Dragon Rider〜ツーリング時々異世界〜

kiri

デートするはずだったのに、なんでこんなことになったのか二十字以内で説明してほしい

曲がり角にはご用心

 ヘルメットとバイクのキーを持って部屋を出る。

 うっふっふっふ……顔がニヤける。口元がゆるむ。

 いけない、いけない、これからデートなんだから、あたしはニヤニヤじゃなくてニコニコ笑ったほうがいいぞ。


 くっふっふふふ……おおっと、女子大生ともあろう者がこんな崩れた顔で笑ってちゃダメだってば。

 階段を降りると相棒が待ってる。

 はあぁ、いつ見てもいいわあ……ワインのような深い赤色のカラーリング。とても綺麗でずっと見ていても見飽きない。

 うふっ、この子を見てるとまた顔がニヤける。だって大好きなんだもん。


 数あるバイクメーカーの車種の中でも繰り返し生産されるこの型は、人によっては優等生すぎてつまらないバイクとか言われるけど、あたしはそこが好きなんだ。

 一目見た時から気に入って。どうしても、どうしても欲しくて。やっと手にしたバイクはあたしの宝物。


 あたしは、いつものように「今日も楽しく走ろうね」って声をかける。そうするとこの子も答えてくれるんだ。

 ほら、キーを差し込んで回すと灯が点る。スターターを押すとエンジンが言う。「さあ、走ろう」って。


 この子とならどこまでも走っていけそうな気がする。だからこの瞬間が一番ワクワクするの。

 準備運動をしてるみたいなアイドリングの音を聞きながら、切ったばかりの髪をぱさりと後ろへ流しヘルメットをかぶる。


「よし、行こっか!」


 あたしはゆっくりとバイクを走らせ始めた。


 高校の時からバイクに乗ってたけど、田舎と都会の道は交通量が違うじゃない? だから最初はビビりまくってた。けどもうそんなに怖くない。道だってナビがあるもんね。

 大通りに出てヒュウンと風を切るような音に乗ってスピードを上げていく。


 待ち合わせ場所にしてたファストフードの駐車場に着いて、見慣れたバイクを見つけた。

 途端に心臓が跳ねる。ヘルメットの中の鼓動がうるさい。あああ! 好きな人に会うのって、やっぱり嬉しすぎるう。

 バイクにもたれてスマホを弄っていたれんが、あたしに気づいて手を振ってくれた。

 隣に停めてヘルメットを脱ぐ。やっと頭に響くドキドキから解放されたよ。


「おまたせ」


 さり気ない感じで言えたかなあ。


「おう」


 そんなに彫りは深くないけど、すっと通った鼻筋、引き締まった口元。ちょっとつり目気味で、真面目な顔は怖いタイプ。ツーブロックのサイドにふわっとかかる髪がそれを柔らかく見せてくれてる。

 その顔がいい! っていう女子が結構いるらしいっていう噂は聞いたことがある。

 けど、ふにゃって感じの笑顔で台無しになるのは、あんまり知ってる人がいない……はず。


「なんか食ってきた?」

「うん」

「じゃ、ちょっと飲み物だけつきあってくれよ」


 うなずいて歩き出す。

 ファストフードのお店でさえエスコートしてくれるような物腰は周りの目を引くみたいで。

 帰国子女かい、って思ってたらホントにそうだった。欧州方面とかって言ってたけど、小さい頃から外国暮らしだとこんな感じなのかなぁ。

 小さい頃からド田舎暮しのあたしは今だにドキドキする。


 ……ちょっとそこの女子校生! 蓮はあたしの彼氏なんだからね! うう、妬いてない、妬いてるわけじゃないのよ。ああもう、蓮ってば他の子にそんな顔しないでよ!


