ギルドメンバー-1

 5秒間の暗転、まるでゲームが水軌に対して心の準備を与えているような。

 アイラみたいに優しくて友好的な人達だと良いな、水軌は頭の中でギルドメンバーと楽しく冒険している場面を想像してふとため息を吐く。


「なんでゲームにこんな夢中になっているんだか...あほらし」


 所詮は画面の中の世界。

 今操作しているミズキは水軌の操り人形。

 ミズキが何かをやらかしても水軌には無関係。

 何故ここまで真剣になっているんだろうか、今思えばハルトと相対した時だってそう。

 思い出しただけで恥ずかしい、全身の血が沸騰しそうだ。

 そうは思ったって、水軌は自分と違って脚使い走る事が出来るミズキが羨ましかった。

 いつの間にかミズキに強い憧れを抱いて、水軌はひたむきにミズキを操作する。

 まるで本物の自分が命がけの冒険をしているように。

 水軌が持つミズキに対しての強い憧れと望みが水軌を真剣にさせているのだ。


 水軌が少し瞼を瞑り、目を休ませている間に黒々とした世界から一転、ミズキの体は薄暗い酒場に移動していた。

 茶色い、バーボン・ウイスキーのような光に包まれている酒場は、否、この場合は酒場よりもバーと言った方が適切だろうか。

 バーの内装は、どこか歴史を感じさせるような、それでいて古臭さはあまり感じずオシャレにまとまっていた。

 ミズキの後ろには、どこかレトロな雰囲気漂う重厚な木のドアがずっしりと佇んでいる。

 恐らくこのドアを介してここへ足を踏み入れた事になっているのだろう。

 側から見たら瞬間移動しているようにしか見えないが。

 水軌から見て左手にはカウンター、それを挟んでバーのマスターらしき高齢の男性が、初顔である水軌に目もくれず淡々と透明なガラスで出来たコップを拭いていた。

 そのマスターの後ろには沢山の酒が棚に設えてある。

 画面の中の世界にあるお酒は無論飲む事は出来ないだろう、恐らくこれはインテリアの一種だ。

 アイラはこういった類の物を好んでいるのか、年齢は分からないが随分大人めいた感性をしているんだな。

 少し薄暗く、静かで安心する感じは、子供の頃作った秘密基地と似た雰囲気で水軌も嫌いでは無かった。

 右側には直径1m程の丸型テーブルが3つ設けられている。

 しかしカウンターと違って椅子は無く、座って酒を飲みたければカウンターを使え、という事か。

 バー改めギルドルームの広さはカウンターの奥も入れても広くは無く、酒場と言ってもここは宴会等お祭り事を役立てる為に使うのでは無く、1人で静かに酒を飲みたい時に来る所だ。

 とは言え水軌は酒所なんて言った事が無いし、憶測でしかない。

 水軌は3歩ほどバーの中へと歩みを進める。

 どうやら今ここには水軌と、初老のお爺さんしか居ないようだ。

 瞬きの音すら聞こえてきそうな、静音としたワスレナグサのギルドルームは、水軌の心をリラックスさせる。

 辺りを物珍しげに観察する水軌を、怪訝の欠片も見せず職務?を全うしている老紳士。

 それとも水軌の存在に気付いてないだけだろうか?

 そこまで夢中になる程コップを拭くのが楽しいのだろうか。

 水軌はあのお爺さんに対して挨拶をしようかおもんばかる。

 あの人もきっと自分と同じワスレナグサのメンバー、そしてこれから共に戦う仲間だ。


「(新参である俺から挨拶しないとダメだよな...)」


 つい先程から年配の男性の事をお爺さんと呼んでいるが、あれは操作キャラクターの外装が年配の男性というだけで、中の操作している人間が実際にお爺さんと決まった訳ではない。


 挨拶をしようと水軌はカウンターへ歩み寄り、それを挟んで目の前に居るお爺さんを見据えた。


「あの...今日からこのギルドのメンバーになりましたミズキです。宜しくお願いします」


 なるべく悪い印象を与えないように、慎重に得体の知れない相手の内部へと踏み込んでいこうとする。

 水軌は上体を曲げたままの姿勢で返事を待つ。

 口と顎に白色の髭を沢山蓄えている老夫は、相も変わらずコップを白い布で擦る。

 辺りに漂う沈黙の重圧に、押し潰されてしまいそうになる。

 もしかして自分は初対面の相手に黙殺を決められてしまったのだろうか。

 いや、もしかして見た目に準拠して耳が遠いのか?

