忍び寄る不穏

待てば海路の本日はお日柄も良く

 遠野は本当に夢みたいだった。

 あの後なぜか宴会に誘われて、気がついたら二頭身のたけちゃん達とゆーぐも来てて、なんだがすごいどんちゃん騒ぎだったような気がする。



「さてと、どうするかな」


 地図とにらめっこしていた蓮が呟いた。

 その声であたしの意識は遠野から盛岡に戻ってくる。


「ここからフェリーに乗ってもいいなと思ったんだが」

「船、か」


 地図を指差した蓮の提案に、ぐぬうっと変な声を出す勇治さん。


「あたし船って初めてなんだよね」

「そうか、ここしばらく天気もいいし、わりと大きい船だからそんなに揺れないだろうし、楽しみだな」

「うん!」


 横から地図を覗き込んでいた眞生さんが、とある場所を指差した。


「この辺りはなにがある」

「……遺跡、だな」

「ふむ、そういうものかもしれぬな。ここへ行ってくる」


 へ? ひとりで行くの? どうせなら皆で行こうよ。


「何かあるのか」


 そう聞いた蓮に眞生さんは思案顔で言う。


「あるかどうかもわからぬ物だ。無駄足になるかもしれん。船に乗るまでには戻る」

「それなら、こっちの港から乗ろう」


 蓮が別の港を指した。


「ここからも船は出てる。結構有名な遺跡なんだよ。俺達もそこ見に行ってもいいし」

「そうか、ではそうしよう」

「ねえ、眞生さん。そこなにがあるの?」

妖精の輪フェアリーサークル


 フェアリーサークル⁉ ってことは妖精が見られるのかな。薄い羽根を震わせてひらひら飛び回ったりする小さな女の子達なんでしょ。うわあ、そんな可愛い人達なら会ってみたい。


「知らねえ、なんだそれ」


 ちょっと! 勇治さん?


「勇治……貴様、勇者なのに知らんのか」


 言われた勇治さんはムスッとした顔を眞生さんに返した。


「俺は知ってるけど、それがここにあるってのが不思議で。欧州方面限定のものかと思ってた」


 不思議そうに言う蓮と、白けた勇治さん、妖精を見たい気持ち満々のあたし。

 三人三様の様子に眞生さんは深々とため息をついた。


「妖精の輪というのは常世とこよとの境界だ。稀にあちらの者達が訪れて跡を残していく。道が開かれやすいのは欧州だがここも通じないわけではない」

「へえ、じゃ妖精ってのも見れんのか」

「難しいだろう。元々、彼奴あやつらは満月や夏至といった特定の日にしか現れぬ」


 見れないのかと勇治さんとあたしは肩を落とす。


「用があるのはサークルそのものだ。妖精は必要ない」


 もう! そんな切り捨てなくても。夢がないわっ!



《蓮様、そちらはどうですか》

三内丸山遺跡さんないまるやまいせきに向かう。そこから港へ走る》

《了解しました。そちらになにかあるのですか?》

《け、見学だよ》


 走りながら蓮は慌ただしく通話を切った。

 眞生さんはラウールさんに言うなって言ったけど、これじゃバレバレだよね。もうちょっと上手に言えばいいのに。でもそんなとこが、らしいっていうか。


 案の定、先に到着してたラウールさんがニコニコしながら手を振っていた。


「なんでいるんだよ」


 蓮が片手で顔を覆う。


「あんな言い方されたら、来いって言ってるようなものですよ」


 ラウールさんが蓮に詰め寄る。


「それで? なにがあるんです?」

「……妖精の輪」


 その一言でラウールさんは雷に打たれたようになった。


「なんで……なんで言ってくれなかったんですか! 眞生様はどこです⁉」

「途中で別れました。後で合流するからって」


 あたしがそう言ったら、がっくりと膝をついてしまった。

 マンガとかで見るけど、ホントにそれをやる人を初めて見たよ。


「ひどい。せっかく魔力を総動員して先回りしたのに……」


 そういえば通路を開くにも、行ったことない場所って魔力を多く使うんだっけ。

 ちょうどそこへ何事もなかったように眞生さんが戻ってきた。


「眞生様! なにも言わずに行くなんてひどいです! 私も見たかったんですよ!」

「いや、あるかどうかもわからん物につき合わせるわけにはいかんだろう」


 駄々をこねる子どもみたいにラウールさんは眞生さんに詰め寄る。見たいのもだけど、もしかして一緒に行きたかったっていうのもあるのかな。最初あんなに警戒してたのに。

 あ、そうだ! 微笑ましい場面はちょっと置いとこう。あたし、どうしても聞きたいことがあるんだよね。


「あの、フェアリーサークルってそんなに大事なんですか?」


 ものすごい勢いでラウールさんがあたしを見た。

 怖っ! なに? 聞いちゃダメだったの?

 近づいてくるラウールさんの目が熱を帯びる。ひええ……怖いよう。


「サークルに生えている植物からフルポーションが作れるんですよ」

「ポーションって回復薬、であってますか?」

「はい。フルポーションは体力、魔力は言うに及ばす、手足がちぎれていようが死んでいなければ回復できる完全回復薬です」


 そんなすごいのができるんだ。

 眞生さんはラウールさんに両手に収まるくらいの袋をひとつ渡した。


「これが我にしてやれる精一杯だ」


 なんとなく言い方が引っかかったけど、小躍こおどりするラウールさんっていう珍しいものを見たせいで、それは記憶の隅にしか残らなかった。


「さて、港へ行こうか」

「船乗れるのね! 楽しみ」


 弾むあたし達の会話と反対に、下を向く勇治さんから、ぐぬうっと変な声が聞こえた。



「お前ら……何か不安じゃねえの。足の下に地面ないんだぞ」


 思ったより駄目な人がいた。

 勇治さん足元しっかりしてないの苦手なんだっけ。うすら寒そうな青い顔で辺りを見ている。


「四時間だけですよ」

「長えよ、そんなにがんばれねえ」

「ドラゴン乗ってると思えばいいんじゃないですか」


 ラウールさんが気遣わしげに言った。

 へにょへにょすぎて慰めようがない感じだけど、ドラゴン乗るのは慣れてきたんじゃなかったのかな。


「ああ……うん、それならちょっとはマシかも。って、あいつ今固定されてるじゃん」


 そういう気持ちでいろってことだと蓮が言ってもあんまり立ち直る感じは見られない。


「誰かなんか喋っててくれ。気が紛れる」


 言葉にも力がないのが気の毒なんだけど、こればっかりはどうしようもないもんなあ。

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