戦いすんで日が暮れて
いつまでも明るいと思っていた空はだんだん暗さを増していて、うっすらと星が見えてきた。蓮はさっきみたいな光の玉を空に打ち上げる。今度は明るい光が薄暗がりを照らし出した。
「柵の補強が優先だ。深追いせずに戻れ」
蓮はゴブリンを追っている人達に声をかけ、柵の補修状況を確認しながらあたしを連れて戻っていく。
あたし達が地上に降りると大勢の人が迎えてくれた。っていうより蓮を出迎えた。
傷を心配そうに見る人。剣やら篭手やら装備を外すと何も言わずに受け取る人。紅潮した顔で頭を下げる人。蓮は、その人達に軽く手を上げて歩いていく。
うわぁ、勇者っぽい。異世界ファンタジーだわ。
「勇者様、ありがとうございました」
あ、勇者だったっけ。
大きな体のトゥロさんと、長い銀髪のラウールさんがそろって頭を下げた。
「つかさ様もありがとうございました」
「いえ、あたしはなにも。それより蓮の治療を……」
「はい、わかっております」
ラウールさんが目配せすると、横に控えていたその人は蓮の額に手を当てた。手のひらがほわんと明るく輝く。
うわあ、うわあうわあ! すごい! これ魔法だ! 顔の半分を染めていた赤黒い血の後はまだ少し残ってるけど傷はなくなってる。ニコルさんの言ってた治癒魔法ってのがこれなのね。
「ありがとう」
蓮が言うと、ラウールさんは生真面目な顔でまた頭を下げた。
「さすがに今回は魔力を使いすぎました。肝心の時に役に立てないなど、あってはならないことでした」
「一人で気張る必要はない」
ぶっきらぼうに言った蓮の顔は血の痕だけじゃなく赤い。
「お前はよくやってくれてるよ」
なんか照れながらお兄さんと話してるみたいな雰囲気。
できるお兄さんだけど立場は下なんだ。やんちゃな弟が成長して一緒に仕事をするはずが、誰かを助けようとして必要な魔力を使っちゃうのよ。仕事は片付くけどお兄さんは力不足で。それでも弟はお兄さんに対する信頼があるから、逆にいつも助けてくれてありがとう、なんて言っちゃう……って、あたしは何を考えてるんだ。いけない、その先の妄想は……
「つかさ」
「はいっ⁉」
思考をぶった切られる。
蓮が半目になりながら顔を近づけてきた。
「お前、なんか変な妄想とかしてないよな」
「な、なななんのこと?」
思わず目をそらしてしまう。
あたしだって自重するとこはします。やだ、ちょっとそんなに見つめないでよ。あ、あたしが可愛いのはわかりゅけど? うげ、かんだ……
ぐるるるるぎゅぎゅうぎゅるるうううぅぅぅ
あたしのお腹! なんで今鳴るかなあ!
「ああ、そういや腹減ったな」
思い出したように言った蓮に無言で一発叩き込む。
「うぐぉっ! お、お前何すんだよ」
「デリカシーなさすぎ!」
「なんだよ、お前だって腹減っただろ?」
「もうっ! 知らない!」
ぷんっと頬を膨らますあたしとお腹を押さえる蓮の間で、まあまあと周りの人達が笑った。
確かにお腹は空いたけど、そこはさりげなくスルーしてほしかった。これじゃ、ただの食いしん坊みたいじゃない。
あたし達を見てラウールさんが言った。
「いろいろ報告もあります。お疲れでしょうし、少し休まれませんか」
それに賛成とばかりに、またあたしのお腹がぐうっと鳴った。
やだもう……恥ずかしくて泣きそう。
さあさあ、と促され歩き出す。
子どもっぽいのはわかってるけど、拗ねて頬を膨らませてそっぽを向いて歩いていく。ちらっと横目で蓮を見ると、お腹をさすっててちょっと反省。
あたしの視線に気づいたのか、こっちを見てニッと笑って。頭の上に蓮のあったかい手が下りた。
あ……
足が止まる。
手のあったかさにほっとして、あたしはこの心地をずいぶんと待ってたんだな、ってことに気がついた。くたりと崩れ落ちそうに足の力が抜ける。ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
蓮は驚いたみたいだけど何も言わずに抱きとめてくれた。
空から見たきれいな景色。ドラゴンの笑った顔。蠢く魔物の群れ。走る馬上の人。怪我をした腕。倒れ込む蓮。知らない顔といつもの顔で笑いかけてくる。
フラッシュバックする記憶にあたしの好奇心と恐怖心が交互に顔を出す。
あたしの涙が落ちてこなくなるまで、蓮はずっとあたしの頭を撫でていてくれた。
「ごめん」
蓮は小さく言った。
「……うん」
「ごめんな、いろいろありすぎて頭追いつかないよな。いきなりこんなとこ来ちまったんだし」
「そう、ね」
ふふっ、そうだなあ。自分の彼氏に「異世界で勇者やってます」って、言われることなんてないもん。
「言えないだろ、勇者やってますとか魔物退治してますとか。こっちじゃ普通でもあっちじゃこじらせ全開じゃないか」
蓮があまり自分のことを言いたがらなかったのは結局これよね。
実家はどこ? 帰国子女ってどこの国から? って聞いてもはぐらかされたもんなあ。
「確かに向こうに魔物はいないからねえ。でもさ、あたしは言ってほしかったな」
「そうか?」
「多分それを聞いても、あたしは蓮を嫌いにはならなかったよ」
冗談でしょ、って言いながら、いつか連れてって、ってきっと言ったと思う。
あたしを抱きしめる腕に力がこもる。やだもう、苦しいよ。
「黙っててごめんな、ありがとう。そう言ってくれると嬉しい」
蓮の安心したような優しい声を耳元で聞く。胸にことんと頭を落として心地よい弾力に身を任せる。
覚えてる? と、あたしは蓮に体を預けて言った。
「あたしが蓮を初めて見たのは、さっきみたいな甲冑姿だったんだよ? 写真撮らせてってお願いしたのこっちだったじゃない」
「うん」
「だから、そういう姿を見るのは大丈夫。むしろ美味しいです」
「うん?」
なんでもない。
「この世界を理解するにはまだまだかかるだろうけど、もっと知りたいなって思うよ」
あたしは蓮を見上げた。まっすぐにこっちを見てる蓮と目が合ってちょっと恥ずかしくなる。でも、これだけは言いたい。あたしはうつむけてしまった顔をもう一度上げる。
「あたしが好きになったのはあんた自身なの。あたしは、あんたが何者でも好きだよ」
キスがひとつ降ってきた。
「うん……」
さっきから、うん、だけじゃない。
あたしは笑みの形に作られた自分の唇に触れた。熱い。思ってた以上の熱に余計ドキドキする。
「ええと、飯……支度できたみたいだぞ。そろそろ行こう」
照れて視線を逸らす蓮。
「もう! 雰囲気台無し」
多分、あたしの顔も真っ赤になってるんだろう。
あたし達は互いの手の熱さを感じながら歩き出した。
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