ギルド加入-2

「失礼。君もハイドランジアの可能性がスズメの涙程ある為、少し様子を伺って居たんだよ。怖がらせてしまったかな?」


 と言って女性はフードを脱ぐ。

 すると後ろに纏めていた女性の長い髪が、波を打って姿をひけらかした。

 腰元まで伸びる髪はまるでひまわり畑の様な明るい黄金色に染まっていて、僅かな太陽の光をも完璧に捉え煌々と輝く。

 水軌はその瞬間、約1秒程のごく僅かな間が衝撃という名のトンカチによって何倍も何倍、平たく叩き伸ばされて時が止まっている様に見えた。


「い、いえ、大丈夫です。そして改めて有難う御座います」


 完全に見惚れていた。

 水軌は女の小汚い服装と艶やかな顔のギャップに戸惑いながらも、頭の中で状況を整理する。


「ところで...」と女性が何かを言いかけたが急に口を噤んで咳払いをした。


「どうかしたんですか?」


 異変を感じ取り疑問の言葉を投げかける水軌、女性はそれに対しもう良いんだと取り繕う。


「それよりも自己紹介をしないか? これも何かの縁。お互いの事を知って損はないだろう」


 女性が呟いた「ところで」の後の言葉は一体何なのか、何か自分や水軌にとって都合の悪い内容なのか、気になる点ではあったが探るのは一旦止めておこう。

 そして水軌は女性の自己を紹介し合おうという提案に対して、快く引き受けようとする。

 が、すんでの所で踏みとどまる。

 水軌はハルトや初心者狩り及びハイドランジアの一件により、人間に対する用心が一時的ではあるが深く深くなっていた。

 その所為せいで急に自分の事を探ってくるこの女性に対して不審感を感じ取ったのだ。

 自意識過剰過ぎるかもしれないが、一応安全策を取ってみる水軌。


「あの、何故俺を襲っていた輩がハイドランジアだと把握しているんですか?」


 そう、先程この金髪の女性はハイドランジアという単語を確かに呟いていた。

 彼奴あいつらの事だ、一体どんな手で俺達初心者を毒牙にかけるか分からない。

 この金髪の女性も水軌を油断させ、後ろからサクっと息の根を掻っ切る可能性もある。


「1週間程前、クエスト1に潜む初心者狩りの噂を小耳に挟んでね。私は弱い者虐めをする奴が大嫌いなんだ、取沙汰を聞いて直ぐクエスト1に向かったよ。普段の装備じゃ目立ってしまうからなるべく目立たない服を着て」


 成る程、それ故路上生活者の様な格好をしているのか。

 然しその端麗な顔とその服のギャップで逆に目立ってしまいそうだが、よく考えてみればここはゲームの世界だった。

 自分で自分の顔を思い通りにできるのなら、誰だって美女美男にするだろう、結果美形の比率が自然と上がり"美女美男で当然"という見解にこの世界はなっている。

 その為金髪美女が小汚い格好をしていても目立たない世界になっていた。

 勿論、水軌の様にキャラメイクで四苦八苦して苦肉の策だが自分の顔と全く同じにする人間も少なからず居る。

 金髪の女は自分の着ている一体何の皮で作られたのかすらも分からない程汚れている茶色のコートを、穢らわしそうに親指と人差し指で摘みながら話を続ける。


「私自らが囮になり、初心者狩りが現れるまで淡々と原子の森を彷徨っていた。そしたら馬鹿な魚みたいに簡単に釣れたね。初心者だと推し量り襲った相手は実はネットゲーム廃人で返り討ちに遭ってしまった、なんて無様なんだろう。とても清々しい気分になれた、しかも結構楽しいし一石二鳥だよ」


 金髪の女性は天に向かって大きく高笑いする。

 この人も一歩間違えたら初心者狩りになってしまいそうだなと剣呑な不安を水軌は脳裏によぎらせてしまう。


「という事は1週間前からハイドランジアを狩って回っているんですか?」


「ああ、最初に倒した初心者狩りのユーザー情報を見たらあの悪名高いハイドランジアというギルドの構成員でね。これは何としても食い止めなきゃって私の正義感がうるさくてしょうがなかったんだ」


