怯懦(きょうだ)は心に押し込めて
その疑問は問いただす間もなかった。
《義経! しばらく頼む》
《了解》
そう言って蓮は場を義経に任せてしまう。
《よし。じゃあ、軽くいってみようか》
義経も何の気負いもなくさらりと動き出した。ああ、やっぱり美少年ってだけじゃなくて武将なんだなあ。
「つかさ、ボルドールに頼みたいことがあるから話してやってくれるか」
蓮に言われて赤いドラゴンを見ると、ちょっと拗ねたような顔でこっちを見ていた。
『わあ、ごめんねボルドール。勝手に飛び出しちゃって』
『良いのだ、ご主人が無事なら私は嬉しい』
『ありがと、ホントごめんね』
ボルドールはあたしにすり寄せた顔を少し傾けて蓮を見る。
『つかさは俺が乗せるから、お前、義経を乗せてくれないか』
『……いいだろう。ご主人は目が離せないからな』
『わかってくれると思ってたよ』
どゆこと? なんだか意気投合してる蓮とボルドールを前に、あたしは首を捻った。
《義経、赤いドラゴンに乗ってくれ。上から見たほうが戦況を捉えやすいだろう》
《いいねえ》
ひょいと現れた義経はひらりとボルドールに跨がって飛び上がった。
インカムからよろしくと義経の声が聞こえる。
義経とボルドールも仲よさげに見えた。うん、うちの子はいい子だからね。でもちょっと妬けちゃうな。
「つかさ、おいで」
言いながら蓮が手を伸ばす。
「うん……いいの?」
い、一緒にいていいならしょうがないわね。勇者様の言うことは聞かなきゃだもん。こんな時にニマニマと緩んでしまう頬を抑える。
「お前は目が離せないからな」
なんでボルドールと同じこと言うのよ。半ば文句を言いかけたけど。やめとこ。あたしにできることはやろうって決めたから。
蓮の手を取る。ゆーぐが言った通りなら、あたしがいることで皆に幸運がもたらされることだってあるはずなんだから。
ホントはね、心の奥底のあたしは足が震えるほど怖がってるよ。だって、またあの魔王の前に行くんだもん。何されるかわかんないじゃない。でも怖がってるとこは蓮に見せないようにしようって思う。心配させちゃいけない。
だからこれは覚悟っていうより多分、意地なのかもね。
「行くぞ、つかまっとけよ」
蓮の言葉が終わらないうちにニーズヘッグは飛び出した。そのまま高度を上げる。
《数は多いが、それほど脅威になるほどの魔物でもなさそうだな》
《そうだね。上は勇治と魔法使いに任せて、地上は伊達組中心でいける》
蓮に問いかけられた義経が振り向いてそれに応えた。
上から見ててもあの黒い甲冑の伊達組三人はとても連携が取れてて、先へ先へと進んでいく。
《政宗様、あんまり単騎で突出しないでよ》
《わかっておるわ。が、どうにも楽しくてたまらぬなあ!》
義経への政宗様の返答がこれだもんね。
突っ込んでいく政宗様の後ろから火矢が飛び出して周りの魔物を焼いた。
《ナイスアシスト、よいっちゃん》
与一さんはちょっと弓を上げ、そのまま別方向へ馬を走らせた。弓士がそれに続いていく。
《政宗様、おひとりで出られますな!》
《こっちが追いつきゃいいんだよ! 小十郎は小言が多いぞ》
弾かれたように二頭の馬が駆け出す。
黒い甲冑の、この人が
《わはははは! 今度こそ儂の出番ぞ!》
心底楽しそうに政宗様が笑う。
振り回される斧や剣を躱し刀を振り下ろす。駆け抜けた後には倒れ伏す魔物ばかり。先へ、向かう。
《政宗! 次来るのは魔物じゃない、上位種の魔族、魔人と呼ばれるものだ!》
《それがどうした》
蓮の叫びも意に介さず、政宗様は一足飛びに飛び込んで真っ向から斬り下げる。魔人は腰に下げていた剣を抜き、それを受けた。
《よう受けたな、相手に不足なしだ。伊達藤次郎政宗参る!》
押し戻し薙ぎ払う。ピタリと止まった刀が今度は喉元を突きにいく。さすがの政宗様の刀も今度は途中でガチリと止められた
。
《ふふん、防御ばかりでは儂は倒せんぞ》
えええ! そんなこと言って大丈夫なの?
