憑きものトリガー

「蓮! 聞こえる? 蓮!」


 ドラゴンの上で倒れていた蓮がピクリと動いた。


「聞こえたら少しだけ手を上げて。急に起きなくていいから!」

「うるさいぞ」


 唸るような声が聞こえた。よかった。

 ゆらりと蓮が体を起こす。額の辺りが切れたんだろう、顔の半分が真っ赤だ。


「蓮、大丈夫?」

「ああ、避けきれなかったけど、それほど強く当たったわけじゃない」

「これ使って」


 いつも身につけているポーチから薄手のタオルを取り出して渡す。


「ごめん、そんなのしかなくて。傷口強めに押さえて」


 とにかく血を止めないと。


「つかさ」

「うん?」

「お前、なんでここにいるの」


 あれ? そういえば、なんであたしここにいるの? 気がつくと蓮の傍にいた。いつの間にドラゴンに乗ったんだろう。


「ごめん、わかんない。倒れたのが見えて気づいたらここにいた」

「お前なあ……ありがとな。けど、すぐ戻れ」

「うん、ちゃんと向こうで待ってるから」


 その時ヒュッと矢が上空に向かってきた。どう考えても下に落ちるだけだから、空にいるあたし達に矢を射ても無駄になると思うんだけどな。

 ほらやっぱり矢は途中で失速して地上に落ちていく。


 すごいのは気づかないうちに二頭のドラゴンが高度を上げてくれてたこと。乗り手を守るって言ってたの、こういうことなんだと思う。自分で判断してくれるとかすごすぎる。あたしがそのことに感動してると、また矢が飛んできた。

 これも途中で失速するだろうと思ってたら、その中の一本がボルドールに当たった。


「なっ⁉」

「くそ、強弓か。そんなのも持ってたのか」


 蓮が地上を睨む。

 ボルドールが慌てたように言った。


『ご主人には当たっていないし、私にはちょっと触っただけだ』


 なに言ってんの? そんな言い訳みたいなことを言う意味がわかんない。あんたが怪我したのよ? 目の前がグルグル回る。この子を傷つけるなんて許せない。頭の中がすうっと冷えていく。

 怒りで。


「つかさ? おい、大丈夫か? つかさ!」

「……許さん」

「あ、やべ」


 大丈夫なわけないでしょ! この子に矢が当たったのよ⁉ あたしの大事なこの子に傷一つつけても容赦しないわ! 絶対に許さんぞおっ‼

 ぎちぎちと拳を握りしめる。


「ダメだ、聞こえてない」


 タオルを頭に巻いて蓮はため息をついた。

 なに脱力してんのよ! ああ、このゴブリンどもめ! もうどうしてくれようか。


『蓮殿、これはどうしたらよいのか』

「ボルドールか……ダメだ、こうなったら止められない。嵐が過ぎるまで待つしかない」

『わかった』

「本当にお前が大事なんだな。俺より愛されてんじゃないのか」

『やけるのか?』

「うるせえ! これ静めるのが大変だぞ。ボルドール頼む。つかさを守れ」

『まかせてくれ』


 怒りの目をゴブリンに向けるあたしの後ろで、なんだか知らないけど蓮とボルドールの声がする。なにか問題でも?

 蓮はため息と苦笑いをごちゃまぜにしてあたしに言った。


「おい、つかさ。聞こえてるか」

「ゴブリン共を殲滅する作戦なら聞こう」

「どこの魔王だよ……奴らの親玉を見つけたんだが、周りにいるゴブリンの数が多すぎる。奴らの陣を斜めに突っ切って注意を引いてくれ」


 あたしは顔を上げニヤリと笑う。

 それを見た蓮の顔が若干引きつっているように見えたのは気のせいだろう。


「ふっふっふ……我、推参なり! 行くぞボルドール、お前の最速を奴らに見せつけてやるがいい」


 あたしが言うなりボルドールは降下を始めた。ものすごい勢いで大地が迫ってくる。


「吼えろボルドール!」


 コオォォォォ‼ っと甲高い咆哮を引きながらゴブリン達の頭上を横切っていく。


「いきなりかよ。ニーズヘッグ、遅れるな」


 蓮の言葉に弾かれたように黒いドラゴンが飛び出した。投擲された槍のように一直線にゴブリン達の指揮官へ向かっていく。

 急角度で旋回したボルドールがもう一度突っ込む。ゴブリンの頭が左右に揺れる。風に翻弄される草原のようだ。


 その中にひとつ動かないものがある。身の丈に合わない大きな剣を持つそいつは目の光が尋常じゃない。あんなやつがあたしのボルドールを傷つけたっての⁉


「ぅぉおおお!」


 蓮はそいつめがけて剣を振り抜いた。

 地上で剣を振るのと空から振り下ろすのでは、どうしたって空からの方が威力が勝る。視界の隅で血飛沫に混じった丸い塊が飛んでいく。


 フッ……勇者の力、思い知ったか。これでやつらも烏合の衆よ。

 蓮は剣から滴る血を振るい、まだやるかと警戒を解かない。牽制しながら、続けて花火みたいな光の玉を打ち上げた。ポポーンと弾けたその光に響めく声が柵のほうから返ってくる。


 あれは多分、指揮官を討ったことの合図だ。

 足並みの乱れ始めたゴブリン達を、柵の向こう側から押し返していく。その間にボルドールはあたしを空の高いところまで運んでいってくれた。


「ねえ、あんたの敵も取れたよね」


 あたしは赤いドラゴンの首をぽんぽん叩く。


『ありがとう、ご主人』


 その声には苦笑が混じってたような気がしないでもない。

 低空から蓮の声がする。


「お前達の指揮官は討ち取ったぞ! そろそろ降参しろ」


 蓮の言葉でゴブリン達が戸惑う。まだ戦おうとする者と逃げようとする者の間で押し合いが始まった。混乱する戦場は徐々にこちらの兵が押していく。やがてゴブリン達は我先にと逃げ出した。

 蓮は旋回しながら上昇してきて二頭のドラゴンが向き合った。


「憑きものは落ちたか」


 憑きもの? なにそれ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る