突然の出会いは魔法がつれてくる

 ……あれ? ……ここ、どこ?


 一瞬、トンネルか通路みたいなとこを抜けた。そんなイメージがあたしの中を通り過ぎる。

 ねえ、ちょっと! ここどこよ!


 車がない、自転車もない、そもそも人すら歩いてない。ビルもお店もなんにもない。

 なに? あたしは一体どこを走ってるの? こんな田舎道が近所にあるわけない。


 遠くまで広がる草原やら散在する小さな林やら。遠くに建物はあるけど、ファンタジーの世界にでもありそうな西洋風の石造りっぽい平屋みたい。

 川に沿って道が大きくうねる。ああ、道が広く整備されてるのはいいな、ってそこを気にするのはどうなのよ。


 ねえ、本当にどこなの? やばいやばいやばい!

 蓮は……いた! よかった! 辺りを見回していたせいで見失っちゃうかと思った。

 だいぶ飛ばしてるけど、なに慌ててるんだろう。あれじゃあ、あたしに気づいてないかも。

 こっちも必死で追いかける。見失ったら一人で知らない場所に置いてけぼり確定だもん。ねえ、さっきからナビが全然機能してなくて泣きそうなんだけど。


 ようやく黒いバイクが止まった。蓮はバイクを停めて街道沿いのちょっと大きな家に入っていく。

 あたしもその家に向かってバイクを走らせた。お願いだからそこにいて。嫌だよ、あそこ行ってみたら誰もいませんでしたとか。 

 黒いバイクの横に並べて停める。ヘルメットを脱いで、家のドアを叩こうとすると中から声がした。


「……いきなり……いて……」


 あ、よかった。人がいる。なに言ってるんだろ。


「……とは初めてです。指揮官までいるらしく、こちらの警備の者だけでは対応しかねている状況なのです」


 だんだんはっきり聞こえてくる。けいび?


「じゃあ、そのゴブリンの群れを追い払えればいいんだな」


 ごぶりんのむれ?


「はい。後は補給物資を運べば我々でもなんとかなると思うんですが、とにかく数が多くて」

「では先に行く」


 きいっと微かな音を立ててドアが開いた。


「蓮!」

「つかさ!? お前なんでここに?」


 なんで? は、あたしが聞きたいよ。

 ここがどこで、なんであんたが中世騎士みたいなコスプレして出てくるのか。


「勇者様、この者は? 何者ですか」

「勇者ぁ!?」


 警戒した目で見られたとこまではわからなくもない。

 けど、いくらなんでもそこまで役になりきらなくてもよくない? その皮の鎧っぽいのを着た人なに? お付きの兵士役とか?

 素っ頓狂すっとんきょうなあたしの声に蓮は頭を抱えて呻いた。


「ええっと、お前異世界ものとか好きでよく読んでたよな? 初めて会ったのも即売会だったよな?」


 ぶんぶん頭を振ってうなずく。

 目を丸くしたままのあたしの肩にポンと手を乗せて蓮は言った。


「そのまま受け入れてくれるとありがたい。俺、異世界で勇者やってる」

「……はい?」


 なん……だ、と?


「ここの世界の勇者をやってる」


 市川蓮君、きみは何を言っているのかな? ちょーっと意味がわからないんですけど。

 あれ? 待って。ここの世界ってことは日本じゃない? え? ここどこ?

 隣の人、誰? 確かにその人は……うん、明らかに日本人じゃないな。きれいな人だけど。

 腰まで届く長い銀髪と緑色の目。着ているのはチュニックみたいに腰のところを止めてある……キトン、だったかな?


