これはもしかして戦いの気配
マルゲリータにモッツァレラ
《蓮様、もう少しで開けた場所に出ます。通路を開きますがよろしいですか》
偵察のために先行したラウールさんが通話を送ってきた。
布都御魂剣も向こうと部屋をつなげて預けてある。ラウールさんもドラゴンに乗るなら持っていても邪魔にならないもんね。
《こっちは車両も少ないし問題ない》
《じゃあ、俺らは右行くからな》
蓮に続いて勇治さんも応える。
《つかさ、気をつけて行けよ。勇治の言うこと聞くんだぞ》
《もう! あたしは子どもじゃないよ》
あたしだってできることはちゃんとしますぅ。
《蓮も気をつけてね》
《おう》
あたしと勇治さんと眞生さんは三人でピザを目指して走る。
《もうちょっとで見えてくるからな》
《はい!》
楽しみだなあ。地元の食材で作るピザだって。デザートピザもあるみたい。
もう目の前がピザよ!
バイクを止めて店内に入ると厨房に大きな窯が見える。
「ええっと、なんにしようかな。定番のマルゲリータとデザートは頼みたいし……あ、レモンだって。さっぱりして美味しそう」
勇治さんが許可を取りに行ってる間、眞生さんと二人メニューの前で悩む。
「ううん、サラダも食べたいし、眞生さんはどうします?」
「ハーフ&ハーフにできるな、全品でハーフにすれば良いのではないか」
「そうですね、そうしましょう」
勇治さんが許可をもらって戻ってきた頃、あたし達の前にはすでにお皿が並び始めていた。
「先に食っていいと言ったではないか」
あたし達を見て口を開けたままの勇治さんに眞生さんは首を傾げた。
「ああ、まあ……言ったけど」
量が尋常じゃねえよ、と勇治さんが呟いた。
そうかな?
「はあ、ごちそうさまでした」
「美味かったな」
「それは、ようございましたねえ」
勇治さんは、あたしと眞生さんにそう言うとため息をついた。
「あ、そうだ。テイクアウトできるんですよね」
それを聞いた勇治さんはなぜかギョッとした顔になった。
「蓮とラウールさんにも食べてほしいなって」
「あ、ああ! そうだな、そうしよう。あいつらも腹減ってるだろうしな!」
勇治さん? ん? まさか……
「あたしがテイクアウトして食べようとしてたなんて思ってませんよね」
「ウン、オモッテナイヨ」
……怪しい。
「そ、そろそろ定時連絡来る頃だな」
勇治さんが慌てたように言った瞬間、インカムが音を立てた。
《そっちはどうだ?》
《おう、ちょうど撮り終わったとこだ。いいタイミングだよ》
勇治さんの声がほっとしたような感じなのが気になるわね。
《こっちも変わったとこはないし、訓練も一時休憩だ》
わ! ちょうどいいじゃない。勇治さんに届けてもらおう。
そう思ってたら蓮が言った。
《つかさ、お前も来るか》
《ホント? 行っていいの?》
《ああ、魔素の変化もないし落ち着いてるそうだ。大丈夫だろうって》
やった! 留守番でいいって言っても、ホントは大きな町ってとこ行ってみたかったんだ。楽しみだなあ。
走らせたバイクの行く先にはのんびりした光景が見える。草原とその草を食む動物。
《その先の木陰に止めてください》
ラウールさんが誘導してくれた先で蓮が待っていた。
「蓮! これテイクアウトしてもらったの。冷めないうちに食べて」
「ありがとう」
美味いな、と食べながら蓮は少し離れた所に見える壁に目をやる。あたしもつられるようにそこへ目を向けた。
「あそこに見える町は交易の中継地点なんだ。俺達みたいに南からあの町へ向かう者は結構多い。そこからさらに北へ街道が伸びている。もう一方は西に向かうルートなんだが、こっちは山を越えていくことになる」
いろんな所から物資が集まるのね。町っていうよりも地方都市くらいの規模。それが丸ごと壁で囲われてる。
「俺の住んでる地方はド辺境もいいとこだからな。小さい自治集落がそれぞれ独立してる。この国の西方の外れに王国があるんだが、そこからは遠すぎる」
そこで蓮はちょっと人の悪い笑顔を見せた。
「まあ、ぶっちゃけそれをいいことに勝手にやってるとこはあるな。向こうも継承問題だかで揉めてるうちは、こっちにかまう余裕はないだろうし」
言葉を切った蓮はちょっと照れくさそう。
「お姫様はいるけど認識すらされてないよ」
あ、あたしはそんなの気にしてませんよーだ。勝手に妄想してたのを全力で否定してくれたのは嬉し恥ずかしい。
「でも勇者なんでしょ? 勇者って王様に任命されるとか、そういうことなのかなって思ってたの」
嬉し恥ずかしが過ぎたあげく話題をさがして、あたしは別のことを聞いた。
「まあな」
蓮はちょっと迷った風だったけど真面目な顔で話してくれた。
「そういう奴もいるだろうけど、俺が勇者を名乗ったのは親父もそうだったからだ。けどここじゃ、そんなのは単なる肩書きにすぎない。俺だって一人の村人ってやつだよ。それでもさ、それを背負った以上はやるべきことをやるよ」
ごちそうさん、と言って蓮は立ち上がった。
「さて、もう少し訓練を続けるか」
手に入れた武器は使えなければ意味がない。布都御魂剣を手にした蓮はそれを背中に背負った。
左肩に右手を伸ばす。そのまま柄を握って鯉口を切り、右手を前に押し出した。刀身が陽に輝く。
そうか、長いからそうやって担いで振り出すようにするのね。腰に下げても抜けなくはないだろうけど。ホントに扱いが大変そう。
擦り上げ、胴を薙ぎ、袈裟に切る。
「おい、あれに負荷かけられるか」
勇治さん?
「問題ない」
横で呟いた勇治さんに眞生さんが一言。
なに? 何しようとしてるの。
「本人にわからないくらい少しずつな。魔王様はそろそろ手加減とかコントロールとかそういうものを覚えたほうがいいぞ」
「……魔力の量が多いほど細かい制御は難しいのだぞ」
「ほう、魔王様ともあろう者ができねえのか」
ギロリと眞生さんの目が光る。
ひえええ、やっぱり魔王様だ。目が怖い。
そしてもう一つの目も怖い。
「勇治様、蓮様に何をなさるおつもりですか」
いつの間にか傍にいたラウールさんが勇治さんに詰め寄った。
「トレーニングだよ。あいつに負荷かけて修行してもらおうってこと。ついでに眞生の魔法制御の訓練にもなる。一石二鳥だ」
ええと、アスリートの高地トレーニングみたいなことをやろうってことなのかな。
なるほど、と腕を組んだラウールさんは威圧感がすごい。
「蓮様に何かあったら私は貴方がたを許しませんよ」
「怖いねえ、パーティなんだからもうちょっと信用してくれよ」
勇治さんを睨んだラウールさんはそのまま
「それで? やって良いのか」
「ああ」
勇治さんの返事に頷いた眞生さんは静かに目を閉じる。
くるりとあたしを振り向いた勇治さんは、にひゃっと笑った。
「ごめんねえ、つかさちゃん。変なとこ見せちゃって」
「いえ……」
「あいつもさ、もう少し蓮の手を離してもいいと思うんだよな」
勇治さん? もしかしてラウールさんのこと?
「ま、早めに機嫌直してくれることを祈るわ」
そう言って勇治さんはまたへラッと笑った。
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