ギルドメンバー-2

 急な問答に少し戸惑いを見せる水軌であったが、男の説明を聞いて大体察しはついていた。

 恐らく勢力というのはワスレナグサのようなプレイヤー同士が集まり活動しているギルドの事だろう。

 一つはワスレナグサだとして、後の一つは何か。

 そもそも水軌はギルドの名前を2つしか存じ上げていないので、察しがついてもついてなくてもこれを答える他無かった。


「ワスレナグサと、ハイドランジア」


「そうだ」と水軌の回答に対して合点する男は、細長いつり目を更に釣り上げた。


「ハイドランジアの名前を何処で知ったかは知らねえが正解だ。つまりだな、この世界の象徴とも言っても良い2大勢力の一つであるワスレナグサ、そしてその長であるアイラさんがお前みたいな初心者を勧誘する訳がねぇんだよ!」


 まさかアイラが率いるワスレナグサというギルドがそこまで強豪だとは、水軌は驚きと同時に焦りと謎が体の底から湧き上がる。

 水軌の予測でしかないが、ラストダンジョンをクリアした者に贈呈される10億円。これをワスレナグサは目指す場所として日々精進しているのだろう。

 やり口は違うがハイドランジアも同じだ。


 今や2大勢力と呼ばれ、ハイドランジアとの10億争奪戦がデッドヒートしてる中なぜ自分のような初心者を勧誘したのだろう?

 それにまだワスレナグサというギルドの事を全く知らないからか、話を聞いた今でもこのギルドが強豪とは思えない。

 オシャレだがお世辞にも広いとは言えないギルドルーム、この広さでは沢山の人員が居るとは考え辛い。

 対してハイドランジアは、構成員をクエスト1のような辺境へ派遣して初心者を狩るという荒技をやってのけている。以上からおびただしい数の人材が居ると優に想像できてしまう。


