ご飯を食べたら説明しよう

 最初に宿に着いていたのはラウールさん。

 あたし達は手を振って待っている彼の横にバイクを止める。


「お久しぶりです、ラウールさん」

「つかさ様もお元気そうで」

「はい。なんかこちらで会うと不思議な感じですね」


 向こうではチュニックっぽい……ほら、昔のギリシャ人が着てるみたいなやつ。あの服すごく似合ってたんだよね。

 だからかなあ。この人にライダースジャケットは微妙な違和感がある。似合ってないわけじゃないの。何となくこれじゃない感っていうか……

 あたしが一人勝手に悶々もんもんとしてると、少し遅れて勇治さんと眞生さんも到着した。


「そちらが勇者様と魔王様ですか。お世話になっております、ラウール・フランと申します」

「こちらこそ世話になる。俺が折原勇治、こっちが黒木眞生。名前で呼んでくれ」

「勇治様と眞生様ですね。よろしくお願い致します」


 あれ? なんで、ただの挨拶なのにバチバチ火花が散ってるの?

 あたしが歩き出すとラウールさんが横に並んだ。

 その前を話しながら行く勇治さんと蓮。


「こっちの祭りは結構面白かったぞ。そっちは収穫あったか?」

「部屋行って落ち着いたら話します」


 そんな会話を聞いてると、隣からなーんか刺々が飛んでくる。これ絶対気のせいじゃないよね。もう! 一緒に旅するんだから仲良くしようよ。

 あたしがちょっと引いてるのに気がついたのか、顔をこっちに向けたラウールさんはいつも以上の笑顔だった。


「つかさ様お疲れでしょう。チェックインしますので少しお待ちくださいね」

「あっ、はい」


 ちょっと怖……じゃなくて、圧がすご……

 皆、早くお部屋に行こうよう。



 案内されたのは広めの和室が二部屋。


「よし! とりあえず風呂入って飯食おう!」


 勇治さんは大きな声で言うと飛び出していく。


「つかさ様はもう一つの部屋をお使いください」

「ありがとうございます」


 ラウールさんは荷物を置きたいから二部屋取ったって言ってたけど、これあたしのために一部屋取ってくれたようなものよね。なんか申し訳ないんだけど。

 そう言ったら、装備品が届くから物置みたいになる可能性がある。気にしなくていいって。


「つかさ様には本当に申し訳ないんですが、これから先、宿はこのような状態で」


 恐縮してたけど、あたしはそれ聞いて気が楽になった。おまけなんだし、こんないいお部屋なんだもの。荷物が多いくらい、なんの問題もないわ。

 さて、あたしも着替えてお風呂行ってこよう!

 ここ、部屋ごとに露天風呂まであるのよ。こっちは後でゆっくり入るとして、まずは大浴場。そんで風呂上がりにはマッサージチェアとコーヒー牛乳よ!


 旅っていいなあ。

 居心地のいい部屋に戻って、ひとり外を眺めてると日常を忘れる。

 ぽけーっとしてたらスマホがブーブー文句を言った。

 うっさいわよ、蓮。せっかく旅の非日常感に浸ってるのに。


「つかさ、起きてるか?」

「起きてるよー。いくらツーリング初日でもそんな疲れてないよ」

「そっか、飯こっちに持ってきてもらったから……」

「今行く」


 蓮の言葉にかぶるように返事をして切ると、あたしは隣の部屋へ向かった。

 座卓の上に幸せが乗っている。

 まじかー、これ食べていいのかー。いただきまーす!

 お造り、焼き物、冷やし鉢、揚げ物。椀物とご飯に香の物、水菓子。それと幸せ。

 勇治さんは写真とか撮ってるけど切り上げて食べようよ。温かい物は温かいうちに食べないともったいないよ?


「プライバシーを守る環境と料理で選びましたから、今後も宿は期待していただいていいですよ」


 ありがとうラウールさん。たいへん美味しくいただいております。

 ちょんもりと綺麗に盛り付けられた酒菜さかなの一つずつが美味しい。これはお酒がすすみますわよ。


 お? 眞生さんはナイフとフォークじゃないんだ。箸の扱いがすんごく美しい。なんでもできる人なんだろうなあ。やっぱり王たるものこうでなくちゃよ! これは見習わないと。

 食べ方もきれいだな、なんて思いながらパカッと口を開けて焼き魚を放り込む。


 美味しいーー!

 見た目が綺麗で食べるのがもったいない、なんて言わないわ。最後のデザートまで食べるの楽しい。幸せ。

 カロリー? 大丈夫大丈夫、動けば減るのがカロリーよ!

 料理は味を見て決めたって言ってたなあ、さすが異世界の神シェフ。あちこちの宿で味見したのかな。


「いえ、そうではありません」


 じゃあ、どうやって?

