静かな湖畔の森のかげ

《石、投げてるの?》

《アホか。こんだけ離れてるんだぞ、サイズが違う》


 切り替えたらしい勇治さんの声に不安そうな気配はもう少しもない。


《多分、湖に岩を投げ込んでいるんですね。でなければ、あれ程の水柱が上がることもないでしょう》

《岩って! ラウールさん、そんなの投げられる人いるんですか⁉》


 近づいていってわかった。人じゃない! 鬼のような巨人が三体もいる。

 湖に水竜っていうのがいるって言ってたよね。岩なんか投げ込まれたら水の中は大変なことになるんじゃないの?


《あれ、なに?》

《オーガです。基本的には本能のまま食べて寝る程度の生き物ですが、攻撃性を刺激されると稀にああいう行動を取るようです》


 じゃあ、暴れろって誰かに言われたってことかもしれないじゃない。


《とにかく湖から引き離そう。そのまま追い払えればいいが、こちらにも攻撃してくるようならやむを得ない。撃退する》


 蓮の言葉に皆が応じた。


《つかさ、お前は上空待機。上から見ていて状況に変化があったら教えてくれ》

《え⁉ あ、うん……わかった》

《じゃあ、行くぞ!》


 皆は降下してオーガの周りを牽制けんせいするように飛ぶ。

 最初は相手にしてなかったオーガ達も、湖から離れてうるさそうにドラゴンを追い払い始めた。


《蓮、少し湖から離れたよ》

《よし、このまま山の方まで追い払えたらそれでいい》


 なんでやっつけないんだろう。そりゃあ、こんな大きなやつ倒すのは大変だろうけど。昨日の魔物達みたいに倒しちゃえば、水竜だって安心だろうと思うんだけど。


《おう! もう少しだな》


 だいぶ騎竜に慣れたのか勇治さんの口調も軽い。


《よし、なんとかなりそうだな。つかさ、悪いけど降りられそうな場所探しといてくれ》

《わかった》


 とりあえずは、皆の降りやすい場所を探すこと。頼まれたことくらいきちんとこなさなくちゃね。

 あたしは辺りをぐるりと見回し、比較的平らに開けた場所を見つけるとゆっくりと旋回しながら降下していった。

 少しして皆が降りてくる。

 ラウールさんはもうひと回りしてくる、と頭上を過ぎていった。


「無事だったか」


 蓮が駆け寄ってきた。


「うん、大丈夫。あたしなんにもしてないし。えっと場所はここでよかった?」

「ああ、ありがとな」


 なんにもしてない、なんてことはない。そう言って蓮はあたしを抱きしめた。


「ごめん。すぐ向こうに帰してやればいいのに、俺のわがままでお前を危険なことにつき合わせた」

「だけど、ほら、ちゃんとオーガも追い払えたじゃない。あたしは怪我もなにもしてないし気にしないでよ」


 あたしも一緒にいたかったもん。だからそんなに震えないで。


「蓮が守ってくれるんでしょ」

「ああ、必ず」


 その言葉に笑って頷く。

 辺りを探っていたラウールさんが特に異常なしと戻ってきた。


「昼をだいぶ過ぎましたがどうしましょうか」

「場所はどの辺りになるんだ」

「少し走れば宿泊予定の仙台に着きますが」


 仙台かあ、お菓子美味しいのがあったよね、ふわふわのやつ。あと笹かまぼことか、牛タンとか牛タンとか牛タンとか。


 ぎゅううううぎゅるるぎゅぎゅううう


「う……ん、とりあえず飯にするか」


 ちょっと自分をぶん殴りたくなったわ。



 眞生さんがデュークに積んでいた荷物を下ろしてラウールさんに渡す。

 何が入ってるのかな。興味津々でのぞき込む。中身は……

 アウトドア用品? どっかで見た有名メーカーのロゴマークが書かれている。


「ラウールさん、これどうしたんですか」

「通販サイトで買いましたよ。あれは便利ですね。キャンプもいいと言っておられましたから」


 あ! そういえば言ってたな。それでこんなにキャンプ用品を積んでたのか。


「交易都市の周辺では野営する者も多いのです。私達の村からもこの辺まではよく来ています。向こうの世界でもキャンプできないか、というのは勇治様から話がありましたので準備は事前にしておりました」


 そう言うと、あっという間にテーブルやらコンロやらを組み立て、魔法のように食材や食器を取り出していく。そして、パチリと指を鳴らすとコンロやランタンに火を入れた。


「さあ、皆様座って楽になさって下さい」


 ここはどこ? 異世界ってどっち?  魔法使いがいるから火や水の心配もないし、こっちの方が便利かもしれない。

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