政宗様の挑発に魔人が剣を構え直す。今度は長剣が政宗様の上に降ってきた。それを受け流し魔人の腕を狙う。横飛びに飛んで避けられてしまったのを、そのまま追いかけていく。打ち込まれる剣を鍔元で受け、押し込むと同時に切り返し、魔人を押していく。
流れるような攻防がまるで舞いでも見るようだ。
《政宗様!》
小十郎さんの声で我に返る。
いけないいけない、見惚れてしまってた。強い人の技って綺麗なんだな。
《これは儂が獲物ぞ。他の魔人へ向かえ!》
《承知》
《応!》
到着した小十郎さんと成美さんも刀を抜いて応戦する。
政宗様の太刀筋は華麗、成美さんは豪壮。小十郎さんのは冷徹って言ってもいいくらい容赦がない。
視界の端にかかっていた上空の魔物の群れが見えなくなる。目を向けると空を覆っていた魔物が少なくなっていた。ってか、移動してる?
《そうだな、ワイバーンやハーピィに地上戦を邪魔されないように、倒しながら移動させてる》
俺でもそうする、と蓮が呟く。
《義経の策なのね》
《勇治も眞生もだけど、与一がすごいな。多分、義経の動きでやりたいことがわかるんだろう。あまり連絡を取り合わなくてもこれができるんだからな》
地上の魔物を追い込み、同時に上空を牽制しながら弓士が回り込む。押し合い圧し合い、魔物達はこちらとって有利な位置に分断されていく。
これを見てるはずの魔王はなんで何も対策しないんだろう。味方が減ったらピンチだとか思わないの?
なんとかなりそうだな、と蓮は呟いて通話を入れた。
《俺は魔王の城へ向かう。義経に後は任せた》
《了解。こっちが済んだら追っかけるよ》
義経に手を振って蓮はニーズヘッグを城に向ける。
「つかさ、さっき撃った魔法玉使えるようにしといてくれ」
「うん」
魔王が塔の上で手を振っていた。
あの余裕な感じ、 ムカつくわあ。
けど、ニーズヘッグが上へ昇っていくにつれて心臓がきゅっと縮みあがる。押し込めたはずの怯えが顔を出してくる。ああもう! 怖くない、怖くない!
蓮があたしの手を握る。
「大丈夫、俺と一緒だ」
「うん」
ことん、と頭を蓮の背中に押しつける。握られた手にきゅっと力がこもった。そうだね、一緒なら怖さも減る。大丈夫、がんばれるよ。
魔法玉も準備した。機会を待つ。
「やあ、いらっしゃい。おやあ? おねーさんはお帰り、かな?」
嘲る魔王の笑いを含んだ言葉があたしの胸を刺す。やだ、やっぱり怖い。
「ちょっとお、さっきの勢いはどうしたのさ。ああ、勇者様を痛めつけないとダメなのかな?」
「蓮になにかするつもり?」
反射的にあたしは顔を上げる。目の前が燃えるようだ。
「許さん、と言ったはず」
「おねーさんが? なにを許さないって?」
フフンと鼻で笑った魔王に魔法玉を飛ばした。炎がはじけて燃え盛る。
「いいねえ、やっぱりおねーさん面白いよ」
「つかさ、お前ほんっと止める間がないな。ああ、この際なんでもいい。ぶっ放せ!」
「わかったわ」
うっふっふ……あたしの活躍を見せる時がきたようね。
雷撃、煙玉、炎に水、岩落とし。全て食らうといい!
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