ルピナス・ストーリー・オンライン-2
ドアの外には男女2人居る様だ。
まず最初に入ってきたのは女の方、
文月は赤く短い髪を揺らし、満面の笑顔を浮かべる。
相変わらず歯を出した時に垣間見える八重歯は特徴的で、身長も小さいまま変わってないな。
いや、10日会ってないだけだろう、身長が伸びてないのは当然だ、と水軌は冷静に自分に突っ込む。
「よう、久しぶりだな水軌」
次に入って来たのは
真面目そうな見た目に反して結構明るい性格に、何度も助けられた。
「2人共俺が居ない間に車に轢かれてなくて良かったよ」
水軌はもう事故の事は気にしなくて良いという意味も混じったジョークを飛ばす。
夢路と文月の2人は自然と水軌の脚から目を逸らしていた。どうやら水軌の足が動かない事はもう親から聞いていたのだろうか。
「俺逹は水軌みたいに鈍臭くないからな」
夢路も水軌の自尊心など気にせずどんどん突き進む。
だが文月は夢路の言葉をあまり快く思ってはない様。複雑な表情で夢路の顔を見つめるが異議は空気を読み唱えなかった。
「やっぱり水軌が居ないと退屈だぜ、まぁ俺が一番嫌なのはお前が不在だと俺と文月がカップルだと勘違いされるんだよな」
夢路のその話に文月は一瞬も狼狽える事なく、小さい体だが傲然(ごうぜん)とした態度で、
「はぁ? お前と私が釣り合うわけないでしょ」
と
それを聞いた夢路は、来客用に設えてある背もたれの無い椅子へと腰を下ろし、ヘラヘラと口を開いた。
「あぁそうだな、お前も俺じゃ俺の格が高過ぎて釣り合わないよな」
水軌は夢路と文月のやり取りを頭半分で聞き流しながら、ある事を考えていた。
もう今まで幾度なく行われてきた、何気ない友達特有のやり取りがもう簡単に出来なくなってしまうのではないか。
なぜか水軌は動かない体半分のせいで、友との間に見えない壁が生じているような気がした。
もちろん夢路と文月が壁を作っているわけではない、水軌が自分から大きな壁を作ろうとしているのだ。
自分が居ると、色々と迷惑をかけてしまう。
今まで楽しめていた事が、自分のせいでただの苦痛と化してしまうのではないか。
文月は水軌の笑顔が偽りの仮面だと言う事に気付き、言葉をかける
「三人四脚で頑張っていこ、水軌」
文月は水軌の目を見て優しく微笑んだ。
水軌は三人四脚という聞いた事もない単語の意味を、少しばかり時間をかけて理解し、「ああ」と
文月は少し湿っぽくなってしまった空気を取り繕う様に新しい話題を2人に振る。
「それよりさ、ルピナス・ストーリー・オンラインって知ってる?」
名前からして最近ネット上で流行ってる所謂ネットゲームというやつか、と水軌は頭の中で推測するが、幾分ゲーム自体あまりやらないので定かではない。
同じく夢路も知らない様だ。
おばさん臭い派手な花柄のハンカチで、分厚い眼鏡のレンズを拭きながら頭の上にはてなマークを浮かべている。
というか文月が言ったゲームが分からなくて疑問符を出しているのではなく、なぜ文月がそれを話題に出したのか不思議がっている様だ。
文月がオンラインゲーム大好きで、それは趣味の域を超える程の腕前だという事は知っていたが、自分からゲームの話題を出す事は殆ど無かったのだ。
それどころか自分がゲーム廃人だという事にコンプレックスを持っているらしく、女の子らしい趣味を持ちたいと日々嘆いている。
2人が分からない事を確認すると文月は話を再開した。
「最近ネット上で流行ってるんだよねそのゲーム、物凄くクオリティが高くてさ。だから......」
話を再開したと思ったら急に口を閉じて、黙り込む文月。
自身が履いている赤いスカートをギュッと握り、文月の白くて綺麗な膝小僧が露出する。
水軌は声をかけようとするが文月から漂う
少しの沈黙の後、夢路が助け舟を出した。
「どうせ多人数じゃないとクリアできないから3人でやろうって話だろ?」
淡いため息を吐きながらやれやれを手を振る夢路。
本当にそうなのだろうか?
ゲームに関しては凄腕と言っても過言ではない文月が、水軌や夢路のような初心者に対して協力を仰ぐだろうか?