「とは言っても現にアイラさんが勧誘したからミズキ君がここにいるわけで」


 おかっぱの少年が指に手を当てて目を瞑る。

「ん〜」と可愛い唸り声を上げて何かを深く考えているようだ。

 ミズキの名前を知っているという事は恐らくユーザーの基本情報でも覗いたのだろうか。

 それにしてもこの少年、仕草や声がいちいち可愛くて、あざとさすら感じてしまう。

 天然なのかわざとなのかは分からないが、現実では一体どんな人物なのか探りたくなってしまう程、妖しい雰囲気を醸し出していた。


「もしかして、有名なプレイヤーの転生とか?」


 女性はこてんと首を傾げて、ピンク色の髪を揺らす。画面越しからでも香水の猛烈な匂いが漂ってきそうだ。


 転生とは、文字通り生まれ変わる事。

 要するにこの女の思案は、ミズキは有名なプレイヤーの生まれ変わり、だから前世で交流があったと思われるアイラに勧誘されたという事だ。

 これなら水軌が初心者のような風貌をしているのも納得がいくし、この状況に然るべき考えである。

 ところがどっこい、水軌は正真正銘のビギナーだ。

 この推測は真実という名の的に擦りもせず、的はずれというレッテルを貼られてしまう。

 しかも水軌は転生という単語の意味が掴めず、困り果てていた。

 勿論転生という言葉の意味は知っているのだが、この世界での転生の意味は分からない。

 無駄に話を拡大されて、まるで珍獣を見ているかのような猜疑さいぎに塗れた目線に水軌は耐えられなかった。

 一刻も早く此処に到着して助けてくれと、祈る事しか出来ない無力な水軌のSOSを感じ取ったかのように、彼女はタイミングよくギルドルームへやって来る。


「何やってんだ? お前達?」


 決して低い声では無いが、聞いていて不快に感じない清々しいこの声は、アイラの物だ。

 3人に囲まれていてアイラの姿が確認出来ない水軌。

 そして3人も入り口に背を向けていた為アイラが入室している事に気付かず、まるで三つ子のように挙動を揃えて後ろを向く。


「ああ、早速仲良く話でもしていたのか。良かったな水軌、私の仲間達は良い奴ばかりだろう?」


 大きな勘違いをしているアイラは、気分良くカウンターに座る。

 3人に取り囲まれて尋問している現場を見間違え、楽しく談笑しているとでも思っているのだろうか。


「おいおいおい。初心者を装ったスパイでも、有名なプレイヤーの転生でもなく、ただの初心者をギルドに迎え入れたってのか?」


 丸刈り頭の男は目を見張り、アイラに問いただす。

 文では単に水軌の正体を再確認しているように見えるが言葉の本質は違う、まるで水軌がギルドに加入する事に不承しているようだ。

 そんな男の訴えに目もくれないで、アイラは淡々と真実を語っていく。


「ミズキはスパイでもないし有名なプレイヤーの転生でもない。ワスレナグサ本部の新しいメンバーだ」


 アイラの言承けを聞いて、男はついに我慢ならないといった感じで相好を崩し意義を唱えた。


「どうせ10億円に釣られ、軽い気持ちでこのゲームを始めた輩に違いねぇ。こんな得体の知れない雑魚を仲間にするなんてどうかしてる!!」


 頭に血が上って今にもアイラに食ってかかりそうな丸刈りの男を、必死になだめる少年と女性。

 今まさにこの状況は、水軌が一番恐れていた事態であった。

 自分の加入によってギルドの和を乱してしまわないか、最悪の場合解散なんて事もあり得る。

 何故水軌はこの状況を一番危懼きくしていたのか、と言うとこの場に誰一人として悪意を持っている人が居ないからだ。

 丸刈りの男だって、このギルドの事を思ってアイラの決定事項に抗議している。

 この場にいる5人誰もがいがみ合いなんて望んでいない。

 水軌は自分のせいで勃発した悶着に悩み悶える事も諦観する事も出来ずに、ただ眺めている事しか出来なかった。

 このまま黙ってギルドルームから退室して、ギルドから脱退すれば良いのではないか?

 という思いがよぎるが、それによってアイラと丸刈りの男にどんな軋轢あつれきが生じてしまうか分からない。

 意気地のない話だが、ここは全てアイラに任せるしかなかった。

 そのアイラはと言うと、男の激昂をそよ風程にも感じず、泰然自若と形の良い口を開いた。


「ミズキは私の不手際によってハイドランジアに目を付けられてしまった。あのギルドの目の敵にされてしまってはそう易々とこの世界で生活できないだろう。だから私が責任を持ってかくまう事にした」


 水軌はアイラの援助によってハイドランジアの初心者狩りに襲われている所を助けてもらい、それだけでは無くクエスト成功まで導いてくれた。

 それによりハイドランジアが水軌に対してあらぬ反感を覚えているかもしれない。

 勿論それはアイラも同じ事だが、水軌はアイラと違ってハイドランジアに対抗する手段を用いていないのだ。

 実際、ハイドランジアは水軌に敵意を覚えるなど毛頭ないかもしれないが説得するには十分だ。

 しかし男は承諾しまいと大口を開ける。


「こいつはまだ始めたばっかりのレベル1、姿形を変えてやり直せば良いだけだ。戦力になる訳でも無いのにここに置いとく必要なんて無いだろ! 一体何を考えているんだ!」


 それもそうだ、今の自分の存在に何か支障を来しているのなら、存在ごと消してしまえば良い。

 ネット環境さえ自分と繋がっていれば、この世界の自分は何度でも別人に生まれ変わる事が出来る。

 さりとてアイラはその案を認めなかった。

 しかも男の「姿形を変えれば良い」という指摘に対しなぜかアイラの逆鱗に触れたようで、カウンターのテーブルを拳で叩き割り男を畏怖いふさせた。


「なら私が水軌をこのギルドに見合う戦力に育て上げれば文句はないだろう! 私はお前がこのギルドに対して一体何を求めているのか、考えているのか、全く理解できないね!!! 10億円に釣られてるのはお前の方だろ!? 金の為にお前はこのギルドに籍を置いているのか!?」


 居ても立ってもいられず男の前まで向かい怒号を放つアイラ。


 水軌はこの喧騒を見て、無念な気持ちと自分の口惜しさが胸懐きょうかいの中を渦巻いた。

 されどアイラの憤怒を皮切りに膨大すると思われたこの口争いは、意外にも丸刈りの男が引く形によって収束する事になる。


「ちっ...わーったよ。まぁ、こいつを入れる入れないは俺じゃなくてギルドの長であるお前が決める事だしな。そこまで言うなら了解するが、こいつをちゃんと育てないと承知しねーぞ」


