初心者狩り-1

「どうしたの?」


 水軌はいつもと違う髪型の文月を目の前にして、唖然とする。

 いや、びっくりしたのはそれだけではない。

 文月も自分の顔をベースにキャラクターを作っていたのか。

 水軌は思わず目線を下に向けてしまう。

 いつもと違う幼馴染の髪型に見惚れてしまわない様に。

 もはや家族と言っても過言ではない幼馴染の女に、見惚れてしまうなんてプライドが許せなかった。


「名前を教えてくれなかった理由が分かったよ」


 水軌は一旦深呼吸してから上を向き、返事をした。

 人の怒声が耳に響く。どうやら付近でプレイヤー同士が一悶着起こしているようだが、水軌は気にも留めなかった。

 いつの間にか水軌の耳は、人々の雑多な音吐に慣れて先程の暗澹な気分も溶けて無くなる。

 一つ進化した水軌の耳は、幼馴染の声にもいち早く察知した。

 おーいとこちらを呼ぶ声、この声は間違いなく夢路だ。

 振り向いた時には夢路はもう目の前に到着しており、文月水軌と同じく夢路も自分の顔をベースにキャラクターを作成していた。


「退院おめでとう、水軌」


「ありがとう。それにしてもゲームで眼鏡って意味あるのか?」


 夢路は、ゲームでも現実と変わらず分厚い眼鏡を鼻の上に据えていた。

 それに対して水軌はすかさず突っ込む。

 先程の、幼児を思わせる覚束ない足取りだった水軌と比べるとかなり心に余裕ができている様だ。

 改めて思うが、このゲームは1人でプレイするのは厳しいかもしれない。


「馬鹿だな〜、これはおしゃれだよおしゃれ。眼鏡男子は巷で人気なんだぜ?」


 夢路は眼鏡に手を添えてドヤ顔をする。

 背の高い夢路は、自然に2人を見下ろす形になり、ドヤ顔と相まってかなり鬱陶しく感じる。


「その眼鏡はおしゃれ用の眼鏡じゃないと思うけど」


 文月は冷たい目で夢路を見て、シニカルに呟いた。

 確かに、夢路がかけている重たそうな黒縁の丸眼鏡は、お世辞でもお洒落とは言えない。

 返す言葉が見つからなかった夢路は、唐突に話題を変え、水軌に訪ねる。


「そういえば水軌は職業何にしたんだ?」


 強壮なモンスターと対等にしのぎを削るには、武器や防具と並んで欠かせない物が存在する。

 それは夢路が先程口にした"職業"という制度。

 職業と言っても現実と同じ風に考えてはいけない、等しい点は名称だけではないだろうか。

 勿論、警官や医者、芸人なんて職業はあらず、RSOには戦士、魔法使い、盗賊などファンタジックな世界ならではの生業が用意されている。

 そもそも盗賊なんて輩が職業として正式に迎え入れられている事から、現実とゲームの世界を同じ見解で考えてはいけない。


 先程例に挙げた戦士は、能力ステータスの一つである攻撃力が高く、魔法使いはMPが高い。

 1つ1つの職業に、魔物を討つ為の心強い武器を把持はじしており、中には職業によってデメリットもあるが、モンスターと拳を交える際に、心強い味方になってくれる事は間違いない。

