ドラゴンライド
ど、どうすればいいの? ってこれ乗るのよね。あ、トラックじゃなくて馬みたいな気持ちで対すればよろしい?
恐る恐る近づいてそっと手を差し出すと、赤いドラゴンは目を細めて笑った。
笑った⁉ えっ、笑った? 笑ったのがわかる。それもすごく嬉しそうに。
なんだろう、すごく愛おしい。バイクを手入れしてる時に感じる大事にしたい、きれいに手入れしてあげたいっていう気持ちにも近い。
そっと触れてみた。
少しひんやりして思ったよりも柔らかい。鱗ってもっと固いのかと思ってた。なんだろう、あたしの子だもん、愛おしいのは当たり前だよねって。そんな気持ちがわいてくる。
これ……本物だよねえ? 触っておいて本物ってなんだ、って話なんだけどさ。赤い鱗のひとつひとつが、もっと深みのある赤に縁取られて本当にきれい。うっとり見つめていたらククウっと甘えるような鳴き声が聞こえた。
『ご主人、私も会えて嬉しい。いつも大切にしてくれて感謝している』
喋った? え、なに? この子が喋ったの⁉ ご主人って、あたし? うわあ、感激! って、いつも?
「え? もしかしてホントにあたしのバイク?」
『うむ。最初、緊張し過ぎてキーが差し込めなかったり、弾いた小石に説教したりしていたのを知っている』
そのこっぱずかしいエピソードをご存じとは。確かにあたしのバイクでしかあり得ない。
鳴き声なのに文章になって頭の中に入ってくる。
「ははっ! もう夢でもなんでもいいや。会えてよかった、話せて嬉しいよ! あたしのボルドール」
『ありがとう、ご主人』
ここが異世界だっていうのも、蓮が勇者だっていうのも、魔法があるっていうのも信じてもいい。例えばこれが壮大なドッキリだったとして、それに騙されてもいい。
そんな風に思ってしまうくらい、このドラゴンに話しかけられたのは衝撃的で。そして、嬉しかった。
「準備できたみたいだから出発するぞ」
蓮が黒いドラゴンの頬を軽く叩きながら言った。
「わかった」
あたしはうなずく。赤いドラゴンによろしくねと同じように頬を叩く。
荷物を括りつけた前部分、首元に近いところに、見た目は分厚い毛布みたいなものがベルトでたすき掛けに固定されている。その座面の部分からもう一本ベルトが伸びているのは安全のために腰に掛けるんだそうだ。
「基本的にはバイク乗るのと要領は同じだ」
「この腰のベルトって」
「そう、要はシートベルト。ドラゴン自身が乗り手を守るから保険みたいなもんだけどな」
ないより安心だろと真面目な顔をあたしに向ける。
「後はこいつらにこうしろって言えば、判断して動いてくれる」
「わかった」
なにもわかってないけど、あたしはそう言った。
話してる間に胸当てをつけてもらう。せめてこれと
でも行くって言ったのはあたしだもんな。大きく深呼吸をひとつ。
ドラゴンに跨って手綱を握る。 うう、ちょっと手が震える。怖いんじゃないもん。これはバイクよりちょっと頼りない感じだからだもん。
『ご主人、大丈夫だ。力を抜いて』
「う、うん」
赤いドラゴンがチラリとあたしを見てニッと笑う。
『まるで初めて私に乗った時のようだな』
「うっさいわよ」
「行くぞ!」
蓮のその一言を合図に、二頭のドラゴンはトトッと助走をつけフワリと浮き上がる。
勢いよく空へ。
飛んだ!
