初心者狩り-4

「僕のせいで...夢路さんが...せめてあのゴブリンだけは!」


 ハルトは目の前で静観しているゴブリンを睨み付ける。

 対してゴブリンはハルトの威嚇にも動じず、いつでもかかってきなさいと言わんばかりに、戦いの姿勢を取った。

 木々の間から一陣の風が吹いて、落ち葉が波を作り横を過ぎ去っていく。

 しかしあのゴブリンは今まで水軌達が戦ってきたゴブリンとは一味も二味も違う。

 人に操られている様な、そんな気が水軌の脳裏をよぎる。


「もういいよハルト。逃げるぞ」


 仲間が血を吐いて死亡、目の前には恐るべきモンスター。

 それでも、その状況に身を置きながらも、水軌は冷静だった。

 ゴブリンよりも相手にしなければならない敵が、そこには居たから。


「なんでですか! 夢路さんの仇を取りましょうよ! 2人で協力すれば絶対に勝てます!」


 一つの感情に支配されているハルトは、ここでアイツを倒そうと引き下がらない。

 確かに2人で協力すれば絶対に勝てるな。

 果たしてゴブリンを人と数えていいのか分からないが。


「そうか、じゃあ俺は逃げる。お前は1人で戦ってるがいいさ」


 水軌も引き下がらない。

 ハルトと水軌の意見がすれ違う中、依然としてゴブリンはつぶらな瞳の中に殺意を浮かべる事はない。

 ハルトは自分の意見に聞く耳を持たない水軌に押し負けて、武器をしまう。


「分かりました。じゃあ逃げましょう」


「ああ、俺についてこい」


 水軌とハルトは異様に強く、どこか不合理なゴブリンから走って逃げる。

 ハルトは水軌についていく形で、一体いつまで走り続けるのか見当がつかなかった。

 ゴブリンは追いかけずその場に仁王立ち。

 あのゴブリンは明らかにAI、人工知能の動きではない。

 人に操られている。

 そういえば魔物使い、という職業もあった筈だ。

 それなら先程のゴブリンの挙動の辻褄も合う。


「一体いつまで逃げ続けるんですか?」


 目の前を走る水軌が、考え無しに闇雲に走っている様にしか見えず、ハルトは遂に痺れを切らす。


「そうだな、ここら辺でいいか」


 ハルトの申し立てを聞いて水軌は足を止める。

 現実ではもう体験する事が出来ない、自分の足を使って走る楽しさ。

 水軌は無我夢中になって走り、今いるこの場所はマップの最北端の所だ。

 人の気は一切無く、少し薄暗い。

 野鳥が平和な森を讃えてさえずる。


「それにしても、なんであのゴブリンだけ異様に強かったんですかね」


 ハルトは苦虫を噛み潰したかの様な顔をしていた。

 それもそう、あと1体を倒せばこの退屈なクエストをクリアできると言うのに、最後の最後でこんな仕打ちは酷いものだ。


「あのゴブリンは魔物使いが操っていたゴブリンだと思う。俺達みたいな初心者ばかりのクエストにあんな強いモンスターが存在するわけない」


 水軌は踵を返してハルトの両目をジッと捉える。

 ハルトは水軌と目が合うと何か都合の悪い事でもあるのか目を逸らす。

 よく見ると視線は落ち着きなく左右に揺れていた。


「でも人に飼われているモンスターは、飼い主の命令でもない限り人は襲いませんよ? 魔物使いが僕達を襲う理由なんてないじゃないですか」


「飼い主が初心者狩りだったら襲うと思うよ」


 間を置かず水軌はハルトの考えを打ち砕いていく。

 相変わらず周辺には人やモンスター気配は無く、2人の間には静寂の二文字が存在感を放っていた。

 先程まで水軌の意見に反論できず口をつぐんでいたハルトが、静寂を切り裂く。


「というかどうしたんですか水軌さん。さっきからなんか怖いですよ? あぁ、間違って毒薬草を渡してしまった事は本当に反省してますし、そんなに怒らないでくださいよ」


