出会ったのは神様でした

 筋肉質の日焼けした肌。目の前に立つ男の人は偉丈夫っていう古い言葉がしっくりくる。口角を上げた口元からこぼれる白い歯が眩しい。声があちこちで響くように感じるのが不思議。

 ん? 人が……拝殿の周りを歩いたり写真を撮ったりしてた人達はどこへ行っちゃったの?


「おっ、気づいたか嬢ちゃん」


 なにこれ? 声にまとわりつかれているみたいでちょっと怖い。

 気づいたら蓮にしがみついていた。


「俺が武甕槌たけみかづちだ。今、お前達は俺の結界の中にいる。まあ、お前達が言うところの異世界ってやつだとでも思ってくれたらいい」

「じゃあ、あなたも」


 ハッとしたように蓮が顔を上げる。


「ああ。他からも聞いているし、大体の話は追えている。応援してるからな」


 武甕槌命はニヤリと笑って答えた。

 神様が応援してくれるのか。なんの応援かは知らないけど、この頼れるお兄さんって雰囲気は心強い。

 改めて蓮に向かった武甕槌命は、今度は真面目な声で言った。


「お前、布都御魂剣ふつのみたまについて知りたいんだろう」

「はい、ご存じのことを教えていただきたくて」

「宝物殿に置かれてるのは俺が使った物じゃない。まあ、偽物でもないんだがな」


 言ってることがよくわかんないなあ。宝物殿に置かれてるっていうのは、あのでっかい剣のことだよね?


「布都御魂剣って言われてるのは数本ある。今ここにあるのは石上いそかみから鹿島に移ったやつ。俺が使った石上のやつ。刀をしたいと言ってたやつは将軍だったか水戸の藩主だったか……」


 そう言って武甕槌命はニヤリと笑った。


「そもそも名前からしてものすごく斬れる剣っていう意味だ。世情不安定な時代にそういう刀剣を守り刀にしたい気持ちはわかるだろう? 悪を断ちきりたいのだ、増えもする」

「他で見つかってもおかしくないですか?」

「この結界内から所在を認識できなくなったものもあったからな」

「ありがとうございました。聖樹様の元で確認します」

「おう。俺の本体はここから動くわけにはいかぬが無事を祈ってるぞ」


 そう言って武甕槌命は消えていく。

 消え際になって不意にあたしに向かって片目をつむってみせた。


「俺達は基本的に人間のやることには干渉しない。が、嬢ちゃんは気に入った。褒美に俺の加護を与える」

「あ、ありがとうございます」


 あたしなんにもしてないんだけどな。でも、なんかくれるっていうならねえ、いただけるものはいただいておこう。

 ぐっどらっく、なんて言いながら手を振って消えていく武甕槌命につられて、あたしも手を振り返した。


「ま、気休め程度だが、ないよりマシだろう」


 こっそり呟いたつもりだろうけど聞こえたぞー。せっかく加護とかくれたのに気休めなのかあ。

 っていうかグッドラックって。神様って現代に合わせるものなの?

 なんて考えてて、ふと気がついたのよ。

 あたし神様相手にうっかりバイバイなんて手振っちゃってたよ。失礼なことしたら加護チャラね、なんてされない?


「加護とかいうやつ、無礼者からはお取り上げよね」


 急に聞こえてきた周りの雑踏の中、あたしは肩を落とした。


「なに江戸時代みたいなセリフ言ってんだよ」

「だってさっき言ってたやつさあ……」


 ぶちぶちと愚痴る少しあたしは、蓮になだめられながら鹿島神宮を後にした。

 ちょうどインカムのスイッチを入れたところでラウールさんから通話が入る。


《蓮様、今よろしいでしょうか》

《どうした》

《聖樹様の里の里長さとおさと話したのですが間違いないようです》

《こっちもだ。他で見つかってもおかしくないってさ》


 なん、ですと?

 聖樹様の里ですってえ!? そこ、あたしも行けるかなあ。きっと緑豊かできれいな所なんだろうと思うの。樹の精って、なんだっけ……ドライアド? そういうのもいるのかな。


《聖樹の根元に埋まっているとしたら、掘り返さないといけませんね》

《根が抱えていたような気がするんだよなあ……現地に行くのは明日だな》


 掘り返す? ちょっと! あたしの美しいドライアド様の妄想を返してよ。

 つなぎとスコップのイメージしか残らなくなっちゃったじゃない。あああ、さっきまで裾をひく長いドレス着てたのに、ヘルメットに作業着のドライアド様が現場指揮始めちゃったじゃないの。


《とりあえず予定の宿に向かう。お前もこっちに来てくれ》

《わかりました。途中なにかあればご連絡します》


 ラウールさんの通話は切れた。


「よし行くぞ……って、なんでそんな顔してんだよ」

「ほっといて。筋肉消すのに忙しいのよ!」


 なんとか女神様は優雅な姿を取り戻す。やっぱりこうでなくっちゃ。

 あたしが妄想修正してる間に蓮は勇治さんとも連絡を取ったみたいで、このまままっすぐ宿へ向かうことになった。

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