 男は長嘆息を吐いて、水軌がワスレナグサに加入する事を了承した。

 それを聞いたアイラは、先程の恐ろしい剣幕とは真逆のニッコリとした笑顔で微笑み、水軌に自己紹介をするように促す。

 2人のやり取りを見て思わず安堵のため息を漏らした水軌。

 今回は男が意外にも素直に引いてくれた為大事には至らなかったが、このまま口論がヒートアップしていたらどうなっていただろうか。

 一安心して心ここにあらずといった感じの水軌の耳に、高調子で明るい声が飛んでくる。


「僕はミツヤ、色々あったけど過去の事はもう忘れて仲良くしようね!」


 流れるようなストレートのおかっぱ頭、そして幼い中性的な顔の少年はミツヤという名前らしい。

 艶やかなストレートの髪からは天使の輪が発生していて、まるで幼い天使のようだ。

 水軌がミツヤに返事をしようと口を開くが、その開いた口を塞ぐように1人の女が間に割り込んでくる。


「あたしはウララ、一応このゲームではあたしの方が先輩なんだしちゃんとさん付けで呼んでね」


 街中を歩いていたらすぐに目を引きそうな濃いピンク色のポニーテールに、例えるならばホステスのように濃い化粧。

 そして江戸時代の花魁おいらんを思い浮かべる程派手な着物を着たお姉さんは慣れたウィンクをしながら自己紹介をする。

 濃い化粧と言っても粗末な顔を誤魔化す為にしているのではなく、化粧の下の顔もそこそこ美人であると感じさせる目鼻立ちだ。


「よろしくお願いします、ミツヤとウララさん」


 ミツヤとウララは、先程水軌があらぬ誤解を生んだ時も比較的円満な態度で、あからさまに硬い態度を向ける事は無かった。

 その為か水軌も特別この2人に対して敵意を覚える事もなく、今後も上手くやっていけそうだと直覚していた。

 しかし問題はあの丸刈りの男、確かにハイドランジアという悪質なギルドがあった為に水軌に冤罪を叩きつけるのも無理はない。

 そして水軌もその事を理解していた為、今はもういとわしい気持ちは無くなっている。

 だが、丸刈りの男は水軌に対してどう思っているかは分からない、現に男は水軌がこのギルドに加入する事を猛反対していた。

 そしてそれが今の水軌の悩みのタネでもある。


「水軌くん、僕に対しては敬語使わなくて良いよ。多分同い年くらいだと思うし」


「分かった」とミツヤの配慮を有り難く頂戴して、ある事をふと考えた。

 自分と同じくらいの年齢と言う事はやはり10代中盤から終盤くらいだろうか。

 それにしても、水軌はこのゲームをプレイする前からネットゲームの主な年齢層はざっと高校生くらいだと目算していた。

 水軌の予想通りRSOをプレイしている年齢層が高校生だとしたら、知らずの間に街で知り合いとすれ違っているかもしれないという事だ。

 しかも相手は、現実とは全く違う風姿にしている可能性が高い。

 それに対して水軌は現実と全く同じ姿。

 という事は、思わず知らぬの間に水軌だけ学校のクラスメートや知り合いに認知されて、当の本人は仮面を被った顔見知りに出会っても全く考えが及ばない事になってしまう。

 自分でミズキの容姿を決めたくせに、それは不公平だと訴えたい気持ちになってしまう。

 そんなやるせない気持ちに浸っている水軌を引き揚げるように、丸刈りの男が重たい口を開いて声をかけた。


「お前がこのギルドに見合う実力を付けたら、改めて自己紹介してやるよ。その時が来るまで一切俺に話しかけてくるんじゃねぇぞ」


 蔑むような目で、水軌を見下しながら話す。

 男はそう言い放つと、踵を返し背を向けてギルドルームから出て行く。


 未だにお爺さんは、ガラスのコップと白いグラス拭きを手に握っていた。

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