異世界勇者を探して

杜の都を走る

 最初の予定通り、向こうの世界ではラウールさんが偵察しながら北へ向かっている。

あたし達はというとバイクを走らせて仙台に到着した。


 町は緑が多い。

 近代的な高層ビルにも緑が寄り添う。中規模のビルが並ぶ大通りでも公園や並木が連なる。昔はもっと木々が多くて森の中で人が生活してたような感じだったかも。

 現代の人達が大事に育てているだろう木々の間を、黒のNinjaと赤のボルドールが走っていく。


《そちらはどうですか》


 ラウールさんから連絡が入る。


《仙台に到着した》

《なにもなければ、ちょっと撮影行ってくるぞ》

《大丈夫だと思います。今のところ変わったところはありません》


 あたし達は地図を広げ、ガイドブックやらインターネットの情報やら、あれこれ探しては行きたいところに印をつけていく。

 勇治さん曰く、「メリハリは必要だからな、今日はとにかく観光。俺の撮影にも協力しろ」だって。そうだね、また気持ちを切り替えていこう。


 もりの都の独眼竜って人は、あちこちにその存在が残ってる。

 あたし達もビデオカメラを渡されてるのよ。瑞凰殿ずいほうでんの豪華絢爛な御霊屋みたまやからスタートして、文武両道の奥州筆頭の足跡を辿る。

 公共事業やら寺社普請やらの地元開発に余念ないし、和歌や漢詩の教養、料理とか能とか多趣味だし。なんかいろいろ万能な人よね。


 城址に残るのは礎石と、馬上から城下を見下ろす独眼竜。

 あたし達は並んで彼を見上げカメラを向けた。

 ……ってところでスマホが蓮を呼ぶ。


「誰だ……勇治か。はい?」

「おー! お疲れ、どうだそっちは」

「面白いよ。お前もこっち回ればよかったのに」


 そうだよ、どっちかっていうとこっちがメインコースなんじゃないの?


「まあ、そっちも行くけどな。そうそう、ちょっと知り合いから面白い話聞いたんだ。一回合流しようぜ」

「知り合いって誰?」

武甕槌命たけみかづち

「は?」


 勇治さん、どっかで会ったの? なんで知ってるんだろう。

 とにかく聞いてみようと指定されたカフェに集合した。

 わりと大きな通りに面している場所だし駐車場が広めなのは助かる。レトロっぽい店内に個室があってすごく雰囲気がいい。

 席に座った途端、勇治さんが話し出す。


「いや鹽竈しおがま神社へ行ったら武甕槌命たけみかづち経津主神ふつぬしも祀られててさ。詳しい中身はこれ見てくれ」


 そう言いながら動画を再生する。

 ごめん、発言の意図も意味も全然わかんない。


「……これに向かって喋ればいいのか」


 誰これ……あれ?


「ですです。一発で皆に話が通じるから楽でしょ」


 あたしと蓮は顔をくっつけてイヤホンを半分こ。画面を見つめる。


「なるほどな。あー、武甕槌だ。お前ら旅は順調か? その辺りに独眼竜ってのがいるはずだ。会ってみると面白いぞ」


 そう言うと画面の中の武甕槌命は豪快に笑った。


「傍系の子孫に憑いててなあ、この間、お参りに来たんでお前らのことは話しておいた。お? そうか! 俺もとり憑いていけば旅に出られるじゃないか。おい、お前俺に体……」

「……ふざけるな。とっとと出て行け」


 唐突に画面上の武甕槌命が眞生さんに切り替わる。


「あー、最後はグダってるけど、こんな感じで教えてもらったのがここ」

「なんで最後に眞生さんが写ってるんですか?」

依代よりしろだから。さすがに神様単体で画面に写るとか無理っしょ。だから眞生に憑いてもらった」

「……大変に不快だった」


 うわあ、本当に嫌そう。そして動画を見てもなにひとつわかんなかったわ。

 そんなやりとりをしてると外に賑やかな気配がした。

 窓の外で高校生くらいの子達がじゃれあってる。



「ちーっす」

「ども、マスター」


 男の子達がドアのベルを鳴らしながらお店に入ってきた。カウンターの中にも、すっごい目立つ男の子が一人増える。カウンター越しに一緒に来た子達と笑いあってるのが良き感じでニッコリしちゃうわね。


 バイトの子はカリスマって感じ。黒のシャツとスラックス、ギャルソンエプロンはここの制服らしいけどすごく似合ってるなあ。くすんだラベンダーアッシュの前髪を細身のウェーブカチューシャで上げて。

