6. 神の血脈

「やはり、現れました……か、と」

 島嶺は目の前のコンソール上のデータを眺めながら一人呟いた。


 しかも、ご丁寧に瑠美那が今後通学する予定の学園内に。ま、彼女自身が在籍するのは普通科だが。とはいえ、当然予想された事態とはいえ、的確に“こいつ”の痕跡が残る場所を嗅ぎ当ててきたその本能の鋭さに若干禁じえぬ恐怖を感じる。その“恐怖”を目の当たりにし、体験したのは海堂教授その人であったのだが、やはりとりあえずの措置として、レプリカを置いてきたのは正解だった。


 ――デュナン・リトラス。先週転入してきたばかりの謎の転校生。確かにプロフ自体には何の疑わしきも感じられないが、時期が時期であるし、あまりにタイミングのよすぎる転入である。画面上に映し出されたカメラの記録映像に映っているのは、手元のプロファイルデータに添付されている写真と同一人物。その少年が、あの無人島で発現した「龍神」と同じ眼の色、そして怪しげに輝く赫光のオーラを全身から発している。


 これでマークしなければならない人間が一度に二人になってしまったわけだが、シェイプ・シフト――標的に憑依し肉体を乗っ取り、さらにその血を持つその人間を媒体として分離形態となる「龍神」に顕著である現象を考え併せれば……バイロケーション、よくある死後体験で語られる霊体(アストラル体)の体外離脱現象での魂の二分化を肉体的に固定したようなものなのだが、それが出来るのも、要するに「龍蛇の巫女」の力であるのかもしれない。


「しかし、一体何なんだ……なぁ金城ハカセ」


 若干冗談めかして言いつつも、その実それは事実だった。そう、俺自身が今まさに直面している現状も、それにアンタが残してきた実績も。いや、この場合“血”というべきか。金城瑠美那の実父である金城隆志。故人となった今でこそ謎の多い人物だが、確かに俺たちは、あそこで人の禁忌を冒した実験をしていた。琉球弧は八重山諸島最南端、与那国島海底地下深く。最初は只の変わり者かと思ってたが、正直驚いたぜ。


 まぁ、めでたく瑠美那が生まれて研究から手を引いたのもつかの間、例の一七年前の地球規模での大災厄がため、結局アンタは……。何なんだろうな、要するに天罰が下ったという割には、アンタは最後まで拒み続けていた。いや、それを今にまで引き継いでいる俺自身こそが、真に天罰を受けるべき危険人物なのかもしれんが。


 思わず苦笑いしてから、ひとしきり思案に耽る。

「神の血族――、」

 そんなわけがあるか。そう否定しながらも、島嶺はある仮説定義を脳裏から拭い去れなかった。


 イザナギ、この日本はかつて神の国と言われていた。その天皇家自体が神の血脈であるという。確かに八百万の神々がおわすと信じられていたこの国の魂そのものに深く根付いた信仰は伊達ではない。決して表立って信仰という二文字に表現しなくとも、その精神は日本人のDNAに綺麗に刷り込まれている。


 それが何を意味しているのか。我々はそれと知らず、神の血脈を受け継いでいる。それがどこからかやってきた、海のものとも山のものとも解らぬままに。ただ存在するのは、太陽と月、そして海と自然。それらが織り成す絶対的なものへの目に見えぬ、縄文の古代からの根深い信仰心のみ。


 ――ならば、これは。


 報告では、龍神の映し身の少年が録画画面で告げていた通り、大国ガイアのギルガメシュ財団から密かに奪取した代物であるという。まさに勾玉状の胎児。それを知ってか知らずか、あの銀狐め。泳がされている、目に見えてそう感じながら、何を考えているのか判らない、あの銀縁眼鏡の奥の眸と、その背後にあるガイアという得体の知れぬ大国の深淵に怖気が走る。


 島嶺は、あたかもコンソール台の片隅で呼吸しているかのようにも思える、深緑の袱紗に包まれた得体の知れない未知の物体を一瞥すると、それからえもいわれぬ波動が送られてくる気がして、柄にもなく怖じける自分自身を感じるのだった。


「シュメール、シュメル、スメル……出来すぎた話だがな」

 瑠美那に金城隆志。龍神、イザナギ、ギルガメシュ財団、白のメシア……。

 まさか、ムーとかアトランティス、それに宇宙人の介在を信じるわけじゃないが。

 それこそ眉唾ものだ、一笑に付して研究室を出ようとした時、一瞬、背後で何かが笑う気配が部屋に満ちた。


     *


 ――コロセ、コロセ、殺せ……!

