お遊びはここまで
「高いとこから見てたほうが面白いんだけどなあ。勇者様と戦うんなら広いところでやろうか」
そう言いながら魔王は塔から飛び降りた。
地上へ向かう魔王へ魔法玉を放つ。今度は雷撃。
中で魔法玉が混ざっちゃったから効果が選べないのは失敗だったな。まあ、この際なんでもあり。結果オーライね。
「地上に下りたのならこっちに有利よね。他の人達も来られる」
「そうだな」
蓮はあたしに頷いてくれたけど、それを魔王がくつくつと嘲笑う。
「僕にだって不利ってわけじゃない。魔素溜まりから吸い上げた分と、あなた達が魔物を倒してくれたおかげで、全部ってわけじゃないけど魔力も溜まった」
魔王の右手があたし達に向く。
「そこの異世界魔王よりは格段に多いんだから、あなた達の相手には十分だよ」
打ち出された雷撃はあたしが打った魔法玉の何十倍も威力が高い。
けど。
それはあたし達の前で、虹色に耀く壁に当たって消えた。
《ヒーロー登場ってなあ!》
青いドラゴンが突っ込んできた。
勇治さん!
魔王に一撃。そのまま上空に離脱。
《どうよ、お前の言う異世界魔王の
《え? お前の魔法じゃないのかよ》
訝しんだ蓮が勇治さんに聞くと、俺は攻撃専門と返ってきた。
やめてよもう、力が抜ける。でも、こういうやり取りって帰ってきた実感が湧く。
「シールドは厄介だけど、あなたの攻撃もそこそこよかったよ」
《チッ! 可愛くねえなあ》
魔王の返しに勇治さんは不敵な笑いを浮かべた。
《蓮、こっちは大体片づいたよ。残りは援軍だけで対処できそうだ。体制を整えたらそっちに行く》
義経からだ。
振り向くと、倒れ、折り重なって消えていく魔物の群れ。黒い霧のようなものが散っていく。魔素に還っていくんだ。
その中をいつもと歩調を変えることなく歩いてくる眞生さん。騎馬の甲冑姿は与一さんと伊達組の三人。皆が集まってくる。魔王を倒すために蓮に力を貸してくれる。
ふふふ、お遊びはここまで。魔王よ、首は洗ったか!
「つかさ、ちょっと落ち着け。こっからは俺の仕事だ」
うぬぬぬぅ……口から出かけたセリフを飲み込む。
あたしを押さえて蓮は魔王をまっすぐに見る。
「ひとつ、聞きたいことがある」
「へえ、勇者様が僕に? なに? 命乞いでもしたいの?」
魔王の言葉はいちいち腹が立つ。
「共存する気はないか?」
「ないね」
即答する魔王。
これはあたしも魔王に同意だわ。戦わなくて済むならそのほうがいいとは思うけど、この魔王は蓮に手を上げたんだもの。許せるわけがない。
でも、蓮はどうしてそんなこと言うの? 勇者なんだから魔王を倒しに来たんじゃないの?
「魔物とはある程度交渉することが可能だった。最初から俺達全部を否定するんじゃなくて、少しでも歩み寄れないのか」
「例えとしても不愉快だねえ、魔物なんかと一緒にしないでくれるかな。まあ僕に隷属したいってことならいいけど、そうじゃないなら却下だね」
やはり無理かと蓮は唇を噛む。
「僕も聞きたいんだけど、なんで共存とか言うのさ。勇者なら魔王を倒したいと思うものなんでしょ。世界を守るとかなんとか、崇高な目的ってやつがあるんじゃないの?」
あたしも聞きたい。なんとなくだけど、蓮が戦うのを避けたいって思ってるような気はしたもの。どこかに拠点を置いて武器や人員を配備して攻めに出る。そんなやり方もあったかもしれないのに。
蓮の背中が歯ぎしりをするように呟いた。
「そんな大きな目的掲げて人や物資を投入したら、最後まですり潰し合うしかなくなるだろう」
……そう、なっちゃう、のか。
蓮は顔を上げて魔王を見据えた。
「人間全てを俺が背負えるわけもない。俺はそんな大した人間じゃないから、戦いに理由を求められるとすれば身の丈にあった理由でしか戦えない。俺はつかさが幸せならそれでいい」
あたしのため? あたしはそんな立派な人間じゃないよ。
「俺にできることなんて、こいつを守るくらいだ。肩書きが勇者だろうが村人だろうが、お前と戦う理由なんてそれだけだ」
「へえ、おねーさんを守るって、それ一度失敗したじゃない。諦めたら?」
連の顔が歪む。
「確かにな。けど、今度こそ失敗しない」
「ふうん、僕も魔物も一緒くたの上に理由がそれかあ……ずいぶんと舐めたこと言うじゃない。じゃ僕も言うけど、僕の世界を脅かすような存在はいらないから」
半ば呆れた口調の、おそらくは想定通りだった魔王の返答。蓮のため息。
「やっぱり、どうあってもその答えか……わかった。俺は根性なしで小さい人間だけど、それでも俺の好きなやつを守るって決めてるからな」
長い刀を抜いた蓮の声は少し震えてたような気がした。
ふと、思う。もしかして、これはあたしに聞かせたかったのかもしれない。
まがりなりにも法治国家の現代日本で、誰かを殺すってことの苛烈さは普通に暮らしていたら知りようがない。蓮は異世界の人だから、日々の安全のためなら魔物を討伐することが必須の世界の人だから魔物を殺すことへの躊躇いはなかったんだと思う。
もしも自惚れていいなら、極力戦わない方針を採ってたのはホントにあたしのためだったんじゃないだろうか。
戦いがなければ穏やかな、この世界を守りたいって、あたしだってそう思うよ。でもそんな大義を掲げられる程の人間じゃないこともわかってる。
ホントに蓮に守ってもらえるような人間なのかも疑問なくらいだもの。あたしの本音は身勝手でわがままだから。
「あたしがいくら一緒に戦うなんて言ったって蓮には邪魔なだけだよね。あたしの覚悟なんてきっと吹けば飛ぶようなもんだろうし。それでもあたしは」
知らず言葉を紡いでいた。
「あたしは蓮と一緒にいたい。あんたじゃなきゃ一緒にいる意味がない……あたしは、あんたが何者でも好きだよ。だから、戦うならあたしも一緒に行く」
ここはあたしの世界ととても近くて、とても遠い異世界だ。それでもあたしはそうしたい。
柄に触れる手をぎちりと握りしめる蓮。
その背中に触れたあたしの額に筋肉の動きが伝わる。力が籠もる。
蓮は全てを背負えないなんて言ってたけど、たとえ刺し違えてでも全力でこの世界を守るだろう。
「行くぞ、魔王!」
そう叫ぶと蓮は振りかぶった大太刀を魔王に叩き込んだ。
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