ギルド加入-3

 アイラはぐっと手を握り、明後日の方向をぼんやりと眺める。

 少しばかり重い話になってしまい少しまごつく水軌。

 それにしても水軌が思っていた通り、アイラははにかみ屋のようだ。

 アイラの特徴である男らしい口調は現実の自分に対して持つ、屈折した想いから出来た代物だろうか。


「私も聞きたい事がある。"ミズキ"の顔は現実の"水軌"と同じなのか?」


 少し返答に困ってしまう水軌。

 正直に話しても良いのだが、良いとは思っているのだが、何故か得体の知れない不安感に小脇を突かれてしまう。

 まぁ、アイラは水軌の問いにきちんと答えてくれたのだ、こちらも対価とは言わないが正直に応えるのが筋だ。


「ええ、現実の俺の顔と同じです。初めは漫画の主人公のような格好良い顔にしようと考えたのですが、顔のパーツが多すぎて。幾分途中で面倒臭くなりました」


 水軌はポリポリと頭を掻いた。

 全く顔の知らない相手に自分の顔だけ把握されるという実状が少しむず痒い。

「そうか」と呟いてアイラは水軌の顔体を舐め回すように凝視する。

 しかしアイラの目には本当にミズキの体が写っていたのだろうか。

 ミズキの体とはまた違う何かを見ているような気味さえ感じる。

 そうして金髪美女の眼差しは水軌の体から水軌の双眼へと移る。


「水軌、君にお願い事がある」

「何ですか?」


 険しい顔をしたアイラを目の前に水軌はゴクリと唾を飲む。

 その願い事というのは一体何なんだろうか、断ったら殺されそうな気配がアイラの顔色から感じ取れてしまう。


「私のギルドに入ってくれないか?」


 穴が開いてしまいそうな程アイラは水軌の目を見つめる。

 まるで鎖で繋がれたかの様に、水軌の意識はアイラから離れる事が出来なかった。

 アイラと水軌は初対面。

 2人の性格、思考、傾向等全く持って知らない為、お互いの波長が合わない場合もある。

 その可能性を踏まえ何故アイラは水軌を自分のギルドに誘おうと思い至ったのだろうか?

 アイラのギルドに加入し、足手まといになっている自分が簡単に見てとれてしまう。

 更にアイラのギルド、ワスレナグサが少数精鋭だった場合、大方メンバー同士が仲良く結束が固いだろう。その際新参者の水軌の加入により和を乱してしまうかもしれない。

 解せない、確かに解せないがNoという選択肢は水軌の頭の中には無かった。

 何故自分に構ってくれるのか、何故ここまで自分に興味を示してくれるのか。

 初心者の水軌を、アイラの様なヘビーユーザーが創設したギルドに勧誘してもメリットはほぼ皆無と言っても過言ではない。

 然しアイラは、水軌を見て一体何を見出したのか。アイラにとって水軌は一体どういう存在なのだろうか、水軌はそれを知りたい。


「良いですよ。ギルドの足枷になってしまうかもしれませんが宜しくお願いします」


 アイラは水軌の返事を聞いて一息吐いた。

 断られた時の返事を想定していなかったようだ。

 手を前に出して握手を求められ、水軌は快く応える。


「誰だって最初はレベル1、これは現実でもゲームの世界でも変わらない。そんな事一々気にしなくて大丈夫だ」


 にっこりと微笑むアイラと水軌の間を挟むように青白い板状の光が浮かび上がる。

 板状の光もといメッセージウインドウは、ギルドワスレナグサに加入しますか? と水軌に対して疑問を投げかける。

 勿論ウインドウの下部にはいといいえの選択肢。

 この選択肢によってこれから一体どんな事が待ち受けているのか、それは水軌にもアイラにも分からない。

 いいえにしておけば良かった、そう思ってしまう未来がはいの先に潜んでいるかもしれない。

 それでも水軌は迷う事なく、一路にはいをクリックした。

 人生とは数多の選択肢が幾重にも重なって出来る万物。

 今水軌が直面していた選択肢がどれほど大きな別れ道なのだろうか、無意味な想像に時間を費やすのもまた一興だろう。


「あともう一つ」とアイラは人差し指を立てる。


「敬語なんて使わないでくれ。私は敬語を使われる程優れていないからな」


 どうやら敬語が嫌なそうだ。

 確かに水軌も敬語はあまり好きではない。

 何故か自分と対等な立場でも、敬語を使われるとその人が遠くの存在の様に感じてしまう。

 けれども、アイラを目の前にすると自然と敬語で話してしまう。

 頭では分かっていても、自然と体は敬語を使ってしまう。

 目には見えないアイラのオーラがそうさせているのだろう。


「わかりまし...分かったよ。アイラ」


 アイラの気によって顔を出した敬語をなんとか口の中に戻す水軌。

「よろしい」と頷くアイラは、早速私達ワスレナグサのギルドルームに入室していかないかと提案する。

 ギルドルームとはギルドメンバーだけが入室する事が出来る部屋で、秘密基地みたいな物だと言ってしまえば分かりやすいだろうか。

 アイラのようなギルドの創設者、つまるところギルドマスターがギルドを発足させた時点でギルドルームは無償で創造される。

 また、部屋の内装は自由に設定する事が可能で、更にはNPCを雇う事も。

 勿論これは無償ではなくゲーム内で流通している通貨を払う事によって手中に収める事が出来る。

 ギルドルームの大きさはギルドの規模に比例して大きくなる為、金も人員もいない黎明期のギルドルームは一般家庭の物置きのような簡素なものとなっている。

 そして先程も説明したと思うがギルドルームにはそのギルドに属しているプレイヤーしか入室する事が出来ない為、外部で口にしてはいけない機密事項を語らうのにとてもコンビニエンスな仕組みだ。