 その瞬間、睦月真吾はハッとして目覚めた。なんだ……。


 ベッドの上で起き上がると、いつしか激しい動悸に襲われ、酷い寝汗を掻いていた自分がいた。何か怖ろしい夢を見ていた気がする。嫌だな。イオリゲルとしての特質ゆえ、時々こんな風に、あらゆるものから念波を受ける。それはよいものから、そして時には悪いものまで。要するに霊感に似たようなものなのだが、彼らのそれは、決して死者からのものだけとは決まっていなかった。


『我々の能力に関しては、未だ解らないことの方が圧倒的に多い』


 キリアン隊長のその言葉が脳裏に蘇る。僕たち自身でさえ、自分たちのことをよく解っていないのに。人間は、その脳の一部分のみを使用しているだけで、あとの残り九十パーセントはずっと眠った状態にあるという。その未知の部分が活性化される瞬間が時にある。それを自発的能動的に行っているのが、我々イオリゲルなのだと。しかしそれも、自分自身で完全にコントロールできているとは決して言い難い。


 ――僕たちは、自分自身の意思とはかけ離れたところで、様々なことが分かってしまう。別れ際、少しだけ寂しげな表情をした諒牙の言葉を思い出す。


 本当は、こんな能力ない方が幸せなのに。それでも避けられぬからこそ、この生き方を選んだ。それなのに……。いずれ誰かと傷つけあう。そんな哀しくも怖ろしい予感を、真吾は一人振り払った。


 瑠美那さん、元気にしてるかな。その太陽のように明るい笑顔を思い出す。彼女なら、きっと大丈夫。なぜだか、そんな気がする。今はただ、彼の中に一つだけ灯った、その日の光だけが唯一守りたい希望に思えた。


     *


  ……ぽとん……ぽとん……ぽとん……。


 何かが一滴ずつ落ちていく。その音が決して聞こえるわけではないし、目に見えるわけでもない。しかし確実に何かが自分に繋がれたチューブに続くカプセルの中に落ちていく。そう感じた。もう随分と血を抜かれた気がする。それが証拠に全身に力が入らない。代わりに何か得体の知れない液体を注ぎ込まれているような、そんな絶望にも似た乾いた感情に支配される。


 海賊の首領として、そして数多のテロ行為の首謀者として、これがその罪の代償なのか。ならば、この程度では済まされないはずだ。本来ならば、銃弾を打ち込まれ、身体を八つ裂きにされても仕方ないものを。だがアグニは知らなかった。これこそが最も己に相応しい、忌まわしい刑罰なのだと。


 ――生きろ……!


 誰かがそう叫ぶ。そうさ、俺は生きるんだ。たとえ鋼の鎖に繋がれたとしても。ナーガラージャ、あの龍蛇の神がいる限り、俺は生き続ける。そうだろう、ヴァルナ。そして……ああ、君か。クロエ。


『被験体の余力はまだありそうです』

『なら、体力の限界まで続けるんだ』


 そんな会話が意識の遠くで響いた気がした。意識が朦朧とする。身体のあちこちが傷む気がするが、幸か不幸か今の彼にはそう感じる感覚さえなかった。そして徐々にその傷ついた肉体に染み込んでいく新たな血液。その繋がれた体躯の傍らには、皮肉にも彼自身が駆っていたマシン、真紅のスーリヤ、アスラがあった。


