つわものどもの見る夢は

「あの、改めましてよろしくお願いします。荻野つかさです」

「僕は源九郎義経みなもとのくろうよしつね。よろしく」

那須与一宗隆なすのよいちむねたかだ」


 ふわふわと明るい義経様は、肩口までの真っ直ぐな黒髪を後ろで結んでいる、なんていうか美少年。

 もう美少年過ぎて直視できない。なに言ってるんだって思うだろうけど、三次元にこんな人がいたらこっちが照れる。

 あれは、そう、画面の向こうにいる人よ。うん、背中に花とか星とかキラキラしててもおかしくないおかしくない。


 無愛想だなんて言われた与一さんは裾を刈り上げた短い髪をガシガシと掻き回す。

 うん、戦国武将もいたんだし、源平合戦の立役者がいてもおかしくないわ。普通のことよ、つかさ。これはよくあること。


 ほら見て。二人とも現代いまの服が似合わないわけじゃないけど、着物を着てないのが不思議なくらいよね。絶対、与一さんは烏帽子えぼしが似合うでしょ。義経はよろい着れるのか疑問に思うくらい細いんだけど、でもその姿は凛々しいんだろうなあ。

 現実逃避してるわけじゃないのよ、多分。


「こいつのせいで、とんでもない目にったわ」


 あたしが現実逃避してると、与一さんはギロッと義経様を睨んだ。


「黄泉に落っこちたのは、ちょっとふざけてて転んだだけじゃない。たまたま近くにつかまるものがなくて、よいっちゃんの足掴んじゃっただけだし」

「はあ……お前といるとあんまりいいことない」


 ポンポン言い合う二人に完全に置いてかれてるんだけど、どうしよう。


「まあまあ、二人とも来たばっかりだし少し落ち着こうや」


 やっと割り込む隙を見つけた勇治さんが口を挟む。


「そうだね、ちょっとこの辺り見て回ろうかな……八百年ぶり……だもんなあ」


 災禍さいかに見舞われたこの辺りは彼のいた頃とはまるで違うのだろう。多くの建物が焼けてなくなり今は庭園が広がる。

 義経様は遠い目をして呟いた。


秀衡ひでひら殿の威光いこう泰衡やすひら殿の裏切りも今はないんだな。ああ、でも……あの人達が思い描いた浄土の世界は受け継がれてるんだね。僕はここの空気好きだよ。秀衡殿と一緒にいるみたいだ」


 ぴったりの言葉があったよねと義経様は首をひねる。それは思わずあたしの口をついて出た。


「なつくさや つはものどもが ゆめのあと」

「そう! それ。後の世の人は上手いこと言うよね!」


 そうか、芭蕉ばしょうは江戸時代の人だ。


「勇治、今回は黄泉から引き上げてもらって感謝する。お前の依頼とはなんだ」


 与一さんが勇治さんとの交渉を始めた。


「いいのか?」

「問題ない。たまには違う世界を旅するのもいい」


 違う世界? あ、黄泉の国行ってたんだっけ。この人達も何か理由があるんだろうけど……


「ちょっとちょっと、僕抜きで話進めないでよねー」


 ひょいと話題に義経様が首を突っ込む。


「こっちの依頼を受けてくれたら、ツケの分はチャラにしてもいいぞ」

「わあお! それは魅力的な提案だね」

「受けよう」


 手を叩いて顔を輝かせる義経様とは対照的に与一さんはさらりと言った。


「よいっちゃん、即答しちゃうの⁉ 中身聞こうよ」

「中身がなんでも受ける。勇治は無理な依頼はしない。それに……」


 与一さんは義経様を捕まえてガクガクと揺すった。


「いくらツケが溜まってると思ってるんだ!」


 なんでも受けるって、そこ⁉


「いやあ、そこは会計係のよいっちゃんにお任せだから」

「ということだ。勇治、依頼は受ける」


 うーん、ちょっと義経様がかわいそうになってきちゃった。


「俺の依頼は市川蓮の魔王討伐を手伝ってほしいってことだ」


 ピタッと義経様の動きが止まる。


「魔王を倒す?」

「そうだ」

「いいよ、戦なら受けてもいい」


 なんか人が変わったみたい。もう、さっきのふにゃふにゃした義経様と全然違う。でもこの人達が仲間になってくれるなら、きっと蓮も心強い。


「じゃあ、交渉成立だな」


「あの、ありがとうございます。蓮を手伝ってくださるんですね」


 あたしもできることなら蓮の力になりたいけど、それはなかなかできないから助けてくれる人がいることに感謝したい。


「ふふっ、力になりたいってのはいいねえ。つかさちゃんなら何ができる? どうやって戦う?」


 それは……

 答えようとして言葉に詰まる。だって、それはあたしが考えないようにしてたことだもん。

 あたしがしてきたことなんて、安全地帯でおままごとしてるだけだったから。だから胸を張ってこれを成したって言えない。


「貴様、なぜ言わん」

「眞生さん……」

「町の人を救っただろう。貴様の手当で助かった者がいるのだぞ」


 そうだけど、それは眞生さんが守ってくれてたから! 蓮が戦ってくれてたからだよ!


庇護ひごの下にいたからといって卑下ひげすることはない」

「魔王様はずいぶんこの子に肩入れするんだねえ」

「事実を言ったまでだ」


 そんな風に言ってくれたのにあたしが言い切らないのは、認めてくれた眞生さんを否定するようなものだ。それはしたくない。


「救護の手伝いをした時はあたしのできることをやりきれたと思ってます」


 そうか、って笑ってくれたのは少しでも認めてくれたのかな。


「はいはい、それまで」


 あたしも武器を持てるならって言う前に勇治さんが間に入ってきた。


「つかさちゃんは自分のやれることをやってるだろ。それは俺らもわかってる。それでいいじゃねえか」


 なんでそんな目で義経様を見るの? そんなに睨まなくていいじゃない。


「わかったよ、僕らは仲間だもんね」

「さて、撤収だ。とりあえず今日は宿行くぞ」


 はあい、と返事をして義経様が跳ねる。

 眞生さんは……起きられるようになったけど大丈夫かな。


「なにしてんの、早く行こ!」

「そこのバイクんとこで待ってろ」


 勇治さんは、飛び跳ねながら先を行く義経様を見送り眞生さんに肩を貸す。

 あたしも手伝えることあるかな。


「勇治さん、あたしなにか手伝います?」

「おう、ちょっと手貸してくれ」


 呼ばれて近づくと、勇治さんは低い声で言った。


「義経にあおられんなよ」

「勇治さん?」

「あいつは人を戦に駆り立てる」


 気をつけろと言って歩き出す背中を見ながら、少しの間動けずにいた。



 宿に着いた後はなぜか宴会になってしまって皆まだ寝てるみたい。

 あたしは昨日の勇治さんの言葉が引っかかってて、早くに目が覚めてしまった。


 義経様がほわほわした美少年ってだけじゃないのは、なんとなく感じた。

 今まで守ってもらってたのは確かだけど、あたしが蓮の力になりたいって思うのはそんなに悪いことかな。足手まといにはなりたくない。あたしも戦えるなら、そう思っちゃダメなのかな。


「おーい!」


 勇治さんの声がした。


「飯できてるぞ。食わねえのか?」

「今いきます!」


 ずっと考えていることだけど、これからはもっと真剣に考えよう。

 だけど。

 今はとりあえず朝ご飯を倒すことに集中するわ。

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