重なり合う心

「ニーズヘッグ、つかさを頼んだ」


 言い置いて蓮は騎竜の上から飛び込んで斬りつける。躱された刀を引き、もう一度斬りかかる。


「ふふん、お遊びはこれまでにしようか。さっさと死んでくれる?」

《おいおい、それはこっちのセリフだろ?》


 不敵な勇治さんに蓮が続く。


《見た目で躊躇するな。こいつが世界を自分のものにしてしまったら目も当てられない》


 言い終わるか終わらないかのうちに真っ先に飛び込んでいく。


「失礼だなあ、勇者様。僕が作る世界は僕がいるだけで完全なんだよ? 有用なら存在させてあげるさ、多分ね」


 魔王の手に魔法陣が光る。そこから魔力の塊が細長く伸びて剣の形を取る。

 斬り込んでいく布都御魂剣が止められた。


「もう……話の途中でしょ。まあ、いらないものは人でも魔族でも切り捨てるんだけどね。ああ、これは僕の都合だから勇者様にはどうでもいいことか」


 勇治さんとラウールさんの手から攻撃魔法が飛ぶ。

 雷鳴が轟き、焦げた臭いが鼻をつく。

 動かなくなった魔王が、次の瞬間には回復して元の姿に戻る。


《とにかく魔力を削れ。魔の者の組成は同じだ》


 言いながら蓮の攻撃の手は緩まない。


《わかってっけど、どうすりゃいいんだよ!》


 それに対して勇治さんが文句を言う。


《攻撃させまくるしかないんじゃない?》


 義経! そうかもだけど! 皆、気をつけて。


「勇治、使え」


 眞生さんが勇治さんの持ってた太刀を取り上げて剣を渡した。


《重てええ! 眞生、なんだよお前の剣⁉》

「お前なら扱えると信じている」


 言葉に詰まったような勇治さんの沈黙。どうしたのかと見ると真っ赤な顔。


《ええっと、し、しょうがねえなあ》


 照れてんのかなあ。


《うふっ、なんか可愛い》

《つかさちゃん⁉ か、可愛いって……?》

《あ⁉ ご、ごめんなさい! 声に出したつもりはなかったんだけど》


 眞生さんは勇治さんが使ってた太刀をニ、三度振ると、ものすごい勢いで魔王に斬りかかった。切り返し切り返し、反撃の隙もないほどに押していく。


「ああもう、面倒だなあ」


 魔王の前に虹色の壁。障壁シールドを展開して眞生さんの攻撃が弾かれる。

 そこへ成美しげざねさんが斬り込んで来た。

 攻撃を躱す魔王。追いかける成実さん。続いて政宗様が走り込んでくる。


《おりゃあああああ!》


 成美さんの組んだ手を踏み台にして飛んで行く。

 真っ向から斬り下げられた刀が、後もう少しの所で空を切る。

 舌打ちと共に斬り上げた刀は魔王の髪の毛を数本飛ばした。


《お⁉ 斬れたか!》


 カウンター気味に魔王が剣を振るった。

 危ない!

 その剣先から政宗様の姿が消える。

 馬で駆け寄った小十郎さんが引き上げて、政宗様はもうすでに馬上にいた。


《ちまちまと面倒じゃな。もっと、ぱあっと魔力とやらを削れんのか》


 政宗様の言うことはもっともだ。あたしもそう思う。


《あちらもそれを警戒してるんですから。難しいですよ》


 そうなんだよね、小十郎さんの言う通りだ。上から見てるとよくわかる。

 それでもこの波状攻撃には魔王も苛ついてる感じ。


《なんだかんだ魔力ってのは減ってんだろ。なら続けるだけだ!》 

《成実、お前の脳みそは筋肉か! 儂はもっと戦略的にと言っとるんじゃ》


 三人とも魔王の攻撃を掻い潜りながら、刀を振るう手が止まらない。繰り返される攻防。

 勇治さんの振るう剣に対する時の魔王の嫌そうな顔。回復の隙を与えず手傷を負わせることができるようになってきた。これって魔力も削れてるってことよね?


「あああああ! 鬱陶しい!」


 魔王が叫ぶ。

 小さな体が飛び込んだ。


《わらしちゃん⁉》


 飛び込んできたのは、わらしちゃんと童子くん。

 魔王の体の前後から蹴り出された二人の足が、頭と首に衝撃を与える。


「伊達に鍛えてはいないんだよ。ヒーローショーでの殺陣もただのイベント用じゃない」


 ありえない角度に曲がった魔王の頭。

 それでも何事もなかったように動いて剣を繰り出した。もうホラー映画だよ!


「あなた達しつこいよ! いい加減、死んで」


 その言葉と共に、わらしちゃんと童子くんが風の刃に切り裂かれる。こっちを見上げて大丈夫また会えるから、そんな言葉を残して二人は見えなくなった。

 その間にも勇治さんが剣を叩き込む。

 魔力を吸い込む剣なんだよね。攻撃した分、勇治さんが元気になってくような気がする。

 魔王の低い声が響いた。


「鬱陶しい」


 なんだか今までの魔王と違。怖い。ひくっと体が縮む。


「鬱陶しい、ほんっと鬱陶しい!」


 ぎりぎりと噛みしめられた魔王の唇に血がにじむ。


「異世界魔王、あなたがなにかしてるんでしょ! さっきから魔力が回復しなくなってるんだけど!」


 こわっ、なんかキレてる。余裕がなくなってる?

《練習しといてよかったな! こんな風に使えるとは思ってなかったが結果オーライってやつだ》

 勇治さん? 練習って……交易都市でやってたやつか。


「そうだな」


 呟くように眞生さんが言う。

 離れた所からなにをしてんのかと思ってたよ。あたしは眞生さんの後方にニーズヘッグを下ろす。ここなら多分、皆の邪魔にならないはず。


「眞生さん、もしかして魔法……」

「魔素吸収の阻害」


 だいぶ集中してるんだろう。眞生さんはそれだけ言った。

 そうか、だから魔王も焦ってるんだ。


《一撃入れてやる……勝つぞ》


 言って残った呼吸を吐き出す。

 蓮………

 太刀を構え腰を落とす。

 細く吐く息の音がインカムを通して伝わってくる。

 聞いているうちに蓮と心が重なっていくみたい。ああ、なんか不思議な感覚。


 音が、消えていく。

 細く吐く息の音が止まる。

 耳に痛いほどの静寂の世界で魔王だけが見えた。

 瞬間、大太刀が空気を裂く。

 音が動く。

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