     *


 イザナギの三大ドームの一つである、スサノオドーム。そこは数多の軍事施設が立ち並ぶ、まさにイザナギを護る軍事基地の要衝であった。数日前、アステリウスはアマテラスに立ち寄る際、ここスサノオドームに寄航した。かの無人島で捕らえた最重要人物であるテロリスト、海賊パルジャミヤの首領をある施設に移送するためである。


 本来ならば数々の裁判にかけるためガイア本国に直送しなければならないはずが、共に捕らえた若干名の手下達を残し、一人その首領のみがスサノオのその研究施設に送られた。その異例の措置を、正直イオリゲルの隊長キリアンも、そして曹長の睦月真吾も不可解に思った。だが上層部の判断とその命令は絶対である。確かに海賊パルジャミヤとはいえ、その長である褐色の肌をした若き青年は、刑罰にかけて殺すには惜しい器量をしていた。無論そんなことが理由ではあるまいが、荒々しさの中にも決して隠せない貴族出身の者が持つ、いわゆる誇り高き気品のようなものを、なぜだか青年はその身に隠し持っていた。


「アグニ・ヴァシュラート……よくあるインディア系の名前ですがね」

 確かヴァシュラート王朝、そんな王族がインディアナ共和国に伝えられていたと聞きます。まるで集中治療室のような研究ブースから離れた応接室で、白衣を着た一人の背の高い青年が呟く。


「まさか彼がそうだとでも言うのですか」

 海賊パルジャミヤの首領が、今はなき王朝一族の生き残り。確かに面白い話ではあるが……。スサノオにおける実質的な軍司令部の幕僚長、一色は訝しんだ。彼に背を向け、ブース内の拘束状態にある被験者を見下ろしていた青年博士は振り向き様、冷ややかな微笑みを一色に投げかけた。


「それは可能性の一つです。いや、もし彼がそうであるなら、その“可能性”自体が一気に高まるわけですが」

「ご冗談を、ワイズ博士。まさかそのためだけに、ここスサノオドームを訪れたと?」

 その問い掛けにワイズと呼ばれた青年は、冷ややかな笑みをいっそう際立たせ、答えた。


「ええ。只のテロリストであるなら、こちらに寄る必要も皆無だったでしょう。しかし状況は一変しました――、」

 単にあの無人島に居合わせたというだけでなく。ドクターワイズの眸の色が銀緑色に輝く。

「捕らえたのは海賊パルジャミヤだけではなかったということです」

「と、言いますと?」


 あの龍神、それと感応すると言われる、我々軍が誇るイオリゲル部隊のD-2と同等の機構を持つマシンを彼らは所有していた――それが何を意味するのか。そして幸いにして、我々が駆逐攻撃した龍神の獣態であるサーペントの体液を、あの島で採取することが出来ました……。


 そこまで言ってワイズ博士はニヤッと笑った。

 ――それが今、あの被験者に試験注入されている液体とは。驚愕にも似た感嘆の声を漏らす一色。その反応を敢えて無視するように、ワイズは囁いた。

「見せて貰いますよ、どこまで我々の期待に応えてくれるのかどうか……ふふ、囚われの皇子様」

 その声は、今やそのサーペントの血潮と一体になりつつあるアグニには何も聞こえなかった。


     *


 おかしい。対応が早すぎる。アグニ奪取のためアステリウス艦内に潜り込み、一人密かに行動していたクロエは異変に気付いた。本来ならアステリウスがスサノオに立ち寄るのは、奴らのマシンの整備のみのためだったはずである。その隙を突いて艦内地下に捕えられていると見られるアグニを救出する手はずであったが、既に彼は数多く痛手を負っていたD-2機体と共に艦内から移送されていた。


 おかに移動させられたのなら、新たに侵入経路を模索するなど最初から策を練り直さねばならない。つまり新しい情報が必要となってくるというわけである。それほど慎重にならなければ容易に潜り込めない精緻なセキュリティシステムなどを備えた軍の施設なのだ。当然アステリウスに忍び込む際にも、かなりの注意を払った。クロエ自身の思考が、そこまで完璧なほどに洗練され卓越されていたのは、何もこの無法と混沌あふれる世界で一人生きてきたからばかりではなかった。その詳細は、実は彼女自身にも分からなかった。何より彼女の意識が目覚めたのは、たった半月前のことだったからである。


 それでも、彼女には彼がどこにいて、今どうしているのか手に取るように分かった。

 ――まさか……!


