満天の星とホットミルク

「こんなものしか、ご用意できなくて」


 ラウールさんはそんな風に言ったけど、ものすごい謙遜だわ。野菜がゴロゴロ入ったスープはほんとに美味しかった。煮込まれた野菜の味が濃い。素材の旨味がこれでもかってくらいに出てるの。調味料はシンプルなものだけど、分量のバランスとかがいいんだろうなあ。聞けば、蓮たちのいる村では定番のメインメニューらしい。


 それに村になにかあった時は、残った人達が総出で炊き出しをするんだそうだ。お肉だけ、とかじゃなくてビタミンやミネラル類まで取ろうっていう考えになるのってすごいよね。

 この後ここを警戒するために残る人もいるって言ってたから、その人達のためにもいい食事だと思う。


 お腹いっぱいになってやっと人心地ついた。やっぱりご飯は大事だなあ。

 ごちそうさまでした。

 とはいえ皆の雰囲気は固い。

 ちょっとあたしを見て申し訳なさそうに目礼したラウールさんが、今回の件ですが、と蓮に切り出した。


「他の地域からも連絡が来ています。どこも今までより魔物の活動が活発化していて、多勢で襲いかかってくる、頻度が高いなど、ここ一、二週間ほどの状況はどこも似たようなもののようです」


 それを聞いた蓮は首をかしげる。


「ゴブリンがテリトリーから出てくることはそんなになかったよな。自給自足できるならこっちに攻めてくる理由はないし、追い払えばそれで済んでただろう」

「そうですね、魔物はそもそも魔素のこごったものですし、自我があってもそれほど強固なものではなかったはずです」


 へえ、魔物の定住してる場所もあるのか。緊張する中だけど、こういう話は興味深い。


「にしても、あの指揮官は尋常じゃなかった。あれほど明確に敵として襲ってくる理由は何だったんだろう」


 確かに気になるとこだよね。あのギラギラした目の光はぞっとしたもの。


「これは調べた方がいいな」


 調査を頼む、とラウールさんに言って蓮は話を続けた。


「とにかく交易路の安全確保は重要だ。それを最優先にしよう。トゥロは人選を。早朝に交代。なにかあれば連絡は光弾を撃て」

「ははっ」

「ラウールは柵の補強用資材の調達と運搬、午前中には手配を終えたいが……」

「お任せを」

「では、そのように。他の者は撤収する」


 流れるように今後の方針を決めた蓮は、動き始めた二人を見送るとくるりと振り返った。


「つかさ、今日俺んち泊まってくか?」


 ちょっと! こんな人前で何をどストレートなお誘いしてんの!


「お前ここ初めてだろ? よかったら、こういうとこなんだって見てほしくて。なんもないけど明日ちょっと案内するから」


 あ? ああ、そういう! そういうお誘いね! やだ恥ずかしい。ああ、すみません。あたしは汚れた大人ですうぅぅ。


「どした?」

「なんでもない。いいの? 泊めてもらっても」

「おう」


 くっ、いい笑顔じゃねえか……恥ずかしさのあまり燃え尽きそう。

 待っててくれた二頭のドラゴンはあたし達が行くと、くっと首をすり寄せてきた。


『ご主人、大事ないか?』

「ボルドール! ありがと。あんたも大丈夫?」

『うむ、私も『ご飯』をもらった』


 ご飯? ガソリンのこと……じゃないか。


「こいつらの体内でエネルギーに変換調整される丸薬があるんだ」


 蓮が黒いドラゴンの首をなでながら言った。


「え? それって向こうでも使える?」

「いや、この世界限定。ラウールが言うには向こうの世界での魔法効果はまだ限定的なものらしい。研究を続けたらできることも増えるだろうって言ってた」


 なんだ残念。ドラゴンの体はドラゴンってことね。ガソリン代浮くかもなんて期待しちゃった。

 あたし、この世界を受け入れはじめてるね。やっぱりご飯は大事だわ。


「そういえばさ」

「なに?」

「お前、なんでこっちの世界にいるの?」


 それよ。そもそもの疑問だろうけど、あたしもそれを聞きたい。


「わかんないわよ。信号変わって、あんたを追いかけたはずだったのにトンネルみたいなとこ通ったような気がして。そんで気がついたらここ走ってた」

「げ! マジか。じゃあ通路閉じるのが遅れたんだな。っていうか、埋め合わせするから今度なって言ったじゃないか」


 市川蓮君、それカチンときたぞ。


「なによ! そんな言い方するから、もしかしたら浮気でもしてんのか、って追いかけてぶん殴ってやろうって思ったのよ! そしたら急に道の感じが変わって、変だなって思ってたらあんたはコスプレして出てくるし、ってかコスプレじゃなかったし。バイクはドラゴンになっちゃうし、戦ってるあんたはかっこよかったわよ! ふんっ!」