風が強く吹きつける。思わず目を閉じた。当たり前だけど結構スピードが出るんだ。体の下に感じる筋肉の動き。風を捉える翼の音。
目を開けると広がる真っ青な世界。日を浴びて赤い鱗がきらめく。
眼下の緑。点在する小さな家々。きらきらと陽に反射する川の流れ。こんなにきれいな世界なの……
『ご主人、大丈夫か』
「……うん」
長い道がどこまでも続く。小さな森を抜けると道沿いに柵が立てられている。
ああ、柵を立ててるってことは、守らなきゃいけないってことなんだ。攻めてくるなにかから。
「見えた」
早い。
空から行くってこういうことか。これは確かに地上を行ったらちょっと時間かかりそう。
柵の一部に両側からアリみたいに群がっているのが見える。近づいていくと様子が見えてきた。群れのゴブリンってあれ? 群れっていうより、あれじゃまるで軍隊みたいじゃない。
『ご主人、本当に大丈夫なのか』
頭の中に声が響く。
この子はあたしの気持ちがわかるのかもしれない。ぞわぞわしたこの気持ちを心配してくれたんだろう。
武器を振り回して柵に取り付く緑色の小鬼と、それに対抗する人の剣や盾。投げつけられた石で倒れる人。そこに駆け寄って後ろへ引きずっていく様子。
本当に戦ってるんだ。
「降りるぞ」
「うん」
言葉少ない蓮にあたしの返事も短い。言葉が出ない。
旋回しながら降下していく。自陣後方の空き地に着地すると、わらわらと人々が寄ってきた。
「勇者様! 来てくださったのですね」
「ああ、荷を下ろせ。そっちにも補給の矢が入ってるから早く持って行ってやれ。今、俺も行く」
え? 俺も行く……?
その言葉で蓮に目を向ける。
金属製の鞘と刃のこすれる音。鞘から出てきたのは真っ直ぐな両刃の剣。当たり前のようにそれを手にした連を見て、自分がこの異世界を全然わかってなかったことに改めて気づいた。
ここは、本物なんだ。
ファンタジー小説は好きだけど、実際その場に立つなんてあり得ないでしょ。
日に輝くどこまでものどかな草原の緑。高く澄んだ青い空。そんな光景に出会ったあたしは一瞬夢を見た。このきれいな景色の中でなら蓮と一緒にいたいって。でもその夢はおままごとみたいな、ホントにただの夢でしかなくて。
ここに降りる前はまだ半信半疑だったけど、この鉄臭い匂いと金属が打ち合わされる音が現実だと主張する。
戦うってことは、あんな風に怪我をするかもしれないし、下手をするとそれだけじゃすまないこともある。そうなるかもしれないのが連でもあたしでも、そんなのは嫌だ。
今さら来なければよかったなんて思ってもどうしようもない。
あたしなんて、この世界にしてみれば砂一粒にしか過ぎないんだ。あたしが納得しようがしまいが関係ない。世界はどんどん進んでいく。
手が冷たい。血の気が引く。
蓮は青い顔をしてるあたしの肩に手を置いて笑ってみせた。
「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。お前はここ動くなよ」
「行ってくるとか簡単に言うけど、あんなにいっぱいいるんだよ?」
「あのな、俺が行かないで誰が行くんだよ。陣の真ん中でぼーっとしてる勇者とかないだろ?」
あたしがびびってるから、そんな風に言ってくれてるんだよね。
顔が歪む。いつもの軽い調子で笑う連に、泣きそうな顔を見せてるんだろう。
「そんな深刻な顔すんな。俺のモチベが下がるだろ。あいつらさ、単体じゃそんな脅威でもないんだよ。今回は数で押してきてるから、ちょちょいと指一本で倒してくるなんて風には言えないだけ。ま、増援も来るんだし気楽に待ってな」
「……うん」
「補給物資、運んでくれてありがとな。マジで助かったわ。矢の攻撃が続けられれば魔法を発動させる時間も稼げるし、俺は直接奴らの指揮官を狙いに行ける」
「……うん」
頭はクラクラするし、まだ手は冷たい。
でも、せめて連には笑顔を見せよう。うまく笑えてなくても今のあたしにできる精一杯だ。
そんなあたしに、じゃあなと軽く手を振って蓮はドラゴンの所へ行く。そして高々と剣を掲げた。
「さあ、反撃だ! 奴らを追い払い交易路の安全を確保する。俺に続け!」
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