 それは彼女にも予想だにできなかった事実だった。アグニはただの海賊の首領ではなかった。ヴァシュラート。その失われた王国は、現インディアナ共和国の母体でもあった。しかし、ある時起こったクーデターにより王朝は一族諸共滅ぼされた。ただ支配者が変わっても国民の生活は一定水準に保たれた。それが彼らヴァシュラートの悲哀といえば悲哀だったのかもしれない。


 忘れられた王国の生き残り。どうして……。


 アステリウスに残されていたアグニのデータを感知したクロエは、全てを知った。なぜ彼がかの人に似ていると感じたのか。なぜあれほどまでに似た境遇を自分達と重ねたのか。神と人間――たとえそれだけの違いだとしても。いや、違う。ヴァシュラートとは……そう、我らがアマテラスの民と同じ血筋を有した同等の血脈であったのだ。


 我らが神人の血脈は、そうやって次第に人間に受け継がれていった。それはインディア、そしてイザナギも何ら変わらない。……だから「アイツ」も。おそらくあのようにクスヒ様に選ばれたのだ。だが! なればこそ、殊更に救わねばならない命だ。クロエはそのことを実感した。


 アグニは今、スサノオの軍研究施設の最奥にいるようだ。被験体としてアスラ共々捕えられている。それに、なんということだ……その体内から感じるのは。奇しくも、かの御方クスヒ様の御代であるカグツチの血潮。アグニは今、まさにカグツチと一体となりつつある。それは奇しくも古ヴァシュラート王朝の伝える伝説そのものだった。


 選ばれし王家の者がナーガラージャとなり、世界を治める。


 それはアグニ自身が望んでいたことだったのか。そうなのか、アグニ? クロエは未だ答えのないその魂に訊ねた。たとえテロという破壊的な方法を選んだとしても。いや、それはただレジスタンスを己の都合のよいように言い換えただけのことだ。まさに、お前が求め待ち望んでいた龍蛇の光。それを今、お前自身が己のうちに取り込みつつある。しかし、それで本当によいのか、アグニ。


 どちらにしても、今彼が邪悪な意思によって利用され、体内改造されようとしている事実は変わらない。本来の答えはまだ先延ばしに出来ようが……。とにかく今先決なのは、彼を救け出すことだ。超大国ガイア、クスヒ様の敵。たとえ間違った方法で、かの人が魔神と化すのを今は黙って見ているしかできないのだとしても。


 目を覚ませ、アグニ。


 ……ふふ、しかし本当に似ているな。神と人。あらためてクロエは不思議な思いを抱いて二人の皇子の面影を重ね見た。神は神であるばかりでなく、そして人も人であるばかりでない。その真実をこうして、いつしか共に体現していくであろう、かの人と彼。もしかしたら彼がカグツチと一体となるのも、実は大きな意味があったのかもしれないが……。


 それはまだ先の話。


     *


 『どうやら役者は揃ったようですね――』

 ――確かに君の言う通り、瑠美那さんには逢えたけど……。

 ここツクヨミドームは確かに居心地がよすぎる。未だ朦朧とする聡介には、すべてが夢のように思えた。


 男なのか女なのか分からない、そんな月の神。文字通り、彼に全てを託してここまで来た。すべては、瑠美那さんにもう一度逢うため。逢って今度こそ、自分のこの想いを伝えるんだ。そんな風に勇気を出すことができたのも、すべてこのツクヨミに出遭ってからだ。


 それにあの龍神、と言われているという日の神。瑠美那さんを連れていったばかりでなく――、嫌だ! 絶対に認めたくない、許さない! 唐突に聡介の中の怒りの炎は燃え上がった。ツクヨミの話を聞くまでもなく、この目で見、そして全身で感じた。