 一気に言い終わって肩でゼーゼー息を吐く。なんか言うだけ言ったらちょっとスッキリした。


「す、すみません」


 蓮の声にラウールさんの声も重なった。

 なんでラウールさんまで一緒に謝るの?


「すみません、ちょっとお声をかけそびれてしまって。立ち聞きしたかったわけではないのですが……通路の開閉は私の役目なんです。今回は巻き込んでしまって申し訳ありませんでした」

「いえ、むしろよかったです。彼、たまに連絡取れなくなることがあって、ツーリングだって言うけど連れてってくれないし、なにやってんのかなって思ってたから」


 言いながら軽く蓮を睨んだ。

 しょげてる蓮を見るラウールさんの目が優しい。ああ、この人も蓮のこと大好きなんだな。いいなあ、こんなお兄さんほしかった。うちのがさつな兄貴どもとは大違いだ。


「そ、それよりラウール、用があったんじゃないのか」

「撤収準備できた隊から炊き出しの皆さんと一緒に出発しますが、よろしいでしょうか」

「ああ。皆に美味かったって伝えてくれ。村に戻るまで守ってやってくれよ」

「はい、もちろんです」


 ラウールさんを見送って蓮はあたしに言った。


「俺達も帰ろう」


 ドラゴンが空へと上っていく。

 地上で燃える篝火がポツポツと街道を照らして村へと続いている。

 見上げれば明るくすら思える満天の星。空に吸い込まれそう。無意識に見慣れた星座を探して、それが見つからないことに驚いた。やっぱり異世界なんだなってまた思い知らされる。


 怖い、な。あたしと世界のつながりなんて、ほんの手違いひとつでなくなってしまう程度のもろいものなんだ。ここは向こうの世界よりも命が濃いような気がする。


「降りるぞ」


 声をかけられて我に返った。


「うん」


 あたし達が降りたのは最初に来た時の、街道に一番近い所にある大きな家。


「ここ?」

「おう」


 中に入って電気をつける。へえ、わりと快適そう。別荘とかこんな感じよね。

 ごそごそと捜し物をしていた蓮はタオルを手に戻ってきて言った。


「とりあえず風呂行ってこいよ。着替えは俺のジャージしかないけどいいか?」

「うん、ありがと」


 わお、お湯張ってくれたんだ。あたしより蓮のほうが疲れてるのに。なんか申し訳ないなあ。

 ああ、でもお湯に浸かってわかる。筋肉がバキバキに文句を言ってるわ。申し訳ないとは思うけど、この気持ちよさには勝てない。


 はああ、さっぱりしたあ。ドライヤーで髪を乾かしながら心地よさに身を委ねる。幸せ。

 やっぱり髪切ってよかったな。すぐ乾くし楽……ドライヤー?

 待って、待って待って。ここ異世界なんだよね? よく考えたら家入ってすぐ電気のスイッチ入れたよね? あああ! そもそも何? ユニットバス?


「蓮!」

「おう、すっきりしたか」

「あ、うん。気持ちよかった……じゃなくて!」


 なんで向こうの世界と同じなの? ここ異世界じゃないの?


「ああ、それか。便利だろ」


 ドライヤー片手のあたしを見てサラッと言った。

 要はそれぞれ水、火、風、電気とか、そういうものに特化した魔法回路を生活用品に組み込んでいるんだそうだ。


「コンセントとかスイッチの型に回路を組み込んだのは画期的だったよ。それまでは詠唱で起動だったし、魔力ないやつは使えないとか不便でさ」

「はあ……」

「だから向こうのもの、ほとんど使える」


 なにそれ。さっき向こうの世界とつながりが切れそうで怖い、なんてシリアスに悩んでたあたしを返して。


「俺も風呂入ってくるわ、これ飲んで待ってろよ」


 渡されたホットミルクを手に脱力感がハンパない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る