戦場(いくさば)の跡と血色のピアス
接岸して最初に降りたのはやっぱり勇治さんだった。
「おお、愛しの大地。俺は帰ってきたぜ!」
そして、いきなり元気だ。
「なに言ってんだ。後つかえてるんだから早く行け」
しゃべりっぱなしだったあたし達はちょっと疲れたよ。しょうがないなんて勇治さんに言ったセリフがそのまま返ってきちゃった。
「おう!」
ついて来いって走り出した勇治さんだけど、どこ行くのよ。
《やっぱり
《今もう向かってるんですか》
《そうだよ》
強引だ、なんて嬉しい文句を言いながら、それから十分ほど走って星形の
復元された奉行所の庁舎を前にして立ち止まる。官軍と幕軍との最後の戦場は桜の花に彩られる公園になっていた。今は緑で覆われていて戦の影もない。
「勇治、これをやる」
「何だよ」
勇治さんの手の中にいつも眞生さんがつけていたピアスが乗せられた。
血のような色のピアス。
そういえば、ちょっと前から眞生さんの顔色がよくないんだよね。元々、色は白いし何か辛いのを我慢してるっていう感じも見ないから、絶対そうだとは言えないけど。なんだか苦しそうな?
「我には貴様に残してやれるものが他にないのでな」
「なんのことだ?」
「我はこの先貴様らとは一緒に行けぬ。ここで別れよう」
「はあ⁉ 意味わかんねえ! なに言ってんだよ」
その足元に魔法陣が広がる。
限界だ、と眞生さんが膝をつく。
あたしは
「召喚された。抗ってはみたが、もう我の魔力も限界だ」
「ラウール!」
「
その魔法陣は全てを絡め取るように眞生さんを包み込んで一気に収束した。
日の光さえ薄暗く感じていたのに全てが元に戻る。だけど太陽を反射する緑が嘘っぽくて偽物みたい。
そして、眞生さんがいない。
「何なんだよ! 召喚されたってどういうことだ⁉」
勇治さんが叫ぶ。
わけがわかんない。なんでこんな風になっちゃうの?
「誰に召喚されたのでしょう。眞生様が抵抗できないとなると……」
「ここから魔王の居場所を探知できるか?」
「向こうに移動すればわかるかと。ここからでは今ひとつ不正確で」
動揺するあたし達の前に中学生くらいの男の子が現れた。
こんな子どこにいたんだろう。怖い。どこにでもいそうな子に見えるけどなにかが違うの。
蓮があたしを庇うように前に出た。
「はじめまして、勇者殿。僕が魔王だ」
「……なに?」
「あなたのいる世界での魔王がこの僕」
そう言って口の端をきゅっと吊り上げた。
途端に鳥肌が立つほどの色気をまとう。もう中学生には見えないし気持ち悪い。この子は人の形をしてるだけだ。
「ああ、この状況が不満なの? そうだねえ、あれもこれも疑問だらけだもんね。しょうがないじゃない、使えそうな異世界の魔王を召喚してたら彼が呼び出されたんだから」
「くそっ! 返せよ。こっちにゃ結構な戦力なんだ」
「知ってるよ。君らみたいな人間とは魔力が桁違いだからね。それは僕が使わせてもらう」
クスクスと笑う魔王の姿がうっすらと透けていく。
「ああ、そうだ。僕の城がここでいう
「当たり前だ! 行って、ぶっ倒してやる」
「じゃあ、待ってるね」
堪えきれないように高笑いを響かせて魔王の姿が消えた。
「冗談じゃねえ、行こうぜ! 洞爺湖だ」
そう言って勇治さんが走り出そうとした。
あたしも続こうとしたら蓮に止められた。
「待てよ」
「なんで止める!」
「冷静になれ、一度状況を整理する」
眞生さんの状況がわからない以上、取り返すことが難しい。
魔王の言った場所まで行くのは必須。だけど判断するには情報が足りない。蓮は指を折りながらそう言った。
それだけで自分を取り戻したのか、勇治さんは黙って頷いた。
「眞生のバイクはトゥロに取りに来てもらう」
胸が痛い。乗り手を待つバイクが寂しそうで胸が痛くなる。
「つかさ、ごめん」
やだな、蓮の声も苦しそう。
「ここで帰ってほしい」
う、そ……なんで⁉ あたしは一緒にいたいよ!
「蓮、それは悪手かもしれねえ」
「なんでだよ、安全を考えたらここで帰る選択肢がベストだろ! 俺はつかさを失いたくない」
「海渡る前だったら俺も賛成してた」
あたしは……
「けど魔王がこっちの世界に来られるのを見ちまった」
「あ……」
こんな苦しそうな蓮を見たことがない。
「もしかしたら海の向こうなら大丈夫かもしれん。だがあの野郎がこっちに来られる以上、手を離したらなにがあるかわかんねえ。なら、手元に置いたほうがいい」
「だけど、ずっと見てるわけにはいかないだろう!」
「冷静に状況整理って言ったのはお前だろうが。お前も落ち着けよ。ここまで来る間にできた仲間がいるだろ、そいつら頼れよ」
それまで黙っていたラウールさんが二人の間で言った。
「どこか場所を確保しましょう。装備や武器を準備するにも、皆様をお呼びするにも拠点が必要です」
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