 そんな訳がない、このゲームで耳が遠いのは致命的だ。

 ひょっとして音楽を聴いているのかも知れない、それゆえに自分の声はこのお爺さんの耳に届かなかったのだ。

 しかし音楽を聴く程暇を持て余しているのならコップなんか拭いてないでクエストに挑戦でもすれば良いじゃないか、不可思議な人だ。

 無視を決められたショックから脳内で勝手に相手の事情を補完する水軌。

 もう一度大きい声で御挨拶しようと大きく口を開いたその時、横から幼い男の子の声が水軌とお爺さんの間を通り抜けて行く


「そこのお爺ちゃんはモブだよ?」


 意識を完全にお爺さんの方へ向けていた水軌は思い掛け無い声の出処に、心臓の挙動が止まりかけてしまう。

 まさか自分と目の前の男性以外、このギルドに人が入室しているとは思わなかった。

 年老いた男性の不可解な物腰にすっかり気を取られていた水軌。

 恐る恐る顔を横に向けて、異常に甲高い声の正体をこの目で捉えようとする。

 するとそこには、RSOの治安をそのまま体現したかの様にガラの悪い3人の男女が、水軌を釈然としない眼差しで見つめているではないか。

 水軌はオタオタしながらも、頭の裏底で自分が今このギルドルームに居る理由を説明しようと釈明文を考える。

 考えているのはいいが、その間の沈黙が辛くなってくる。

 このまま黙っていたら状況が今よりも悪化してしまうんじゃないか、危ぶんでしまう。

 何故今自分がここにいるかそれを分かりやすく説明する為、過去の記憶の欠片を本のページのようにパラパラとめくる水軌。

 先程お爺さんに対して言った言葉を再利用すれば良いだけの筈なのに、何故かそれを使おうとはしない。

 自分はこのギルドの長、アイラから勧誘された、それまでの経緯を簡潔に説明したかった。

 アイラの名前を出した方が一番手っ取り早くこの3人から信用を得られるだろうと、水軌は考えを巡らせる。

 釈明文を頭の中で考え、言葉を声に変えて待っている三人に発送しようとする。

 この間約5秒。

 しかしそれを遮って、頭を丸めた坊主男が物々しい形相で声を発した。


「お前は誰だ? もしかしてハイドランジアの野郎じゃねぇだろうな」


 突発に着せられた濡れ衣に、水軌は「違います違います」と切羽詰まりながら否定する。

 それだけでは当然疑いは晴れるわけもなく、坊主の男は今もなお水軌を鋭い目付きで睨む。

 髪を全て剃り上げたスキンヘッドに、顔の下半分を隠す異様に大きいマスク、そして上下に薄手の武闘着を着用したつり目の男は、体貌から、そして渋く低い声にもれなく妙な抑圧感を孕んでいた。


「ねぇ君どうやってここに入って来たの? 見たところ貴方初心者だよね?」


 ピンク色の長髪を、後頭部に束ねて垂らしているポニーテールの女性は、少し怯えている水軌を見て助け舟を出す。

 水軌の装備を一瞥して初心者だと断定した女性の考えに、スキンヘッドの男は抗議の声を上げた。


「いや、ずぶの素人がこのギルドのメンバーになれるわけがねぇ。こいつは初心者に化けたハイドランジアの組員だ!」

「何も知らないくせに決めつけるのは可哀想だよ。まずは誰に勧誘されたのか聞いてみようよ〜」


 まだ小さくて無垢な雰囲気を漂わせている黒髪おかっぱの少年は、戦いの姿勢を取ったスキンヘッドの男の腕を掴んで、流血沙汰にならないよう阻止する。

 金髪キツめ美女アイラ、丸刈りマスク男、着物を着たド派手な女性と中々ドギツイ面子が集まる中、この男の子の素朴な外見はある意味癒しだ。

 先程水軌が聞いた甲高くて聞き取りやすい声は、この少年の口から放たれていた。

 その声色は随分と女の子じみている。


 そしてこの世界では、外見がその人の全てでは無い。

 男が女の子のような外見でこのゲームをプレイする事だって可能だし、その逆もまた然り。

 つまり幼い女の子のような声をしたあのおかっぱの少年は、まだ年端もいかない少女かもしれない。

 そして恰幅の良くて強面の青年であるあのスキンヘッドの男性だって、偶然声が低いだけで現実ではか弱い女性かもしれないのだ。

 今もほら、上手く足を使って立っている水軌だって、現実では車椅子と杖が無いと移動すら出来ない、災難の星に生まれた高校生だ。


 閑話休題。

 水軌は少年の考えを了解して自分が誰に勧誘されたか説明する。


「このギルドの長、アイラさんに勧誘されたんだ」


 まるで炭酸の抜けたコーラの様な。

 水軌はアイラに勧誘されてここに居ると聞いて、3人は一斉に肩透かしを食らったように目を丸くさせた。


「アイラさんがお前みたいなレベル1の初心者を勧誘するわけがないだろ!? お前ワスレナグサというギルドがどれだけ偉大ものなのか知らねぇのか!?」

「レベル1の初心者ならワスレナグサの事なんて知ってるわけないでしょ?」


 それもそうだとピンク女の突っ込みを首肯するハゲ男は、一旦咳払いをして丁寧にワスレナグサの概要を語る。


「今俺達がプレイしているルピナス・ストーリー・オンラインというMMORPGには、2つの馬鹿でけえ勢力がひしめき合っている」


 男の説明を、一言一言頭の中から外へ漏らさないように黙々と聞こうと姿勢を正す水軌。

 何時間もマウスを握っているせいか、手は汗で湿っていて、ぬめっとした感覚が掌に伝う。


「その2つの勢力は犬猿の仲でな、いつ血で血を洗う争いが起きてもおかしくない現状なんだよ。その2つが何と何かお前に分かるか?」

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