それ所か足手まといになってしまう可能性だって無きにしも
文月は夢路の助け舟に乗っかる形で口を開く。
「まだ私もやってないけど、うん、3人で遊びたいの。だってゲームの足はずっと動くもん」
足に支障をきたし外で自由に行動する事が出来なくなった水軌に対しての文月の気遣い。
確かにネット環境さえあれば、お互いが遠く離れた所に居ても、一緒に会話や遊ぶ事が出来る。
しかしそれも一時的な処置であって、いつの日かネットだけでは満足出来なくなってしまい、相手と同じ空気を吸いたいと思ってしまうだろう。
だがそんなマイナスな事ばかり考えても仕方が無い、今は文月のご厚意に感謝し、快く賛成する事にした。
「うん、やるのは構わない。けど退院まで時間がかかると思う、車椅子の使い方すらまだ学んでいないから」
文月と夢路と一緒に遊ぶ事は、水軌にとっても何より大切な事でもある。
「勿論俺達は水軌が退院するまで待つさ、今までずっと最初の一歩は3人同時に踏み出してきただろ」
最初の一歩、夢路の放ったその言葉に水軌は感銘を受けた。
足が動かなくても、歩んでいく事は出来るんだと。
それから1時間ほど3人は談笑し、空が寒々しく黒ずんだ空気を運んで来たのを確認すると2人は家に帰る。
自分の足が動かない事を忘れてしまうほど楽しい時間、しかしそれを思い出してしまうと峻烈な速度で莫大な孤独感がこの身を襲う。
帰って欲しくない、ずっと此処に居て欲しい、自分の病室に一緒に住んで欲しいと思う位頭に想いを巡らしたが、最近人が次々と神隠しに会う怪奇事件が多発している。
更に文月は女性だ、中でも小柄な部類に属している彼女に、危険が伴う暗い夜道を歩かせる訳にはいかない。
水軌は唇を噛み締めながら孤独に立ち向かう事を決意する。
心の中で起きている葛藤、わだかまり、辟易、無聊、その他諸々一旦隅に置いといて、簡単な事から一つずつやっていこう。
いきなり難しい事なんて出来るはずないもんな、水軌は布団に隠れている自分の脚に向かって呟いた。
冬の宵、雲一つない快晴。
病室の灯りは付けていない為、月の淡い光が優しく水軌の体を優しく包み込む。
時は進み2月中旬、水軌は車椅子を乗りこなして病院から外に飛び出す。
飛び出す、という表現はおかしいかもしれない、側から見たら飛び出すという表現を使う程水軌は勢い良く移動していない。
だが水軌にとってこれが最高速度。
側から見て遅くても水軌の心は勢いに満ちていた。
入院している間も何度か気分転換に外に行った事があるのだが、今日は格別だ。
地球に煌きを休む事なく与え続けている太陽。
まるで大陸が空を泳いでいるかの様に闊大な雲。
気持ち良さそうに空気を切って羽ばたく鳥。
風に揺られ爽やかな音を奏でる草木達。
光に反射して白く輝く淡い雪。
小さい頃大好きだった、儚い光を放つスノードームを思わせるその景色は、水軌の脳内へと鮮明に記録された。
いつもとは違って見えるパノラマを夢中で眺めている最中、背後から水軌を担当していた医者が物柔らかに話しかける。
「水軌君、改めて退院おめでとう。本当に1人で大丈夫なのかい?」
医者の声で我に返った水軌は、そのまま景色を眺めながら医者の質問に答える。
「ええ、此処から家は近いですし。何よりこの景色を眺めながらゆっくりと帰りたいんです」
ただの人が見ても何も感じない新鮮味に欠ける情景。
一体水軌の目にはどんな風に見えているのか、それは本人にしか分からない。
「先生、お世話になりました」
水軌は車椅子のハンドリウムを手で握り、ゆっくりと動き出す。
幾らか病院の出口から離れた所でもう一度振り返ると、医者とナースがまだ手を振っていた。
水軌はそれを見て少し照れ笑いを浮かべながら手を振り返した。
勿論、車椅子の使い方をマスターしたからと言って、実体の無い悲劇から完全に回避する事は出来ない。
更に水軌は退院したとは言え脚が不自由な、手負いの人間だ。
それをたった1人で出歩かせる訳にはいかない。
今まで水軌の面倒を見ていた医師は、懐から眼鏡を出し、白衣の上から厚いジャンパーを着用する。
どうやら今までではなく、今も尚現在進行形の様だ。
家では父母が料理を沢山作って待ってるのかな、小っ恥ずかしいからあんまり大袈裟にしないで欲しいけど、そんなくだらない事を考えながら帰り道を進んで行く。
久し振りに公道を散歩するが、感極まるのは最初だけ。
大半はくだらない事を考えている。
あの雲の形は車みたいだ、信号が赤になりそうだから急ごう、学校の授業は一体何処まで進んでいるのだろうか、そういう事ばかり。
だがそれは水軌の心が回復に向かっている証拠。
少し前は嫌でも自分の動かない体の事を無意識に考えていたが今は違う、上手く自分の体を理解して、共存している。
しかし未だに横断歩道を渡る時は緊張する。
左右どちらに車が走っていなくても、鼓膜を震わすあのエンジン音、自分の事を睨み付けるヘッドライト、万華鏡のように回転を繰り返す自分の視界を嫌でも思い出してしまい、水軌の体からは冷や汗、そして心臓は体全身を震わせる。
そして車椅子で移動する事10分位だろうか、水軌の体内時計がどれだけ正確かは分からないが予想よりも早く自分の家に着いた気がする。
水軌は家の扉の前まで移動して、手をめいいっぱい伸ばしドアホンを押す。
いつもは自分の鍵を持ち歩いている為、家のドアホンを鳴らすのは少し新鮮だ。
と、水軌が感慨深い気持ちになってる最中ドアの向こうからバタバタと何やら騒がしい足音が聞こえる。
ガチャリ、と鍵の回る音。
恐らく母か父が開けたのだろう、水軌はドアの向こうでどういう顔をして待っているのか想像した。
ドアチャイムの音と共に懐かしい自分の家の空気が水軌の鼻腔を刺激して、心地良い気分が身を包む。
ドアの向こうで待っていた父と母、どういう顔をしていたのだろうか、それはわざわざ言うまでも無い、水軌の予想通りだ。
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