「どした?」

「な、なんでもない」

「そか? ほれ、お前の分」

「ありがと」


 ちょっと市川いちかわれん君、その苦笑いはなんなのかな? 心の声が聞こえてたはずはないんだけど。

 まあまあ、となだめられ飲み物片手に席につく。


「この辺まで行こうと思うんだ」


 蓮は地図アプリを開いて、有無を言わさず話題を変えた。

 うむ、今回はこのくらいにしといてあげるわよ。


「ん! 道も……そんなにめちゃ混みってわけじゃなさそうだね」


 ざっくりのんびりツーリングの計画は、近くの湖までのお手軽コース。

 お天気もいいし楽しみだなあ。


「なあに?」


 頬杖をついてあたしを見てる蓮。


「……髪染めたのか」

「うん、明るくしてみた。どうかな」

「思ったより明るいなって思ったんだけど、ショートボブならそのくらい軽い感じでもいいか」

「うーん、もちょっと暗い色でもよかったかな。まあ、今くらいしかこんな色にできないしね」


 ちゃんと気づいて感想言ってくれたり、気のおけない感じがいい。

 インカムの使い方も確認して、それじゃ行こうと立ち上がる。


「俺トイレ行くから外で待っててくれ」

「じゃあ、あたしも」

「そしたら外で待ち合わせな」


 ヘルメットかぶるからガッツリお化粧するわけじゃないけど、口紅くらいは直したいもん。さり気に気をつかってくれたかなと思うと嬉しい。

 駐車場に向かうと、やっぱり蓮は先に来てて。

 ん? なんか話してる?


「おまたせ。ごめん、誰かと話してた?」

「んなわけないだろ、俺しかいないし」

「そっか、それならよかった。通話してたら悪かったなって」


 蓮はニヤッと笑った後、声のトーンを落として言った。


「お前の後ろにいるやつと話してたかもー」

「え?」


 振り返って見たけど誰もいない。


「誰もいないじゃん」

「お前なあ……メリーさんとかリリーさんとかいるかもだろ?」


 そこは、きゃあって言えよと蓮はため息をついた。

 いや待って。まっ昼間の屋外でそれはないんじゃない?


「……申し訳ない。きゃあ」

「全然嬉しくない」

「あはは! 行こ!」


 そうだな、と蓮はあたしの髪をくしゃくしゃとかきまわした。ついでにおでこにキスひとつ。

 こ、こ、こういうことはあぁぁ! ひ、人前だからっ! もうっ……気安い感じかと思うと、こういうことをさらっと……

 嬉しいけど恥ずかしい。おでこから熱が広がる。

 蓮は顔を真っ赤にしたあたしの頭にポンポンと手を乗せた。


「ほら、行くぞ?」


 蓮は笑ってヘルメットを手にする。

 くうぅ! メリーさんの仕返しのつもりかあっ!


「わかってるわよ! もうっ」


 二台のバイクのアイドリングがあたしの意識を切り替える。

 今度はこの子と走る嬉しさが心の中に広がっていく。

 うふふ、湖の近くの道は走りやすそうだし楽しみだね。さ、行こう!


 黒と赤のバイクが走り出す。


《お天気よくて気持ちいいね》


 インカムを通して話しかける。


《そうだな》

《そんなに混んでなくてよかったわあ》

《ああ、これくらいなら来週もつきあえるぞ。天気次第だけど予定入れ……ちょっと待って》

《へ?》


 唐突にインカムが切られた。

 なんだろう、蓮の背中から切迫した気配を感じる。走り出したばかりなのに少し不安になってきた。


《つかさ》

《な、何?》


 信号待ちで止まったあたしの耳に緊張した蓮の声が入ってきた。


《悪い、これからどうしても行かなきゃならないとこがあるんだ》

《え?》

《ごめん、埋め合わせはするから》


 それだけ言ってインカムが途切れた。

 変わった信号と共に蓮のバイクが走り出す。あたしはそれを呆けたように見送った。

 ……ちょっと! どゆこと!? この三連休はお家デートって言ったよね? あんたがいないなら、あたし三日間孤独な勉強漬けなんだけど。いや、やるけどさ!


 えええ……一人でなんて嫌よ。勉強の合間の癒しとか癒しとか癒しとか欲しいじゃない。モチベーションが天国と地獄くらい違うのよ!?

 なによ! なによ、なによ!! さっきまでのいい雰囲気はどこいったのよ。っていうか、あたしに言えないようなどこに行くっての!?  まさか……浮気? 冗談じ ょ う っ だ んじゃないわ。とっつかまえて文句言ってやる!


 呆けた時間はほんの一瞬。

 それが過ぎると猛然と追いかけ始めた。左にカーブする彼のバイクを逃がすまいと、あたしもアクセルを握りしめる。

 絶対、逃がさないわよ!!

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