ルピナス・ストーリー・オンライン-4

 外観は遠くから見た時と変わらず、西洋風の建物が建ち並ぶ。

 水軌が現在居るこの場所ははじまりの街、南市街地、南入り口。

 正面には幅の広い大通りが市街地を分断していて、大通りの両端には商店が、ショッピングエリアの様に肩を並べていた。

 そして今もなおこの南市街地から、硬いものと硬いもの同時に打ち付けたような鈍い音が、並み立つ商店から響いている。


 はじまりの街には東西南北を別つ四つの市街地があり、それぞれ違う役割を果たす。

 現在地の南市街は武器や防具の製造、所謂鍛冶が盛んで昼夜問わず大男達の怒号や歓声、金属音が飛び交い、煙火の匂いが辺りを包んでいる。

 水軌は左手に見える鍛冶屋入り口のドアを少しだけ開けて、中を覗き込む。

 石で作られた家屋は一見ひんやりとした印象を与えるが、奥は大層暑いらしく陽炎が起きる程であった。

 陽炎と金属音が店内で無邪気に跳ね回る中、水軌は目を細めて熱と音の出処であろう鍛冶屋の最奥を見澄ます。

 レジカウンターを挟んだ店内の最深部には、これでもかと言うくらい炎を口に蓄えた大きいかまど。

 そして四十後半の中年男性が上半身裸で、真っ赤に色を変えた鉄を大きいハンマーで鍛えていた。

 中年男性と聞くとだらしない体をした髪の毛が薄いおじさん、と思い浮かべるかもしれない。

 が、この鍛冶屋の男性はその固定観念に擦りもしなかった。

 露出している上半身は鍛冶の賜物であろう筋肉で覆われており、その筋肉は今までの中年男性の険しい職人人生を物語っていた。

 男性は入り口のドアから顔をのぞかせる水軌に気付いて、カウンターまで歩みを進める。


「どうした少年、なんか用か」


 男性は迫力のある低い声で、水軌に声をかける。

 たった今少し遠い所から眺めていて、そして男性はかがんだ格好だった為、背の大きさは定かではなかった。

 だが今この男性を目の前にして、驚愕する。

 身長は二百ほどだろうか、そして筋肉も相まって、まるで歴戦のボクサーの様な佇まいだ。

 水軌はその男性の迫力、威圧感、凄み、気迫、力強さに気圧されて、後退りをする。


「な、なんでもありません失礼いたしました!」


 情けないかな水軌はゲームのキャラクター相手に気圧され、声を上擦らせながら退却した。


 水軌は南市街地の大通りを颯爽と駆ける。

 もうあの鍛冶屋が見えなくなった所で足を止めて、あの鍛冶職人を思い出す。

 RSOで人間が操作しているキャラクターには、キャラクターの頭の上にその人の名前、そして簡易HPゲージが表示されるのだが、あの男性の頭の上にはHPゲージが表示されていない。

 自分が今どのくらい死に瀕しているか確認出来る、つまり命の縮図。

 それが無いという事は、それを必要としていないと言う事は、あの男性の体には生命と言う概念が存在していないのではないか。

 という事は、あの男性の正体はモブキャラクター。

 永遠に腐る事の無い操り人形。

 もう何度目かは分からないが、このゲームには何度も驚かされる。

 さっき出会ったあの中年男性でありこのゲームのモブキャラクターはまるで現実の人間と変わらない挙動、反応だった。

 果たしてあの男性を一概にプログラマーが作ったプログラムと決めていいのだろうか。

 今のプログラマーは画面の中に命を作り出す事が出来るのか。

 いつか二次元という壁を超えて三次元で命を論理的に作り出す事ができるんじゃないか?

 いや違う。

 寧ろ水軌含め地球に住んでいる人間がプログラマーによって作り出されたプログラムなんじゃないか?

