ここをキャンプ地とする

 カチャカチャと調味料を混ぜ合わせた神シェフの手が食材の上を動く。

 はあああ、いい匂い。

 あたし達は思い思いに手を伸ばし、食後のコーヒーまでを満喫した。


「……魔王について少し話しておきたい」


 皆が落ちついた頃を見計らったように眞生さんが口を開く。自分から話すってことがほとんどないから少し驚いた。


「魔王というのは勇者の対極にある存在だと認識しているが異論はないか」


 うん、あたしもそんな印象を持ってる。


「まず勇者という者だが、その立場もしくは称号といったものを獲得したり、名乗りを上げたりするものだろう。例えば親の意思を継いで勇者となるということもあろう」


 眞生さんが蓮を見る。蓮はぎゅっとカップを握りしめた。

 そんな事情があるんだって言ってたものね。


「続けてくれ」


 眞生さんはその言葉に頷いて先を続ける。


「勇者が魔王の討伐に出るかどうかはその時の状況次第であろうが、それをしなくとも勇者であることに変わりはないし、新たに勇者を名乗る者がいればその者も勇者となるだろう」


 ここまではいいかと言って皆を見回す。

 誰でもなれるんなら、あたしも勇者だって言えばそうなるってことよね、なんて考えていたあたしは眞生さんの視線につかまった。


「つかさ。貴様が今、我は勇者なりと言えば貴様はその時から勇者だが、今すぐ目の前の我と戦えと言われたらどうする。名乗りを上げるのも覚悟がいるのだぞ」


 あ……なるほど、勇者になるってことは義務を負うってことだ。

 蓮も肩書きを背負った以上やるべきことをやるって言ってた。勇治さんも苦手を振り払ってでも危機に対処しようとした。誰でもなれるからといって誰でもいいわけじゃないんだ。


「片や、魔王は存在した時から魔王なのだ。選択も拒否もできぬ。辞めたければ死ぬしかない。その立場に代わりの者を就けたとしても、それはあくまでも代わりであって魔王ではない。魔王は魔王であるがゆえに魔王なのだ」


 それって辛くないのかな、なんて思ってしまった。世界は酷なことをするなんて思うのは、のほほんと育ったゆえの無知な傲慢さなのかもしれない。だけど、魔王になりたくない魔王だっているかもしれないじゃない。


「むろん、魔王のいない時代や存在しない世界もある。我のように勇者と共に異世界の勇者と旅する者もいる。だから気にせずとも良い。世界にとっては取るに足りぬことだ」


 眞生さんは小さく口の端を上げたけど。なぜだかそれが儚げに見えてしまった。


「魔王とはそういう存在だ。魔族の存在意義を肯定し、その頂点に君臨する者。それゆえ魔族は魔王に従い、それゆえ魔王の感情に触発されて攻撃行動をとる場合がままある」

「それが今回の魔物の行動の原因なのか」


 眞生さんは蓮の言葉に首を縦に振った。


「その可能性は高い。魔王の生まれは判然とせぬが、器を形作るために膨大な魔素を使うのは間違いない」


 だから魔物を消してまで魔素を取り込もうってこと?


「おそらく。厄介なことには今この場所に成人した魔王が出現したとしても、遥か遠くで赤子として生まれたとしても、世界にとってはどちらも有り得ることなのだ。我とて赤子だったかと問われれば覚えておらぬとしか言えん」

「仮に魔王が子どもなら話し合える余地を持てないだろうか。身勝手なのは承知だ。だが戦いを選ぶより、共存できるならそのほうがよくないか?」


 蓮の言葉に今度は首を横に振る。


「それは直接会って聞くしかないな。だが共存の可能性はあまりにも低い」


 蓮は眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。

 しばらくの間、皆が無言になる。虫の声だけが大きく聞こえていた。


「ああ! 止め止め! 辛気くせえ。俺らは予定通りに進むしかねえだろ」


 勇治さんがそう言って立ち上がる。

 それを見上げて蓮もそうだなと呟いた。


「そうだな、勇治の言う通りだ。また明日から、だな」

「俺、初飛行で疲れたから悪夢を見るかもしれない! 皆、川の字で寝よう! 俺が真ん中な!」

「はあ?」

「隣は眞生で、反対側は……お前でもいいや」


 ぎゃいぎゃいと文句を言いながら、ラウールさんまでひっぱり込んで結局揃って横になっていた。

 なんだかんだで四人揃って横になってるのは微笑ましいっていうかなんていうか……


「おお! これいいな。明日もやろうぜ」

「やらん」


 あたしは皆のやり取りをボルドールの傍で毛布にくるまって聞いていた。だんだんまぶたが重くなってくる。


「明日は予約した宿で荷物や装備の交換の予定なんですが」

「お前は真面目か」

「やかましい! 黙って寝ろ」


 遠くなっていく皆の声。


「気にするな、こう見えて我は貴様らとの旅を楽しんでおる」


 眞生さんの声を最後にあたしは眠りに落ちた。

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