 もう頭の中のあたしが考えるのを止めてるんだ。

 コスプレしてるし、ここはその撮影会場なんだと思い込みたいのよ。

 もうひとりのあたしが不安に駆られて頭の中で叫ぶ。

 そんなわけない。誰? その人。なんなの? ここ。


「勇者様、この方……」


 さっきの人とは違って、この人はやたら丁寧な話し方だな。ていうか、ちゃんと日本語で話してるじゃん。


「ああ、この子がつかさ、荻野おぎのつかさだよ。こっちはラウール・フラン」

「お初にお目にかかります。わたくしラウール・フランと申します。勇者様のお世話をさせていただいております」

「あ、はじめまして。荻野つかさです。よろしくお願いします」


 って、のん気にご挨拶してる場合じゃないでしょうがあ! だ、か、ら、ここどこ!? あんたは何してんの!?


「俺はこれから魔物討伐に行く。お前はここで待ってろよ」

「えええ!? やだ! 置いてかないで」

「空から行くから無理」


 なによそれ? どういうこと?


「こいつで飛ぶから」


 は? ドラゴン? ……ドラゴン!? 

 二度見しちゃったわ。

 あたし、こんなでっかいのを見逃してたの? それより、ドラゴンってほんとにいるの!? っていうか、本物?


「荷を載せてくれ」


 皮鎧の人達が、あっという間に大きな荷物を黒いドラゴンにくくりつけていく。


「なに? あれ」

「攻めてきた魔物の数が多いから弓矢が主だな。後はスリングショットとか剣とか」

「そうだけど、そうじゃなくて……ドラゴン?」

「うん、数少ないけど、ここの交通手段のひとつ」


 うん、って。全然現実味がないんだけど……はあぁ、ドラゴンってトラックみたいなものなのかな。なんかもう、何からつっこんでいいのかわかんなくなっちゃった。

 あれ?


「そういえば、あんたのバイクは?」

「……こいつ」

「は?」


 いやいや市川蓮君、きみは何を言っているのかな? それはドラゴンでしょーが。


「もろもろ説明は後だ。準備ができたから俺は行く」

「え? ちょっと!」


 あたしは必死で蓮にしがみついた。


「やだ! 置いてかないで、って言ったじゃない」

「だからドラゴンで飛ぶって言ったろ! 急ぐんだ!」

「じゃあ、あたしも飛ぶ。高いとことか平気だもん。あ! 荷物運ぶならあたしが行けばもっと運べるよ!」


 支離滅裂なこと言ってるような気もしないではないけど。

 ここにひとりで置いてかれるのは絶対やだ。異世界も、勇者も、ドラゴンも、どうせわけのわかんない場所なら蓮と一緒のほうがいい。


「……これ、変えられるのか」


 ためらいながら蓮がラウールさんって人に言った。


「勇者様のと同じ構造ですよね。それなら大丈夫です」

「そうか、頼む」


 蓮は振り向くと、しがみついてるあたしの手を取った。まっすぐに目を見つめられて胸が大きく跳ね踊る。


「つかさ、俺について来いよ」

「へぁ?」


 やだ、プロポーズみたいで焦って変な声出ちゃった。


「……うん。わ、わかった」

「ありがとう、絶対離れるなよ」


 そんなにギュッて抱きしめられたら心臓が痛い。


「お前はこれに乗ってくれ。補給物資を装着し終わるまで少し待ってろ」


 振り向いた先にいたのは赤いドラゴン。

 あれ?


「ね、あたしのバイクどこ? ここ置いてたのに」

「こいつだよ」


 ちょっと市川蓮君? 何度目だと思ってんの?


「は?」

「黒いのが俺のNinja、赤いのがお前のボルドール」

「……はい?」

「黒いの……」

「そこじゃない! バイクどこやったの、って聞いてんの! 荷物持ってくならバイクないのに手で運べっての⁉」

「だからこのドラゴンがバイクなの!」

「ドラゴンとバイクじゃどう見ても違うでしょ」

「異世界の魔法はこういうことができるの! そういうことにしとけ。俺も魔法は詳しくないから仕組みはわからん!」


 わからん、って……嘘でしょ? なにがどうなってんのよ。わけわからんのはこっちだよっ!

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