お花を摘みに

 勇治さんは機嫌直して、なんてのんきに言ってたけど。やっぱり気になるよ。ラウールさんを追いかけよう。


「あの! ラウールさん」


 振り向いたラウールさんは、あたしを見て苦笑いを浮かべた。


「ああ、つかさ様、ご心配をおかけしてすみません。わかっていますから」


 えええ……なにも言わないうちにそれ?


「そうですね、少し昔話を聞いていただけますか」


 あたしがうなずくとラウールさんは懐かしそうに話しだした。


「私を蓮様のお世話係に就けたのは彼のお父上なのです。まだお小さいあの方をお守りするようにと。まあ、その時は私も子どもだったのですがね」


 少し遠くを見て小さく息を吐く。


「蓮様が騎竜の訓練に出る少し前に、いろいろあって怪我をされたことがあったんです。それ以来、周りを信用しない癖がついてしまいまして」

「そう、だったんですね」


 根掘り葉掘り聞ける感じじゃない。でもこの人にとって蓮はとても大事なんだってことはわかる。


「あれ? でもあたしのことは最初からそんなに悪く思ってなかった気がするんですけど」


 ラウールさんはあたしを見てクスッと笑った。


「つかさ様のことはずっと聞かされてましたからね」


 ひええ、蓮ってば何を言ってたんだろう。


「多分、私は蓮様にかまい過ぎなのでしょうね」


 ため息まじりの寂しそうな顔。この人ホントに蓮のこと好きで大事なんだなあ。なんか妬けちゃう。


「さあ、戻るとしますか」


 自分に言い聞かせるように言ってパンッと軽く頬を叩く。

 そして不意になにかを思いだしたようにあたしを見た。


「そうだ、ちょっとお手伝いいただいてもよろしいでしょうか」

「なんですか?」


 近くに咲いている花を摘んであたしに差し出す。


「この花を少し摘んでいただけませんか」

「わ、これ可愛い花ですね」

「忘れていましたよ。蓮様が小さかった頃、一緒に摘んだのです」


 くるくると花を回しながら、そう呟いた。


「香料の元になるんです。あの町の商工会で売りましょうか」


 へえ、香水とかになるのかな。


「洗濯の時に一滴垂らすと一日中いい香りなんですよ」

「わあ、それいいですね。どのくらい取ればいいんですか」

「両手で持てるくらいで。ふふっ、これでクエストの達成ですね」

「あはっ! ホントだ、冒険者みたい。向こうの世界の小説でこういうのがあって……」


 あたし達はそれからお花摘みにいそしみ、ってそっちじゃないわよ! 本来の花摘みだからねっ。

 戻った時、蓮はまだ訓練中だった。余程集中してるんだろう。それにしても男の人って体力あるんだなあ。


「蓮様、もうそろそろ切り上げませんか」


 ラウールさんの声に、やっと反応した蓮はあまり疲れた様子も見せない。


「そうだな」


 そう軽く返事をしたけど汗の量がハンパない。もしかしてホントにずっと剣振ってたの?


「なんか調子よくてさ」


 そう言った蓮に勇治さんがにこにこ笑いながら近づいた。


「やっぱ疲れたろ。ちょっと回復魔法の練習させてほしいんだが」

「お待ちください、それでしたら私にかけてみてください」


 すかさずラウールさんがその前に立ちはだかる。


「あんたはそんな疲れてもねえだろ?」

「細かいコントロールなら、そういう人に上手くかけられてこそ、ではないですか」


 勇治さんはラウールさんをじっと見て、そうだなと眞生さんに向き直った。


「ラウールでやってみな、体力よりも魔力の消耗が多いんじゃないかと思うんだが」

「うむ」


 一言だけ言って眞生さんはラウールさんへ掌を向ける。


「……なるほど、さすがですね。少しずつ魔力が回復していくのを感じま……ゔげっ!」


 えっ? なに? 今の声。

 ニヤニヤと笑う勇治さんのつり上がった口元、三日月のような目が急に怖くなった。


「ああ、ちょっと失敗したか?」


 倒れたラウールさんを抱えると、魔力酔いだなとそのまま寝かせてしまった。

 眞生さんがチラリとあたしを見る。

 動揺するあたしと、眞生さんの間にかばうように蓮が立ち塞がる。思わず蓮の後ろに隠れてしまった。


「問題ない」


 なにが⁉

 眞生さんの掌があたしに向けられる。


「ほらほら、先に蓮にかけようか?」


 ちょっと! 勇治さん、蓮になにかするってこと? やっぱりラウールさんの言う通りだったの?


「蓮になにかするつもり? させないわよ!」


 蓮の前に立ったあたし向けられた眞生さんの掌。あたしは覚悟を決めて目を閉じた。


「……あれ? なんとも、ない。疲れも取れてなんだか体が軽い」


 心なしかお肌ももっちりみずみずしくなったような気がする。美肌効果もあるのかしらん?


「当たり前だろ、単なる回復魔法だ」


 え? じゃあラウールさんは?


「さて、蓮、お前の番だ」

「おう」


 勇治さんがニヤリと笑う。


「ああ、そうだ。その前にお前にかけてた治癒と負荷の魔法をはずさないとな」

「そんなことしてたのか。ゔがぁ!」

「蓮⁉ どうしたの?」


 がくりと膝を折る蓮。それを差して、勇治さんは真面目な顔で眞生さんに解説を始めた。


「いいか魔王様よ。このようにだな、人ってえのは痛みとか疲れとかを阻害そがいされると、どこまでもいけると思ってしまうわけだ。お前んちにいた魔人やアンデッドと違うんだぞ。痛みは痛みとして認識しなきゃ危険なのかどうかもわからん」

「気をつける」


 なにをのんびり話してんのよ。


「早く治してあげてよっ!」

「おお! 治癒は素早く効果的にな!」

「うむ」


 ぼうぜんと座り込む蓮。ホントに大丈夫なのこれ?


「俺あんな疲れてたんだな。手はだるいし足はガクガクするし……びっくりしたわ」


 大丈夫だとうなずいた蓮は、寝かされたままのラウールさんを指差した。


「結局、ラウールはなんでノビてんだ?」

「魔力酔いって知らねえ? 過剰な魔力を供給されると酒に酔ったみたいになんのよ」


 酔っ払って寝てる?

 そうそう、と笑う勇治さん。


「こいつ先に落としとかねえと、お前らに魔法かけるのうるさそうだからな。俺としてはもう少し信用してほしいんだがね」

「ああ、なるほど。本人もわかってるとは思うけど。悪かったな」


 背負ってくしかないか、と蓮は困った顔で笑った。

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