 自分が決めた職業によって、ほぼ戦闘スタイルが決まると言ってもいい。RPGとってはお約束のシステムだ。


「まだ決めてないけど、2人は決めたのか?」


「ああ、俺はパラディン、文月は弓師だ。メニューから簡単に決める事が出来るから早めにやった方が良いぞ。能力ステータスも上がるからな」


 水軌は少し驚いた。

 RSOのようなロールプレイングゲームには、職業の設定が必須である種が多い。

 その為プレイヤーが見落とす事の無い様に一番最初に決めておくか、ストーリーの道中に職業を選択する様手引きしている物が多い。

 水軌は後者だと推測していたが、まさかメニューで簡単に変えられるとは。

 もう少しマニュアルをよく見ておけば良かったと後悔する。

 ゲームを上手くプレイするには先入観などは一切取り払った方が良い。

 水軌はメニューを開き、下方にジョブと表示されているメニューボタンをクリック。

 すると中には先程説明した戦士、魔法使い、盗賊など様々な職業の説明が、眉目よいイラストと共に表記されていた。

 左右の端にある矢印を押すと、まるで本のページをめくる様に画面が切り替わり、また新たな職業達の解説が顔を出す。


 夢路の職業、パラディンは防御力に優れていてHPも多い、パーティーの肉壁的存在だ。

 時には酷い扱いを受けそうなこの職業だが、夢路らしいなと思う。

 そして文月の職業は弓師。

 看板に偽りは無し、弓で遠くから安全に攻撃できるのが取り柄だ。

 更には矢の先端に様々な毒薬を塗る事が可能で、戦士の様に前線で戦う事は出来ないがサポート役として活躍の場を広げる事が出来る。


 さて、どれにしようか。

 水軌は幾通りもある選択肢を真摯に選ぶ。

 文月と夢路の職業を考えて、回復魔法が使える僧侶でも良いな。

 それとも剣と盾で先陣を切って進む戦士も良い。


「まだか? 早くクエストに挑戦しようぜ〜」


 夢路が退屈そうに急かす。

 2人を待たせているのは申し訳ないと思うが、これからのゲームライフを決める重要な選択だ。適当に決めるわけにはいけない。

 悩みに悩み、水軌の葛藤を打破した職業は、魔法使いだった。

 僧侶とは違い回復魔法は使えないものの、MPが豊富で多彩な攻撃魔法を駆使するトリックスター。

 何故数ある選択肢の中から魔法使いを選んだのか。それは案外適当で、何か決定的な理由がある訳では無い。

 強いて言えば水軌はアクションゲームが少し苦手だった。RSOはアクションRPGという様式をとっていて、文字通り水軌の苦手なアクションゲームだ。

 その為、アクション要素が他の職業と比べて乏しいだろうと見越して魔法使いを選んだ。

 水軌は意気込んで画面をクリックすると、貴方の職業を魔法使いに変更しますか? と綴られている確認ダイアログが、突然画面いっぱいに表れる。

 それに少し戸惑いながらも迷う事無くはいをクリックした。


「随分自己主張の激しいウィンドウだ」


 すると水軌の体が謎の眩い光で覆われる。

 画面の向こうの為分からないが、その光は暖かそうで、満天の星空よりも綺麗で明るく、澄んだ光の粒子達は水軌の体の周りを彷徨う。


 終わりは意外とあっさりで、たまゆらとした光は空気と混じって消えた。


「多分それで職業は決まったと思うよ。能力ステータスを見て」


 文月はぼーっとしている水軌に行動を促す。

 本当に一手間で職業が決められるんだな。

 現実もこうなれば良いのに、無理な話だけど。

 などと世迷言を心の中で思いながら能力ステータス画面を開く。

 水軌の能力は、本当に3分前の水軌と比べて見違えるくらい成長していた。


 Name :ミズキ

 Level : 1

 Class :魔法使い

 Guild :Nothing

 HP : 5→20

 MP : 0→40

 Attack : 1→5

 Defense : 1→5

 Agility : 1→10

 Dexterity: 1→12


 人は職に付くだけでここまで成長する物なのか?


 他に何か変わっている所はないかとアイテム欄を見ると、見覚えの無い物品を所持していた。


【魔法使いの杖Lv1】★

 MP+5

 attack+1


 どうやら職に付くとその職業に合わせた備品が支給されるらしい。

 武器名の下にあるMP+5、attack+1、というのはこの武器を装備する事によって得られる恩恵だろう。

 それにしても何故杖を装備しただけでMPが上がるのだろうか?

 魔法使いらしい杖を装備した事によって、自分は魔法使いなんだという意識が高まり、MPが上がるという原理なのだろうか。

 とにかく装備してみないと何も始まらない。

 魔法使いの杖をクリック。

 すると水軌の右手は、いつの間にか杖を掴んでいて、まるで5次元からワープして来たのかと突っ込みたくなる。

 その杖は細く長い木材で作られていて、かなり年季が入ってそうな見た目だ。

 もしかして中古を支給されたのか?

 しかし武器名の隣にあるレベル表記とその隣にある星マークは一体何なのだろうか?