 初心者狩りに襲われるも、アイラの救いの手によって辛くも命脈を保つ水軌。

 今頃ハルト達は一体水軌に対してどのような思いを抱いているのだろうか、ハイドランジアのギルドルームを介して噂になっていないだろうか。

 基本水軌は平和主義な思想を有している為、今日の出来事によりハイドランジアと自分との間に遺恨が残らないか不安であった。

 ハルトの話を聞く限りハイドランジアは結構有力なギルドの一つ。

 私怨を持たれた場合このゲームで肩身の狭い思いをする事になるだろう。

 閑話休題。

 今日は休日だ、先ずギルドルームには水軌の知らない人達が待ち受けている。

 極度ではないか人見知り気がある水軌には多少の心の準備が必要ではあったが、早く行くぞと光度の高い笑顔を向けてくるアイラに押し負けて、ギルドルームに入室する事にする。

 が、まだクエスト1に取り組んでいる最中である事をすっかり忘れていた水軌。

 ここでクエストを中断してギルドルームに入室してしまうと、クエストは不成功扱いとなり、ここまでの努力が水の泡となってしまう。


「まずはクエストを遂行しないと。後ゴブリンを1体倒せばクリアだし頑張って探してみるよ」

「私とした事がクエストの途中だということを忘れてしまったな。大丈夫、頑張って探す必要は無いよ」


 そう言ってアイラは指の先をおでこにあてて目を閉じる。

 急に何を始めようとしているのだろうか、アイラの可笑しい行動に水軌の頭の中はクエスチョンマークで埋め尽くされる。


「交差する意識リチェルカ


 ぼそりとアイラが異国語らしき聞き覚えの無い単語を発すると、ゆっくりと目を開けて手を下ろす。


「野生のゴブリンの居場所は大体掴む事が出来た。早速そこへ向かおうか」

「さっきのは一体...?」


 何かを念じていたような、魔法使いが魔法を唱えているようにも見える。

 先程の奇怪な行動について何も解説しないで、足を運ぼうとするアイラ。

 まるで常識の一つのような、この世界では知っていて当たり前のように振る舞う。


「ああ、水軌はまだ私が放った炎の魔法しか知らないのか」


 魔法、というワードを聞いてやっとアイラの行動の意味を把握した水軌。

 交差する意識リチェルカ、というのは直近アイラが水軌を助ける為に放った炎と同じ魔法という事だ。


「魔法を唱えるには、ジェスチャーが必須だ。そのジェスチャーは魔法毎に違う、まぁ勝手に動いてくれるから一つ一つ覚える必要はないが。だが強大な魔法だと必要な動作が膨大で発動に時間がかかる。これは覚えていた方が良いぞ」


 アイラはそれに付け加え話を続ける。


「私がさっき唱えた魔法は交差する意識(リチェルカ)は、半径1キロ内に存在するモンスターを探知してくれるんだ」


「察知可能なモンスターは魔物使いが飼っているモンスターも含まれているのか?」


「いや、野生のモンスターだけだ」


 それは今の状況に適宜てきぎで優良な魔法だ。

 現在、原子の森には大量の初心者狩りが徘徊していて、奴らは様々な手段を用いり初心者を血祭りに上げようとする。

 その中でも非常に姑息な手の一つ、魔物使いに雇われている非常にレベルの高いゴブリンが野生と混合し、野生と見間違えハントしようとする冒険者を返り討ちにするという方法だ。


 また枯れかけている神経をすり減らしてゴブリン狩りに行かなきゃいけないのか、と肩を落としていた水軌にとってその魔法の存在は吉報。

 それは胸の奥に沈んでいた士気を喚起する形となった。


「そういえば俺を助けてくれた炎の魔法も凄い迫力だったな」


「大地の憤怒メタトロンの事か、MPを大量に消費するのが玉に瑕だが威力は折り紙付きだ。目の前で見た水軌ならあの魔法の威力が分かるだろう。飛んでいる相手には効かないのが弱点だがな」


 目の前で見たというか、あの魔法に関しては目に焼き付けられたと言ってもいい。

 物理的にも。

 初心者狩りのような悪人を大地の炎怒メタトロンで焼き尽くしたら大層気持ち良いんだろうな。

 恣意しいな妄想に夢中になっている水軌を見てアイラはせり立てる。


「さぁ、ハイドランジアにゴブリンを狩られる前に狩ってしまうぞ」


 水軌は妄想からゲームの中へ意識を戻して静かに頷いた。

 交差する意識リチェルカで探り当てた野生のゴブリンは南に400メートル付近に生息しているらしく、現実に比べてスタミナという概念が薄弱しているRSOの世界なら無休憩で走り50秒くらいだろうか。

 あくまでもこれは水軌の能力ステータスに準拠した推測であり、アイラがどのくらいの速さで走るかは見当もつかない。

 さらに走って50秒と言っても平坦で何もない所の話。

 舗装された道を歩くどころか草木が生い茂り、自らが道を作っていかなければいけないこの環境では一体何分かかるのだろう。

 そんな水軌の懸案をアイラはいとも簡単に、そして豪快に片付けてみせる事になる。

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