遠野物の怪語

 あたしはもう一度振り向いて与一さんに頭を下げた。


「与一さん、ありがとうございました」


 またな、と与一さんは軽く手を挙げた。


「僕らもう少しこの辺にいるから」

「はい、調査が進んだらまた声をかけます。よろしくお願いします」


 義経様に蓮が応えると、固いなあと笑われた。


「君が大将なんだろ? 僕らには言い捨てればいいんだよ」

「う……わ、わかった」


 そうそう、とにっこり満足そうに義経様が笑う。

 こういう笑顔はホント美少年って感じなんだけど、勇治さんや与一さんの言葉のせいか、そうとばかりも見えなくなっちゃった。

 行くぞと言ってヘルメットを手にした蓮にうなずく。あたしも深呼吸をひとつしてヘルメットをかぶった。


《かなり広範囲を見てきたけど、襲撃を受けた所も修復始めてたし俺らの出番はなさそうだったな。盛岡に向かおうと思う》

《こちらは私が見ていきますので、なにかあったらお知らせします》


 ラウールさんからも通話が入る。


《あ、そうだ。それなら遠野とおのってとこ行ってみてえんだけど。確か途中にあるんだよな》


 勇治さんが言う。

 民話の里だよね。河童かっぱとか座敷童子ざしきわらしの話は有名だもん。


《かまわないけどちょっと遠いぞ。何かあんのか》

《妖怪がいるんだろ》

《知らんわ。昔話だろ? まあ、行ってみようか》

《サンキュな》


 蓮と勇治さんのかけ合いに笑いながら到着しましたよ、遠野。


「へえ、こんな感じのとこなんだ。なんか長閑な村だな」

「ふむ」

「んで、妖怪はどこにいるんだよ」


 勇治さんと眞生さんは物珍しそうにあちこち見回している。


「ここの地域全体がすごく雰囲気あるのね」


 あたし達が来たのは古民家を利用した伝承に関する観光施設なんだけど、近くには大きなまがもある。長閑な風景の中には濃密な空気が流れる。

 空気をかき分けるように歩いて行くと、前から着物をきた子どもが歩いてくる。おかっぱ頭の女の子と、双子の男の子。


「わらしちゃんと童子どうじくんだ!」

「なんだそれ」

「ええ⁉ 知らないの? ここのマスコットキャラクターだよ。あ、そういえばもうそろそろイベントの時間じゃない?」


 くるくると回りながら二人が歩いて行く。その後ろを河童がポテポテと続いていった。

 河童なんてさっきいたかなあ。

 少し遅れてきたお寺の小僧さんは目がひとつ。小鬼と一緒に笑いながら歩いてくる。


「ほら見て、蓮! もう始まってるよ!」

「あ、このパレードがそうなのか」


 道の向こうに目をやると、こんな人数どこにいたんだろうってくらいに長く長く行列が続いている。コスプレっていうより、もう特殊メイクだよね。すごくよくできてる。


 気づいたら行列と一緒に歩いてた。

 座敷童子が目の前で転げ回る。ペロンと長い舌は垢嘗あかなめだっけ。重くなる赤ん坊、どこまでも伸びていく首、目の前に立つ壁。

 どこかで誰かが見たような妖怪達があたし達を取り囲む。


「遠野へようこそ」


 周りの妖怪の口から同じ言葉が降ってくる。


「お噂はかねがね。武甕槌命たけみちづち様から伺っています」


 垢嘗がぺちりと頭を叩きながら言った。


「ふーちゃんも心配してたぞ」


 座敷童子が跳ねる。

 これはもしかして神様繋がりなの? ちょっとクラクラしてきた。


「ぼくたちは忘れないでいてくれる人がいるかぎり存在する!」

「わたしたちはー、人を守るために戦うのだー」


 えいえいおー、と何度も手を上げ、座敷わらしがキャッキャと笑う。


「わらしちゃんと童子くんの決め台詞ですけど、我々の気持ちはこの通りなのです」


 垢嘗の言葉に、蓮は深刻な顔で問い返す。


「つまり、こっちの世界が脅かされてるってことか?」


 そもそも、と垢嘗が言った。武甕槌命たけみちづち経津主神ふつぬしの仕事は、地脈に住む大鯰おおなまずを押さえつけておくこと。


「いつもより大鯰が暴れるので原因を探っていたところ、どうやら別の世界の魔王って奴が怪しげな動きをしているらしいと」


 確かに位置関係で重なり合う所が多いって言ってたけど、そういうとこも蓮のいる世界とリンクするのかあ。


「武甕槌命様は騒ぎがこちらに影響することを心配しています」


 片方の動きに連動してなにか起きないとも限らない。そういうことなのね。


「我々はこの世界を壊したくない。人間に覚えていてほしいと願っているんです」


 いつものように、のほほんと風呂桶を舐めていたいですよ。と垢嘗はポツリと言った。


「いや、少々深刻になりすぎましたな! さあさ、いつものようにおどけて参りましょう!」


 深刻さを振り切るように、パンパンと手を叩く。


「ほうれ、囃子方はやしかた!」


 お囃子が聞こえてきた。


「そうれそうれ、百鬼夜行が通りますぞ!」


 一本足の唐傘が跳ねる。女の子の周りに小雪が散る。その隣にはイタチを頭に乗せた男の子。その間をゆらゆらと豆腐を揺らして小僧さんが通る。


「これすげえな」


 もふもふとした子狐を頭に乗せて、勇治さんは蕩けそうな目をしていた。


「勇治さん、なにしてるんです? なんか変じゃない?」

「なにが変なんだよ」

「蓮! あんたはなにしてんの?」

「わらしちゃんと童子くんの連絡先教えてもらってる」


 どこか冷めてそうな、ってか呆然としてたのかもしれないけど、眞生さんの周りで茶釜に化け損ねた狸が走り回っていた。

 ちょっとどころじゃなくクラクラしてきたわ。

 お囃子は暗くなるまで続き、気がついたら最初に見た古民家の前に立っていた。


「俺達なにしてたんだっけ」

「さあ?」

「……」


 蓮の問いには誰も答えられなかった。

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