勇者様の旅にご一緒させていただきます
はじめまして異世界の勇者と魔王です
遅いなあ……
残っていた試験とレポートをクリアし、一足先に夏休みになったあたしは、最後の試験を終わらせたはずの蓮を待っていた。
今日はツーリングに同行するメンバーの顔合わせをするって言ってたんだけどな。
あたしは先方の指定って言ってたファミリーレストランでドリンク片手に待ちぼうけよ。
ってか時間までは、あと五分あるし遅刻じゃないんだけど。蓮と待ち合わせだからって、あたしが早く来すぎたのよね。
頬杖をついて周りを見る。夏休みに突入しているせいか、待ち合わせに使う人も多いみたい。
少し離れた所から楽しそうな明るい声が聞こえてくる。これからカラオケかあ、女子高生は元気だな。ほんのちょっと前には、あたしもあの立ち位置にいたはずなんだけど、なんだか眩しいや。
ふぅ、ちょっとお手洗い行っとこうっと。
立ち上がって化粧室に向かうと女の子達が賑やかな理由がわかった。
日焼けと無縁そうな白い肌、切れ長の目元、長い黒髪。少し酷薄そうな薄い唇。人を寄せ付けなさそうな雰囲気だけど。
目が離せないよねえ、わかるわあ。おまけに真顔でパフェとか食べてるんだもん。
もう一人は茶髪でくっきりした目鼻立ち。チャラいよりはワイルドな感じがするのは目の力が強いからかな。ストレートにかっこいい人だ。
うん、こんなイケメンが二人も近くの席にいたら、そりゃ賑やかにもなるってもんよ。
……おっと、待ちなさい荻野つかさ。妄想は封印するのよ、帰ってこられなくなる。
でも不思議な組み合わせではあるわね。
席に戻ると、やっと見慣れたバイクが駐車場に入ってくるのが見えた。バイクを停めてヘルメットを脱ぐ。あ、やっぱり当たり。
蓮は店の中のあたしを見つけて、ごめんと片手で拝んだ。あたしは睨む振りをして手を振り返す。
入口のドアが、カランとベルを鳴らした。
蓮はいらっしゃいませと声をかける店員に、待ち合わせだからと断りを入れて店内を見渡す。あれ? なんでこっち来ないの?
「すみません、お待たせしました」
離れたところから蓮の声が聞こえる。その席って……
「待ち合わせの人、来たんですね」
「そっちの人も一緒にカラオケ行きませんかあ」
立ち上がろうとした二人に、すかさず女の子達が声をかけている。
「悪いね、さっきも言ったけど俺ら大事な用があるから行けないんだよ」
さすがだ女子高生、絡みにくそうなあの二人に一度は声かけてたんだ。そのバイタリティは見習わなきゃいけないかも。
一緒には行けないと言われても食い下がろうとした彼女達に、黒髪の人は魔王のようなセリフを浴びせた。
「行かぬと言っておろう。用があるのは貴様らではない」
ひょえええ……
一瞬にして店内が凍りついた。周りのお客さん達も顔が
も、もうちょっと優しめに言ってあげてもいいんじゃ……ない、かな。
凍った空気の中をごめんねと彼女達に謝りながら、蓮はあたしの席に向かってきた。ってことは、あの人達なの⁉
うわっ、背高っ! 足長っ! 黒髪の人はモデルって言われても納得の体型だわ。目立つことこの上ない。
「おまたせ、遅くなってごめんな」
「ううん、いいの。で、申し訳ないんだけど早目に座ってもらってもいいかな」
あたしは小さくなりながらそう言った。
「じゃあ、改めましてよろしくお願いします」
蓮がそう言うと茶髪の人はニカッと笑った。笑うとなんだか可愛い。さっきのかっこいいって感じと全然違う。
「俺は市川蓮といいます。こっちが荻野つかさです」
「はじめまして、荻野つかさです。よろしくお願いします」
「つかさちゃんね、よろしくお願いします」
「で、こちらが……そのぅ……」
蓮が言いよどむ。
「はじめまして。
「え?」
え? って蓮、あんた知らんかったんかい! テーブルの下でこづくと、しょうがねえだろとかなんとか、もごもご返してくる。ねえ、名前も知らない人と一緒に行くの? ホントに大丈夫?