「その事に関しては怒ってないよ。人間なんだし失敗する事は誰にでもある、それに夢路はちゃんと現実では生きてるからね。後被害にあったのは俺じゃないしな」


 水軌はゲーム仲間が殺されて激昂する程熱い男では無い。

 カサカサと、落ち葉が音を立てて風にそよぐ。


「なら良いじゃないですか。水軌さんは普段から無口なのにより一層無口になって本当不気味だったんですから」


「ごめん、考え事をしていたんだ」


「一体何を考えていたんですか?」


 怪訝そうに眉をひそめるハルト。

 水軌はゆっくりと口を開く。


「ハルトは俺達と出会った時に、もう文月は殺されていたんだよな?」


「はい、そうですよ。無我夢中で初心者狩りから逃げていたらいきなり血塗れの死体が目に飛び込んできてビックリしましたよ」


 ハルトはこのゲームのリアルさに嘆き溜息を吐く。

 そして水軌の頭の中にあった腑に落ちない点は蒸発して消える。


「じゃあ何故お前があんな言葉を放ったのか俺には到底理解できない」


 いや、理解していた、しかし理解したくなかった。

 あの時にただ疑問に思っただけで済ますのでは無く、その疑問に対して適切な処置を取れば良かった。


「あんな言葉って何ですか?」


「俺、お前、夢路で心機一転クエストを頑張ろうと意気込んでいる時にお前は砂へと変わった文月の死体を見て何を言ったか覚えているか?」


 ハルトは首を傾げて必死にその時の情景、そして自分が何を言ったか思い出している。

 予想通り覚えていない様だ。

 太陽が雲に隠れ、薄暗い森の空気は一段と陰気臭くなる。

 水軌は脳内で必死に探し物をしているハルトの手助けをした。


「酷いですよね。薬草を探している無防備な所を不意打ちで狙うなんて、とお前は言葉を発した。なんで俺達が薬草を探していた事を知っているんだ? お前曰く俺達と出会った時にはもう薬草は探していない筈だ」


 ......。

 抗議の声すら上げない。

 ハルトはそっと右手にポケットナイフを掴む。

 夢路の様な刃が木で作られた木刀の様な物では無く、硬質な鉄で作られた正真正銘の刃物。

 丁寧に研磨された刃は目立つ事を自重しながら静かに、水軌の喉元を狙っている。

 右手に潜むポケットナイフ、それはハルトの正体を安易に表していた。


「何故俺達が薬草を採取していた事を知っていたか、それはお前が初心者狩り故、恐らく初心者の俺達を影から付けて殺すタイミングを伺っていたんだろ?」


 ハルトは相変わらず何も言ってこない。

 いつもの陽気な顔とは真逆の、澄ました顔で俯いている。

 白状もせず、否定もせず、ただ口を一文字に結ぶ。

 なぜ頑なに自分が初心者狩りだと打ち明けないのか。

 それとも画面の向こう、現実のハルトは自分が初心者狩りだと疑われショックを受けて無言なのか、水軌には分からない。

 実際水軌の勘違いで、ハルトにはかなり失礼な事をしているのかもしれない。

 が、水軌は話すのを辞める事は無い。

 自分が不可解に思った事を脳から口へと吐き出し続ける。


「お前も俺達と同じく初心者狩りに不意に攻撃をしかけられたらしいが、どういう手段を使って命辛々俺達の所まで逃げてきたんだ? そしてその切り傷だらけの装備、何発も攻撃を喰らったんだろう。初心者同然の装備と能力ステータスでよく初心者狩りの猛攻に耐える事ができたな」


 まだ俺の話は終わってないぞと言わんばかりに、口を開こうとしたハルトを遮って話を続ける。


「お前はどういう訳か、野晒し状態の死体がどの様な方法で後始末されるのか知っていた。本当に俺達と同じ初心者ならば知らないのが普通だと思うがな。仮に道中たまたま死体を発見し、それを切っ掛けに把握したのであれば今更文月の死体にあそこまで動揺するわけがない」