 そんな哲学めいた事を考えてしまう程RSOに存在するモブキャラクターは、現実の人間と比べて違和感が無かった。


 さて気を取り直し、水軌はこの街を走っていて気付いた事が一つ。

 この街、かなり広いのだ。

 さっき、あの鍛冶屋から逃げている時もかなり足を動かしたはずなのだが、マップは未だ南市街地を指している。

 いくら文月達がはじまりの街で待っているのが分かっていても、このままでは発見するのに何時間もかかってしまう。

 水軌は傍を通り過ぎていく人間達を横目で見ながら、ある事を思う。

 水軌と同じ三次元に生きる人間達が操作しているキャラクターが予想よりも多いのだ。

 シャッター商店街ばかりの今の日本では、見る事すら出来ないであろう光景。

 画面の中の世界で、沢山の人々が和気藹々と自分だけの暮らしを満喫していた。


 周辺過ぎ去って行くプレイヤー達は、水軌の様な自分の名前を片仮名にしたありふれたハンドルネームが意外と多い。

 しかし同じ所はそれだけ、後は全く違う。

 水軌が今装備している質素な防具ではなく、絢爛華麗な防具や武器を設えており、その装備は倒すべき魔物だけではなく人間さえも威圧していた。

 まぁ豪華な武装をしている人が多いのは当然、南市街地はその為に存在している。


 さて、文月達は一体はじまりの街の何処に居るのか、もう少し詳しい情報を問おうと先ほど使ったLIMEという連絡アプリを開く。


『はじまりの街の何処に居るの?』


 水軌は返事を待っている間にメニューを開き、ミズキの能力ステータスを目にする。

 能力ステータスとは、水軌が今操作しているミズキというキャラクターが、どれ程の力を備えているのか、分かりやすく数値で表した物である。

 ロールプレイングゲームをやった事がある人なら、というかRPGに限らずゲームをやった人なら誰でも分かるであろう。

 能力ステータスはプレイするゲームによって多種多様、千差万別だがRSOは比較的シンプルだ。

 ゲーム自体全く手を付けた事が無い人は一体何を持ってシンプルと言っているのか、と疑問の螺旋に身を投じる事になってしまう。

 それを避けるべくルピナス・ストーリー・オンラインの能力ステータスを簡潔に説明しよう。

 まずは1番大切と言っても過言ではない攻撃力。

 このゲームでは攻撃力をAttackと表示している。

 RSOは牧場を経営して農作業をしたり、動物だらけの村でスローライフを楽しむゲームではない。

 敵対する化物、人間と戦闘し、倒して名声を集めるゲームだ。

 勘が良くない人でも気が付いたと思う。

 攻撃力というのは敵対する化物、人間にどれだけダメージを与えられるかを表す数値。

 つまりこの数値が高ければ高い程相手に大きなダメージを与えられるのだ。

 これでもまだ分からないという人は、戦闘力という代物を思い出して欲しい。

 大雑把だが攻撃力はそれと同じくらい大切な物だと考えてくれて大丈夫だ。


 次からは先程学んだ攻撃力のメカニズムを踏まえて簡潔に説明しようと思う。

 続いては防御力。

 防御力も攻撃力と同じく日本語ではなくDefenseと英語表記だ。

 防御力は高い程敵から受けるダメージが減り、攻撃力とは対極に位置する能力である。

 そして素早さ。

 英語でAgility。

 素早さは高い程素早く移動する事が出来る。

 つまり、自分と明らかに格が違う化物と出会った時に、素早さが高いと安易に逃げる事が出来る。

 他に走れば目的地へ早く着いたり何かと便利な能力だ。

 次に器用さ、Dexterityだ。

 器用さは高ければ高い程、細かい作業を素早く行う事が可能である。

 説明は先々になるが、薬の調合や、武器の錬成、改造などを行うにあたって、迅速に対応する事が出来る。

 後は武器の1つである弓を扱う際、軽快に敵の急所を捉える事も可能だ。

 器用さは今しがた紹介した攻撃、防御力など須要的なステータスとは違い、全くそれを必要としない役割りも存在する。

 然しそれを生命線とし、長年第一線で戦い続けている冒険者も充分に存在している事から、決して蔑ろにしてはいけない能力だ。


