戦線復帰

 騎竜が反転してそのまま中空に止まる。


『下りろ! ニーズヘッグ、俺を下ろせ!』


 無言で止まる騎竜に苛立つ。早く下りろ!


 上から降ってくる殺気。見上げた俺の目に映る人影。

「眞生……」

「魔王の命令はまだ有効だ。戦え」

「おい、いい加減に……うわっ」


 中空を踏み込んで眞生の剣が唸る。反射で構えた布都御魂剣がそれを受け止める。 

 睨み合う俺達の間に声が飛び込んできた。

《お前の相手は、俺だあああ!》

 青いドラゴンが俺達の間に割り込んで、|競り合う剣を強引に引き分ける。

 打ち込まれる眞生の剣を、今度は雅な太刀が受け止めた。


《勇治⁉》

《つかさちゃんとこ行け! インカム入れっぱだったろ、うっすら事情はわかった》

《すまない、ありがとう!》


 今度こそニーズヘッグは地上に下りる。

 つかさは倒れたまま動かない。見たくも考えたくもないけど体の状態が酷い。


「つかさ⁉ おい俺だ! わかるか⁉」


 声をかけても反応がない。そうだポーション! あ……


《どうした! 蓮、つかさちゃんは大丈夫か⁉》

《勇治……俺ポーション使っちまった》


 通話に舌打ちと刃の交わされる音が混じる。


《蓮、使え》


 与一?

 風を切る音と共に矢が大地に突き刺さる。

 矢の先にポーションの小瓶が括りつけられていた。


 矢を引っこ抜き小瓶を呷る。口移しにつかさの喉に流し込む。頼む、もう一度奇跡を見せてくれ……お前のいない人生なんて有り得ない。今度こそお前を守らせてくれ。

 はは、嘘つき、って聞こえたぞ。そうだよな、俺は口ばっかでお前を守ってやれてない。頼む、嘘つきは返上させてくれ。


《……なんで反応しないんだよ。フルポーションなんだから回復するはずだろ! 起きろよ、つかさ!》

《蓮様! 遅くなってすみません。つかさ様は》


 ラウールの声。顔を上げると走ってくる姿が見えた。


「見せてください」


 ラウールがつかさの傍に膝をつく。データをスキャンするように手をかざしていたが、顔を上げると難しい表情を見せた。


「生きてるよな」

「……」

「生きてるんだろう⁉」


 仮死状態、そうラウールは言った。


「ポーションの効果は出ています。傷は治っているでしょう? ただ代謝が恐ろしく低くなっているせいで意識が戻らないのかと」

「生きてるんだよな!」


 ラウールは厳しい表情を崩さないが、生きています、と首を縦に振る。


「つかさはまた笑ってくれるよな」

「はい」

「笑って飯食って冗談言って、また俺と一緒にいてくれるよな」

「大丈夫です、きっと目を覚まされます」


 俺の手の中にいる。つかさは俺のとこに帰ってきたのに不安で心が痛い。けど、生きてるなら! 生きてるなら、それでいい。


「……しばらく休ませてやってくれ」


 ラウールがつかさを抱き上げて後方へ飛んでいく。

 俺にはやることがあるから、な。俺は布都御魂剣を握りしめ上を見上げる。

 つかさ、俺が戻るまでいい子で待ってろよ。

 きん、と澄んだ音が聞こえて振り向く。


《くそっ、隙がねえな! なんだよその剣、魔力が吸い取られていくみてえだぞ》


 勇治!


「良い剣だろう。魔力持ちには威力を発揮してくれる。本来ならだいぶ前に貴様相手に使っていたはずなのだがな」

《この野郎!》


 眞生はもう地上に降りていた。

 青いドラゴンも地を這うほどに低い位置にいる。そこから噛みつかんばかりの勢いで太刀が舞い降りた。


《眞生おおぉぉ!》


 大地を踏みしめた勇治の太刀はそこから軌道を変え横薙ぎに両断する方向へ。だが、それは大剣に当たって受け流された。


「せっかくの良い刀なのだから、もう少し丁寧に扱ってはどうだ」

《うっせえ!》


 ハッと気を吐きながら眞生の剣が繰り出される。

 二度三度と同じ軌跡を辿り勇治に向かう。喉元に突きつけられるその剣先を払い飛び退る。

 太刀を水平に構え喉元に向かって突き出す勇治。

 その太刀は後ろに飛んで躱された。追うように踏み込んで薙ぐ。受け流されてたたらを踏む。そこから手を返し逆胴を狙う。


「ふむ、良い機転だな」


 せめぎ合う中で勇治は眞生を睨んだ。


《くっそう! 魔力を防御に全振りしてこれかよ。打ち合う度にこっちの魔力がゴリゴリ削られてくじゃねえか》

「敵同士なのだから仕方あるまい。我も力を尽くさねばならん」

《ハッ! つくづく魔王が敵ってのはヤベえわ。その魔王に『この先もずっとお前と一緒にいられたらいいよな』なんて言ったかと思うと、俺ってつくづく勇者だよな》


 味方に背かれた俺が唯一信じたのがお前ってのはお笑いだけどよ。続けてそう呟いた勇治の声。

 その声が終わるか終わらないかのうちに、眞生の足元に魔法陣が現れた。


《なんだ》

いにしえの契約だ」

《は?》


 このタイミングでラウールが戻ってきた。


《蓮様、あれは!》

《古の契約ってのはなんだ?》


 俺の問いにラウールは眉間にしわを寄せた。


《古い約束事です。古代の、お伽噺のようなものですが、条件が揃うことが稀なのでほぼ実現不可能と聞いていました》


 半ば呆然としたような眞生の声も聞こえた。


「まさか実現可能なものだとは思わなかった」

《だから! なんなんだよ、それ》


 苛立ちのこもった勇治の声。

 魔法の知識があまりない俺にもその苛立ちはわかる。俺と勇治の声が揃った。


《つまり、どういうことなんだ!》


 眞生が剣を下ろし、俺を見た。


「古の契約はすべての魔法契約よりも優先される。これで勇治、貴様の依頼も解除されるが、魔王の召喚契約も解除される。我はいつまでも貴様と共にある」

《本当に……?》


 俺の呟きに眞生の口角が上がる。


《なに? 戻んの? ええ……まあ、なんだ……その……おかえり》


 頬を掻きながら勇治が照れくさそうに言った。振り向いて勇治を見る眞生の顔が笑っている。


「……うむ、ただいま戻った」


 俺は大きく息を吸って吐き出した。布都御魂剣を握りしめる。

 もう一度ここからだ。

 剣を掲げ魔王城の塔を見上げると、魔王の目が地上を見下ろしていた。


 ――あらら、残念。異世界魔王はそっち側に行っちゃったかあ。じゃあ今度は皆で遊ぼうよ。


 魔王の含み笑いが頭の中に響く。

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