「もういい、もういいよ。僕に弁解の余地が無いのは分かったから」


 やっとハルトが口を開いたと思ったら、今迄の余所余所しい敬語口調とは違う。

 まるで友達と会話する時に使う様な他愛ない口調にへと変化する。


「でも水軌さん、貴方の推測には間違っている点が存在する」


 ハルトは右手に潜ませていたポケットナイフを勢いよく水軌の顔へと向ける。

 先程まで目立つ事を自重していた刃は殻を破り、木漏れ日を自らの体に取り込んで水軌の眼球に向け光を放つ。


「僕は文月さんを殺していないし、コソコソと付いてきて殺すタイミングを伺ってもいない」


「なら誰が文月を殺したんだ」


「恐らくハイドランジアのメンバーだろ」


 ハルトの口から放たれた"ハイドランジア"という単語に、水軌は疑問符を頭の上に浮かべた。

 ハイドランジア、という花があるのは知っている。

 されど急に花の話になる訳がない。

 花とはまた違う何かの意味が、ハイドランジアという単語に含まれているのだろう。

 水軌は話の文脈から到底予測もつかない花の名称を聞いて理解できず「ハイドランジア?」と反復してしまう。


「ああ、ハイドランジアっていうのはギルドの名前だよ。それにしてもハイドランジアの存在を知らないなんて無知っていうのは酷だね」


 ハイドランジアは花の名前では無く、ギルドの名前だと解明しても謎という名の暗雲はまだ晴れない。

 木の幹から琥珀色の樹液が流れ出し、現実には存在しない彩り豊かな甲虫類が、水軌達に目もくれず甘い汁を吸う。


「何故そのハイドランジアというギルドのメンバーが文月を殺したんだ。初心者狩りというギルドでもないのに」


 ハルトは水軌の顔に向けていたナイフを下ろして、やれやれと肩をすぼめる。


「初心者狩りなんて名前のギルドは存在しないよ。僕を含めハイドランジアというギルドメンバーが初心者狩りをしてるんだ」


「解せないな。ハイドランジアは何故初心者を狩っているんだ? お前が前に言っていた自己顕示欲を満たす為か? 」


「初心者を遊猟する大抵の馬鹿共はそうだろう。とは言え僕達ハイドランジアはそんな間抜け達と一緒にされては困る。何も考え無しに初心者を狩っているわけじゃないんだ、ある目的のために行動を起こしているんだよ」


 不敵な笑みを浮かべるハルト。

 その笑みは、瞳孔が開ききった瞳と相まって不気味にすら感じる。

 そしてそのハイドランジアというギルドの目的とは一体何か。

 水軌は考えようと思考を巡らせようとしたが、するまでも無かった。

 このゲームの目的と言ったらアレしかないじゃないか。


「賞金10億円か?」


 そう、このルピナス・ストーリー・オンラインに存在する"ラストダンジョン"

 それを1番最初にクリアした者には賞金10億円を受け取る事が出来る。


「その通り。ラストダンジョンを1番最初にクリアするのは僕達ハイドランジアだ。どうせお前も賞金目当てに、生半可な気持ちでこのゲームを始めたんだろ?」


 まるで自分がハイドランジアのボスかの様に堂々と全プレイヤーへ宣戦布告するハルト。

 とは言っても目的である賞金10億円と、それを取得する為の段階である初心者狩り。これら2つに全く関連性を見出せない。


「目的が賞金10億円なら勝手にラストダンジョンに挑戦すれば良い。俺達初心者を狩る必要は無いじゃないか」


「勿論ラストダンジョンにも挑戦してるよ、ハイドランジアのボス率いる精鋭達がね。されど最前線に立ち、全てのプレイヤーを圧倒する力を持つ我らがハイドランジアのボスでも、これからのRSOに対して危惧を抱いている」


 ハルトは一旦口を閉じて、またゆっくりと口を開く。

 先程からハルトの話し方には何か引っかかる点がある。

 比較的マイペースに喋り、一気に話の核心を口に出さず小出し小出しに話を展開していく。

 まるで時間を稼いでいるようにも思えた。


「ボスは行く末のRSOに、自分達より強力なプレイヤーが出現するのを恐れた。でもそんな歯痒い思いも簡単に解決出来る。その芽が大木になる前に摘んでしまえば良い。こうして僕達は初心者狩りを決行した」

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