酔っ払いと襲撃

 勇治さんと眞生さんが町までバイクを運んでくれている間、ラウールさんを背負った蓮と二人、ゆっくりと歩いていく。

 布都御魂剣はあたしが持っているんだけど、意外なことにそんなに重く感じない。


「くっそう、意外と重てえのな」


 重いのはラウールさんのほうだったらしい。


「そおうんらにおもうくないれすよ!」


 うわあぁ! びっくりした。

 寝てるのかと思ってたラウールさんが急に大きな声を上げた。なに言ってるのかわかんないけど。

 あ、もにゃもにゃ、って背中に突っ伏した。

 すごくしっかりした人だと思ってたから、こんな顔があるなんて意外。ふふ、蓮の背中で気持ちよさそう。なんか可愛い。


「いつも気を張ってるから、緊張の糸が切れたってのもあるんだろ。酔いが覚めたら元に戻るさ」


 年上の男性に失礼かもだけど可愛いまんまでもいいな、なんて思ってしまう。

 町の入口で二人が待っていた。


「あー、まだダメか。お前かなり魔力ぶっ込んだろ」


 勇治さんが眞生さんに文句を言う。

 てことは、あんまり困らせるつもりはなかったのかな。


「コントロールが下手でな」


 そう言う眞生さんをチラリと見ると、あたしを横目で見て唇の端だけで笑った。確信犯ですか。


「蓮、ラウールはどっかで寝かせてやればいいんでね? 商工会の会所は町の真ん中だったから結構歩くぞ」


 うん、酔っ払いさんは休ませたあげたほうがいいよね。


「そうだな、休ませとけばいいのか?」

「ああ、溢れた分の魔力を使うか、ほっといて自分の器に収まるまで待つかだ」


 ホントにお酒の飲み過ぎみたいな現象なんだな。二日酔いにならなきゃいいけど。

 町に目をやるとやっぱり交易の中心だけあるなって思う。

 街道から続く壁内の道はそのままの広さで通っていて、荷馬車が多く行き来する。それでも余裕があるんだから。


「この道ずいぶん広いんだね」

「ああ、田舎にしては不似合いなくらいだけど非常時には自警組織が使うからな。俺んとこも道は広かったろ?」


 あ、そうか。危険には自分達で対処しないといけないんだ。でも、なるべくならそんな用途に使いたくはないよね。

 品物はほとんど会所で扱うらしく荷車も町の中心へ向かっていく。


 道の脇にお店が並ぶ。野菜、果物、パン、魚は干物がほとんど。肉に酒。革製品や布、服。揚げ物を売ってる屋台なんかも。美味しそうだなあ、いい匂いがする。

 買い物をする人達にも活気があって見てるだけでも楽しくなっちゃう。

 さすがに武器屋は初めて目にした。剣や盾、弓、斧、そんなのを並べてるお店を見ると、異世界なんだなって思う。やっぱりちょっとドキッとするよね。


 宿を見繕いながら歩いていると、突然ラウールさんが顔を上げた。

 同時に眞生さんも厳しい顔で町の入口を見る。

 なに? どうしたの?


「魔素が消えた」


 呟く眞生さんの声が固い。

 魔素が消えるって、なにかあるの?


「これえはあ、来ますう」

「来るぞ」


 二人の言葉が重なる。

 今度は勇治さんと蓮も振り返った。

 皆、どうしちゃったの?


「これは……魔物が沸いてる、のか?」


 蓮? 魔物が……沸く?


「なんだこの気配、魔物にしては圧がハンパねえ!」


 勇治さんは言うなり町の中心に駆け出した。

 蓮が怖い顔をあたしに向ける。


「つかさ、この先の道が交差してるとこに会所がある。そこにいろ!」

「あ、う、うん。わかった」

「剣!」

「はいっ」


 預かっていた剣を渡すと、ラウールさんを背負ったまま蓮が走り出す。


「ニーズヘッグ!」

「召喚しましたあ」


 まだ少しろれつの回らない返事の後から、黒い風があたしの横を通り過ぎ、蓮を追いかけていく。飛び上がった蓮をニーズヘッグがすくい上げた。

 あたしと眞生さんは小走りに会所へ向かう。


「ねえ、眞生さん。なにが起こってるの」

「魔物が出現した。数百はいるだろう」

「すうひゃ……!」


 なによその数字。なんでそんなにたくさん。

 会所に着くと勇治さんが飛び出してくる。


「ざっと状況は伝えた。ここの連中は確認次第動くだろう。お前は先に行く」

「武器は」


 バイクに乗る勇治さんに眞生さんが問う。


「途中の武器屋で拝借するわ。後、頼む」


 言い終わるのとエンジンがかかるのが同時だった。

 郊外の街道そのままの広さがある一本道に青い矢が飛び出していく。


「こっちだ」

「あ、うん」


 会所の中は慌ただしく動き出していた。


「会所筆頭ユリウスだ。私が指揮を執る」


 受付横の階段を数段上ったところから大きな声がした。


「魔物が多数出現した。皆はこの後、指示に従って討伐に協力してくれ」


 ザワつく周囲を制し言葉を続ける。


「すでにドラゴンライダーが一騎向かっている。剣士弓士は訓練通り編成を組んで出発してくれ」


 訓練通りってことは魔物の襲撃は毎日のことなの? 訓練ってどこでもやってることなの?


「魔法を使える者、いたら名乗り出てくれ」


 次々と指示が出される。


けいら隊は住民の安全確保を第一に、避難所への誘導を頼む」


 以上だ、と告げたユリウスさんの声と同時に中にいた人達が一斉に動き出す。

 窓際にいたあたしの耳に警ら隊の声が聞こえてきた。


「皆さん、魔物の出現については確認中です。状況がわかり次第お伝えしますので、万が一に備えて避難所に移動しましょう!」

「街道封鎖! 避難の済んだ外側から順番に柵を出せ!」


 整然と非難する人達を見ると感心するのと同時に怖くなる。これだけ動きが決まってるってことは、それだけ脅威にさらされてるってことで。

 たとえばあたし達が地震や火事の避難訓練をするように。この世界では、これが当たり前なんだ。

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