 その事を文月に聞くと歯切れ良く答えてくれた。


「それは武器のレベルだよ。その武器で化物を倒すと武器にも経験値が入ってレベルアップするの、勿論プレイヤーにも経験値は入るよ。昔からあるんだよね武器もレベル制のゲーム、私はややこしくてあんまり好きじゃないんだけど」


 一体いつ呼吸をしているのか、文月はペラペラと間髪入れず話し続ける。


「後その星マークはアイテムのレア度、星の数が多いほど手に入りにくい代物。レア度が高ければ高い程性能が良いのが多くて、お店で高く売れたりするの」


 今装備している魔法使いの杖は星マークが1個だけ、あまり希少ではないそうだ。

 まぁそこらへんの木の棒で代用が利きそうな杖に、最初から期待はしていなかったが。


「さぁ、準備も終わった所で早速クエストに挑戦しますか」


 夢路は木でできている木刀の様な剣を装備する。

 恐らくこれも支給された装備だろう。

 パラディンの代名詞である大きい盾は支給されていないのか。

 まぁ、盾だけでは攻撃できない為しょうがない。


「パラディンの癖に盾も鎧も装備してないとは、随分頼りにならなそうだな」


 魔法使いの癖に何も呪文を覚えていない水軌がそれを言っていいのか。

 夢路はそれを聴いて唇を尖らせ拗ねる。


「そんな事言ってると守ってやんねーぞ」


「序盤はパラディンの守りなんか要らないでしょ。簡単なクエストばかりだと思うし」


 ゲームマニアの文月らしい推測で夢路をバッサリと切り捨てる。

 いつの間にか文月は木の弓を装備しており、臀部の辺りに弓筒をこしらえていた。

 水軌は落ち込んでいる様にも見える夢路に一切目もくれず、クエストを受ける為メニューのクエスト受注という項目を開く。

 クエストとは、このゲームの管理者、所謂ゲームマスターからの依頼だ。

 ミッション、と言えば解りやすいだろうか。

 クエストには化物討伐や指定されたアイテムを持ってくるなど多角的で、クリアすると報酬を受け取る事ができる。

 報酬はお金や装備品、水軌達冒険者にとって、そしてこの世界で生きていく上で必要な物ばかりだ。

 あまつさえ何度も簡単なクエストをクリアして、報酬を貰いまくりなんて事を考える人も居るだろう。

 だがそれは不可能だ。

 成功したクエストは24時間、つまり丸1日挑戦できない。

 そして成功だけではなく、失敗したクエストも丸1日挑む事ができない。

 これは他のMMORPGには無い斬新なシステムであり、この類を見ないシビアな条件がRSOが人気になった要因かもしれない。

 まぁ、人気になった最大の決め手はラストダンジョンをクリアした者には賞金10億円という金色の香りだろう。

 そして、中には一定の期間しか挑戦する事が出来ない期間限定クエストという物があり、プレイヤーの倦怠感を払拭させる仕様も高く評価されている。


 そうしてまだクエストを1つもクリアしてない所か、挑戦すらしてないなんちゃって冒険者の水軌達が、正式な冒険者たらしめる最初のクエストはこれだ。


 クエストNo.1

【野生のゴブリンを3体討伐しよう】

 場所:原子の森

 推奨レベル1


 内容はゴブリンという緑色で人の形をしたモンスターを倒せという依頼だ。

 このクエストにはチュートリアル的な意味合いも含まれており、初心者に戦いのイロハを教える為に樹立された一番簡単なクエストだ。

 特に危害も加えず何も罪も無いゴブリンを倒すのは少し心が痛むが、このクエストをクリアしないと他のクエストが解禁されない為しょうがない。

 このクエストを受注しますか? というゲームからの問いに、水軌は迷わずはいと答えた。

 すると徐々に視界が閉ざされて、数秒後にはPCの画面が墨で染められる。


 だがそれも束の間、すぐに視界は復活して水軌の周りには背の高い木が、人の手が加えられていない地球本来の姿が、顔を見せていた。

 水軌が今立っているこの場所は通称原子の森。

 このゲームの世界がどれ程の大きさかは分からない。

 が、地球から見て原子ほど小さいこの森は、確かに、今ここに、存在していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る