 そしてこれから説明する2つの能力ステータスは、攻撃力に次いで重要かもしれない。

 勿論攻撃力が1番重要という見解は個人的な物であって、人によっては防御力、素早さが1番重要だと思う人もいるだろう。


 閑話休題、では先程話したその二つの能力ステータスを説明しようと思う。

 一つ目はHPだ。

 英文字に略さず言うとヒットポイント。

 前に言ったと思うが命の縮図である。

 このポイントが0になってしまうとキャラクターは天に召されてしまう。

 いや、一概に死ぬとは限らない。

 ゲームによってはHPが0になると瀕死、気絶という処置を取られる。

 このゲームはHPが0になると一体このキャラクター、第二の自分はどうなってしまうのか、水軌はまだ分からない。

 次にMP、マジックポイントだ。

 MPは残りの魔力を表す数値で、このポイントが0になると魔法が使えなくなってしまう。

 主に魔法を操る冒険者が重宝する数値だ。

 それと併せて、MPの限界値が高ければ高い程魔法の威力が上がる為、攻撃力の魔法版と思って貰うと分かりやすいだろう。

 つまりMPの限界値が50の魔術師が放った魔法より、MPを200有している魔術師の方が威力の高い魔法を繰り出す事が出来る。

 勿論威力の調節も可能。


 能力の説明を一通り終えた所で、自身のステータスを見て唸る水軌の元へと視点を戻す。


 着信音が鳴るスマートフォンを尻目に、水軌は思った。

 自身の能力ステータスに、最初から期待はしていない、まだ化物を1体も倒していない、なんちゃって冒険者だから。

 然し、幾ら何でもこの能力は低すぎるだろう。


 Name :ミズキ

 Level : 1

 Class :Nothing

 Guild :Nothing

 HP : 5

 MP : 0

 Attack : 1

 Defense : 1

 Agility : 1

 Dexterity :1


 HP以外全て1。

 皆は1という数字を知っているだろうか。

 0を抜いて最小の自然数だ。

 流石にこの能力ステータスは自分だけでは無いだろう、皆同じはずだ。

 しかしそれでも不安は払拭出来ない。

 たったの1、最小の自然数で化物の力に勝てるのだろうか。

 このゲームがどれ程の難易度なのか分からないが、魔物と相対した場合拙劣な戦闘になってしまう事には変わりないだろう。

 水軌は自分の能力ステータスを見て暗澹としながら、スマートフォンを開く。


『街の中心、大広場に居るよ』


 文月の返信を目にし、せっせと自身の能力の低さから逃げる様に水軌はステータス画面を閉じて、マップを開いた。

 南市街地から北方。

 そしてはじまりの街の中心。

 南市街地でこれだけの人が居るんだから、中心はさぞかし賑わっている事だろう、水軌は人間違いをしない様、2人のプレイヤー名を訪ねる。


『言わなくても直ぐに分かるよ、退屈だから早く来て><』


 言わなくても直ぐに分かるとはどういう事だろうか。

 わざわざ隠さないで教えてくれれば良いのに。

 水軌はかなりの人見知りであり、人間違いをして恥をかくのが大嫌いだ。

 はぁ、と情けない声を上げて、街の大広場へと歩みを進める。


 多種多様な仮相をしたプレイヤー達を眺めながら歩いていると、意外とすぐに街の大広場へ着いた。

 水軌の予想通り、いや、予想以上かもしれない。

 かなりの人だ。

 人々の雑多な音吐に少し不快感を感じながら文月と夢路を探す。

 まるで家畜運搬船の如く、人がぴっちりと敷き詰められた満員電車を彷彿とさせる群衆。

 ただのゲームの人混みならなんてことはない。

 だがこのゲームは特別だ、現実と何も変わらない。

 早く文月達を見つけて侘しい状況から抜け出したいと必死に嘆いていると、後ろから声がかかる。


「退院おめでとう、後ろ姿で水軌だと分かっちゃった」


 そこには現実の短髪とは異なる長髪を後ろで結び、ポニーテールにした文月が居た。

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