 ここまで金髪の女性の口述を聞いて、とても熱い性格の人なんだなと水軌は感じた。

 弱い者虐めが嫌いで、自らの時間を削りクエスト1に巣食って悪事を働くハイドランジアを倒して回っている。

 はっきり言ってこの問題は金髪の女性に一切関係が無い。

 初心者狩りは初心者しか狩らないし、更には相対的に1億円を狙うライバルも減って恩恵を受ける事が出来る。

 更にはハイドランジアのメンバー、つまり自分と有人プレイヤーを倒しても、モンスターを倒した時の様に経験値もお金も装備品も手に入らない。

 今こうしてる間にも、自分と競り合っていた同じくらいの実力のプレイヤーにどんどん差をつけられているという事だ。

 それでも、自分の心の中に潜む正義感に従順で、善悪をハッキリ区別出来るこの人なら大丈夫かもしれない。

 勿論、PCの画面の向こう、現実世界にいる金髪の女性がどういう人かは分からないが。

 ここの世界に現実なんて物は関係ない。

 画面の向こうの世界は、そこにある物が全てであり絶対なのだ。


「まぁ、私がハイドランジアの構成員じゃない事はユーザー情報を見れば分かるよ。私の体に標準を合わせてクリックして見ると良い」


 水軌は促されるまま金髪の女性の体に標準を合わせてマウスの右ボタンを押す。

 すると水軌の目の前に青白い板状の光が浮かび上がり、そこには金髪の女性の基本情報が載っていた。


『Name :アイラ

  Level : 475

  Class :魔法使い

  Guild :ワスレナグサ 』


 ユーザーの情報が見れるといってもあまり細かい情報が見れるというわけではない。

 基本中の基本の情報だけが簡潔に表示されるだけである。

 この金髪の女性の名はアイラ。

 そして名の下に表示されているその人のレベルを表す項目、水軌はそれを見て絶句する。


「レベル...475?!」


 水軌は本当に自分はネットゲームに関して無知なんだなと身に染みて思う。

 まず最初に水軌はレベルの上限が99では無い事に驚く。

 まさかその10倍の999だというのか?

 いや、このゲームに関しては何から何まで水軌の予想の大気圏をぶち壊されてきた。

 99の100倍、9999かもしれないし、99の1000倍、99999かもしれない。

 そしてアイラの475という数値は水軌の475倍。

 後474回自身のレベルを引き上げなければ辿り着けない境地。

 アイラは吃驚仰天している水軌を見て照れ臭そうに頭を掻く。


「やっぱレベルを見られると私が暇人ってバレてしまうから嫌だなあ。ニートでは無いんだが家に居ると何かと暇なんでね、こういう現状になってしまった」


 アイラは頬を赤らめている、先刻のクールな表情とは正反対で女の子らしさを感じる。

 画面の向こうのアイラもゲームと同じ表情をしているのだろうか。

 閑話休題。この話を後回しにするには余りにもインパクトがあり過ぎるが、一旦レベルは置いとく事にした。

 そしてレベル表記の下、職業を表示する項を見ると水軌と同じ魔法使いである事が分かる。

 水軌が剣ヶ峰けんがみねに立たされて尚瞬時に一変させてくれたあの炎の魔法も、いつか自分も使えるのかと思うと胸が高鳴る。

 最後にその人が所属しているギルドを表す項を軽く目に通すと、ハイドランジアとはまた違う単語が表記されている事に気付く。


「ワスレナグサ...?」


 水軌がその単語を口にするとアイラはやっとそれに触れてきたかと言わんばかりに時を移さず反応する。


「ワスレナグサというのは私が作ったギルドだ」


 アイラは自身の胸に手を当てて、誇らしげに誇張する。

 ギルド、という単語は今日だけで何度も聞いた。

 そして全てのギルドがハイドランジアのような悪質な習性を持ってはいない事を無論水軌も承知していたが、つい脊椎反射のように「ギルド...」と言葉を折り返す。

 アイラはそんな様子の水軌を目の当たりにして弁明する。


「ハイドランジアのような悪さはしていないし、ただ私のようにゲームが大好きな人を集めただけだ。この世界に悪質なギルドは沢山存在するが私の作ったワスレナグサには良い奴しか存在しない」


 最初に見てしまったギルドがハイドランジアの様な不善極まりない連中だと、ギルドそのものが悪、だと見做してしまうのも仕方が無い。

 何事も第一印象が大事。

 よく人は外見よりも中身が大事だと言う人もいるが、まず外見が良くないと中身を知ろうとしないのだ。


「知ってますよ。まだ会って間もないけどアイラさんは悪い人には見えない」


 それに水軌の目から見てもアイラは悪い人に見えない様だ。

 これも第一印象の効果、というべきか。

 否。

 アイラの第一印象は良くなかった。

 然し第二印象、第三印象が良い方向に働いた。

 勿論第一印象も大事だが、第一印象だけで終わらせず、いかに良い方向で第二第三へ持っていけるかが初対面の人に対して大事なのである。


「ははは、有難う。この顔だと結構キツめの性格だと思われる事が多いものでな、唐突にそんな事を言われると恥ずかしくて仕方がないよ」


 再び顔を赤くして恥じらいを見せるアイラ。

 顔はともかく口調に反して意外と照れ屋なのかな? とふと頭の中にできた問いをそっと仕舞い込む水軌。

 こういう質問はもっと仲良くなってからしよう。


「アイラさんはどうして自分のキャラをそのような顔にしたんですか? まさか現実と同じ顔だったり?」


 "そのような顔"は文章では少し耳に障る言い方だが決してアイラがメイクしたキャラの顔が不恰好、不細工なわけではない。

 つり目で鼻が高く、少しでも何かを加えたら一気にその美貌が崩れそうな繊細さを兼ね備えている。

 それは海外で有名なモデルと言っても信じてしまいそうな程だ。

 もし現実に存在するならば女の子からの熱視線、そして憧れの的。

 確かに性格がキツそうで、どちらかと言うと女から支持されて男からはあまり興味を注がれない顔ではあるが、美しい事には変わりはない。


「現実の私は気が弱くて人と話すのが苦手でね。せめてこの世界では堂々と生きたい、そんな事を思いつつキャラメイクしていたらこんな顔になってしまったんだ。現実の私がこの顔だったらどれ程楽しいだろうか、これは私の愛欲が具現化しただけだ」


 ストローの様な口を持つ小さな鳥は、自分よりも更に小さく、木の枝に体を預けるやわなサナギの体液を、美味しそうに啜っていた。

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