 聞いたら企業秘密ですと返された。そう言われると余計に知りたいような知りたくないような。


「趣味に魔力の無駄遣いをするなよ」

「無駄遣いとは失礼ですね。実益をかねて研究研鑽けんさんを重ねているのですから無駄ではありませんよ」


 蓮に突っ込まれてもラウールさんは軽く受け流す。

 魔力の無駄遣い? なに? 魔法で料理研究してるの?

 むうう、【魔眼解析サーチ】ピピピピッ! なんてね……なんかホントにやってそうな気がしてきた。

 ほどほどにしとけよと言うと、コホンと咳払いをして蓮は話を切り出す。


「状況を整理したいから話を聞いてもらえるか。最初から話した方がわかりやすいと思うから、ちょっと長くなるけど」


 皆の目が蓮に集まる。

 あたしも湯呑みを茶托に戻した。


「俺達の世界にいるドラゴンは基本的に交通手段として使われてる。だが、誰でも乗れるわけじゃない。ドラゴンと人間は互いの守り手だから」


 話し始めた蓮。

 気持ちがあの黒いドラゴンに向かってるんだろうな。すごく愛おしそうな顔で話すのが少しだけ悔しい。


「俺達は生まれた時に騎竜としての契約を交わす。そして、一度結ばれた契約は死ぬまで解消されない」


 うう、ドラゴンにやきもちとか我ながらないわ。


「わりとよくあることなんだけど、こっちが契約を持ちかけても相性が合わないと拒否される。ドラゴンが乗り手を選ぶんだ」

「ドラゴンの研究も進んでいるのです。最近は幼体が見つかったとの報告もあったんですよ」


 ラウールさんが話してくれた。

 無意識にとがらせてた口を笑いの形に戻す。

 ずっと蓮と一緒にいるニーズヘッグが、ほんのちょっと羨ましかっただけだからねっ。


「大雑把で悪いけど、俺達と騎竜の関係をわかってもらえればと思う」


 蓮は言葉を続けて皆を見回したけど、あたしのところで視線を止めてちょっと笑った。

 待って、もうちょっとミニドラゴンを堪能させて。


「乗り手と切り離せない関係ってことか。なるほどねえ……」


 勇治さんがそれは面白い、と身を乗り出した。


「俺らの世界と違って敵対種じゃねえんだな」


 へえ、蓮と勇治さんのとこって全然違うのね。


「基本的に騎乗のためのもので戦闘用ではないんだ。力は強いから爪や牙は気をつけないといけないけど」


 勇治さんの目があたしを向く。


「俺はここの、つかさちゃんとこの世界も興味深えよ。そもそも幻獣種が存在しねえのに想像の中にはいるんだろ?」


 あたしは想像上の生き物が実際にいるんだ! って驚いたけど、逆の見方をされるのは新鮮。なんだかこの世界が変わって見える。


「まあ、契約したからってすぐに乗れるわけじゃない。ちゃんと訓練しないといけないし、そもそも人間そんなすぐに大きくなれないだろ」


 蓮はひと呼吸おいて、ここからが本題だと言った。


「俺も騎竜訓練を始める時、聖樹ユグドラシルの根元に住んでたニーズヘッグのところに初めて行ったんだ。子どもの時のことで記憶が曖昧なんだが、そこで刀箱っぽいものを見た、と思う」

「その件で私は聖樹様の里で話を聞いて参りました」


 どきどきしてきちゃった。聖樹様はユグドラシルっていうのね。

 その女神様を祀ってる里なんだ。空を覆い尽くす大きな緑。清涼で神秘的な気配のする感じ。きっと神官や巫女さん達が静かに暮らすところなのよ。


「聖剣、彼方の世界より来たりて国を平らけく成す。彼のつるぎ神社かむやしろ奉献ほうけんされ世の尊崇そんすうを受けん。しこうして後、姿をくらます。或る時聖樹の元、人の子の参りし折り『いかづちの力持つつるぎ奉らん』とてを納むる。その姿、彼の剣と同じ。世の者、其を聖剣とて崇めん」


 ラウールさんの話は……神話? 妄想の中に流れ込んできたお話で、より美しい女神様があたしの神秘空間に誕生した。はあ、素敵。

 ん? あれ? 剣が国を平定するとか移動するとかって、なんだかどっかで似たような話聞いたような……


「ざっとですが聖剣にまつわる話です。国を平定し奉納されたものの、一時、所在不明になり戻って来たということですね」


 思い出した。確か鹿島神宮の武甕槌命の神話だ。

 蓮はラウールさんに頷いて話を続けた。


「この世界と俺の世界は神社とか聖域とか、そういう場所がリンクするんじゃないかと思う。鹿島神宮と聖樹の位置もほぼ重なる。そこに布都御魂っていう神剣があるってことは、俺が子どもの時に見たのは聖剣ってやつかもしれないんだ」

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