「名前ないと不便だろ。適当につけたからこっちの世界ではこれで呼んでくれ」
適当に……つけた?
「あれ? 俺らのこと、話してないの?」
「はあ」
どゆこと?
「つかさちゃん、市川蓮君は君から見ると異世界人なんだよね?」
なんでそんなこと知ってるのよ。一瞬、肯定していいのか迷ったけど。
「……はい」
「俺らもさらに別の異世界人」
は?
えーっと、あたしのいるここの世界と、蓮の世界と、この二人の世界はまた別?
「そ! よくできました」
あーそうなんだー。理解した。うん、もう完璧に理解したよ。
……どゆこと?
「異世界ってのは、君の住む世界のすぐ隣にあるんだよ、つかさちゃん。君の目の前にいるのは、とある異世界の魔王と勇者」
ああ、だから! 黒木眞生って黒き魔王か! うわあ、なんのひねりもなくわかりやすい。じゃ折原勇治って……おりは……んん? 俺は勇者か! 名付け下手くそか。もう少しひねってもいいんじゃないかなっ?
なるほど、全然わからん!
「つかさ?」
張りついた笑顔を蓮に向ける。なにかな? 市川蓮君。
「この二人とは商売上の付き合いなんだ。うちの野菜や果物を買ってもらってる」
そんなに引きつった顔しなくていいのよ、市川蓮君。
っていうか、全然わかんないけどそういう関係性なら理解しやすい。とりあえずこの二人は取引先でインプットしよう。
「あ! すみません。大丈夫です。折原さんと黒木さんですね、どうぞよろしくお願いします」
「勇治と眞生でいいよ。よろしくな」
「はい。勇治さん、眞生さんよろしくお願いします」
ほっとしたように蓮は勇治さんと話し始める。
「早速ですけど、ざっと移動プランをお話したいんですがいいですか」
「ああ」
ここからは勇治さんと蓮の顔がちょっと変わった。
「あんたがリーダーなんだから合わせるよ。俺らのことは気にすんな」
「俺達二人はこっちで移動しますけど、向こうの世界を魔法使いが偵察しながら移動します」
「一人でいいのか」
「動き始めたんじゃないかっていう情報しかないし、ゴブリンが攻めてきて以来、全然動きがないし。だから、ちょくちょく向こうと連絡を取りながら行こうかと思ってます」
さすが取引先の方、てきぱき情報共有するとこは安心できる。
「こいつのバイクまだそんなに走ってないし、できれば下道を行きたいんですよ。高速道路は余程のことがない限り使わないつもりです」
「わかった。あんたが
「……そうですね」
「つかさちゃんはどう? 俺らとじゃ嫌かな」
勇治さんがあたしの顔をのぞき込む。
この人達と、か。慣れたら多分平気だと思うんだけど。ほんとは初対面の人って苦手なんだよね。それに本来あたしはおまけなんだから。
「連れて行ってもらえるだけでありがたいです。あたしにできるのは留守番くらいしかないので」
そう言ったあたしに勇治さんはニマッと笑った。なんか悪戯小僧がなにか企んでるみたいな顔。
「そか、じゃあ俺は待機中のプランを練ってみるわ」
「よろしくお願いします」
あたしだって留守番くらいできるよ。せめて足でまといにならないようにしないとね。
蓮は蓮で心配そうにこっちを見てたけど、ため息をひとつついてからは吹っ切ったようにまた話し出した。
なに? そんなにあたしが心配? そこまで人見知りじゃないわよ。
「一日、百〜二百キロ程度の移動で考えてますけどいいですか?」
「一週間から十日くらいでって計算だな」
「はい。異常がなければそのまま進みますので 、早くなることもあると思います」
「わかった」
「ざっくりした計画で申し訳ないんですけど」
「いや、俺の時よりよっぽどちゃんとした計画立ててるよ。ま、こういうのは出たとこ勝負だから。こっちを移動する間は楽しんでいこうぜ」
勇治さんの言う通りこっちの移動は楽しんでいけるようにしよう。蓮は心配や不安の方が多いんだろうし、せめてこっちにいる時はね。
なにより初めて蓮と一緒に行くんだもん。いつもの近くへ行くだけじゃなくて、本格的に遠出をするんだから。
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