 本当になんて目を惹く子なんだろう。黒ずくめの姿も伊達の甲冑かっちゅうみたい。これはヤバい。奥州筆頭と家臣団のようにも見えてきた。


 不意にその子がニッと笑ってこっちに来る。

 うえっ⁉ なんで? 見たらダメだった⁉


「おねーさん、ご注文はどうなさいますか」

「へ? あ、注文?」


 あ、そうよね! そうそう注文ね、えっと、どどどうしよう。


「やだな、慌てなくていいですよ。おねーさん、可愛い」


 はにゃーーー! か、可愛いとかなに? なによ! クスッと笑う子を負けじと見返してみた。

 片方だけ色の違う目に見返されて、負けた。こんな整った顔、まっすぐ見るのしんどい。この子モテるんだろうなあ。


「オレ、視力が左右でものすごい差があるんですよ。だから片方だけコンタクトなんです。で、どうせなら色とか楽しんでみようと思って」


 どうですか? なんてにっこり笑って聞かれても困るよ!


「あ、うん。似合ってる、よ」

「わあ、ありがとうございます。嬉しいです」


 なに? なんなの、このやり取り。もうしんどい。


「藤次郎、もうそのくらいにしとけ」


 カウンターに座った子の一人、真面目そうな子が言った。


「ンだよ、固いこと言ってんじゃねえよ」


 ほえ? 急に言葉が崩れた?


「おねーさん達が武甕槌命が言ってた独眼竜探してる人なんでしょ。おにーさんがハッシュタグの人?」

「ハッシュタグ?」


 それを聞いた瞬間、あたし以外の全員が彼を見た。なんか知ってるの?


「お前、名前なんてえの」

「やだな、おにーさん。人の名前を聞くときは自分からって……」

「折原勇治だ」

「オレは伊達だて藤次郎とうじろう。こいつらも知ってるんでよろしく」

片倉かたくら景太けいたです」

伊達だて成美しげよし


 なんか伊達政宗の家臣で似たような名前の人いなかったっけ? あたし武将のゲームとか、あんまりやらないんだよなあ。


「今回の旅はこいつがメインだ」


 うろ覚えのゲーム知識をこねくり回してる間に、勇治さんは蓮を前に出した。


「市川蓮だ。話わかってるのか」

「わかってるよー、魔王倒しに行くんでしょ」


 わかんないわよ! いい加減置いてきぼりはごめんだわ。


「申し訳ないけど、あたし全然わかってないと思うんだよね」


 そっと突っ込んだら皆が無言であたしを見た。怖いよっ!


「つかさ、後で俺が話すからちょっと待ってて。とりあえず俺らの弱小パーティに三人加わる」


 で、いいんだなと蓮は三人を振り返った。


「うむ。一太刀ひとたち馳走致そう」


 は? 武将?


伊達だて藤次郎とうじろう政宗まさむねじゃ、見知りおけ」


 本当にいいんだなと蓮が藤次郎君に念を押す。


「危険があるのもわかってるよな」

「くどい」


 藤次郎君は不機嫌そうに言った。


いくさに行くのであろう? 助け手はいくらでもほしいのではないのか」

「そうだが、この世界にいれば危険はほとんどないだろう?」

「馬鹿者、この世界にも危険はいくらでもある。病気、事故、天災。命をかける場所を儂の意思で決めてはならんのか」

「そうじゃなくて!」


 蓮は藤次郎君だか政宗様だか? に詰め寄る。


「伊達藤次郎自身はどう思ってるんだ」

「オレ? オレはかまわないよ。政宗に同意」

「そんな簡単に決めていいのか」

「あんたらのことは、たけちゃんから聞いたよ。オレらは微力でも手助けをしたいんだ。この国を安心して暮らせるようにしてくれてるあの人達に、祈るだけじゃなく力になりたい」


 とても真剣な目で真っ直ぐに蓮を見る藤次郎君。

 ここ最近、地震が多い。この国じゃいつものことって言えばそれまでだけど、それにしても多い気がする。

 それを押さえてるのが武甕槌命と経津主神なのだと。


「まあ、神様っていっても万能じゃないからねえ」

「大きな地震が起こると力不足を痛感する」


 二人の神様はこれからも全力を尽くすと笑ったと藤次郎君は言った。

 幼い頃から憑かれていることを理解してつき合ってきたから、神様のことだって受け入れてると藤次郎君はあっさりと言う。


「政宗達の力なら、オレらを守ってくれてる神様の助けになれるでしょ」


 口調はくだけたものだったけど、違う色の両目がその真剣な気持ちを伝えてきた。

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