 あのデュナンという転校生の中に共にいる二人。龍蛇の巫女として日の神に取り込まれ、身も心も一つになってしまった瑠美那と太陽神。その実態は文字通り龍蛇神なのだが。その結果、男性化してしまった、もう一人の彼女。それは何とも身の毛のよだつ感覚だった。


 僕はたった一人だけの瑠美那さんに逢いたいのに。その掌を握りたい、そして抱き締めて、その唇に触れてみたい……なのに。あいつ! 瑠美那さんを返せ。聡介の心は憎悪ではちきれんばかりだった。何とかツクヨミが鎮めていなければ、女性化したこの姿から本来の姿に戻ってしまいそうだ。


『聡介、今は抑えるのです。そのうち大きなチャンスが巡ってきますから……』

 そう言って月の神は彼を諭し、静かに微笑んだ。


 第一私たちは既にこの仮の姿で一度日の神と瑠美那自身に会っている。無論、まだ互いがそれと、あちらでは気付いていないようですが。ふふ、クスヒ。やはり記憶の混乱は、まだ続いているようですね。無理もない。覚醒してから、まだ半年と経っていないのだから。たとえ、あの龍蛇の巫女の小娘と誓約して力を得たのだとしても……。


 そう胸のうちで呟くと、ツクヨミの眸の奥に冷たく鋭い光が走った。

 ――ありがとう、聡介。え?


 しかし穏やかな表情になって、月の神は優しげに微笑んだ。貴方は私と一つになってくれた。そのおかげで昼間でも、こうして人としての形を保って存在していられる。そしていつか、貴方と私の想いは同時に成就する。ね、そうでしょう?


 ……ツクヨミ。


 可哀想な人。聡介は一転して相手を慈しむような穏やかな瞳になった。瑠美那への強い想いと執着心もだが、やはりこの月の神のことを心から思いやる聡介の心の優しさがなかったら、きっとこのメタモルフォーゼも満足に行えなかったことだろう、だから。どこか歪んだ共闘でありながら、真の意味で彼らは一体となりつつあった。


 そうだよ、僕たちは二人で一人。僕たちの思いを叶えるために、僕はどんなことだってする。僕が瑠美那さんを思っているように、君もあの日の神のことを……相手の好き嫌いはともかく、僕は君を応援するよ。だって金輪際、月を無視する太陽は絶対に赦せない。いつかその小生意気な全知全能の光をこの地上から一切奪い去ってやるんだ。そうすれば、あいつのプライドの高い鼻をへし折ってやれる。


 それは奇しくも、聡介が瑠美那に対して心の奥底で感じていた思いそのものでもあった。でも、実際それは、太陽の光がなければ輝けない月の光さえも消し去ることになりかねないというのに。


 ――可愛さ余って憎さ百倍。

しかし、その思いが、こうして一人の少年を食ってしまった。自殺行為。ええ、実際そうかもしれません。


 ツクヨミは一人ほくそ笑んだ。いいえ、私のクスヒに対する想いはそんなものではないのだけれど。百倍どころか千倍、一万倍、いいえ……。勿論、彼を愛する気持ちが、ですが。そう――男とか女とか、そんなことは瑣末な問題。事実クスヒ。あなた自身がそれを実感していることでしょう。


 愛している、愛している――。


 そのために、私たちは相手をも刺し貫く。それが本当に誰かに恋焦がれる気持ちというもの。一度奪ってしまうまでは、その想いの連鎖は鎮まらない。それを解って貰うまで、私は。貴方の片割れの友人を飼い殺しにし続けるでしょう。なんという残酷な仕打ち。それはクスヒ、貴方があの日から私にしてきたこと。


 ……ふとツクヨミの愛撫のような吐息が耳元にかかった気がした。まるで月の光のようなプラチナブロンドの髪。その長い髪を両脇で結わえた少女。無表情な、そのブルーグレイの瞳は何も語らない。


「ねえ、ヴェル。今度デュナンを勉強会に誘おうと思うんだけど」

 目の前で無邪気に笑う少女が恥ずかしそうに、奇しくもその名を告げた。


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