魔王と魔王の半分と
斬った!
そう感じた瞬間、思わず叫んでしまった。
蓮と心が重なってるみたいな不思議な感覚がまだ残ってる。
切り裂かれた魔王は黒い霧となってその体を散らす。中から現れた
《まだです! このままだとまた魔素を集めて実体化します!》
ラウールさんが必死な声で叫ぶ。
あたしは傍に来ていた与一さんの弓を握った。
《貸してください》
《あんたがやるより、俺の方が
あたしは与一さんを見た。
あの感覚がまだ続いてる。今ならあたしはあの核を撃てる。
《貸してください》
与一さんはちょっと怯んだような顔をしたけど、黙って弓矢を渡してくれた。
《つかさ》
蓮の声。重なり合う感覚が続いてる。息をゆっくり吸って吐くと蓮も同じように呼吸をする。ひとつになっていく。蓮の力を感じる。今、あたしは蓮で、蓮はあたしだ。
矢をつがえ木を抱くように打ち起こす。弓が軽い。二人の手が弓を引く。きりきりと弓が撓る。矢が放たれる。
風を切る音!
矢は魔王の核に吸い込まれるように中った。ビシリとひび割れた核から細い糸のように魔素があふれていく。
「ははははは! 娘、よくやった」
誰? この声……聞いたことあるような?
「貴様、あの影か」
眞生さんが唸る。
そうか、お城にいたあの声か。あの時の得体の知れなさが思い出される。
「その通りだ」
声のする辺りにうっすらと靄のようなものが漂っていた。前に見時よりも密度が濃い感じ。
「眞生さん、お城で聞こえてた声だよね」
「他の異世界魔王のひとりだ」
眞生さんの言葉は少ない。
確か召喚されたのは討伐された魔王達だったって言ってたな。
何人かの魔王の残滓は魔族の体に憑依させられて、魔素溜まりを掘らされていたらしい。掘るって言っても物理的にじゃなくて、そういう魔法のイメージなんだって。そう言われると魔法をよく知らないあたしにもなんとなくわかる。
「残念ながら違うな。余はこの世界の魔王だ」
ちょっと待って。言ってる意味が脳内を素通りするんだけど。
「え? だって魔王は倒したでしょ? あたしあの黒いの討てたよ。違うの? ねえ、なにか間違えた⁉」
パニックになりかけるあたしを、蓮のあったかい腕がぎゅっと抱きしめてくれた。詰めていた呼吸が少し楽になる。少し落ち着いた。
「どういうことだ」
蓮は影の声がするほうを見ながら言った。
「元々、アレと余はひとつの核になるものだった。が、核を形成する過程でなぜか分離してしまってな」
「……じゃあ、あたし達が倒したと思ったのは半分だけ? ってことなの?」
「そういうことだな。助かったぞ、これでアレを吸収できる」
嘘でしょ、こんなのってない。ここまでの苦労はなんだったのよ。
「また討伐のやり直しなんて冗談でも笑えない」
蓮の頬を汗が伝う。
「いや、やり直さなくても良いぞ。勇者よ、さっきの提案を余は飲んでも良い」
「さっきの?」
影の言葉に不意を突かれたのか、おうむ返しに返す。
「共存しないか、と言っておったろう。余がこの世界の魔王となればそれも可能」
「……は?」
疑問だけを口にする蓮。
その先の言葉を返しきれない蓮より先に、義経が言った。
「胡散くさい」
「そうだな」
与一さんも。そうだよね、あたしもっていうか、皆そうだと思うんだけど。
「ええ、私もそう思います」
最後にラウールさんが言った。
「なんだ、お主もか、魔法使い。意外と好戦的なのだな。余を否定するということは戦うということなのだが」
「あなたを信用できないのだから当然でしょう。戦いもやむを得ません」
影の中から笑い声が聞こえてくる。
「
ラウールさんは苦虫を噛みつぶしたような顔で蓮を見た。
「お前が戦わないという保証がない」
「それはお主も同様だろう。そこは信用してもらうしかない」
蓮の言葉に影は笑って返した。
「破壊ばかりのアレのやり方を見てきたが、あれはつまらぬ。余はもっと面白いものを見たいのだ」
そんな軽い問答じゃないはずなのに、なんて軽い影の声。
「余はアレを吸収してひとりの魔王として顕現することを望む。そのためなら余はこの世界で勇者と共に
まるで告白してるみたいな言い方。一緒にいたいなんて言い方されると胸の奥がもやもやする。やきもちじゃないわよ、魔王にやきもちなんて変でしょ。
あたしは、異世界の人でも勇者やってても蓮が好きだよ。この気持ちはあたしの宝物。たとえもう一度出会いの前から始めてもまた蓮を好きになると思う。
ずっと一緒にいてって蓮に言うのはあたしだもん。蓮にも同じ言葉を言ってほしいもん。他の人には言わせない。だから、その言葉を言った魔王にはペナルティーがあったっていいよね。そうだなあ、この先千年くらい勇者とは戦わないとか。
「なかなかに魅力的な提案だ。娘、余は気に入ったぞ」
「へ? あたし?」
「つかさ様!」
ラウールさんが慌ててあたしを止めた。
「半分以上というか、ほとんど声に出てます」
「え⁉ ホントに? やだ、恥ずかしすぎる! 聞かなかったことにして! ってか、もっと早く止めて」
いや、これは心の呟きだってば! やだもう……
「もう遅い」
誰のものかわからない小さな呟きがあたしの耳を通り抜けた。
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