枚かと小さなガラス瓶を取り出した。


「こちらの紙に書かれた魔法陣はこの場所に戻ってくるためのものです。座標が書かれていますので魔力を通せばここに通じます」


 ラウールさんスクロール作れるようになったんだ。魔力を通せばってことは魔法使いと同行しなくちゃいけないってこと?


「そうなりますね」


 蓮はラウールさんにうなずいてみせた。


「ではいくつかグループにわかれて偵察に出よう」

「政宗様のところは、お三人で動かれますか」

「そうだな、そのほうが機にのぞみやすい」

「ではノエル・シュフィールをつけましょう。蓮様には私がつきますが、義経様には勇治様でよろしいのですよね?」

「は? なんで? 勇治、魔法なんて使えたっけ?」


 蓮は不思議そうに勇治さんを見る。そうよ、ノエルだって魔法使えるなんて知らなかった。なんかホントは皆すごい人達なんだ。


「フフン、いいだろ? ちょっと前から使えるようになった」

「なんで⁉」


 驚く蓮に勇治さんはニッと笑った。ピアスに込められていた魔力が体内を巡ってようやく落ち着いてきたのだそうだ。

 ラウールさんが間に入って説明を続けますよ、と二人の会話を止めた。


「描かれた模様に魔力を広げて染み渡らせる感じのイメージです。そうすると、魔法陣が反応して展開します」


 もうひとつは、と小瓶を前に出す。


「フルポーションです。やっとできました。ひとり一本ずつ持てます。こちらは少量でも効く万能薬です。よく考えてお使いください。もちろん普段使いしやすい量産タイプも作成中です」

「ありがとう、助かる」


 蓮はラウールさんにお礼を言った後、改めて皆に向かう。


「では洞爺湖に向けて三方向で調査を。可能な限り地形など詳細に頼む」


 勇治さん達と、政宗様達、それに蓮はそれぞれに防具や武器を持つ。


「ではここに通路を開きます」

「参ろうか。まずは見て、動いてみないことにはのう」


 そう言った政宗様に連れられてノエルも出発した。


「勇治、まだ?」


 義経が呼ぶ。勇治さんは今行くとそれに応えて蓮に言った。


「俺達、先に出るぞ。つかさちゃんには座敷童子がついてるが、念のためだ、ある程度状況を見極めたらお前は早めにここに戻れ。向こうは俺達が見てくる」

「ああ、わかった。頼む」


 勇治さん達を見送る蓮の姿は初めてこっちの世界に来た時に見た甲冑姿だ。


「ここまで着込むと逆に動きにくい気がするんが」

「他の方は比較的軽装で出られましたが、蓮様は私達の核になる方なんですから」


 言葉を返せなくて目を逸らした蓮の、その目があたしの所で止まった。


「つかさ、お前は留守番だからな。大人しく待ってろよ」

「わかってる。いってらっしゃい。蓮も気をつけてね」

「ああ」


 三組とも通路を通って行ってしまった。



 あれから小一時間くらい経ったかな。魔法陣が光る。


「これ、もしかして誰かが帰ってくるってことかな」


 興味津々のあたしの横でわらしちゃん達も目を輝かせる。


「そうだね」

「僕もこれは初めて見るよ」


 見てると魔法陣の上の空間を裂くようにして蓮とラウールさんが出てきた。カーテンの間からするっと出てくる感じ。


「おかえり蓮」

「おう、何もなかったか?」

「うん」


 よかった、と頭に触れる手がいつものように温かい。

 その手が離れた瞬間、今度は冷たい手に捕まえられた。なによこれ! 口を塞いだ手を外そうと首を振る。埒が明かなくてその手に噛みつこうとした。


「っと、こわいこわい。やっぱり自分でやらなくてよかったよ」

「眞生⁉ お前……違うな、誰だ! つかさを離せ!」

「離せって言われて、せっかく捕まえたのを離すわけないでしょう」


 背の高さは眞生さんみたいだけど声が違う。もっと高い声。


「魔王か!」


 当たり、と笑った声がかん高く部屋に満ちる。

 蓮はあたしに、ううん、あたしの後ろに向かって大太刀を構えようとした。

 鞘から抜かなくても、その刀の存在は大いに威圧を感じさせる。


「勇者様はさあ、このおねーさんが邪魔なんでしょ?」

「バ……バカなことを言うな!」

「知ってるよ。ここから帰そうとしてたでしょ。それはさせない。勇者様の大切なものなら僕がもらう……ああ、もういらないんだっけ?」

「ふざけるな!」


 言いながら、蓮は大太刀の鞘ごと魔王に向ける。

 不思議なことに魔王があたしを守るような動きをした。

 すかさず蓮がこじりを突き込む。魔王はそれをそのまま喉元で受けた。眞生さんがのけぞる。


「あっはっはは! バカなの? 勇者様、体は異世界の魔王のものだよ。そいつが傷つくだけ」


 酷い。あたしをかばうようにしたのはわざとだったのね。


「さてと、ちょっと飽きちゃったな。帰るね」

「嫌! 離してよ、あたしはあんたなんかと行かないんだから!」

「ちょっとおねーさん、うるさい。暴れないでよ。大人しく捕まっておいたほうがいいよ」


 目の前にもうひとつ通路が開く。その行く先が真っ暗で気持ち悪い。嫌だ!

 部屋の中にいる人達は金縛りにあったように動けない。


「おう、帰ったぞ」

「ん? ああ、異世界魔王の片割れか。あれ? 魔力を感じるね、魔法使えるようになったのかな」

「眞生!」

「このおねーさんもらっていくね。じゃあまた」


 来たばかりの勇治さん達も動けないまま、あたしは皆の前から消えなくてはならなかった。

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