孤軍奮闘

 ――うっふふふ、いいねえ。そうこなくちゃつまらない。


 ほくそ笑む魔王の声。


『くそったれが! ニーズヘッグ急げ!』

『蓮、僕はみんなを待ったほうがいいと思うんだけど』

『うるさい!』


 まっすぐに魔王城へ突っ込む。形振りかまってなんていられない。待ってろ、今から行くから。


 ――なんの力もない、ただの人間のどこがいいんだか理解に苦しむね。あなたの役には立たないだろう?


 俺は利用価値があるかどうかなんて、そんなことでつかさを好きになったわけじゃない!

 悲鳴をあげる俺の心に反応したニーズヘッグが魔王城に迫る。城が大きくはっきり見えてくる。高く伸びて連なる尖塔。一気に距離を詰める。


 どこだ……どこにいる。

 そこか!

 せり出したバルコニー。少年と対する眞生。その後ろにつかさ。なんだ、この状況は。


 ――なんだ、って……そこの異世界魔王からおねーさんを返してもらおうと思ってるんだけどね。


 返す? なにを言ってるんだ。返してもらうのは俺だ。つかさがいる。あふれ出す心で泣きそうになる。手を、伸ばす。


「つかさ!」

「蓮!」


 互いに伸ばした手が……

 届かない。


「チッ、バリアか!」


 剣を抜く。切り下ろした布都御魂剣が虹色に光に止められた。

 押し込む。ビシリとひび割れる障壁。なおも押し込む。


「へえ、やるじゃない。ほらほらがんばって。もうすぐ壁が壊れる、かなあ?」

「くそっ! バカにしてんのか!」

「いや、本当に応援してるんだよ? 僕のところまで来て」


 笑わない目で笑顔を作り、魔王は両手を伸ばす。それなら障壁を解除しろよ。


『蓮、リンドヴルムが待ってろって言ってる』

『そんな暇あるか!』


 押し込む。最後の抵抗を放棄して障壁が崩れた。


「つかさ! 手伸ばせ!」


 途端に衝撃が俺を襲った。一瞬で押し返される。ちくしょう!


「魔王!」


 斬りつける。また阻まれる。苛立ちをそのまま叩きつける。嘲る魔王の目が笑う。

 眞生が抜いた剣を俺に向けた。

 ……嘘だろ。


「なんだよ、それ。魔王側の戦力になるつもりか」

「つかさを助けたいのであろう」


 淡々と告げる眞生の言葉の意味を掴みかねる。


「ふふん、僕がおねーさんを助けたいなら戦え、って命令したんだよ」


 魔王が追い打ちをかけるように言う。


「なんで眞生と戦わなきゃいけないんだ。お前が戦え!」

「この異世界魔王は僕が召喚したんだから僕のものだ。なら、あなたへの嫌がらせに使ってもいいじゃない」


 嫌がらせ? そんなことのために眞生を使うのか?

 つかさが小さい悲鳴を上げた。


「つかさ⁉ どうした!」

「なんか体が勝手に浮いたり沈んだりするのよ。どうなってんの、これ」


 はあ、と少年魔王が大きなため息をつく。


「これなんだよねえ。この異世界魔王は言うこと聞かないんだよ。まだ魔力が残ってるみたいでさあ。僕に反抗するから、これはお仕置きなんだ」


 実体のない魔王の残滓は憑依させればそこそこ使えるのに。そう言って魔王はやれやれと手を広げる。

 言ってる意味がわからなすぎてイライラする。なんなんだそれ。


「魔王よ、言ったはずだ。我はつかさの警護を依頼されている。それは貴様の召喚より以前の契約だ」

「眞生? それじゃあ、魔王からつかさを守ってくれて、でも召喚した魔王の命令だから俺と戦うってことなのか?」

「そういうことだな」


 そういうこと、って。

 待てよ、さっきの魔王の言い方だと眞生の魔力を削ってるんだよな。その上で、それをさらっと言えるだけの力があるってことか。

 身が震えた。

 その眞生に命令を強制できるってことは、この少年魔王の力はそれを陵駕するってことじゃないか。


 悪寒が走った。

 倒すべき魔王の力を垣間見て、それに怯えずにいられるかといえば……それは、難しい。

 だが、やらなければ。これは俺が倒すべき相手だ。だが魔王を攻撃すればつかさが危ない。くそっ、どうすりゃいいんだ。

 魔王に向けた布都御魂剣の剣先が揺れる。


「ちくしょう。なんでこんなこと……」

「だからあ、嫌がらせって言ってるでしょ」

「きゃあ!」


 悲鳴をあげたつかさの体が浮き上がる。


「つかさ!」

「ねえ、異世界の魔王様。あなたの魔力、ほとんど補充されてないから、そろそろ限界だと思うんだよね。これでも僕に対抗できる?」


 バルコニーの手摺りを超えて体が空中に浮く。つかさの顔が青ざめる。


「れ……ん」

「わかった! わかったからやめろ! つかさを中に戻せ!」


 やめてくれ、やめてくれ、心臓が壊れそうだ。

 魔王はにんまりと、これ以上はないというくらい楽しそうに唇をつり上げた。


「い・や・だ・ね。このまま落とされるのが嫌なら、さっさと戦え」

「蓮! あたしはいいから! 魔王を倒すんでしょ!」


 つかさ、そう言ってくれるけど……できない。俺にはお前を失うなんてできるわけない。

 布都御魂剣を眞生に向ける。


「俺はつかさを見殺しになんてできない」

「それでいい」


 淡々と言う眞生に向かって俺は剣を構えた。


「行くぞ!」


 眞生の剣と布都御魂がぶつかり音を立てる。

 だが互いに打ち合う剣の呼気は苦しい。


「ほらほらあ、しっかりしないとおねーさんが苦しむよう?」

「……やんなさいよ」


 つかさ?


「やんなさいよ! あたしを殺せばいい! そしたら蓮は心置きなくあんたを倒せるわ!」


 つかさが魔王を睨む。


「やめろ! つかさ黙ってろ」

「ごめんね、蓮。足手まといになって」


 つかさの声が震えて、それでも優しいことを言う。足手まといだなんて思ってないから、そんなこと言うな。

 フン、と魔王が鼻を鳴らした。


「あーあ、興ざめ。なにそれ、自己犠牲とかいうやつ? それじゃつまんないんだよね。おねーさんが勝手に死んじゃったら僕の楽しみがなくなっちゃうじゃない。もっと違う反応してほしいんだよねえ。もういいや、飽きちゃったし。ならお望み通りに」


 な……っ!


「やめろ!」

「バイバイ、おねーさん」


 浮いていたつかさの体が重力に引かれた。

 目の前を通り過ぎる。なんでそんな優しい顔で笑ってんだ。

 手を伸ばす。俺の手が空を切る。

 落ちていく。落ちていく。つかさが小さくなる。

 嫌だ……嫌だ、嫌だ、嫌だ!


「嫌だああああ!」


 騎竜が大地に向かう。

 つかさが驚いたように顔を上げた。

 手が伸びる。俺と、つかさの指先が触れ……

 騎竜が反転した。


『ニーズヘッグ⁉』

『見るな』

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